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未知の魔物2

「おぉぉぉぉぉ!」

 アキは怒り任せに気を放出し闇を押し返した。

 黒バフォ(黒いバフォメット)は闇を霧散させ、アキを見据える。

 なんの感情も感じられない、ただ殺気のみが感じられた。

 アキは訝し気に黒バフォを見返していた。

「アキ!」

 結界内から涙声の入り混じる歓喜の声が聞こえてきた。カレンであることは見るまでもなくわかった。

「グ、グエェェェェ……」

 ルゥが地に這いつくばったまま弱々しく声を漏らした。

「まったくお前は、自分の身を守れって言っただろ」

 アキはやんちゃな子を嗜めるように呟く。

「グエェェ……」

 ルゥは言いつけを守らなかったことを謝っているのか俯いている。

「はぁ、仕方ない奴だな。でも守ってくれてありがとな」

 アキの声には優しさが込められており、ルゥは顔を上げ嬉しそうに鳴く。

「グエェェ……」

 そこへ、空気を読めないバフォメットが後ろからにじり寄ってきた。

 アキは黒バフォに気を配りながらバフォメットを睨みつけ牽制する。

 動けないルゥをを守りながら前後2体を相手にするのは面倒だ。そのうち1体は未知数の魔物、できればそちらに集中したいところだった。

 そのとき、頭の中に声が聞こえてきた。

『『(アキ!)』』

 アキは少しばかり不安を覚えながらも呼ぶことにした。

「ウィンディ!」

『(はい!)』

『(え~そっちぃ!?)』

 ウィンデイは嬉しそうに返事をし、アルスは納得いかない様子でブウ垂れた。

 ウィンディが返事をすると、アキの体から風が吹き荒れはじめ、アキとルゥを包み込んだ。

「アキ! ルゥちゃん!」

 突然吹き荒れはじめた風にカレンが声を上げると、風は竜巻となり結界へと近づいてくる。

「え、え? キャァァァァァッ」

 カレンは敵がアキたちを攻撃し、結界を破壊しようとしているのだと思い悲鳴を上げる。

 竜巻は結界にぶつかるのと同時に霧散し、代わりに目の前にルゥを片手に抱えた細身の体の綺麗な女性が現れた。白髪で綺麗な碧い瞳の白い風の衣を纏った女性。とてもルゥの巨体を抱えられるようには見えなかった。

 ウィンディは風を操りルゥの巨体を持ち上げていた。

 カレンはその容姿から記憶にある人物の名を呟いた。

「シルフィさん?」

『違います! 私はウィンディです!』

 ウィンディはムキになって訂正した。シルフィに間違われるのは嫌なようだ。

 しかし、容姿も雰囲気も非常に似ていた為、間違われても仕方がなかった。ムキになるのは同族嫌悪から来ているのかもしれない。

「え? あ、ごめんなさい」

 カレンをウィンディの剣幕に押され素直に謝った。

 ウィンディは風を操り衝撃を与えないようにルゥを下ろすと告げる。

『この子の回復をしてあげてください』

「は、はい! ルゥちゃんすぐに治してあげるからね」

 カレンが治療しはじめるのを確認すると、ウィンディは姿を風に変え置き去りにしたアキの下へと戻った。

『あの子はカレンに預けてきましたからもう安心ですよ』

「そうか、ありがとな。ていうか、呼ぶとお前が出てくるのかよ」

 アキはウィンディを見るなりそう呟いた。

『フフッ、驚きましたか? でもこれでちゃんとアキの力になることができます』

 ウィンディは本当に嬉しそうな表情をしている。

 アキの脳裏には新たな不安が過っていた。

(アルスを呼んだらアイツが出てくるのか? あの黒いシルエットオバケが……)

 あんなのを見られたら、それこそ魔物使いとかに思われてしまうのではないか? とアキは愕然とした。

『(アキィ! 早く僕も呼んでよぉ! その人だけず~る~い~!)』

 アルスの催促がうるさい。

 アキは気になることをアルスに訊ねる。その答え次第では対応が変わってくる。

「(アルス、一つ聞きたいんだが、さっき俺は盛大に気を使ったんだが瘴気はどうなったんだ?)」

『(ん? どうって、聞かなくてもわかってるくせにぃ。いいから僕を呼んじゃおうよぉ)』

 アルスは楽し気に答えると、早く呼んでもらいたそうにしてる。自分の力を見せつけたいのだろうか?

 アキはそんなアルスを放置し考える。

(なるほど、道理で体が軽いわけだ。だったら……よし!)

 アキは悪巧みをするような悪い顔で語り掛ける。

「(アルスよ)」

『(なにぃ? 声に出して呼んでよぉ)』

 アルスは待ちきれないようだ。アキはそれに構わず話を進める。

「(アルスよ、お前は俺にとって最後の希望だ)」

『(き、希望!)』

 アルスは食いついて来た。

「(そうだ、希望だ。だからおいそれとお前の力を使うわけにはいかない。俺がピンチの時にこそお前の力が必要になる。お前は、俺を救う救世主となるのだ!)」

『(きゅ、救世主! 僕がアキの救世主……なる! 僕アキの救世主になる!)』

 アルスはアキの適当な言葉に騙され言いくるめられた。

(よしよし、単純なヤツでよかった。さすがにアルスを見られるのはマズイからな。カレンに見られるのもまずいし、じいちゃんにチクられたら厄介だからな)

「(じゃあ、俺がピンチになるまで大人しくしてるんだぞ)」

『(うん! アキがピンチになるのを楽しみに待ってるね!)』

 アルスは物騒なことは楽しそうに言った。

「(……お前……ハァ、まあいいや)」

 アキはアルスだから仕方ないと諦め、黒バフォを見据える。

 黒バフォはアキを観察するように見据えたまま動かずにいた。バフォメットもそれに習い動けないでいた様だ。

(ヤツの狙いが何なのかはわからないが動かないでいてくれたことには感謝してやろう)

 アキは心の中で勝手に感謝していた。

「ウィンディ、そっちのバフォを頼む」

『はい。……私が両方()ってもいいんですよ?』

(女の子が()るなんて言うんじゃありません!)

 アキは心の中で嘆くと首を振る。

「いや、確認したいこともあるし、こっちは俺がやる。そっちは……すぐに終わるだろうから終わったら周囲を警戒しててくれ」

『はい、わかりました』

 ウィンディは返事をすると、バフォメットへと歩いて行く。

 アキは黒バフォへと意識を集中すると、駆け出して行く。

 しかし黒バフォは構えを取る素振りも見せない。

 アキは懐まで飛び込むと手をかざし気を放つ。

「ぅらっ!」

ドスッ

 アキの正面に半球状の気の障壁が黒バフォを捉えた。

 しかし、黒バフォは防ぐこともせず無防備のまま、両足でしっかり大地を踏みしめ気を受けとめた。

「っ!?」

 黒バフォは気の障壁を破壊しようと腕を振り下ろした。

 その腕の振りは障壁どころかアキも叩き潰す勢いで放たれていた。

 アキはサイドステップで躱すと、追撃に備える。

 しかし、黒バフォは追撃してくる気配を見せなかった。

 アキは訝し気に見ると、口を開いた。

「言葉が通じるとは思えないけど一応聞くぞ。お前何しにここへ来た。目的はなんだ?」

 黒バフォはやはり答えない。

「やっぱり通じないか……!?」

 答えないが、嗤っていた。声は出さないが嘲笑うように顔を歪めている、ように見えた。

 何か違和感がある。表面だけが嗤っているような……

 気にはなるが、何も答えないヤツに長々付き合う必要もない。アキは終わらせようと殺意を持って見据える。

 アキの殺意に反応するように黒バフォは紅い瞳を怪しく輝かせアキを見据える。

 アキは一足飛びで懐に飛び込むと、拳に気を纏わせ殴りつける。

ゴスッ

「ぐっ!?」

 声を漏らしたのは黒バフォではなくアキだった。タイヤでも殴ったかのような衝撃が拳から伝わってきた。今のアキがタイヤを殴っても特に何も感じないが、あくまでも一般的な感覚での表現だ。

 黒バフォは動きを見せず、尚も嗤っているようだ。

 アキはさらに連続で殴りつけていく。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

ゴスゴスゴスゴスゴスゴスッ

 殴れば殴るほどにアキの両拳にダメージが蓄積されていく。

「いってぇぇ!?」

 アキの両拳からは血が滲み出ている。痛みで連打が途切れると、黒バフォはお返しとばかりに拳の連打を打ち込んできた。

ズドドドドドドドドドッ

「くっ!?」

 先ほどまでそれほどキレのいい動きを見せていなかった黒バフォのいきなりの反撃に、アキは反応が遅れ躱すことができなかった。

 アキはかろうじて気を纏わせた腕をクロスさせ防御するが、黒バフォの拳の衝撃を受けとめきれず吹き飛ばされ、半壊している建物に激突する。

「ぐっ!?」

ドガッ

ガラガラガラ……

 半壊していた建物はその衝撃で倒壊し、アキの上に崩れ落ちていく。


「アキッ!?」

 ルゥの回復をしているカレンがその音を聞き不安げな声を上げる。今にも飛び出しそうに腰が浮きかけたが、すんでのところで思いとどまった。

 ルゥも心配そうに顔を歪めている。今カレンが飛び出して行けばルゥもそれに続いて行ってしまうだろう。今のルゥを戦場に送り込むわけにはいかない。

 今の自分のやるべき事はルゥの回復、アキならきっと大丈夫だとカレンは自分に言い聞かせた。


ガラッ

「ゴホッゴホッ……」

 瓦礫を押し退け土煙にむせながらアキが出てくる。

「まさかそんなに素早い動きができるとはなぁ……しかも重いし」

 アキが愚痴をこぼしながら、いかにも隙だらけで出てきたにもかかわらず黒バフォは追撃を仕掛けてこない。

(……こいつ、やっぱり俺の力をはかってやがるのか?)

 アキはずっと疑問に思っていた。黒バフォが姿を隠していたことを。そしてアキが現れて一暴れしたところで姿を現した。何かを探しているような、観察しているような行動に見えた。今もアキの力をはかっているように見える。魔物がそんなことをするとも思えない。操っている者がいるはずだ。それをあぶりだすためにも、情報を与えずさっさとこいつを片付ける必要がある。

『(アキアキ! ピンチ? ピンチ?)』

 アキが真剣に考え込んでいると、アルスがワクワクした感じで声を掛けてくる。

「(お前はなんでそんなに嬉しそうなんだよ! ピンチじゃないから大人しくしてろ)」

 アキはその場の空気にそぐわないテンションのアルスに心の中で声を上げた。

『(は~い……)』

 アルスはつまらなそうに返事をする。

 アキは気を取り直すと、殺意を消し心穏やかに自然体で立つ。

 黒バフォはアキを観察するように見据え動かなくなる。

 アキの体が一瞬揺らぐと、残像だけを残し姿を消した。

 両手刀にオーラソーを纏わせたアキが黒バフォの背後に現れる。

「ぐっ!」

 アキは下っ腹に力を籠めると全身の魔力を腰の回転力に変えコマのように高速回転すると、声を張り上げる。


「おぉぉぉっ! 大回転断頭斬だいかいてんだんとうざん!」


 相変わらずなセンスを披露し技名を叫ぶと、黒バフォの首を斬り付けていく。

ザシュザシュザシュ……

 動きを止めていた黒バフォは避けることもできずにその連撃の直撃をくらった。

 いや、元々避ける気などなかったのかもしれない。そのくらいに無反応だった。

「らっ!」

 アキの(とど)めの一振りで黒バフォの首は飛んだ。

 しかし、鮮血が飛ばなかった。

 鮮血の代わりに、黒バフォの首と体から闇が飛び出しアキを襲う。

 アキは技後の一瞬の硬直の間を突かれ、闇の直撃を受けてしまった。

「ぐふっ!?」

 左頬を打ちつけられ吹き飛ぶが何とか地面に足を着け勢いを殺す。

ズザザザザザッ

 口の中を切りイラッとしたアキは闇を睨みつける。

 闇は先ほどの黒バフォとはうって変わり、追撃するためにすぐそこまで迫ってきていた。

「ペッ! はっ!」

 アキは口の中の血を吐き出すと、気の障壁を球状に拡げ闇を防いだ。

 そして、障壁に止められた闇をカウンター気味に殴りつけようと拳を振りぬいた。

「ぅらっ!」

ブンッ、スカッ

 アキの拳は(くう)を殴る。

 闇は気の障壁から離れ拳を躱すと、宙に集まっていく。

 そして闇から声が発せられた。


『フフフッ、面白いサンプルだな』


「何!?」

 闇はそれだけ言うと村の東へと飛んで行ってしまった。

 闇が喋るという現象にアキはアルスを思い浮かべ反応が遅れてしまう。

「ま、待て!」

 声を上げるが、闇はすでに見えなくなっていた。

 アキは茫然と立ち尽くすと、捨て去られた黒バフォの死骸へと視線をむける。

 黒バフォはその色を他のバフォメットと同じモノに戻っていた。一回り大柄のバフォメットにあの闇が憑りついていたようだ。

 死骸を観察していると、背後から声を掛けられた。

『アキ! 今のは……』

 バフォメットを早々に倒したウィンディは、周囲の警戒をしながらアキの戦いの一部始終を観戦し見守っていた。

 ウィンディもあの闇の正体が気になるようだ。

「ああ、あれは瘴気じゃないな。瘴気なら俺の障壁なんて関係なく、俺の中に入って来ていたはずだ」

『アキの言っていた確認したい事というのはこの事だったんですね』

 ウィンディは感心したように訊ねる。

「え? あ、ああ、まあそんなとこだ」

 アキは奥歯に物が挟まったような言い方をする。

『まだ何かあるんですか?』

「ああ、だがその話は後だ。ウィンディ、周囲になにか変わったことはなかったか?」

 アキの質問にウィンディは即答する。

『いえ、特には……ただ、ずっと視線のようなものを感じていたのですが、今の闇が去るとその視線も感じられなくなりました。他にも敵がいたということでしょうか?』

「どうだろうな、わからないがあれを逃がしたのは痛かったな。捕まえれば情報を引き出せたかもしれなかったのに」

 アキが悔しそうにしていると、ウィンディが申し訳なさそうな表情をする。

『ごめんなさい。私が捕まえておけば……』

 ウィンディは自分の失態のように謝罪する。

「いやいや、逃がしたのは俺だろう。お前が気にする必要はねぇだろ」

『いえ、私はアキの力になると約束しました。それくらいできなければダメなんです!』

「お前真面目だなぁ、そこまでしてくれなくてもいいんだぞ?」

 アキは若干呆れていた。知り合ってまだ間もないというのにそこまでする理由がわからなかった。

『私がそうしたいんです!』

 ウィンディはきっぱりと言う。

「そうか、まあお前がそうしたいなら止めないけど、無理のない範囲でな。とりあえずはお疲れさまだな」

『はい、お疲れ様でした』

 アキたちはお互いを労う。

 アキは自分の土埃まみれの姿と、ウィンディの汚れ一つない真っ白な姿を見比べた。

「綺麗なもんだな……」

 アキはボソリと呟いた。きっとバフォメットに何もさせずに終わらせたのだろう。アキは感心していた。

『そ、そうですか?』

 ウィンディは頬を赤くし、両手でその頬を隠し恥じらうようなしぐさを見せる。美貌を褒められたのだと思っているようだ。

 そしてアキは今頃になり気づく。

「お前、黒かったイメージが白くなったな」

『え? ええ、あの子に欠片を返しましたから。これが私の本来の姿ですよ』

 ウィンディはアキが自分に見惚れているのだと思い、風の衣を掴み貴族の娘の挨拶のようにお辞儀をすると、優雅にくるっと一回りし全体像を見せる。

 なびく白い長髪から草原を抜ける風の香りがした。

「へ~シルフィみたいだな」

 アキはウィンディの気にしていることを口にしてしまった。

『……』

 ウィンディは動きを止め、その視線が鋭くなる。切れ長の目を細くし狐のようだった。

 アキを睨みつけ、顔をズイッと近づける。

 アキはウィンディの綺麗な顔を間近にし少しドキドキしていたが、それを押し隠し恐る恐る訊ねる。

「あ、あれ? 何か怒ってらっしゃいますか?」

 怒っていることはありありと伝わって来ていた。シルフィと比べられたことに怒っているとは気付いていないようだけれど。

『私はウィンディです!』

 ウィンディはそういうと上体を反らし、そして勢いよく戻ってくる。

 アキは頭突きをされるのだと思い目をギュッ閉じ歯を食いしばった。

 しかし、頭部に衝撃をこなかった。

 恐る恐る片目を開けると、ウィンディはいなくなっていた。

 一人残されたアキは目をパチクリさせ首をキョロキョロさせると、ウィンデイの存在を自分の中に感じた。

 どうやらウィンディはアキの中に戻ったようだ。

(ウィンディのヤツ、何を怒ってたんだ? さっぱりわからん。そういえばアルスのヤツもあれから何も騒いでこないな。どうしたんだろ?)

 アキは二人の様子を訝し気に思っていた。

 アルスは結局呼ばれることなく戦いが終わり不貞腐れていた。

『『(アキのバカ……)』』

 アルスとウィンディはアキの中でアキへ悪態を呟いた。


アルス、出番なし。

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