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シドー村

「グエッ!」

 結界の外が静かになると、ルゥが何かに反応するように一声鳴いた。

「ルゥちゃん? どうしたの?」

「グエッ、グエグエグエッ!」

 ルゥは何かを説明しているようだ。

「ねえちゃん何言ってるかわかるのか?」

 エルロンがカレンたちの様子を見て訊ねた。

「ん~……」

 カレンはなんとか理解しようと努力するが、眉間のシワが濃くなるばかりでやはり理解できなかった。

「ゴメン、何言ってるかわかんないや」

「グエッ!?」

 ルゥは軽くショックを受けると少し考え再び嘴を開く。

「グエ、グエグエグエェェェッ! グエッグエグエェェェ」

 ルゥなりに身振り手振りを加え丁寧に説明した。回復してもらった恩を感じているのか、何とかして理解してもらおうと努力しているようだ。

 カレンは当然言葉はわからなかった為、ジャスチャーの方で何とか理解しようと試みる。

 ルゥの動きはこうだ。

 羽根をバタつかせ、奇声と共に羽根を伸ばして停止、その後パタンと倒れた。

 カレンは考える。

(羽根をバタつかせたのは飛ぼうとしてるのかな? その後は……やっぱり飛べなくて空中で停止、そして落下した。うんきっとこれだね。なんでこのタイミングで言うのかわかんないけど……)

 カレンは自信満々で声を上げる。

「ルゥちゃんわかったよ!」

「グエッ!」

 ルゥは期待に満ちた瞳でカレンを見る。

「頑張って飛ぼうとしたけど、やっぱり飛べなくて落っこちた! だから飛ぶ練習がしたいんだね。ん~でも今は危ないからまた今度にしようよ」

 カレンはルゥに言い含めるように言った。

「グエェェェッ!?」

 ルゥは首を勢いよく左右に振る。

「そんなわがまま言わないの! 今アキがみんなのために戦ってるんだよ」

 カレンは人差し指でルゥの嘴を押さえ「めっ」と子供を叱るように言う。

「グ、グエェェェェェッ!?」

 ルゥは鳴きながら駆け出し、結界から出て行ってしまった。

「ルゥちゃん! 結界から出ちゃダメだって!」

「ねえちゃん、今の違ったんじゃない?」

 エルロンはカレンの答えが間違っているのではないかと告げる。

「え?」

「あの鳥利口っぽいし、あの兄ちゃんのこと言ってたんじゃないの?」

 エルロンの言葉にカレンはハッとする。

 アキが戦ってる最中にあのルゥがそんな飛びたいなんて関係のない話をするはずがない。あんなに必死に何かを伝えようとするのは大好きなアキの事以外に考えられない。アキの身に何かあったのを野生の勘で察したのかもしれない。

 カレンはそう考え駆け出した。

「ねえちゃん?」

 エルロンはカレンを呼び止める。

「アキに何かあったのかもしれない! ルゥちゃん一人を行かせられない!」

「だからってカレンさんが行ってどうなるんですか!」

 エリーゼが引き止めようと追いかけるが、間に合わずカレンは結界を出て行ってしまった。

 さすがに結界を出てまで引き止める勇気はエリーゼにはなかった。

(ウィンディって人もいるし大丈夫よね……)

 エリーゼは他人まかせな事を思っていた。

 カレンの頭にも確かにそれはあった。

 しかし、先ほどかすかにアキの雄叫びが聞こえたかと思うとぱたりと物音がしなくなっていた。もう戦いは終わっているのかもしれない。ただ、アキが戻って来ない為自信がなかったのだ。

 カレンはルゥの声をたどり追いかけて行く。

「グエェェ、グエェェェ……」

 ルゥの不安そうな声が近くに聞こえた。

 カレンは声のする方へ近寄ると、ルゥの巨体を発見した。その下にアキが横たわっているのが見える。

「アキ!」

 カレンはアキがやられてしまったのではないかと不安と恐怖で頭の中が真っ白になる。その為、転がっているバフォメットの死骸に躓きそうになっていたが気にとめることなく駆けていく。

「アキ!」

 転がるように駆け寄ると、アキの顔を覗き込み再び声を掛ける。

 アキはゆっくりと目を開ける。

「ああ、カレン来たか。ルゥ、カレンを連れてきてくれてありがとな」

「グエェェェ……」

 ルゥは褒められても喜ぼうとはしなかった。まだアキが元気になっていない為心配でたまらなかったのだ。

「すぐに回復してあげる」

 カレンはそう言うと、アキへ手をかざし回復魔法を掛ける。

「サンキュ……ホントは回復薬使ってもよかったんだけど、折角カレンがいるから回復してもらおうと思って」

 アキは目を瞑り回復に身を委ねそう呟いた。

 カレンは回復に関してはアキに頼ってもらえているのだと嬉しく思った。その為、気持ちの昂りで3割増しで魔力が高まりすぐに回復は完了した。

「はい、終わったよ」

 カレンに告げられ、アキは残念そうな顔をする。

「え? もう!? もう少し回復されてたかったのに……」

「え? なんで?」

 カレンはアキの意味不明な発言に怪訝な表情をする。普通早く怪我が治れば嬉しいはずなのに、アキは残念がっている。意味がわからない。

「回復魔法って結構気持ちいいんだよなぁ。そのまま逝っちゃいそうになる」

 アキは変態でバカな発言をした。

「バカな事言わないでよ! 回復してんのに逝こうとしないでよ!」

 カレンは憤慨し声を荒げる。

「うおっ!? 言葉のニュアンスだけで意味がわかったのかよ。スゲェな」

 ニュアンスを取り違えると、セクハラ発言と取られてしまうところだった。こちらの世界にセクハラという言葉があるならばではあるが。

 そんなことを考えていると、ルゥが甘えるように頭を摺り寄せてきていた。

「なんだよ、そんなに心配だったのか?」

「グエェェェ……」

 ルゥはアキの存在を感じるように頭を摺り寄せる。

 アキがルゥの頭を撫でているとカレンが不安そうな表情で訊ねてきた。

「アキ、何があったの? まさか負けちゃったの?」

「あのなぁ、負けたら殺されてるだろ普通」

 アキの中では敗北イコール死と、この世界にどっぷり浸かりきっていた。

「そこに転がってるだろ? 一応倒したよ。まあ、本体というか憑りついてた奴には逃げられたけど……」

 アキは転がっている首と胴体が離れた魔物の死骸をクイッと親指で差す。

 カレンはその死骸をチラリと見ると疑問が膨らんだ。

「え? だったらどうして倒れてたの? 相打ち?」

 アキが倒れていた理由がわからないようだ。

「違う、あの時の上空からの闇の一撃が効いてたみたいだ。ルゥの事で頭に血が上ってたせいで痛みを忘れてたみたいだ。相当アドレナリンが出てたんじゃないか? 戦いの後に緊張の糸が切れたら一気に来て、そのまま倒れてた」

 アキは軽い口調でそう言った。

 他に魔物がいたらどうするつもりだったのだろう?

 カレンは呆れ半分、心配半分で告げる。

「とにかく生きててくれてよかったよ……アキっていつもこんななんだもん」

「こんな?」

 アキは首を傾げる。

「うん。アキ強いのに、戦いが終わるといつも死にそうにしてるんだもん」

 カレンは呆れたように告げていたが、次第に心配そうな泣きそうな表情になる。その場面を思い浮かべてしまったのだろう。

「いつもじゃねぇだろ! たまにだろ! 今日は違うぞ。全然余裕だし!」

 アキは否定する。断固として否定する。自分が強いなんて一度も思ったことなどなかった。しかしだからと言って、いつも死にそうにしてると言われるのは男としては複雑だった。

 知らず知らずのうちに力が籠ってしまい、ルゥを撫でる手にも力が入る。アイアンクロー状態だ。

「グ、グゲェッ!?」

 ルゥは羽根でタップ(タップアウト)する。

「あ、ワリィ」

 アキはパッとルゥの頭から手を放す。そしてお詫びとばかりに優しく撫でてやる。

「グエェェェ……」

 ルゥは気持ちよさそうな表情をする。今にも眠ってしまいそうだ。

 カレンはその様子を見て、これ以上言っても仕方ないと思い、結論だけ告げることにした。

「とにかくさ、アキは強いんだから、敵は倒せるうちに全力で倒すようにしようよ。戦いの中で強くなろうとしないでさ」

 カレンはアキが口にしていた「自分の可能性と戦っている」を言っているようだ。アキが強くなるために力を出し惜しみしていると思ているのだろう。

 アキはそんな事を言ったということ自体忘れていた。誤魔化すために言った適当な言葉だった為記憶に残っていなかったのだ。

「え?」

 アキは小首を傾げ、ポカンと口を開けた顔には疑問符が浮かんでいた。

「え?」

 カレンは伝わっていない事実に困惑し、アキのアホ面をボーッと眺めていた。

「……」

「……」

 二人の間に妙な間ができてしまった。

 その奇妙な空気を先に破ったのはアキだった。

「あ~、うん。まあ、気を付けるよ」

「う、うん」

 お互いに納得のいかない終わり方だった。

「グゥゥゥゥゥ、グゥゥゥゥゥ……」

 妙な間のせいでルゥは本当に眠ってしまった。


 ルゥを叩き起こして結界に戻るとエリーゼたちが迎えてくれた。

「兄ちゃん無事だったんだな?」

 エリーゼのセリフを奪いエルロンが先走る。

「あったりまえだろう! あんなの余裕だっての!」

 アキはさっきのカレンとのことが蘇ったのか、子供相手にムキになってしまう。

「そ、そうなのか? スゲェな兄ちゃん」

 エルロンはアキの剣幕にたじろぎながらも大人の対応をする。

「だろう? もっと褒めてもいいんだぞ? 俺は褒められて伸びるタイプだ」

 アキは褒めてほしいおバカな子のようなことを口にした。

「グエェェェ、グエグエッ」

 ルゥが何かを言っている。アキの事を褒めているのかもしれないが、

「いや、お前は何言ってるかわかんねぇから」

「グエッ!?」 

 アキには伝わっておらず、ルゥはショックを受けた。

「ところでアキさん、ウィンディさんという方はいらっしゃらないんですか?」

 エリーゼが突然聞かれたくない事を訊ねてきた。アキは眉尻をピクリとさせる。

「そうだよアキ! いつの間にウィンディさん仲間にしたの? どこに行っちゃたのよ?」

 カレンが思い出したように声を上げる。

 エリーゼが話題に出さなければ思い出すこともなかっただろうに。

 アキは心の中で一人ごちた。

「ん~? さあ? もう帰ったんじゃないか? ルゥも助けられたんだし」

 アキは明後日の方向を向き、とぼけたように言う。

「え? なんでルゥちゃん? 確かに助けてくれたけど」

「そりゃお前、風と鳥は切っても切れない関係性にあるだろう? 人の味方はしないって言ってるウィンディが何を好き好んで俺を助けるんだよ。ルゥを助けるために力を貸してくれたに決まってるだろ?」

 アキは誤魔化すように言う。自分の中にいるとは言えなかったのだ。

(あれ? なんで俺ウィンディの事隠してるんだろ? 言ってもいいんじゃないか?)

 アキは一瞬そう迷ったが、結局言わないことにした。奥の手は隠しておくものだ。そう自分に言い納得させた。

「え、でも……」

 カレンは口ごもる。

 ウィンディがアキの事を好きになり好んで力を貸してくれたんじゃないの? と言いかけていた。あの時、ルゥを運んできた際、ウィンディはアキの方を気にしているようだった。あたかも遠くにいる恋人を心配するように。

 カレンはライバルが増えるのを嫌い黙っていることにした。

 アキは話題を変えようとエリーゼに訊ねる。

「村の東側にはなにがあるんだ?」

 アキはあの闇が飛んで行った先に何があるのか気になっていた。

 ひょっとしたらその方角は関係ないのかもしれない。しかし、ウィンディがここに案内し、未知の魔物が現れた。そしてその敵は意味深な事を告げて東へ飛んで行った。気にしない方がおかしいだろう。

「東側?」

 エリーゼが答える前にカレンが口を挟む。突然村の東側を訊ねれば疑問に思うのも無理はない。

「さっき言っただろ? 憑りついてた魔物が逃げて行ったのが東なんだよ」

 アキはさらっと答える。

「へ~ただ逃げた方角が東だっただけじゃないの?」

 カレンはアキがちらっと考えていたことを口にする。しかも顔を顰め「何気にしてんの? そうに決まってるじゃない」とでも言うように、小馬鹿にした感じに言い放った(アキにはそう見えた)。

 あくまでもアキの主観によるものだが、アキは少しイラッとし、カレンをチラリと睨む。

「え? なに? なんでわたし睨まれてるの?」

 カレンはそんな感じに言ったつもりはないため、なぜ睨まれたのかわからず困惑する。

 二人のやり取りをよそに、エリーゼは片手を口にあてブツブツと何かを呟くと、他の住人と目くばせし頷き合う。そしてアキへと告げる。

 命の恩人にだんまりを決め込むのも失礼だと考えたのかもしれない。

「村の東には遺跡があります。この村はその遺跡を見守るために作られたんです」

 見守るため、守るためとも言い換えられる。

 エリーゼは結構重要そうなことを告げた。

 これはだんまりを決め込んでもいいレベルの話かもしれない。そして、それを口にしたということは何かしら厄介事があるのかもしれない。

 アキは警戒レベルを一つ上げる。

「遺跡を見守るため? あ、そういえばこの村の名前ってなんて言うんだ?」

 アキは核心をつく前に今更ながらに訊ねた。

「ここは、シドー村です」

 エリーゼはRPGの村の入り口にいるNPCのように告げた。

「シドー村?」

 アキは首を傾げる。

(シドー村……どこかで聞いたことがあるような、ないような……)

 アキがそんな事を考えている隙にエリーゼの方が先手を打ってきた。

「あの、アキさん? 一つお願いがあるのですが……」

 アキは心の中で溜息を吐く。

(ハァ、やっぱりか。どんな厄介ごとを押し付けられるんだ?)

 エリーゼたちは申し訳なさそうな顔をする。

 引き攣った顔のカレンがアキの横へ来て耳打ちしてきた。

「(アキ、声に出てるよ)」

「あ……」

 アキは口を開けて硬直すると、エリーゼたちは引き攣った微笑みを向ける。

「……」

 辺りは重苦しい沈黙に包まれた。


シドー村です。

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