新たな魔物
「襲われてるってどういうこと? どうしてわかるの?」
カレンは今にも駆け出しそうなアキへ訊ねた。村はまだ見えていないというのにアキは焦るような表情をしている。
「悲鳴が聞こえたからだ!」
アキは魔力を聴力に注ぎずっと周囲を警戒していた。アキ一人だったらそんなことはしなかったが、今はカレンがいる。魔物がいつ襲ってきてもすぐに対応できるようにしていたのだ。たとえウィンディやアルスが騒いだとしても周囲の音ならば聞き取ることはできた。
しかし、遠くの音となると話は変わる。それ相応の集中力が必要になる。周囲にだけ気をくばっていた為そこまで集中していなかったが、アルスの切迫した声を聞き範囲を拡げたのだ。そのおかげで悲鳴に気付くことができた。アルスのファインプレイだった。
しかしアルスはどうして気付けたのだろうか? 普段なら突っ込んでいただろうことに、今の焦りのあるアキは気付いていなかった。
「そんな声聞こえないけど……」
カレンは耳に手を添え耳を澄ませているが聞こえない。普通に聞いて聞こえるはずもなかった。
「いいから急ぐぞ!」
アキはそういうと駆け出した。
「ちょっ!? ちょっと、待ってよ!」
カレンはアキの後を追い駆け出した。
しばらく走ると村が見えてきた。山に囲まれるように、人の目から隠されるように造られた村のあちこちから煙が立ち登っていた。
「あ、村が見えてきた。ハァハァ、ホントに襲われてるみたいだね、ハァハァ」
カレンはアキの地獄耳が確かであったことに驚嘆していた。
「信じてなかったのかよ! てか、よくついて来れたな!? 俺結構速めに走ってたぞ?」
アキは村の被害を拡大させない為、全速ではないにしろそこそこ速く走っていた。もちろんカレンを置き去りにもできない為その分も計算入れて走っていたのだが、そのスピードにカレンが付いて来ていることに驚いていた。アキは多少差が開くと思っていたのだ。
「わたしだって遊んでたわけじゃないんだからね。ハァハァ、汐音さんに強化魔法を習ったから何とかついて来られたけど、ハァハァ、これ以上速いのは無理だからね。ハァハァていうかもう限界……」
カレンは息を切らし苦しそうに言葉を発すると、その言葉の通りにペースが落ちてきていた。
「よく頑張ったな。もう村だ、様子を見てくるから陰で少し休んでていいぞ」
「う、うん……」
アキは、カレンが木の陰に隠れるのを確認し村の塀の上に上り村の様子を確認する。
「村、なのか?」
アキはボソリと呟いた。リーフ村やリオル村と比べてもかなり大きい。レインバーグくらいの規模だろうか。もう街と言ってもいい感じだった。
見える範囲に人はいない、魔物の姿も見えない。耳を澄ますと村の奥の方から大勢の声が聞こえる、避難所は奥にあるのだろう。魔物も人を追って奥へ向かっているようだ。
「もう避難は済んで……!?」
「お願い! 誰か助けて!」
近くから声が聞こえた。
「この声、さっきの悲鳴の声か?」
かなり切迫しているようだ。
「カレン! 少しそこで隠れてろ!」
「え? う、うん」
アキはカレンの返事を聞く前に飛び出していた。
アキは屋根伝いを飛び移りながら駆けていき、声のする方へ向かう。近くとは言ったが、奥の大勢の声のする場所よりも近いと言うだけでそこそこの距離があった。途中魔物の死骸や人の死体が目に入った。
しばらく行くと、魔物が群がっている建物を見つけた。どうやら声はこの中から聞こえてきているようだ。
アキは建物に群がる魔物へと視線を向ける。
「なんだ? あいつ、あんな奴見たことがないぞ。まるで悪魔のみたいな……」
魔物の容姿は人のような体つきにコウモリの羽根を背から生やし、頭部が羊のようだった。まさに本で見るような悪魔だった。
「あれって確かバフォメットだっけか? 悪魔なんてはじめてだな」
アキは悪魔だと思っているが、人為的に合成されて造られたと言う可能性もある。詳細がわからない為、とりあえずバフォメットと呼称することにした。
「……あ、そういえばサキュバスらしきヤツはいたな」
アキは結衣に化けていた魔族の事思い出した。
確かサキュバスも悪魔に分類されたはずだよな。まあ、こっちでは魔族と一括りにされてるみたいだけど。じゃあ、あれも魔族か? そもそも悪魔と魔族の違いがわからん。感覚的には悪魔は魔族の上位種で魔族を統括している感じがする。悪魔が存在すればだけど……
「(っと、今はそんなどうでもいいことを考えている場合じゃないな)」
アキは考えるのを止め目前の魔物共に目を向ける。
バフォメットが1体、大ぶりのゴブリンが4体の計5体、村の中に他にもいるかもしれない。バフォメットはゴブリン共を指揮する小隊長なのかもしれない。
村の中に入り込んだ敵のことを思うとアキは億劫になっていた。
バフォメットは扉を破ろうとその拳を叩きつけている。
いつまでも見ているわけにもいかない。今にも扉が破られそうだ。
ドカァァン
言ってるそばから扉が破られてしまった。
「イヤァァァァッ」
建物の中から悲鳴が響き渡る。
「まずい!?」
アキは建物に入ろうとするバフォメットにめがけナイフを投擲する。
「フッ!」
ヒュンッ
キンッ
頭部の角に当たり弾かれてしまった。
「げっ、頭狙ったのがまずかったか!?」
アキの声に気付いたのかバフォメットはアキめがけて魔法を放ってきた。
「ボフォォォォッ」
妙な掛け声とともに炎が放たれた。
アキは瞬時に飛び退くと、隣の建物の屋根に飛び移る。
炎が直撃した建物はたちまち炎に包まれた。
「威力というか、燃え広がるのが速いな。あんまり魔法を使われると、あっという間に火の海になりそうだ」
アキは一人ブツブツと分析していると、バフォメットが命じたのかゴブリン共がアキのいる建物を破壊しようと棍棒を振り回しはじめる。
これ以上村を破壊させるわけにはいかない。アキは建物から飛び降りるとダガーを二刀抜きゴブリンへと斬りかかって行く。ちなみに一刀はリオル村で補充したダガーである。
「おぉぉぉぉぉぉっ!」
アキは一番近いゴブリンへと接近し右のダガーで足の腱を斬る。そして振り抜いた勢いのまま体を回転させ、倒れ込んできたゴブリンの頭部へと左のダガーを突き刺した。
「グギャッ」
耳障りな声を上げゴブリンは絶命する。
アキは顔を顰めると右のダガーを次のゴブリンへと全力で投擲する。
「うらっ!」
ヒュンッ
ドスッ
「グフッ」
頭部を直撃し絶命した。
(残りゴブ2体にバフォ1体。もたもたしてると他の魔物が来るかもしれない)
アキは心の中で一人ごちると、倒れていくゴブリンへと駆け出す。ダガーを掴むとジャンプしその勢いでダガーを引き抜く。
そして着地点にいるゴブリンの真上から落下と同時に二刀のダガーを振り下ろす。
ザシュザシュッ
「グギャァァァァッ!?」
ゴブリンの両肩を斬り落とすとゴブリンは悲鳴を上げる。大口を開けたところへダガーを突き刺す。
ゴブリンが事切れると、背後から残りのゴブリンが棍棒を振り下ろしてきた。
アキは突き刺したダガーを起点として跳び上がり棍棒を躱すと、ぐるっとまわりその勢いで棍棒を振り下ろし隙だらけとなったゴブリンを蹴り飛ばした。
「おらっ!」
ドスンッ
重たい音と共にゴブリンは吹き飛び、建物の壁に激突する。
アキはダガーを抜くと止めを刺しに突っ込んでいく。
壁をずり落ちるゴブリンの首を刎ねようとした瞬間、目の端に赤い揺らめきをとらえた。
「っ!?」
アキは全力でジャンプした。
アキが向かうはずだったゴブリンに炎が直撃し燃え上がった。
「ギャァァァァァァッ」
炎の中から絶叫が聞こえてくる。
「チッ!」
アキは舌打ちしバフォメットを見ると、アキへめがけ手をかざしていた。
宙にいるアキは身動きできない。
そのアキへとバフォメットは炎を放つ。
バフォメットはニヤリと嗤っているように見える。あくまでもアキの主観である。
ギリッ
アキは歯ぎしりし、内へと語り掛ける。
「(いけるか?)」
『(ゴメンまだ無理だよぉ)』
アルスが泣き言を言う。
『(私が抑え込みます! 拡げないようにしてください!)』
ウィンディが早速協力してくれるようだ。
「(すまん、助かる!)」
アキがそういうのと同時に炎がアキに直撃した。
「ぐっ!?」
ボフォォォォ……
炎に包まれたアキは重力に引かれ落下する。
ドサッ
アキが地に落ち燃え盛るのを確認すると、バフォメットは建物の中へと入って行く。
「イヤ! 来ないでぇぇぇっ!」
女性の絶望に染まる悲鳴が響く。
バフォメットが女性に手を掛けよとする。
「イヤァァァァァァッ」
ゴスッ
アキが背後からバフォメットの首を斬りつけていた。
アキは体の表面に気を纏い炎を防いでいた。まだ瘴気の掃除が終わっていなかった為、根性で耐えるしかないと思っていたところウィンディが瘴気を抑えてくれたのだ。そのおかげで周囲に気を拡げることはできないが、炎を防ぐ程度には纏うことができたのだ。
「くっ!? 硬い……ぅらっ!」
アキは強引に振り抜いた。
バフォメットは吹き飛ばされ壁に激突する。
ドガッ
アキのダガーを持つ左手は痺れていた。
「チッ、早く逃げろ!」
アキは舌打ちをすると女性に向けそう告げた。しかし、女性は動こうとしない。
よく見ると、女性の後ろに庇われるように子供が倒れていた。怪我をして気絶しているようだ。
(この子がいたから避難できなかったのか……)
アキが子供に注意が行っている間にバフォメットはノソリと立ち上がっていた。
ここで倒しきるしかない。村を救うにはどのみちそれ以外に道はなかった。
別にアキが救う必要はないのだが、目の前で襲われていればそれを見過ごすことなど今のアキにはできなかった。
しかし、ダガーではヤツを切り裂くことはできない。敵は1体、この部屋はさほど広くはない。あまり長引かせると二人の身が危なくなる。
アキは決断するとダガーを鞘に納める。そして、痺れていない右の手刀に気を纏わせる。
フォォォォォォン
という振動音と共に気が回転しはじめる。
アキはバフォメットへと鋭い視線を向ける。
グリゴールを屠った嫌な思い出の詰まった技、気をチェーンソーのように回転させるこの技の名は……
「オーラソー!」
相変わらずアキのネーミングセンスは壊滅的だった。
アキはそのふざけた技名を恥ずかしげもなく告げると、バフォメットへと瞬時に詰め寄りその右の手刀を横薙ぎに振り抜いた。
ザシュッ
アキはバフォメットに断末魔を上げる暇を与えることなく首を刎ね飛ばした。
バフォメットの鮮血が飛び散る中、アキは血を振り払うように右手を振り技解く。
そして、アキは女性へと振り向いた。
女性はビクッとし、怯えたようにアキを見ている。それも当然だろう。傍から見たら素手で魔物を屠ったように見えていたはずだ。もはや人間には見えていないのかもしれない。
女性の警戒心を解かなければ話にならない。
アキは溜息を吐くと座り込む。
「ぷはぁぁぁっ、ハァハァ、死ぬかと思ったぁ」
女性はキョトンとしている。
魔物を素手で屠った男が、そんなことを口にするとは思っていなかった為、拍子抜けしたように恐怖感が吹き飛んでいた。
その気配を察し、アキは声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。おかげさまで」
女性は戸惑いつつも何とか答える。
「後ろの子は?」
アキは女性の後ろをのぞき込み訊ねる。
「あ、弟です。足に怪我をしてしまい動けないんです」
女性は弟の顔をのぞき込み様子を窺いながら答える。
「そうですか……」
アキはそう呟くと男の子へと近づき、怪我の具合を見る。
怪我のすぐ上を縛り止血しているようだが、出血が酷い。脂汗を流し、痛みに耐えているようだ。
このまま動かすのはマズイと判断し、アキは応急処置をしようと試みる。
医療の心得はないが消毒の手順はリーフ村で教わっていた。というか、自分がしてもらったのを間近で見ていた。アキはそれを思い出しながら消毒をしていく。消毒を終えると傷口に手をかざした。
指にはめられた指輪の魔石が輝きはじめ怪我を癒していく。
しかし、所詮はマジックアイテム、それほど劇的な回復はできず止血ができた程度だった。
アキは傷口に回復薬を塗り包帯を巻く。
出来栄えは不格好だが、とりあえず応急処置は完了した。
「……これでいいかな?」
アキは自信なさげに呟くと男の子の顔色を窺う。
多少顔色もよくなった気がする。痛みを耐えるような苦悶の表情も収まっている。
アキはホッとし胸を撫でろした。
「あ、ありがとうございます」
女性は涙ながらに礼を言った。
「い、いえ、ただの応急処置ですので、村の外に仲間がいます。そいつならちゃんと治療できますからそこへ向かいましょう」
「は、はい」
アキは女性の返事を聞くと男の子をおぶり、女性を連れカレンの下へと戻っていった。
カレンの成長が少し見られて安心した。