目覚め
……
……闇
……闇へと光が射す
光へ近づき、その光をのぞき込む
……闇の外、光の中に二人、男と女がいる
……男は女に言う
みんなが決めたことだからな、私が反対する理由もないし
……女は男に言う
みんなって、あなたはいつもそうです。まわりに流されてばかりで……あなたはもっと自分の気持ちに素直に従うべきです
……男は言う
同意したのは私の意思なんだけど……
……女は怒鳴る
そんな屁理屈はいいんです! ……私はただ、あなたに自由に生きてほしいんです
……男は微笑むと女の頭を撫でる
お前は優しいな
……女は頬を朱に染め頬を膨らます
またそうやって私を子供扱いして……もう知りません!
……風を纏う女はそっぽを向いてしまう
……男は苦笑いを浮かべ女の頭を撫で続ける
……
……
「……ん」
目覚めると、見知った天井が広がっていた。
「……俺の部屋?」
アキはベッドに横たわったまま首だけを動かしまわりを確認する。
使い古されキャラクターシールの張られた机、趣味がバレるような漫画の並べられた本棚、壁に貼られたグラビアアイドルのポスター、部屋の照明に照らされ見えるそれらは、どれをとってもアキの部屋そのものだった。
アキは頭をポリポリ掻き思い悩む。
これって、やっぱり俺また死んだ? でも蘇生アイテムなんて持ってないし……夢か! なるほど、夢なら納得だな。じゃあ、どこからが夢? ん~死んだと思って目覚めたあのあたりかな? 夢から覚めて、二度寝の誘惑に負けて、で、今目覚めた。うん、これだ!
考えもまとまったことでアキは体を起こし窓の外を見る。
「暗っ!? まだ夜じゃねぇか。よし、三度寝しよう」
アキは再びベッドに横たわり眠りへと誘われていく。
そこへ、
ドタドタドタッ
アキの部屋へ猛ダッシュで向かってくる騒々しい足音に気付き、アキは目を開ける。
「チッ、うるさい冬華め! またエルボーをくらわすつもりだな? フッこの空雄、そう何度も同じ攻撃は受けん!」
アキは枕を掴み扉が開かれる瞬間を待つ。
そして、勢いよく扉が開かれる。
ガチャッ、バタンッ
『あき……』
ガバッ
「ハッ!」
アキは全力で枕を投擲した。
バフッ
枕は見事顔面に命中した。
「フハハハハハハッ、どうだ冬華! 兄の力、思い知ったか! フハハハハハハ……」
アキはベッドに仁王立ちし冬華をビシッと指差し告げると、声高らかに笑った。
しかし、
枕がボフッと床に落ちる。
アキは目の前の光景に驚愕し口をパクパクさせ体を硬直させる。指差す手はプルプルと震えていた。
アキの指差す先には冬華の顔はなかった。
そこには黒い人の形をしたシルエットが佇んでいた。
そのシルエットの顔がアキへと向く。
『ひど……』
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
アキは絶叫を上げ後ろに倒れると、壁に頭を打ちつけそのまま気絶した。
「……うっ」
目覚めると、目の前に見知った天井が広がっていた。
「……あれ? デジャヴ? じゃないか。はぁ、夢でよかった」
アキは目を閉じ、額に手をあて現状の整理をする。
えっと、夢だったのはいいけど、どこからが夢なんだ? ……あ? これも夢の中でやったな。夢の中で夢なんか見たらもうどれが現実かわかんねぇよ。
アキは現状の整理は止め、起きることにした。
上体を起こそうとすると頭に痛みが走る。
「ぐっ!? いっつぅぅ……これ夢で打ったとこじゃ?」
アキは頭を押さえ上体を起こすと気配を感じ顔を向けた。
「……」
目の前に黒い人型のシルエットがいた。
『あき……』
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
アキは絶叫を上げ飛び起きた。
「ななな、なんだこいつ! なんで俺んちにこんなバケモンがいんだよ! 夢じゃなかったのかよ!」
アキは我を忘れ声を荒げる。
『空雄ぉ、化け物だなんて酷いよぉ。僕のこと忘れちゃったのぉ?』
「こんな黒い人型シルエットに知り合いはいねぇ!」
アキはベッドの上から見下ろし言い放った。
『えぇぇぇぇん、空雄が僕の事忘れちゃったよぉ。きっと頭打ったからだぁ』
黒いシルエットは腕らしきものを顔らしき箇所にあて泣き出した。なんとも不気味な光景だった。
アキは後ずさり壁に背を押し付ける。
「なんなんだよお前は!?」
『えぇぇぇぇん、僕アルスだよぉ。空雄のアルスだよぉ』
黒いシルエットは自分はアルスだと言った。
「アルス? お前いつから俺のになった!」
アキはアルスを指差し怒鳴りつける。
『え~? だって僕の事受け入れてくれたでしょ? 僕の身も心も空雄のものだよぉ』
アルスはモジモジしている。
アキはジト目を向け一つ溜息を吐く。
「……はぁ、お前の身がどこにあるかは知らんけど、やっぱり夢じゃなかったのか」
『夢じゃないよぉ! お帰り空雄ぉ!』
アルスはさっきまで泣いていたのが嘘のように、嬉しそうにアキに抱きついて来た。アキがアルスの事を忘れていなかったことが嬉しかったようだ。
「ところで、なんなんだよそのシルエットお化けは!? 昔光輝んちでやったサウンドノベルのかまい〇ちの夜思い出したわ! こえぇよお前!」
アキはまくし立てるように言う。
『だって、この方が人っぽいでしょ? こうやって抱きしめることもできるんだよぉ』
アルスはそう言うと再びアキを抱きしめる。
「逆にこえぇよ! 人っぽさの欠片もねぇよ!」
『え~、空雄の為に頑張ったのにぃ』
アルスはアキに抱きついたまま上目遣いで言う。目がどこにあるのかわからないが。
目の前の黒いシルエットを見て、アキの中でかまい〇ちの夜の惨劇が蘇っていた。
(あの頃は子供ながらに虚勢を張ってゲームを進めていたけど、結局怖くて夜一人でトイレに行けなくなったなぁ)
アキの思考はどこか昔へと飛んでいた。
そこへ現実へ引き戻すかのように声が掛けられる。
『何ですか、騒々しいですね。アキ、目覚めたのなら早く下りてきてください』
ここにはアキとアルス以外には誰もいないはずなのに二人以外の声が耳に届いた。
アキは声のする方を見ると、部屋の入り口にウィンディが立っていた。
「は? なんであんたが俺んちにいんの?」
ここはアキの家ではない。アキの中ではあるけれど。
立て続けに思いがけない者が現れ、アキの頭の中は軽くパニックを起こしていた。
『それは……』
ウィンディが説明しようとすると、アルスが悲痛な声で割り込んでくる。
『聞いてよ空雄ぉ! この人がさ、勝手に僕たちの愛の巣に入ってきたんだよぉ!』
「いや、愛はないから」
アキはパニック状態でもそこはハッキリ突っ込んだ。
『愛はあるよぉ! 空雄だってここを空雄の家だって言ってたでしょ? それに行き場のない僕を空雄が受け入れてくれた。これが愛じゃなくてなんなのさ!』
アルスが顔を近づけ力説する。
黒いシルエットが目の前に接近し打ち震えている。どこから声が出ているのかサッパリわからない。怖すぎる。
「あれは脅迫に近かっただろ。ていうか近い! こえぇ!」
アキはアルスを押し退けようとする。
『え~酷いよぉ、怖くないよぉ』
アルスはアキから離れようとしない。
『と、に、か、く! お茶を飲んで落ち着きましょう。早くリビングに下りてきてください』
ウィンディはそういうと一人先に下りて行った。
「なんであいつが我が物顔でいるんだ?」
『むぅ~』
二人は納得できない様子でウィンディを見送っていた。
リビングに入るとウィンディは一人お茶をしていた。
「俺の分はないのか……」
アキはウィンディを見下ろし不満そうに呟いた。
『ご自分でどうぞ』
ウィンディは素っ気なく答える。
アキはイラッとした。
『空雄、空雄! 僕が淹れるから座ってて』
アルスはそういうと軽やかな足取りで台所へと向かう。
その様子を見てアキは不安を覚える。あの見た目から一体何をいれるのだろう? と。ダークな何かが運ばれてこないかとヒヤヒヤし、落ち着くことなどできなかった。
アキは不安そうに台所をチラチラ見ていた。
そんなアキを見てウィンディは呟く。
『落ち着きがないですね』
「落ち着くか! あいつが何入れてくるかわかんねぇんだぞ!」
アキは不安を撒き散らすように声を上げる。
そこへ、ついにアルスがやってくる。
『お待たせ~』
アキはビクッとしアルスへ視線を向ける。
お盆に湯呑みと急須を乗せてやってきた。どうやら日本茶を淹れてくれるようだ。
アルスはテーブルの上にお盆を乗せ、湯呑みへとお茶を注いでいく。二人分淹れると、一つをアキの前に置く。
『はい、どうぞ。飲んで飲んでぇ』
アルスは感想を聞きたいようで急かしてくる。
アキは湯呑みを手に取り中を覗き込む。
(茶色い、いや少し赤い気がする。しかも濃い。日本茶じゃない? これはなんだ?)
アキは生唾を呑み込みアルスをちらっと見る。
アルスはワクワクした感じでアキの感想を待っている(アキにはそう見えた)。
アキは意を決したように目を瞑り湯呑みに口をつけた。
ゴクッ
アキは一口含み、飲み下した。
「!?」
アキは目を見開く。
『どおどお? おいしい?』
アルスは感想をせがむ。
「紅茶じゃねぇか! なんで湯呑みなんだよ!」
『え?』
アキが声を上げるが、アルスはわかっていないようで首を傾げている。
『それよりどうだった? おいしいかった?』
アルスは湯呑み問題よりも、どうしてもおいしいと言ってもらいたいようだ。
「お、おう。まあ、紅茶だしな。うまいけど」
アキが素直な感想を言うとアルスは照れたようにモジモジする。
『えへへ、よかったぁ』
アルスは嬉しそうにアキの横に座り自分の分の湯呑みに口をつけた。
(そこが口だったのか……普通に人と同じ場所だったんだな)
アキはアルスが紅茶を飲むの姿を怪訝そうに見ていた。
『それじゃ、話しましょうか』
飲み物がそろったところでウィンディが仕切りはじめた。
「なんであんたが仕切ってんだよ?」
アキは怪訝そうにウィンディを見る。
『だって、放っておいたらいつまでたっても話がはじまらないでしょ?』
ウィンディはアキたちを見て言う。
確かにさっきからお茶の話しかしていなかった。
アキは気を取り直すように咳ばらいをすると口を開く。
「コホン。で? なんであんたがここにいるんだよ? ここ、俺の中だろ?」
アキの疑問にウィンディは首を傾げる。
『なぜって、アキが私を受け入れてくれたからでしょ?』
なんだか最近よく聞く言葉をウィンディは口にした。
「は? 俺が? いつ?」
アキは身に覚えがなく聞き返す。
『え? 覚えていないの? ……酷い、あんなに私を求めてくれたのに、遊びだったのね! クスン』
ウィンディは両手で顔を覆い泣き崩れる。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
アキはわけがわからず声を上げる。
『空雄の浮気者ぉ———!?』
アルスは意味のわからないことをいいアキをポカポカ叩く。
アキはアルスの頭を押さえ押し退けると、ウィンディに詰め寄る。
「何言ってんだお前! 誰が求めるか!」
『え~そうかなぁ? アキったら激しかったんだよ? 私力抜けちゃって。やっぱり若い子は違うわね』
ウィンディは頬を赤くし上目遣いでアキを見上げる。まるで留まるところを知らない若い性を全て受けとめたお姉さんのようなことを言う。
「な、ななな……何言ってんだ!?」
『な、ななな……何言ってるの!?』
アキとアルスは見事なハモリを見せた。
『プッ、ハハハハハハッ、もう、冗談よ。フフッ、もうおかしいんだから、アッハハハッ』
ウィンディは堪えきれないように声を上げ笑いだした。
「……」
『……』
アキとアルスは言葉を失っていた。
『ああ、おかしい。安心して、エッチなことは何もないから。本当は私の回復力を求めていただけよ』
ウィンディは笑いを堪えるように頬を引き攣らせながらそう告げた。
アキは誤解してあらぬことを考えていたことを振り払うように声を上げる。
「へ、変な言い方すんな! で、回復力ってどういうことだよ!」
『あれ? 本当に覚えていないの?』
「あ? なにが?」
『……ふぅ、ちゃんと説明した方がよさそうね』
ウィンディはそう呟くと説明をはじめる。
『あの男と戦っていたとき、アキ暴走したんだけど、覚えては……いないわよね?』
「ああ」
『暴走のおかげでなんとかあいつを退けたのだけれど、アキの体は瘴気の侵食が酷くて、体へのダメージもすごかったの。回復しようにも私の力の大半をあいつに奪われていたから、アキの中に私が入って私の回復力で回復するしかなかったのよ』
「……」
『それ以外に方法がなかったのだけど、私拒絶されてアキの中に入れなかったのよ』
アキはアルスの話を思い出した。
「俺が許可しないと入れないってやつか」
アキのアルスに向け呟くと、アルスは頷く。
『それで私アキにお願いしたの、私を受け入れてって。そうしたらアキ「もう受け入れただろ」って』
ウィンディは少し嬉しそうにしている。
アキは思い当たる節があるのかハッとした表情をしていた。
「それ、言ったかも。俺はてっきりこいつが言ったのかと思って……」
アキはアルスを指差し言う。
『そうね、でもそれは関係ないの。私がお願いして、あなたが応えてくれた。それが重要なのよ、私たちにはね』
ウィンディはそう言い微笑んだ。しかし、その微笑みはアキではない他の誰かに向けられているようだった。
「私たち、か。そういうことなら仕方ないけど、もう回復したのか? 俺?」
アキは自分の事を人に訊ねると言うおかしなことをする。
『そうね、もうだいぶ回復したと思うわよ。アキ、激しかったから』
ウィンディは再び頬を赤らめる。
「それはもういいっての! で、俺が回復したんならここにはもう用はないんだろ? いつ出て行くんだ?」
アキは立ち退きを要求する。
回復してもらったことには感謝しているが、これ以上自分の中に別の者を入れておきたくはなかったのだ。
『私、出て行かないわよ』
ウィンディは悪びれもせず、ハッキリと居座ることを宣言する。
「は? なんで?」
『だって私、はじめからそのつもりだったから。お願い、聞いてくれる約束だったでしょ?』
「お願い?」
『ええ、情報と引き換えにお願い聞いてくれるって』
確かにそういう話になっていたがお願いの内容までは聞いていなかった。もし知っていれば断っていただろう。
「じゃあ、その情報は?」
『……』
ウィンディは黙り込む。
「おい! ガセじゃねぇだろうなぁ! あん?」
アキはウィンディに詰め寄ると凄んで見せる。
ウィンディは明後日の方向を向いて呟く。
『ガセじゃないわよ、ちょっとなくしちゃっただけで……』
「なくしただぁ?」
『う、うん、あいつに力と一緒にその子の一部も持っていかれちゃって』
ウィンディはテヘッと舌を出して誤魔化した。
「今すぐ出て行け!」
アキは扉を指差し言い放った。
『え~、それはないんじゃないかなぁ? 私回復してあげたんだよ?』
ウィンディはアキの良心に訴えかけた。
「それには感謝してる。でも約束は情報との交換のはずだ」
アキは契約は絶対! と言わんばかりの勢いで言い放った。
交渉に弱気は禁物! アキは自分に言い聞かせた。
『そうだけど……じゃ、じゃあ情報があればいいのね?』
「ん? まあ、そうだな」
『だったら少し時間をちょうだい! 私の中にまだ少しこの子の欠片が残ってるから、それを何とか引き出してみる。だから、ここにおいてください!』
ウィンディは誠意をこめて頭を下げた。完全に下手に出てしまっていた。最初の頃の毅然とした態度はどこへいった?
アキは腕を組み、しばし考える。実際にはその素振りを見せていただけだった。
「仕方ないな。わかった、おいてやる」
なんだかんだで甘いアキだった。甘いと思われたくなくて強気の姿勢を見せていたのだ。
『本当!?』
「その代り! 必要な時、俺に力を貸してくれ」
アキはそういうと手を差し出す。
ウィンディはアキの手を取り返事をする。
『ええ。でも私力を奪われたから、力が戻ってからってことになるけど……それでもいいの?』
ウィンディは上目遣いで訊ねる。
「ああ、それでいい」
『わかったわ。これからよろしくね、アキ!』
ウィンディはアキ微笑みかける。
「ああ、よろしくな」
その微笑みを見て、アキは自然とウィンディの頭に手を伸ばし頭を撫でた。
なぜそんな行動に出たのかアキにもわからなかった。
『っ!?』
ウィンディはハッとしたような表情をすると、頬を朱に染めプクッと頬を膨らませる。
アキはその子供の様な表情を見て気付く。
(この表情、夢に出てきたのはウィンディだったのか。それを確かめたくて俺は頭を撫でたのか)
アキは自分の行動の意味を知り苦笑いを浮かべた。
そんな二人を見ていたアルスは不貞腐れたように呟いた。
『空雄のバカ。僕に何の相談もなしに決めちゃうんだもん……』
ウィンディ、アキのところに来た理由は何なんでしょうね。