目覚め2
『あ、そうだ!』
ウィンディはアキの手を払い除けると声を上げた。
「ん? どうした?」
所在亡き手を戻すとアキは訊ねた。
『アキがこれから行くべきところへ案内してあげる』
「俺が行くべきところ?」
『ええ、あの男の後を追いたいんでしょ?』
あの男、シンの事を言っているのだろう。アルスの存在を感じてそれを追跡するということだろう。存在を感じ取ることができればかなり便利だ。前回のように不意を突かれることもなくなる。アキは自分でもできないかと考えていた。
「アルスの存在を感じ取るんだろ? どうやるんだ?」
アキの言葉を聞き、ウィンディは怪訝そうな顔をする。
『アルスの存在を感じ取るとは、どういうことですか?』
ウィンディは首を傾げていた。
「え? ウィンディの中にもアルスがいるんだよな?」
『ええ、今は欠片ほどですけど』
「アルス同士を共鳴させて存在を感じ取ったんじゃないのか? そうやってあの洞窟に来たんじゃないのか?」
アキの言ってることの意味がわからずウィンディは首を傾げる。
『え? 違いますよ。私はアキにこびりついている風の精霊の匂いをたどっただけです。それにあの洞窟に結晶があることも知っていたので、アキがそこへ向かっているのだと気付いたんです』
「は? お前洞窟に来れば俺に会えると思って、とか勘みたいなこと言ってなかったか? 信じちゃいなかったけど」
『ええ、言いました。その方が運命を感じられるでしょう?』
ウィンディはアキがあの洞窟に来ることを知っていて、運命を装って近づいていたのだ。
とはいえ、当時は敵かもしれないとアキは思っていたので運命など微塵も感じていなかった。
「え~、じゃあ、アルスの存在を感じ取るっていうのは俺の妄想の産物だってのか?」
アキは自分の妄想力の逞しさに驚嘆した。そして、その無意味な妄想に落胆した。
興味なさげに聞いていたアルスがポソリと呟く。
『たぶんできると思うよ。今その人の中に僕がいることがわかるから』
「じゃ、じゃあ!」
アルスの言葉にアキは食いついた。
『でも、ここまで接近しないと感じられないから意味ないよ』
しかし、アルスはそっけなく否定する。
『今の僕はあの石碑に封じられていた僕の一部に過ぎないんだから』
アルスは不機嫌そうに言う。
希望を断たれ肩を落としているアキは、アルスのテンションの低さに気付いていなかった。
「そうかぁ……じゃあ、どうやって後を追うんだよ?」」
アキは他に追跡方法があるのかと怪訝そうにウィンディを見る。
ようやく本題に入れると思い、ウィンディは自信ありげに口を開いた。
『それはですね、あの男が向かおうとしてるところへ行くには必ず通らなければならない場所があるんです』
「必ず通らないといけない場所?」
『ええ、その場所は私の記憶にありますので案内することができます。かなり昔の記憶ですが大丈夫でしょう』
ウィンディは楽観的に考えていた。
(かなり昔って何年前の記憶だよ? 封じられてたんだから最低でも百年くらい前じゃねぇの? 地形も変わってるんじゃねぇか? 本当に大丈夫かよ)
アキは不安でいっぱいだった。
不安を振り払うように他に手はないかと考え、思いついた。
「あ、そうだ! アルスにウィンディの中のアルスを渡せば追跡できるんじゃね?」
あの石碑に封じられていたアルスが、アルスとウィンディの中に分かれたのなら、もう一度一つになればそれが可能ではないかと考えた。
名案だと思ったアキはテンション高めに言ってしまった。
アキはウィンディの記憶を怪しんでいた為、今のテンションはまずかったかと思いウィンディの顔色を窺う。
案の定、ウィンディの目は鋭くなっていた。
『何ですか? 私の記憶が信用できないということですか?』
声に不機嫌さがにじみ出ていた。
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……ほら、ウィンディも昔の記憶だって言っただろ? もし地形が変わってたら困るじゃないか。な?」
アキは刺激しないように言いくるめようとする。
『それは、まあ、そうですけど……』
(よし、もうひと押しだ)
「これはあくまでも保険だから。ウィンディの記憶と地形が一致してたらそれでOKなんだし」
『ん~そういうことなら仕方ないですけど……でも残っている欠片程度で足りますかねぇ?』
ウィンディは納得してくれたが、問題があるようだ。
「足りるってどういうことだ?」
仕方ないなぁといった表情をし、ウィンディは答える。
『もう、さっき言ったでしょ? 私の中にはこの子の存在は欠片ほどしか残っていないって。その子、今の状態で近くにいる私以外に存在を感じられていないのですよね? 欠片程度では大したパワーアップは見込めないのではないですか?』
ウィンディはアルスをチラリと見る。
ウィンディの物言いとその視線にアルスの不機嫌さは2割増しになる。
『それができてたらあの洞窟になんて行かせてないし』
「う、マジかよ……」
アキは落胆し肩を落とす。
『どうせ、僕なんて役に立ちませんよ~だ。ふん!』
アルスはプイッとそっぽを向いてしまう。
「お前なに不貞腐れてんの?」
アキはここに来てようやくアルスの様子がおかしいことに気付いた。
『別に不貞腐れてなんてないもん』
どこからどう見ても不貞腐れていた。いや、見た目にはそうは見えないが、声の感情でそう感じられた。
「不貞腐れてんじゃん」
『そんなことないもん!』
アルスは完全否定する。
「はぁ、意味わからん」
アキは溜息を漏らす。
そんなやり取りを見ていたウィンディが納得したように口を開いた。
『きっと嫉妬してるんですよ。アキが私と仲良くしているのが気に入らないのですね』
「そうなのか?」
アキはアルスに訊ねる。
『……』
アルスは図星だったようで黙り込む。
「おいおい、そこは『アキと仲良くなりたいなんてこれっぽっちも思ってないんだからね! でも、仲良くなりたいって言うなら考えてあげなくもないわよ』とかいうとこじゃね?」
アキはツンデレ風に言ってみた。
『言ったら仲良くしてくれるの!?』
アルスは顔を上げアキに詰め寄る。思いのほか食いつきがよかった為、アキはたじろいでしまった。
「う、ん~考えなくもない」
アキの言葉にアルスは決意したようにすっくと立ちあがる。
『アキと仲良くなりたいなんて思ってない事もないんだからね! でも、仲良くなりたいって言うなら、なってあげても、なってください!』
言葉がだいぶ変わっていた。仲良くなりたいという気持ちが前面に出過ぎていた。
黒い人型シルエットは上目遣いっぽくそう言った。目がどこにあるかはわからない……
「こ、こえぇ」
アキは心の声が漏れてしまった。
『空雄の嘘つきぃぃぃ!? えぇぇぇぇん』
アルスは腕らしきもので顔らしき箇所を覆い泣き出してしまった。
『泣いちゃいましたね』
ウィンディは冷静に呟く。
アキは溜息を吐くとアルスへと手を伸ばす。
「はぁ、お前ホントに変わってるよな。お前みたいなやつがホントにアルスだなんて信じられねぇよ」
アキはアルスの頭を撫でながら言う。
『アルスはアルスだよぉ、アキがそう名付けてくれた時から僕はアルスなんだから、アキのアルスなんだから』
アルスはわざわざ言い直した。
「そうか、俺のアルスだったら嫉妬するのはおかしいだろ? だから泣くな」
泣いた子にはどうしても甘くなるアキだった。
『うん! えへへ』
アルスは、アキのアルスと言われ嬉しそうにしている(アキにはそう見えた)。
『それでさ、空雄。僕も空雄の事アキって呼んでいいかな?』
アルスはモジモジしながら訊ねた。
「え~なんで今更?」
アキは嫌そうに顔を顰める。
『だってぇ、空雄言ってたから、仲間でもないヤツにアキって呼ばれたくないって。僕敵じゃないんだよ? その人だけズルイよ。だからお願い』
アルスはウィンディを指差すと、上目遣いで懇願する(アキにはそう見えた)。
ウィンディはよくて自分だけダメなのは納得できないようだ。
アキはウィンディを横目で睨むとウィンディは視線を逸らした。呼び方を変えるつもりはないようだ。
アキは諦めたように溜息を吐く。
「ハァ、勝手にしろ」
アルスは花が咲いたように明るい表情になり喜びの声を上げる。表情はわからないが雰囲気でそう感じられた。
『わぁぁい、ありがとう! アキ!』
それからは側にすり寄り、しつこいくらいにアキの名を連呼してきた。
『んふふ、アキ。ア~キ? アキ。アキ! アキ~』
「ああ、もううるせぇ。しつこいよお前!」
『だって嬉しいんだもん。アキ~えへへ』
アルスは本当に嬉しそうだ。
アキは本当に鬱陶しそうだ。
そんな二人を生暖かい目で見ていたウィンディがもういいだろうと一つ咳払いをし口を開いた。
『コホン、え~とにかく、アキが動けるようになったら案内しますので、早く元気になってくださいね』
ウィンディの優しい言葉にアキは戸惑いを見せる。
「お、おう」
そして、それを悟らせないようにアルスへと声を掛ける。
「アルスはここの暗いのどうにかしてくれよな」
『は~い! でも、アキも闇に呑まれないように気を付けてよ。そうじゃないと、いくらお掃除してもまた暗くなっちゃうから』
アキはアルスに注意されてしまった。
「う、気をつけます」
アキは素直に聞き入れた。
「……うっ……ふぅ」
目覚めると目の前には懐かしい天井が広がていた。
「……ここは小屋か?」
アキは体を起こし頭を掻きながらまわりを見る。
「俺が使ってた部屋、だな……あれ?」
アキはあることに気付いた。
椅子に掛けていたはずの物がなくなっている。
「俺の制服……盗まれた!?」
確かにこっちの世界では珍しいデザインだろうけれど、他の物には目もくれず制服だけを盗っていくとは……
「そんなに値打ちのある物だったのか!?」
アキは売ればよかったと後悔した。
アキが一人後悔の念と戦っていると小屋の外から声が聞こえてきた。
何やら言い争っているような、一方的に喋っているような声だった。
グエグエ聞こえるから、片方はルゥであることは間違いなさそうだ。
アキは重い体に鞭を打ち立ち上がると部屋を出て外へとつながる扉へと向かう。
扉の前に着くと声がハッキリと聞こえてきた。
「えっと、中に入れてもらえないかな?」
「グエグエッ!」
「人の言葉は通じないでしょ。ココトオシテクレマセンカ?」
「外人風に言い換えても同じだろう」
「それよりもこれって鳥ですよね? 大きくないですか?」
「鳥なんですか? それにしてはかなり不格好ですが」
「グエッ!?」
聞き覚えのある声を聞きアキは溜息を吐く。
「はぁ、何やってんだアイツら」
アキは回れ右したい気持ちを抑え扉を開いた。
ガチャッ、ギィィ……
「お前らうるせぇよ」
これがアキは耳を塞ぐジェスチャーをしながら出て行った。
「あ……」
「グエェェェェェェッ!」
誰かが何かを言おうとしたがルゥの叫び声に掻き消された。
ルゥはアキが目覚めたことを喜び、飛びついてきた。
アキはスッと後ろに下がり小屋に入る。
「グゲッ!?」
ルゥはその巨体が入り口に引っ掛かり、小屋の中には入れなかった。
「まだ本調子じゃないんだから体当たりしてくるなよ」
アキはため息交じりに言う。
「グエェェェェ……」
ルゥは反省しているようだ。
アキはルゥの頭を撫でる。
「お前がここまで運んでくれたんだろ? ありがとな」
「グエェェ」
ルゥはアキにお礼を言われ嬉しそうだ。
しかし、小屋に入れないルゥがどうやってアキを部屋まで運んだのだろうか? アキはウィンディが運んでくれたのだと思っているようだ。
アキはルゥに告げる。
「どうでもいいけどそこ開けてくれ」
「グエッ」
ルゥはハッとして後ろに下がろうとする。
「グ、グエッ!?」
ルゥはジタバタしはじめた。
アキはジト目を向けてその光景を見つめていた。
「お前、嵌まったのか……」
「グエッ」
ルゥは頷く。
「はぁ、仕方ねぇなぁ」
アキは溜息を吐くとルゥの腹に手をつく。
「押してやるから、せーので下がれよ?」
「グエッ!」
ルゥは頷く。
「せーの! ふっ!」
「グエェェェェ……」
一人と一羽は力を込める。
小屋からミシミシと嫌な音が聞こえてくる。人の小屋を破壊するわけにはいかない。
アキは焦る気持ちを抑え慎重にルゥを押した。
「うぅぅぅぅぅ」
「グゥゥゥゥゥ」
スポンッとでも効果音が鳴りそうな勢いで抜けた。
「おわっ!?」
「グエッ!?」
一人と一羽は勢い余って三メートルほど飛んでしまった。
ボフッ
ルゥがクッションとなりアキは無事だった。もちろん鳥類のルゥはこの程度は問題なかった。
幸い外にいた連中は下敷きにはならなかった。
「なんで病み上がりでこんな力仕事せにゃならん……」
アキは愚痴をこぼすとルゥの上から降りる。そして視線を感じ振り返る。
視線の主は総司、結衣、汐音、カレンだった。
アキは4人に向け言う。
「なんでお前らがここにいんの?」
「え、いや、アキがここに向かったってリーフ村の村長さんに聞いたから」
総司は遠慮気味に言う。アキの物言いに、ここに来てはいけなかったのかと思っているようだ。
「ふ~ん、まあ、いいけど」
「いいのかよ!?」
総司はすかさず突っ込む。
「とりあえず中入るか。話があるからここに来たんだろ?」
4人共黙り込んでしまう。
「違うのか? お前らなぁ、他にやることあるだろう」
アキは呆れて頭を抱えてしまった。
「いえ、話はあります。ただ、五十嵐君の見た目が……」
汐音はアキの頭を見て言う。白髪が気になっているようだ。
「そうか……んじゃ、中入るか」
アキが歩き出すとルゥも後をついてくる。
その気配に気づきアキは足を止め振り返る。
「ルゥは外で待ってろ」
「グエェェ~」
「え~じゃねぇ! また嵌まるぞ?」
「グ……」
ルゥはアキに迷惑を掛けたことを思い出し、言葉につまった。
「いいからお前は外で昼寝でもしてろ、お前の事だから一晩中見張ってたんだろ?」
「グエッ!?」
驚いたような顔をしている。どうやら図星のようだ。
「ありがとな、少し休め」
アキはルゥの頭から首へかけて優しく感謝を込めて撫でる。
「グエェェェェェ……」
ルゥは気持ちよさそうにしている。今まで気を張っていたのだろう、気が緩みむと疲れを思い出したのかウトウトし、目蓋を閉じていく。
そして、ルゥは座り込み寝息を立てはじめた。
「グゥゥゥゥ、グゥゥゥゥゥ……」
「いびきかくのかよ……ふふっ」
アキは慈愛に満ちた視線をルゥに向け微笑んでいた。
そして総司たちの視線に気付き、ギロッと据わった目を向ける。
「なんだよ?」
他の3人が視線を逸らす中、汐音だけが目を見開いて真っ直ぐにアキを見ていた。
「い、いえ、五十嵐君のあんな表情はじめて見たので少し驚いただけです」
「フンッ! いいからさっさと中に入れ!」
アキは照れ隠しのように言い放った。
しかし、赤くなった顔は隠し切れていなかった。
ルゥ、忠実に育ってます。