遺跡へ
アキたちは村の東にある遺跡へと向かっていた。
「もうすぐ着くよ」
エルロンが得意げに先導している。
そんなに長く接することはないと思っていた為あまり気にしていなかったが、このエルロン、なかなか馴れ馴れしい。アキが戦っている間にカレンと仲良くなっていたようだが、その延長でアキの事をにいちゃんと呼び親し気に話しかけてくる。さすが子供、物怖じしない性格のようだ。
むこうだけというのもおかしな話だ、アキも気にせず接することにした。
まずは顔を覚えるところから、年のころは10歳くらいだろうか、顔は幼く人畜無害っぽい。やや垂れ目で瞳の色は髪の色と同じオレンジ色、髪を後ろで束ねている。性格はヤンチャで顔とのギャップが酷い。他の子供と比べやや痩せ形だ。
ちなみにエリーゼは20歳くらいでエルロンを大きくし性別を変えた感じで痩せ形だ。体型的にはシルフィやウィンディに近くスラッとしている。エルロンの姉ということもありしっかり者のようだった。
(二人の事は愛称で呼んでやろう、エリーとロンだな。呼ぶ機会があればだけど……)
なぜエルロンの道案内で遺跡に向かっているのかと言うと、エリーゼたちからのお願いを聞いたからである。そして、エルロンが道案内を買って出たのだ。
エリーゼたちの話では、先日、遺跡に向かう黒い4人の影が目撃されたと報告があがったという。遺跡へ向かうには、このシドー村を通らなければならない。この村は関所のような役割をしているようだ。にもかかわらずその4人組は村を通ることなく遺跡へと向かってしまった。関所である村を通らずに遺跡に入る輩がまともなヤツのわけがない。村長は不審に思い様子を見に向おうとした矢先、遺跡方面から見慣れぬ魔物が現れたそうだ。
ちなみにこの村では村長を「そんちょう」ではなく「むらおさ」と呼ぶそうだ。
今までそのようなことは起こらなかった。確実にその4人組が何かをしたとしか思えなかった。すぐにでも遺跡に向かいたかったが、そこで事態が急変した。村の結界が何者かに破壊されたのだ。
魔物が近づいている今、結界のない村を放置して遺跡に向かうことはできず、村の住人の避難を優先させた。その際に魔物の侵入を許し、迎撃に出た者たちや住民の護衛をしていた者たちは未知の魔物相手に奮闘したが、未知の魔物共はゴブリン共を従えて来たため、数で押され次第に劣勢になっていった。
避難が終了したころにはかなりの負傷者が出てしまっていた。
魔物共は避難所の結界には入って来られなかった。しかし、数が増えればこの先どうなるかわからない。魔物をこれ以上村に侵入させない為遺跡の調査が急務となり、動ける者を集め遺跡の調査に向かったのだそうだ。
エリーゼたちの口ぶりから魔物の発生原因についてはすでにわかっているようだったが、アキたちには話してくれなかった。何か事情があるのだろう。詳しいことは調査に向かったツグミという人が知っているらしい。
今回お願いされたのは、その調査に向かった人たちが気掛かりだから見てきてほしいというものだった。
内容的には意外と楽なお願いだった。厄介事と声に出してしまったことをアキは後悔していた。
(この口は! なんで口走っちゃうかなぁ。聞かれなきゃこんなに悔やむこともなかったのに……)
そんなことを考えていると、なんだか胸の辺りがソワソワしてきた。
(なんだ?)
アキは心の中でぼそりと呟くと、頭の中に声が聞こえてきた。
『(アキ、この先です)』
あれから一言もしゃべって来なかったウィンディが声を掛けてきた。どうやら胸のソワソワ感はウィンディのせいのようだ。
「(ん? この先には遺跡があるらしいけど?)」
『(ええ、ですから私が案内しようとしていたところがその遺跡なんです)』
「(遺跡にか? なんで?)」
『(実は……)』
ウィンディが答える前に先導するエルロンが声を潜めてアキを呼んだ。
「(にいちゃん! やばいよやばいよ)」
エルロンはどこかのリアクション芸人のような言い回しで焦った様子を見せる。
「(どうした? ロン)」
アキもエルロンに倣い声を潜める。
「(ツグミ様たちを見つけたんだけど、まわりを魔物が囲んでるんだ!)」
エルロンはオドオドしている。
見ると確かに目の前に遺跡が見えていた。ウィンディと話している間についていたようだ。
しかし、遺跡というには少し殺風景だった。
アキは岩陰から覗き込む。
山に囲まれ隠されるように遺跡はあった。吹きっ曝しで、石柱が所々に立てられている。石柱の配置に何か意味があるのだろうか?
「(遺跡って言うから、パルテ〇ン神殿! とか、マ〇遺跡! みたいなの想像してたよ)」
アキは呑気に遺跡の感想を口にした。
「(何言ってんだよにいちゃん! 意味わかんねぇよ! そんな事より、早くツグミ様たちを助けてよ!)」
エルロンはアキの腕を引き急かす。
「(助けることは決定事項なんだな)」
アキは一人ごちると、もう一度様子を窺う。
遺跡の入り口? の隅に結界を張り魔物の攻撃を防いでいるようだ。魔物の数は3体、死骸が1体転がっている。一緒に来ているはずの護衛は負傷しているようで結界内で傷を癒していた。
アキは首を傾げる。
「(キャラバン隊の護衛って結構強いんじゃなかったか?)」
「(魔物が強いからじゃないの?)」
カレンは自分が戦った魔物を思い出して言う。
「(そう、か?)」
アキは首を傾げたままだ。
「(負傷して、怪我をおして出てきただろうから、全力を出せないんだよ!)」
エルロンが身内を擁護する。
「(なるほど、それなら納得だ)」
アキはうんうんと頷いた。
「わかったなら早く助けてよ!」
悠長に頷いているアキにしびれを切らしたエルロンが声を荒げた。というかデカい声で叫んだ。
「「あ……」」
アキとエルロンは恐る恐る振り返る。
魔物がこちらを見ていた。見つかってしまったようだ。
「にいちゃんがのんびりしてるからだぞ!」
エルロンはアキを指差しアキのせいにする。
「何言ってやがる! お前がデカい声出すからだろうが!」
アキはエルロンを指差してエルロンのせいにする。
どちらも子供だった。
二人が口論している間に魔物、バフォメットが1体こちらに近づいて来ていた。
意を決したようにカレンが前に出る。そして、魔剣を抜くと振りかざす。
「水よ! 捕らえて縛れ!」
魔剣に埋め込まれた魔石から水が勢いよく出ると、縄のような形状になりバフォメットを捕らえようと、まわりを円を描くように囲む。そしてカレンが魔剣を釣りでもするように引くと、キュッと萎みバフォメットを拘束する。
「え!? 魔剣ってそんな使い方できるの?」
アキは呑気にそんなことを訊ねる。
「いいから! 早く止めを刺してよ!」
カレンはアキを非難めいた目で睨む。腕がプルプル振るえているところを見ると、拘束していられる時間にも限度があるようだ。
「お、おう。ゴメン」
アキは謝罪すると、速やかに止めを刺した。
こういうと単純そうに思えるが、そうでもなかった。
アキは、「お、おう」で拘束されたバフォメットまで踏み込み、「ゴメン」でダガーをバフォメットの口に突き刺していた。
「う、うん。ありがとう」
カレンはお礼を言った。
あまりに一瞬のことで、拘束するのに結構きつかったカレンは、速やかに止めを刺してくれたアキにお礼以外に言うことが思いつかなかったのだ。
アキは手を上げてカレンの礼に応えた。
「グッ、グエェェェッ!」
突然ルゥが声を上げる。
アキの背後にバフォメット2体が迫っている事を知らせたようだ。
もちろんアキは気付いていたが知らせてくれたルゥにコクリと頷き返す。
アキの背後まで来たバフォメットは大剣を振り下ろす。
アキは横に少しずれることでその大剣を避ける。
「悪いけどカレンと約束したからな、速攻で仕留めるぞ」
アキがそう言い終える前にバフォメットの腕が切断されていた。振り下ろされた腕を手刀に纏ったオーラソーで斬り落としていたのだ。
「グギャ……」
バフォメットが叫び声を上げる前に、大きく開かれた口をオーラソーで真横に切り裂いた。
バフォメットの頭が半分になると、鮮血が舞い散る。
その鮮血と立ち尽くす死骸に隠れるように体をずらすと、その死骸を最後の1体へと蹴り飛ばす。
ドゴッ
「ぐっ!?」
バフォメットが死骸を叩きつけられよろめくと、アキは跳び上がり空中で前回転でくるっと回るとかかと落としを放つ。もちろんそのかかとには気を纏わせている。
「おらっ!」
グチャッ
アキのかかとは見事にバフォメットの脳天を直撃し、頭を首まで陥没させる。カメが頭を引っ込めたような状態になりバフォメットは絶命し、死骸に押し倒される形で沈んでいった。
その光景をボーッと見つめていたカレンが呟く。
「こんなに強いのになんでさっき死にかけてたの?」
「まだゆーか! 死にかけてねぇし! あれは事情があったんだよ! 俺が本気出せばこんなもんよ!」
アキはムキになり言う。
そして、指鉄砲でカレンを打ち抜く仕草を見せると、イケメン風にキメ台詞言ってみる。
「惚れんなよ」
「……」
すでに惚れているカレンは頬を赤くし何も言えなかった。
「……なんか突っ込めよ。……ロン! お前でもいいから突っ込んでくれ!」
アキは惚けているカレンには期待できないと思い、エルロンに助け(突っ込み)を求めた。
「にいちゃんスゲェよ! カッケェェッ!」
エルロンは突っ込むどころか感激している。アキの戦っているところを間近で見るのはこれがはじめてのようなはしゃぎようだ。
「そ、そうか?」
アキもまんざらでもないようで、よくわからないポージングを見せる。
「グエェェェッグエェェェッ」
ルゥは羽根をパタつかせアキを引き立てるような動きを見せる。
はしゃぐ子供にサービスする男と鳥、それを惚けて見つめる女の子。ついさっきまで戦場だったとは思えない光景を冷ややかな視線で見ている者たちがいた。
「あの、すみません」
アキたちの邪魔をすることが心苦しいのか、調査に来た一行の代表らしき人物が一応断りを入れてきた。
アキはビクッとし、ポージングを止めると服を正して振り返る。
目の前にはローブを纏い、フードを被った人物がいた。
「大丈夫でしたか?」
アキは何もなかったように、気遣うような言葉を口にした。
「は、はい。助けていただきありがとうございました」
その人物はフードを取り頭を下げお礼を言った。
アキは目の前のその頭を見て驚愕する。
その女性の髪は黒かったのだ。
「私はツグミ、四道継美と申します」
その女性は四道と名乗った。
顔をよく見てみると日本人の面影がある。年の頃は30代前半くらい、瞳の色はブラウン、肩まで伸ばした髪は軽くウェーブが掛かっている。優し気な少しふっくらした女性だった。
アキは嵐三から聞いた名前を思い出した。そして村の名前で思い出さなかった自分が間抜けに思えた。
それを確認するために訊ねる。
「あの、四道継守さんのご家族の方ですか?」
その名前を聞いた途端、継美の表情は一変する。
そしてその後ろから声が上がった。
「ツグミ下がれ! その名を知っているということは貴様、敵だな!」
男の声がしたかと思うと継美の前に男が躍り出て剣を構える。
「その容姿、ここに侵入してきた者と特徴が似ている。貴様も奴らの仲間だな!」
女の声がしたかと思うと継美の横に女が躍り出て継美を庇うように剣を構える。
「ロン! 危険です! 早くこちらに来なさい!」
継美がロンへと呼びかける。
「え? え!?」
エルロンは戸惑っているようだ、継美とアキを交互に見て動けなくなっていた。
「貴様! ロンに何をした!」
男はアキに斬りかかってきた。アキがロンに何か術を掛けたと勘違いしているようだ。
「ちょっ!? ちょいまち!」
アキは男の剣を避けながら制止を呼びかける。
「敵の言葉など聞かん!」
男は尚も斬りかかってくる。
「聞けって! その侵入してきたってヤツ、全身が黒で白髪の紅い瞳のヤツか?」
アキが特徴を提示していくと、女の方が答える。
「そうだ! 貴様そのものだろう!」
「ちょっと待て! 俺は全身黒じゃないだろう!」
「どこかで着替えたのだろう!」
どうしても奴らの仲間にしたいようだ。
これははもうアキが何を言っても信じてもらえそうにない。いつもの事である。
アキはきっぱり諦めエルロンの頭が正常に機能するのを待つことにした。
当のエルロンは今だ戸惑いの中にいた。
アキは男の剣を避け続けやり過ごしていく。
「アキ! さっき言ってたのってシンのことよね? シンがここに来るって知ってたの?」
カレンがアキが口にした特徴を聞き察したように訊ねた。
「ああ、ヤツを放置しとくわけにもいかねぇだろ!」
正確にはアキではなくウィンディが知っていたのだが。
「だったら総司さんたちも一緒に連れてくればよかったじゃない! そうすればこんな誤解されなかったのに!」
「仕方ねぇだろ! あの時はそうするしかなかったんだよ! 本当はお前だって連れてくる気はなかったんだからな!」
「なんでよ!」
「ぐっ……」
自分の暴走を恐れたからとは言えなかった。
アキが一瞬硬直したところをつき、男の振り下ろした剣がアキを捉えようとしていた。
「アキ!」
「っ!?」
パチンッ
アキは両手をパチンと合わせ真剣白刃取りで難を逃れた。
男は剣を押し込みながら告げる。
「い、いい加減諦めたらどうだ!」
アキは男の剣を押し戻しながら言い放つ。
「この状態で諦めたら死ぬだろう!」
アキと男のせめぎ合いが続くと、ようやくエルロンが戸惑いの中から帰還した。
「ちょっ、ちょっと、待ったぁぁぁっ!」
エルロンが声を上げると、男の力が少し弱まる。しかし力を緩めるとそのまま切り捨てられるだろうと思いアキは一気に後方に下がり距離を取る。
「ロン、どうした?」
男が訊ねる。
「にいちゃんは敵じゃないよ! 俺や姉ちゃんを助けてくれたんだ!」
エルロンがアキを弁護するが男は聞き入れない。
「それが入り込む手かも知れないだろう!」
「(確かに!)」
アキは納得してしまった。
「第一、見ず知らずの者が我々を助けるために魔物と戦う理由など他にないだろう」
「(確かに!)」
アキは納得してしまった。アキは元々望まれてこの世界に召喚されたわけではない。無理してまで助ける理由はない。なぜ助けたかと問われればわからないと答えるほかないのだ。だから納得してしまったのだ。
「理由なんて知らないよ! でも入り込むためって言うなら孤立してた俺やねえちゃんを助ける必要なんてもっとないだろ! 村のみんなを守ればそれで済む話だろ!」
「(確かに!)」
アキは納得してしまった。子供と思って侮っていたが的を射たことを言う。アキは感心していた。
継美たちも、返す言葉を探すように黙り込む。
そして、男は警戒を解くことなく訊ねる。
「貴様、名はなんという?」
そういえば名乗っていなかった。というか目の前の男も名乗っていない。その容姿から大体予想はつくが。
「俺はアキオ、五十嵐空雄だ」
アキはフルネームで告げた。その方が何を言いたいのか伝わると思ったからだ。
「五十嵐、だと?」
男が目を見開くと、異変が起こった。
遺跡の奥からまばゆい光が発せられた。
「なんだ?」
見ると、赤い光の柱が天に立ち昇っていた。
そして、その中からそれは現れた。
「嘘だろ……」
アキは絶句し立ち尽くす。
光の柱から現れたのは、絶対に手を出してはいけないランキングの上位に君臨するもの。
ドラゴンだった。
アキ、疑われる人生を生きる男。