ルゥとの別れ
アキと総司たちは小屋の外に出ていた。
総司たちは城に戻るため、アキは動けるようになった為出発するつもりでいた。
「あ、そうだ! 汐音」
アキは何かを思い出したように汐音を呼ぶ。
呼ばれた汐音はビクッとし怪訝な表情をする。
「なんですか?」
「帰る前にルゥを抱きしめてみろよ。不格好呼ばわりされたままってのも癪だからな。ルゥの良さを知ってから帰れ」
「え? いいですよ。そこまでする意味がわからないですよ」
アキは乗り気ではない汐音を無視し、ルゥを呼び寄せる。
「お~い、ルゥ。ちょっと来い」
「ぐ、グエッ?」
まだ寝ぼけているのか、ルゥはボーッとした目をしている。
アキは眠たそうにしているルゥを慈しむように見ていた。そして近くに来ると告げる。
「ほれ、抱きしめてみ」
「グエッ?」
ルゥはアキを羽根で包み込んだ。
「お前じゃねぇよ。まだ寝ぼけてんのか?」
「グエェェェェ……」
ルゥは眠そうな声をもらしている。
「はぁ、お前は寝てていいや」
アキはルゥの体を撫でてやる。
「グエ…………グゥゥゥゥゥ……」
するとルゥは座り込み眠ってしまった。
「ほれ、今が寝込みを襲うチャンスだぞ」
アキは汐音に夜這いでもさせるようなことを言う。
「何のチャンスよ!」
汐音はそう言うが、ふわふわボディの誘惑に勝てそうもなかった。
しかしギリギリのところで踏みとどまっている。
眠っているルゥをじーっと見つめ動かない。
アキはそんな汐音の背をトンと押してやった。
「わっ!?」
汐音はルゥのふわふわボディに飛び込んでいった。
ボフッ
汐音は動きを止める。そして感触を確かめるように両腕を動かしふわふわボディをサワサワする。
「グ、グエ?」
ルゥが一瞬目を開くと汐音は動きを止める。
「……グゥゥゥゥゥ……」
ルゥが再び寝息を立てると汐音は再びサワサワし、羽毛に顔を埋める。
「どうですかお客さん、うちの子は最高でしょう?」
アキはその手の店のようなことを言った。
汐音はピクリと反応すると顔を上げる。
「五十嵐君……」
「はい?」
「この子私に譲ってください」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
汐音の衝撃発言にアキは大声を上げていた。
「グ、グエ?」
アキの声でルゥは目を覚まし何があったのかとキョロキョロしている。
「何言ってんのお前?」
アキは訊ねる。
「やはり五十嵐君に躾は無理だと思います。自分のことすらままならないのに、他の生き物を育てられるはずがありません! 私がしっかり躾けて、立派なグリゴールに育てて見せます!」
汐音はルゥに抱きついたまま力説する。
アキはジトッとした目で汐音を見ていた。
「要するに、ルゥのふわふわボディにメロメロになったわけだな?」
「ち、違います! 私は躾の話をしているんです! この子が不良になったら困るんです!」
汐音はルゥに抱きついたまま離れない。説得力など欠片もなかった。
「立派なグリゴールって、立派に人を襲えるようにするつもりかよ」
「ルゥちゃんにそんな事させません!」
「ルゥちゃんって……」
結衣がボソリと呟いているのが聞こえた。
「普通に育てたらそうなるんじゃないか?」
アキは指摘する。
「そうしないために私が躾けるんです!」
「普通じゃなく育てるなら、普通じゃないヤツが育てた方がいいんじゃないか?」
アキは自ら普通じゃない事を認めていた。
「いいえ、私が育てれば間違いありません! 家でオウムを飼っていますから大丈夫です!」
汐音は自信ありげに言う。
「オウムって、普通の家で飼うもんじゃねぇな。さすが実家が病院のお嬢様だな」
「実家は関係ないでしょう」
「いや、あるだろう。普通の家じゃ買えねぇし飼えねぇよ。ていうかオウムとルゥとじゃサイズが全然違うだろう」
アキは汐音のあまりにズレた価値観に呆れていた。
「サイズなんてものは愛情で何とでもなります!」
「そういうもんなの?」
「そういうものです!」
二人は親権争いをはじめてしまった。どちらかというと汐音がムキになっているように見える。
「もう、ルゥちゃんに決めてもらえばいいんじゃない?」
埒が明かないと思った結衣が投げやりにそう言った。
「そうですね、そうしましょう!」
汐音はルゥに抱きついたままその提案に乗った。
「まあ、いいんじゃないか? 親は選べないけど育ての親くらいは自分で選ばせても」
アキは少し寂しそうに言う。
提案した結衣が仕切りだす。
「はい、じゃあルゥちゃん。どっちの人に育てられたいですか?」
「グエ?」
ルゥはよくわかっていないように首を傾げる。
「ルゥちゃんは私と行きますよね? 私がちゃんと面倒を見ますからね」
汐音はルゥに抱きついたまま上目遣いで言う。狙ってやったわけではないが結果的にそうなっていた。
「グ、グエェェェ……」
ルゥは照れたようにモジモジしている。
「お前、雄だったのか……」
アキはボソリと呟いた。
「五十嵐君、そんなことも知らなかったのですか? もうガッカリです。こんな人について行ったら碌なグリゴールにはなりません。私と行きましょうねぇルゥちゃん?」
汐音は優しく微笑みルゥを懐柔する。
「グエェェェェ……」
ルゥは気持ちが揺らぎはじめた。
「アキ、本当にいいの? ルゥちゃんと離ればなれになっちゃうんだよ?」
カレンが口を挟む。アキが我慢をしているように見えて心配になったのだ。
「大袈裟だろ、会おうと思えば会えるんだし。ルゥが決めたことなら俺はそれでいい」
アキはルゥがどちらを選ぶのか見守っていた。決断をルゥに委ね、心穏やかに見守っていた。
「ウフフッ、ルゥちゃん。私と行きますよねぇ?」
「グエェェェェ……」
見守っていたのだが……鼻の下を伸ばしたようなルゥの顔を見てイラッとした。
「……この、バカガキがぁぁぁっ!」
あっさりと我慢の限界をむかえたアキは怒りを露わにすると声を張り上げていた。
アキのあまりの剣幕に汐音は驚いてルゥから離れていた。
「グエェェェェッ!?」
ルゥは目を見開き口を開けて硬直した。
「ア、アキ?」
隣でいきなり声を上げられカレンは驚きで半歩後ずさっていた。
「ルゥ! まさかお前が色仕掛けに引っかかるようなヤツだったとはな! ガッカリだ!」
「グ、グエッ!?」
ルゥは両羽根を広げる。さも自分は汐音に手は出してまいせんとでも言っているようだ。
「もう、俺は知らん! 勝手にしろ!」
「グエッ!?」
ルゥは驚愕の声を上げる。
アキは一人でズンズンと歩いて行ってしまう。
そして総司へ布に包まれたものを渡す。
「ん! これヤル! じゃあな!」
「え? あ、おう。またな」
総司はそれを受け取ると、アキの剣幕に押され見送ってしまった。
「ちょっ!? ちょっと待ってよアキ!」
カレンはルゥを気にしつつアキの後について行った。
ルゥは悲しげな瞳をアキに向けていた。
「グエェェェェッ」
ルゥは悲しげな声を上げアキの後を追いかけようとする。
「大丈夫、ルゥちゃんには私がいますから寂しくないですよ。あんな冷たい人は放っておきましょうねぇ」
汐音がルゥを引き止めていた。
アキは振り返りもせず歩き続けた。
「アキ! ホントに……」
カレンはアキの辛そうな横顔を見て何も言えなくなった。
「そんなにつらいならなんで……」
カレンはわからなかった。そんなにつらい思いをするくらいなら一緒にいればいいのに。カレンはそう思っていた。
しばらく黙っていたアキは、小屋が見えなくなると口を開いた。
「あいつはまだ子供だ。城で保護してくれるって言うならその方がいい」
アキは、ルゥがいるから大丈夫だと総司たちに言いはしたが、洞窟での事を思い出し考えを改めていた。戦えないルゥを連れて行くのは危険だと、ルゥが殺されるところなど見たくないのだ。あの時の絶望感を二度と味わいたくなかったのだ。それは一方的なアキの思いだった。
「本当ならお前も連れて行きたくないんだけどな」
アキはボソリと言った。
「それはダメ。ルゥちゃんがいないんじゃホントにアキ一人になっちゃう。そんな事、させないから」
カレンの決意は固かった。
「はぁ、あっそ」
アキはため息交じりに言った。
アキを一人にはしない。これが今のカレンの行動理念だった。
アキが城に戻らないと聞き、今いるメンツで特に城に戻る必要がなく、自由な立場にいる自分がアキに追従すればいいと、カレンは総司たちを説得していた。最初は反対していたが、カレンがいればアキも無理はしないだろうと総司たちは納得し了承したのだ。
もちろんアキは最後まで反対していた、現在進行形で反対している。今もどさくさに紛れて一人で行ってしまおうとか思っていたが、カレンはしっかりついて来てしまった。作戦失敗だった。
とりあえず、ルゥを安全な城に置くことができることで良しとしよう。
アキはそう自分を納得させた。
「で、これからどこに向かうの?」
カレンは訊ねる。
「……まだ秘密だ」
ウィンディが大雑把な方向しか教えてくれない為、アキも行き先を知らなかったのだ。
「なにそれ? まあ、いいわ。どうせついて行くんだし」
カレンは諦めたのか覚悟が決まっているのかわからない言い方をする。
「あ、そうだカレン、付いてくるんならこれやるよ」
アキは思い出したように声を上げると、ダガーをカレンに差し出した。刀身の根元に緑色の魔石が埋め込まれた魔剣ダガーだった。
カレンは手に取り「なんで?」と言った表情をする。
「お前相変わらず攻撃系の魔法苦手だろ? それ一応水の魔法が放てるから、万が一の時はそれで身を守れ」
アキはカレンを危険な目にあわせるつもりはなかったが、何が起こるかわからない為保険として渡したのだ。
カレンは魔剣をまじまじと見ると告げる。
「魔法が放てるんならアキが使ってよ。アキ魔法使えないんだし、戦い慣れてる人の方が有効的に使えるでしょ?」
カレンは自分が攻撃に向いていない事をわかっていた。攻撃魔法が不得手だということはそういうことなのだから。
人にはそれぞれ得意な魔法、不得意な魔法がある。それには人の特性が色濃く反映される。
例えば汐音、彼女は補助系の魔法を得意としている。光輝の補佐を務めているだけあり特性が良く出ていると言える。
例えばサラ、彼女は満遍なく魔法を扱える。なんでもそつなく行える彼女の特性が出ている。ただ一つの事に固執するところは風魔法をよく使うところに出ているようだ。
そしてカレン、回復魔法を得意とするカレンは、争い事が苦手だ。その為攻撃魔法がうまく扱えない。だから人を助ける回復魔法を選んだのだ。
アキはそれでも魔剣をカレンに持たせる。
「一回使ってみたけどあんまりしっくり来なかったんだよなぁ。だから護身用に持ってろよ」
きっと持たせるための嘘だろうとカレンは思っていた。しかし、自分の身を案じて言ってくれていることはわかっていた為素直に受け取ることにした。
「わかったわよ。じゃあ遠慮なく」
カレンは密かに喜んでいた。アキからのプレゼントに心躍らせていた。
「んふふっ」
魔剣を胸に抱き笑みをこぼしていた。
それを見てアキは引いていた。
「武器抱きしめてニヤニヤすんなよ、魔剣だけに呪われたかと思うだろ?」
アキはさっきまで装備していたダガーに戦慄を覚えた。
「なっ!? 失礼なこと言うな!」
カレンは魔剣を振りかざし、入手後初の魔法を放ってしまった。
「どわっ!? あぶねぇな! っ!?」
水の魔法がアキの足元へ直撃した。そして次々と放たれる。
「えっ? えっ?」
カレンは戸惑うように魔剣を振り回す。
「これどうやって止めるの!?」
止め方がわからず振り回すと魔法が放たれそのすべてはアキを標的としていた。
「うおっ!? と、とりあえず俺を狙うのを止めろ!」
アキが焦るようにそう言うが狙いは一向に外れない。
「だからどうやるのよ!」
カレンはアキの事を想い続けているあまり魔剣にまで影響を及ぼしているようだ。アキのハートを狙い撃つ! みたいな勢いが魔剣に反映されていた。
水の塊がアキの頬を掠める。
「どほっ!? こ、殺す気かぁっ!?」
逃げ惑うアキをカレンは追いかけ続けていた。
「止まんないよぉぉぉ」
カレンは涙目になっていた。
「ねぇ、アキ。そろそろどこに向かってるのか教えてくれてもいいんじゃない?」
しびれを切らしたカレンが訊ねる。
今アキたちはモルデニア方面に向かっていた。
昨晩は通り道だったリオル村へ寄りカレンを里帰りさせ、カノン宅で一泊した。そして翌日出発したのだが、やはりウィンディの記憶と地形とが不一致してしまい、見事に迷っていた。アキの不安は的中してしまっていた。
「ん~たぶんこのあたりだと思うんだけどなぁ……」
アキは曖昧な事を言って誤魔化した。
ウィンディもこの辺で間違いないと言っていた為、諦めて引き返すこともできなかった。
「ホントに? さっきからこの辺グルグル回ってるみたいなんだけど?」
カレンはアキに疑いの視線を向ける。
これだけ歩き回って目的地にたどり着けないんじゃ疑いたくもなるというものだ。
(チッ、おバカだと思っていたが意外と鋭い突っ込みを入れやがる)
アキは何と答えたものかと悩んでいた。何せ頼りのウィンディが目的地にたどり着けず焦りの色丸出しでうろたえているからだ。つい先ほどアキはカレンと同じ質問をウィンディにしたのだが『ちょっと待ってよ! 今確認中なんだから!』と見事に逆切れされた。結構長い時間確認しているようだったが……
仕方ないからアキはさらに誤魔化す為の嘘を吐く。
「あ、こっちだったはず……(かな?)」
アキはこっそりウィンディの様子を窺う。
『……ここ、あれ……かな……』
ウィンディは記憶と照合するようにまわりの景色を確認し一人でブツブツ言っている。確認ばかりだ。
アキはレインバーグへ続くT字路とモルデニアとの丁度中間にある北へと続く道を指差していた。
「ホントに?」
カレンは疲れているのか疑いの目に鋭さが増す。
(チッ、疑り深いヤツだ。まあ、嘘なんだけど……)
「いいから行くぞ!」
アキはその視線から逃れるように歩き出す。
「はいはい、ついて行きますよ」
カレンは不満たらたらで付いてくる。
「(別に付いて来てくれなんて頼んでねぇつぅの)」
アキはボソッと呟いた。
「何か言った?」
「いいや、何も」
(地獄耳め!)
と心の中で叫んでいると、
「この先って、確かキャラバン隊が拠点にしてる村があったはずなんだけどそこに用があるの?」
カレンがそう訊ねてきた。
「え?」
アキは不意に訊ねられキョトンとしてしまった。
「え?」
カレンはアキのその反応を怪訝に思い首を傾げる。
「村に用があるんじゃないの?」
「えっと、だなぁ……それは、あれだ……」
アキはしどろもどろになる。村があるなんて知らなかったからだ。
カレンの怪しむ視線から逃れるため何かを言おうと言葉を探していると、頭の中に歓喜の声が響いた。
『アキ! ここよ、ここ!』
アキは突然の声にビクッと体が反応していた。
それを見たカレンもビクッとし、怪訝そうにアキを見ている。
「な、なに? 急に?」
「お、おう、なんでもない。アハハハハ」
アキは乾いた笑いをもらし誤魔化す。
「(おい! 急に大声出すな! ビビるだろうが!)」
アキは自分の中のウィンディに苦情を言う。中の声に一々反応していたら傍から見たらかなりヤバイヤツに見られてしまう。すでにカレンの視線がそう言っていた。
『(これが喜ばずにいられますか! 私の記憶は正しかったのよ!)』
ウィンディは散々迷っていたことなど忘れてしまったかのような言いぐさだった。
「(お前なぁ、どれだけ迷ってたと思ってんだよ。ていうかこの道選んだの俺だし!)」
人の手柄を自分の手柄のように言うウィンディにアキは物申す。
『(そんな細かいことはどうでもいいのよ。この辺りだと言った私を褒めなさい!)』
ウィンディは褒められたいようだ。
「(なんでそうなる!)」
『(いいじゃない褒めてくれたって!)』
と心の中で言い争っていると、感情がダイレクトに顔に出ていた。
もちろんカレンはそれを目撃し、アキから距離を取っていた。カレンの中でヤバイヤツとして認定されたようだ。
そんなこととも露知らず、アキたちは言い争いを続けていた。
そこへ、アルスが声を上げた。
『(アキ!)』
先ほどのウィンディの歓喜の声よりも大きな声に、アキはビクッと体を跳び上がらせた。
「ヒッ!?」
カレンは怯えたように声をもらしてしまった。
「(なんだよ、お前まで! カレンが完全にヤバイヤツを見るような目で……!?)」
アルスへと苦情を言っていると、アキはある異変に気付いた。
「(おい! これって……)」
『(だから声掛けてあげたのにぃ)』
アルスは苦情を言われたことに不満を漏らす。
「(悪かったよ。とにかく話はあとだ)」
アキはアルスの相手をするのを後回しにし、不審者を見るような視線を向けるカレンへと声を掛ける。
「カレン!」
「は、はい!」
カレンは急に不審者に名を呼ばれビクッとする。
「いつでも回復魔法が使えるようにしとけ!」
「え? なんで?」
カレンは不審者に指示され戸惑っていた。誰も怪我などしていない今の状況で回復魔法など必要ないと思っているようだ。
「襲われてる」
アキは進行方向へと視線を向けそう呟いた。
ルゥ、可哀想だな。