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ルゥの戦い

 アキが意識を失うのと同時に闇が晴れた。

「アキ!」

「グエッ!」

 カレンとルゥはアキの安否を心配し結界から出ようとする。

 そのカレンの手を掴み引き止める者がいた。

「ダメだよねえちゃん! まだ魔物がいるんだから!」

 エルロンの言う通り、まだバフォメットが2体、そして先ほどの闇を放った魔物が存在している。考えなしに飛び出せば間違いなく殺されるだろう。

「でも、アキが!」

 それでもカレンはアキのもとへと飛び出して行こうとする。

 カレンの前にエリーゼが立ちふさがる。

「ダメです! あなたまでもしものことがあったらアキさんが悲しみます!」

「どいてよ! わたしはアキを一人にはしたくないの!」

バチンッ

 エリーゼはカレンの頬を引っ叩いた。

「っ!?」

 カレンは頬を押さえ惚けたようにエリーゼを見る。

「カレンさんが出て行って何ができるんですか! このまま出て行って回復なんてしてる余裕あると思ってるんですか! 冷静になってください!」

 カレンは引っ叩かれたことで感情がリセットされ、エリーゼの説得で冷静さを取り戻した。

 カレンはエリーゼを見、エルロンを見、周囲を見て状況を確認する。二人はもちろん、村の住人たちも心配そうに、不安そうにしている。ここで、カレンが取り乱せば不安が伝染していってしまう。避難所でそれは一番してはいけない事だった。

 カレンは気を取り直す為深呼吸する。

スーッ、ハーッ

 カレンは表情を引き締めるとエリーゼに訊ねる。

「ここに戦える人はいないの? ここってキャラバン隊が拠点にしてる村だよね? だったら護衛の人とかいるんじゃないの?」

 エリーゼは家に立てこもっていた為、状況を完全には把握していなかった。その為その答えを他の住人に訊ねた。

「今、アランたちは村を出てるはずよね? 他の人たちはどうなってるの?」

 アランというのはキャラバン隊の護衛をしている人の事だろう。エリーゼの口調から知り合いのようだ。

 住人たちは顔を見合わせ言い辛そうにすると、住人の一人がおずおずと口を開いた。

「ああ、アランたちは出払っている。村の護衛をしている者は我々を守るために負傷してしまった。動ける者はツグミ様たちと共に遺跡へ向かってしまった」

「つまり、今ここには戦える者はいないってことね?」

 カレンは確認するように言う。

「は、はい……」

 弱々しい返事が返ってくると、すぐ横からエルロンが切羽詰まったような声をあげた。

「ね、ねえちゃん! あの変な鳥が!」

「え!? ルゥちゃん?」

 カレンが焦るように振り返ると、ルゥはすでに結界の外に出ていた。

「ルゥちゃん! 出ちゃダメ!」

 カレンの制止の声が聞こえていないのかルゥは振り返りもせずアキのもとへと駆けていった。

 ルゥは目前に広がる光景に絶句する。

「グエッ!?」

 闇が降り注いだ場所は見事に陥没し、範囲内の建物は押しつぶされ、丁度境界線上にあった建物は綺麗に抉り取られていた。陥没した地面にはゴブリンのミンチがべっとりと塗り込まれ、陥没の中心地点にアキが埋め込まれていた。

「グエェェェェッ」

 ルゥは声を上げるが反応はない。生きているのかさえわからない。

「グ、グエェェェッ!」

 ルゥは不安で胸がはち切れそうだった。すぐに駆けだそうとすると、同じようにアキに向かっていく魔物バフォメット2体が視界に入った。

「グエッ!?」

 ルゥはアキを守るため駆け出して行く。

 しかし、先にアキのもとへ着いたのはバフォメットたちだった。

 バフォメットは大剣を振り上げ、動けないアキへトドメの一撃を加えようと振り下ろした。

ビュッ

「グエェェェェッ!」

ドスッ

 大剣がアキを切り裂く前にルゥの体当たりがバフォメットを捉えていた。

 吹き飛ばされたバフォメットは地を転がると、ヨロヨロと立ち上がりルゥを睨みつける。

 ルゥの巨体からの体当たりは、体重がしっかり乗せられかなり効いているようだ。

 ルゥはアキを守るように立ちふさがり声を張り上げる。

「グエェェェェェェッ!」

(パパに触るなぁぁっ!)

 バフォメットたちは得体の知れない鳥の出現に戸惑いと苛立ちを覚えたように吠え上げる。

「グオォォォォォォ!」

 そして、ルゥを焼き殺そうと魔法を放った。

ボフォォォォ

「グエェェェ!」

(そんなもの!)

 ルゥは両羽根を広げ、全力羽ばたかせると風が巻き起こる。

 アキと戦ったグリゴールほどの威力はないが炎を跳ね返すだけの威力はあった。

 炎はルゥの巻き起こした風に跳ね返されそのままバフォメットへと返っていった。

 バフォメットはもう1体の片角のバフォメットを盾にして炎を防いだ。

「グギャァァァァッ」

 2体分の炎をくらい、片角のバフォメットは地を転がり炎を消そうとしたが、直に動かなくなり、灰になるまで燃え続けていた。

 ルゥはバフォメットと対峙する。

「グエッグエグエグエッ!」

(仲間を盾にするのかっ!)

 ルゥは怒りを露わすると、突進し跳び上がるとその鋭い爪で切り裂こうとする。

「グエェェェェッ!」

(くらえぇぇぇっ!)

スカッ

 いかんせんルゥの足は短く、バフォメットは軽々と躱した。

「グエエッ!」

(やるなっ!)

 ルゥは着地すると、再び突進する。

「グエェェェェェッ!」

(これならどうだっ!)

 頭突きをするように、その鋭い(くちばし)で連続突きを放つ。

「グゲゲゲゲゲゲゲゲッ!」

「ぐっ!?」

 バフォメットは避け切れず防戦一方となる。

 その連続突きは、まるでへヴィメタルのライヴなどで見られるヘッドバンギングのようだった。その為、すぐに頭がクラクラし打ち止めとなる。

「グエグエエェェ……グエェェェェェ……」

(クラクラするぅ……これでもダメか……)

 ルゥは攻撃のすべてをバフォメットが防いでいると勘違いしているようだ。防いだのは炎だけなのだが。

 まるでルゥが一人相撲をしているようだった。

 そもそも爪も嘴も使い方が間違っていた。爪で捉え押さえつけた後、嘴で止めを刺すべきだったのだ。鳥の狩りの仕方を知らないのが原因だろう。

 ルゥが次なる手を考えていると、バフォメットがもう付き合っていられないとばかりに攻撃を仕掛けてきた。

 大剣を縦に振り下ろされ、ルゥは羽根をビシッと体につけ、体の体積を半分にするかのように体を締めて躱した。

 大剣は左の羽根スレスレを通過する。

「グエッ!?」

(ヒィッ!?)

 大剣の恐怖で硬直するルゥをバフォメットは殴りつけた。

「グゲェェェッ!?」

(うわぁぁぁっ!?)

ドスッ

 ルゥは殴り飛ばされると何か硬いものに激突した。

「ルゥちゃん後ろ!」

 カレンの叫び声が聞こえ硬いものに振り返ると、アキを押し潰した魔物が立っていた。

 見た目はバフォメットを一回り大きくした感じで、シルエットもバフォメットそのものだった。しかし肌の色はどす黒く目は紅く冷たく光っていた。紅く見えるのに冷たく感じるのは、その気配から来るものだろう。全身から背筋を凍らすほどの殺気を放っていたのだ。

 ルゥは本能的にヤバイ相手だと感じ、全身の羽根を逆立たせ体を震わせていた。

「グ、グエェ……グエェェェェ」

(こ、怖い……怖いよパパ)

 その場から動けなくなったルゥに黒いバフォメットは虫を払い除けるかのように手を振るう。

ドグッ

「グフッ!?」

(グフッ!?)

 ルゥは勢いよく弾き飛ばされ地面にしたたかに打ちつけられた。

 ヨロヨロと頭を上げると涙で歪む視界でアキを見つめる。

「グエェ、グエェ……」

(パパァ、パパァ……)

 黒いバフォメットは手をかざす。黒い闇が渦巻いていくとルゥに向け放たれた。

「グエェェェッ!?」

(パパァァァッ!?)

 闇がルゥを包み込もうと迫る。

 時はゆっくりと流れだす。



 ……闇


 ……闇の中の一軒家

 中に入りリビングに向かうと中から話し声が聞こえてくる。

 アルスとウィンディが何やら話し合っているようだ。

 アキはガラス越しに覗き見て、聞き耳を立てる。

『僕の欠片返して!』

『……』

 アルスが詰め寄って言うがウィンディは何も答えない。

『それは僕のだよ。キミが持ってても意味のないものだよね!』

 アルスが畳み掛けるように言うとウィンディは思いつめたように口を開いた。

『意味は、あるわよ。だって、この欠片がないと私ここにいられなくなっちゃう』

『どうしてそう思うの?』

 アルスは訊ねる。

『アキはこの欠片があるから私をここに置いてくれてるのよ。それが無くなったらここから追い出されちゃう!』

 ウィンディは悲痛な声を上げる。

 アルスは溜息を吐くと、飽きれたように言う。

『ハァ、僕はキミのことなんて今すぐにでも追い出したいんだけどね。でも、アキはそんなことしないよ。キミだってそれをわかってるからここに来たんでしょ?』

『……』

『それに、キミの力は一向に戻らないみたいじゃないか。キミの中にある僕の欠片が回復を阻害してるんじゃないの?』

 アルスの言葉にウィンディはピクリと反応する。

『アキは、必要な時にキミの力を借りたいって言ってたよね? 力を貸してくれればここに置いてくれるって』

『……』

 ウィンディは黙って俯いている。

『力を取り戻せば、アキの力になれるし喜んでもらえるよ? 僕はアキに喜んでもらいたいんだ。キミは違うの?』

 ウィンディは顔を上げて告げる。

『私だってアキの喜んだ顔が見たい! ここに置いてもらってるんだもの役に立ちたいの!』

『だったら……』

『……怖いの。アキに拒否されるんじゃないかと思うと怖いのよ!』

 ウィンディは今にも泣き出しそうな声色だった。

 女の子の泣き顔は見たくない。アキは自分の信念に基づき扉を開きリビングに入る。

『アキ』

 アキが入ってきたことに気付いたアルスが呟いた。

 ウィンディもアキへと視線を向ける。

 アキはウィンディの目を真っすぐに見つめ告げる。

「拒否なんかしねぇよ。俺がいつ拒否するなんて言った? 俺は弱い。だからお前の力が必要なんだよ。お前に助けてほしいんだよ」

『アキ……本当に? その子の欠片がなくても私ここにいてもいいの?』

「だからそう言ってるだろ? それにな、可愛い女の子は大歓迎なんだよ」

 可愛くなかったら追い出すんだ、とは誰も突っ込まなかった。そんな空気ではないとアルスは察したようだ。

『うん……』

 ウィンディは嬉しさで微笑む頬に涙が伝う。

 その表情を愛おしく思い、アキはウィンディの頭を撫でていた。

『……もう、そうやって子供扱いするんだから』

 ウィンディは憎まれ口を言うが、その表情は嫌がっているものではなかった。可愛い微笑みを(たた)えた女の子がそこにはいた。

 逆にアキが照れてしまった。

『アキアキィ! 僕も可愛いから置いてくれるんだよねぇ?』

 アルスは空気を読まないタイミングで口を挟んできた。きっと計算ずくで邪魔をしたのだろう。

 ウィンディは少しムッとしていたが、照れていたアキにはナイスなタイミングだった。

 アキはアルスを見て呟く。

「黒いシルエットを可愛いと思う神経がわからん」

『酷いよ! 僕頑張ってるのにぃ、えぇぇぇん』

 アルスは涙は出ていないが泣いている素振りをする。

「はいはい、わかってるって。お前が頑張ってるのは知ってるから。で、なんでお前は欠片を返してもらおうとしてたんだ?」

 アキはアルスの頭を撫でながら訊ねた。

『えへへ、えっとねぇ。今の状況を打破する手がその欠片にあるかもしれないと思って』

 アルスは嬉しそうに答える。

「今の状況?」

『またまたぁ、とぼけちゃってぇ。今ね、アキ意識失って殺されそうになってるんだよぉ』

 アルスは深刻な状況を軽く楽し気に報告した。

「え!? そうなの?」

『あれ? 本当に知らなかったの?』

 アルスは自分の状況を知らないアキに驚きの声を漏らす。

『意識を失っているのですから気付かないのも無理はないでしょう』

 ウィンディはいつもの調子を取り戻したように言う。

『今ルゥちゃんがアキを守ってるとこだよ』

「な、なんでルゥが俺を守ってんだよ!」

 アキは驚いたように声を上げた。

『それはアキが意識を失ってるからだよぉ』

『親と慕っているのですからそうなるでしょう』

 アルスとウィンディの意見が一致した。一瞬二人の間で火花が散った気がしたが、アキは見なかったことにした。

「だったら早く戻らねぇと! ウィンディ、アルスに欠片を返してやってくれ」

『はい、アキがそう言うのでしたら』

 ウィンディは素直に頷くとアルスの前に腰をかがめ、目を閉じると額をアルスの額? に当てる。

『はい、還しました』

「え!? もう?」

 そのあっさりと終わった返還にアキは物足りなさを感じた。もうちょっと、ファンタジー映画みたいな神秘的な光景を期待していたのだ。

『ここはアキの中ですから、私たちはアキのものといってもいい状況です。ですから力の譲渡、情報の譲渡は比較的すぐに済むんですよ』

 ウィンディはアキの中の事をアキに説明した。

 今回は欠片ということもあり情報量が少なかった為、一瞬で終わったのだ。

「へ~そういうもんなのか。便利だけど、ちょっと味気ないな……で、アルス。どうなんだ?」

 アルスは顎? に手? をやり欠片の記憶を探ると一人頷いていた。

『ん~ふむふむ、なるほどなるほどぉ、これならいけそうかな。たぶん大丈夫、いつでも行けるから僕を呼んでね』

「ん? 呼ぶ?」

『うん、呼ぶの。呼んでからのおっ楽っしみぃ』

 アルスは楽しそうに勿体ぶる。黒いシルエットなだけに怪しすぎた。

 ウィンディは自分の力が急速に戻りつつあることに気付いた。カラッカラのスポンジが水を吸い込むように、力を奪われた体に自然界から魔力が流れ込んできていた。ずっと力を回復させようと自然界にアクセスし続けていたが、アルスの欠片のせいで接続ができていなかった。そして今、欠片を返したことで今まで遮断されていた魔力供給が一気に行われたのだ。

『私も行けますのでいつでも呼んでくださいね』

 ウィンディはこれでアキの役に立てると思うと嬉しくなり、やる気に満ち溢れていた。

「お前もかよ! ん~呼べばいいんだな? わかった。じゃあ俺は戻るからな」 

 アキは戸惑いつつも了承すると、外に出て行った。

『『いってらっしゃーい』』

 二人は仲良くアキを送り出した。

 いきなり仲良くなった二人をアキは訝し気に見つめていた。



 時は正常に流れ出す。

「ルゥちゃん!」

 カレンが叫ぶがすでに遅く、ルゥは闇に包まれた。

「そんな、ルゥちゃんまで……」

 カレンは力が抜けたように膝をついた。

「ねえちゃん! あれ!」

 エルロンが何かに気付いたように声を上げる。

 カレンはエルロンの指差す方へ視線を向ける。

 見ると、闇が押し戻されつつあった。

「え? まさかルゥちゃんが?」

 カレンは追い詰められたルゥの潜在能力が目覚めたのだと思った。

 闇が押し戻されると、ルゥの姿が見えはじめる。

 ルゥはギュッと目を閉じ羽根で頭を覆うようにしていた。

「ルゥちゃん!」

 やはりルゥの力なのだとカレンが声を上げると、カレンの声に気付いたのかルゥは目を開く。

 ルゥは目の前の光景に硬直し涙が溢れてきた。

「グエ……グエェェェェェェッ!」

 そして歓喜の声を上げた。

 ルゥが目にしたのは、気の障壁で闇を押し返すアキの姿だった。


「うちの子を泣かすんじゃねぇ!」

 アキは怒りを吐き出していた。

ルゥ、頑張りました。

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