アキと光輝の関係
総司たちはリーフ村へと向かっていた。
昨晩遅く、リーフ村より城へ通信が届いた。なんでも絶滅したと思われていた怪鳥が先の地響きで目覚め、子供を攫って行ったのだという。怪鳥グリゴール、並の兵では歯が立たない魔獣。討伐するにはそれ相応の数の兵が必要とのことだ。
しかし、今城は戦いの後ということもあり動ける兵が不足しており、そちらに兵を割く余裕はなかった。その為、今動ける総司たちが来たというわけだ。戦力も並の兵よりも上な為、少ない人数でも事足りる。かなりお得である。
それでも全員というわけにもいかなかった。踏み絵の件もあり、発案者の冬華は除外。その手伝いおよび修行や勉強で光輝、麻土香、風音は城に残ることとなった。サラも何か思うところがあるようで城に残っている。消去法で動ける者は総司、結衣、汐音、カレンというメンツになった。
戦力的にもバランスはいいだろう。前衛を総司が、中衛・援護を汐音、後衛・守りを結衣、そして回復役のカレン、急造の割には悪くない組み合わせだった。
兵士の問題もあり、人選に時間が掛かったこともあり、村に到着したのは通信を受けた翌日の夕方だった。
「こんなに時間が経っていたら攫われた子供はもう……」
通信の話を聞いてからずっと子供の事を心配をしていた汐音は悲愴な表情で呟いた。
「……これ以上被害を出さないよう早く怪鳥を倒してしまおう」
総司はそういうと村の中へと足を進める。
怪鳥グレゴールの出現と子供が攫われたことで、村の雰囲気は暗いものになっているだろうと思っていた総司たちは、困惑していた。
村人たちの表情は明るく、悲愴な感じは欠片も感じられなかった。
「これは一体どういうことだ?」
総司はポツリとつぶやいていた。
「ホントに怪鳥なんて出たの? そんな風には全然見えないんだけど」
結衣は村の中を元気に駆けまわる子供たちを見て言う。
「本当ですね。普段通りの生活をしているみたいです」
カレンも商店の活気の良さを見て言う。
「とにかく、村長さんのところへ行って話を聞いてみましょう」
汐音に促され、総司たちは村長の家へと向かった。
村長の家に着くと、村長とその孫娘のシェリーが出迎えてくれた。
話しを聞くと、怪鳥に攫われたのがこのシェリーとその友達のカルロスだったそうだ。
つまり総司たちがもたもたしている間に、子供たちはすでに助けられていたということだ。
「そうでしたか、遅くなって申し訳ありませんでした。でも子供たちが無事でなによりでした」
汐音は遅くなった事を丁寧に謝罪し、シェリーの元気な姿を見てその無事を喜ぶ。
「それで、怪鳥はどうなりました?」
総司が気掛かりだった事を訊ねた。
子供たちが助け出されても元凶である怪鳥が健在だとなると、再び村を襲ってくるかもしれない。
村長はニッコリ微笑み告げる。
「すでに倒されました。たまたま通りがかってくれた方が怪鳥を倒し、孫たちを救ってくれたのです」
「お兄ちゃんはね、とっても強いんだよ! あたしの事二回も助けてくれたんだよ」
シェリーは体を大きく使い、ジェスチャー付きで強さを表現し、とても嬉しそうに話している。
汐音はそんなシェリーの様子を微笑まし気に見つめていた。
「そう、シェリーちゃんはお兄ちゃんの事が大好きなのね」
「うん、あたしお兄ちゃんのことだーい好き!」
シェリーは両手を大きく開き、どれだけ好きなのかを表現する。
汐音はそれを慈愛に満ちた目で見つめている。汐音はティム、ティナに続きシェリーにもメロメロになっていた。相変わらず子供好きなようだ。
「その人に感謝しないといけないな。俺たちが遅くなったばかりに危険な事をさせてしまったんだから」
総司は今はいないその人物に心の中で礼を言う。
そんな総司たちを村長は興味深そうにチラチラと見ていた。
「ん? どうしたんですか? 俺たちのことがそんなに珍しいですか?」
総司は村長の視線に気付き訊ねた。黒髪に黒い瞳はこちらの世界では珍しいと聞いていた為そのせいだろうとは思っていた。
「え、ええ、すみません。黒髪の方は珍しいので……」
やはり当たりだった。しかし理由はそれだけではなかった。
「あの、失礼ですが、皆さんは異世界から来られたのですか?」
その村長の言葉に、総司たちは驚きを見せる。そのことを知っているのは総司たちの関係者くらいだと思っていたからだ。一般の人たちがそれを知る機会はないはずだ。
総司は疑問に思い訊ねた。
「なぜそれを? そのことを知っているのは城の人たちだけだと思っていましたが?」
「ええ、私は以前城に仕えていましたので。そうですかあなた方が異世界の戦士様でしたか」
村長は感慨深そうに頷いている。
「え!? お姉ちゃんたち異世界の戦士様なの?」
シェリーは驚いたように目を丸くしている。
「ええ、そうよ。でも戦士様って言うほど大層なものではないけれどね」
汐音はそう呼ばれることに慣れていないようで困った顔をしている。
シェリーはマジマジと汐音たちを見て口を開く。
「ん~でも、お兄ちゃんの方が強そう」
シェリーは子供らしく、思ったことを素直に口にしていた。
「コラ! シェリー! すみません孫が失礼なことを」
村長は焦るように頭を下げシェリーを叱る。
「いえ、肝心な時にいないんじゃそう思われても仕方ないですからね」
総司は苦笑いを浮かべている。
「本当にすみません。シェリー、アギトさんは確かに強いがこの方たちはもっと強いんだよ」
「え~お兄ちゃんの方が強いよぉ」
村長はシェリーを言い含めるが、シェリーはあまり納得していなかった。
しかし、総司たちはそんなことはどうでもよかった。それ以上に気になることを村長が口にしたからだ。
「村長さん!」
「は、はい!」
総司がいきなり声を上げた為、村長は怒っているのだと勘違いし返事が裏返ってしまった。
「今、アギトといいましたか?」
「え? ええ、そうですが、それがなにか?」
総司の真剣な表情に村長は戸惑いを見せる。
総司たちは目を合わせ頷き合う。
「アキは、アギトは俺たちの仲間なんです」
総司の言葉を聞き村長は困惑していたが、カレンを見て納得したように口を開いた。
「え? ……ああ、こちらで知り合ったということですね。アギトさんはみなさんの目に留まってもおかしくない実力の持ち主ですからね。わたし共もアギトさんの事を信頼していますから」
総司たちは驚嘆していた。
アキがたった一人でいろいろな人の信頼を得ていることに。
しかし、村長は何か勘違いしているようだ。
「いえ、アギトは俺たちと同じ異世界から来ました」
総司の言葉を聞き村長は再び困惑する。
「え? しかし、アギトさんは……」
村長はそういうと総司の頭へ視線を向ける。容姿が総司たちと違うと言いたいのだろう。
「アギトも本来は黒髪に黒い瞳をしています。今は事情があってあのような容姿ですが」
総司の言葉を聞き、シェリーは頬を両手で押さえ夢心地といった表情をする。
「お兄ちゃん異世界の戦士様だったんだぁ。なんだかおとぎ話から出てきたみたいで、カッコイイなぁ」
そんなシェリーを汐音は微笑まし気に見つめている。
(そんなつもりはないんだろうけど、ここでも女の子の心を鷲掴みにしてるんだ)
カレンはそんなことを思いアキに呆れていた。自分も鷲掴みにされた一人だと言うのに。
「そうですか、アギトさんも……白髪だからてっきりこちらの世界の方だと……」
村長の言葉に違和感を覚えた結衣が声を上げる。
「え? 白髪? 灰色じゃないんですか?」
結衣の言葉に総司たちも反応した。
「え? ええ、以前は白髪に碧い瞳でしたが。今日は白髪に綺麗な紅い瞳でした」
以前の事は実際に見ているから知っている。しかし、今回は灰色の髪に紅い瞳だったはずだ。髪の色が薄くなっている。瘴気の影響で黒髪が灰色になっていたが、それがさらに薄くなったということは……
この結論に至ったのは総司だけではなかった。三人も険しい表情をしている。
総司たちは目配せし頷くと、村長に訊ねる。
「アギトがどこに向かったかわかりますか?」
その日は村の宿屋に宿泊した。
さすがに女の子の部屋にお邪魔することはできず、総司の部屋に集まっていた。
最初に口を開いたのは汐音だった。
「五十嵐君大丈夫でしょうか? たった一人だと言うのに……」
アキの体が変調をきたしているのだと全員推測していた。
「倒れでもしていたら手当のしようがない」
総司の言葉がどういう意味を示しているか全員わかっていた。動けないところを魔物に襲われるかもしれない。命の保証はないのだ。
「でも、アキと一緒にいるグリゴールの子が利口だって言ってたし……」
結衣は大丈夫と言いたかったがそれを口にはできなかった。なにせ子供を攫ったのはグリゴールだ。その子供がアキと行動を共にしている。動けないアキを喰らうかもしれない。そんなに簡単に信じることなどできなかった。
「とにかく五十嵐君を見つけるのが先決ですね」
汐音が地図を広げる。
「この村から北東の森の中にある小屋に向かったと村長さんは言っていました」
汐音は指を差し示す。
「ん~ここ、たぶんアキがサラさんたちに保護された小屋だと思う。前にそんなこと言ってたから」
カレンはアキを家に泊めた際に聞いた話を思い出し言った。
「でも、情報収集に行くって言ってたのになんで森の中の小屋に行くのかな?」
結衣は人のいるところの方が情報は集めやすいだろうと思い、アキの行動の意味がわからなかった。
「とりあえず、拠点となる場所を確保したかったんじゃないか? 宿にばかり泊まるのも金が掛かるし」
総司はアキの経済状況を考えそう言った。
「そうかもしれません。だとすると、小屋に行っても五十嵐君はいないかもしれませんね。なにか行き先のわかる手掛かりがあるといいのですが」
汐音はメガネを外すし眉間を揉みほぐすと、困ったように呟く。
「まったく、五十嵐君はどうしていつも一人で行動するんですかねぇ?」
さすがにその質問の答えはアキにしかわからなかった。
「それはわからないけど、自分にできることをしているんだろ? 大切な人のために自分にしかできないことを」
総司はアキを想い、そして結衣を見つめてそう呟いた。結衣は頬を朱に染め頷いた。
「それはそうでしょうけど、昔の五十嵐君とは比べものにならない行動力ですよね」
汐音はここまでアキを変えたサラに驚嘆していた。
「でも、昔冬華ちゃんに聞いた話だと、アキって元々こんな感じだったみたいですよ。昔はアキの行くところへ冬華ちゃんと光輝先輩がついて行ってたって、みんなの先陣を切るリーダー的存在だったみたいですよ」
結衣が思い出すように言う。
「それがどうしてあんなやる気のない男になったのしょう? 何かあったのですか?」
アキの変化に汐音は首を傾げる。それは汐音が以前から気になっていたことだった。
「ん~それは冬華ちゃんも知らないみたいでしたよ。光輝先輩が知ってるみたいだって言ってましたけど、何があったのか聞いても何も話してくれないって」
「そうですか、光輝が……」
汐音は光輝がやはりアキと親友なのだと改めて実感した。アキが死んだときのあの虚無感に包まれた光輝を思い出す。光輝にとってアキがどれだけ大きな存在なのかということをあの時思い知ったのだ。そんなこと元の世界ではまったく見せていなかった。二人に一体何があったのかと汐音は思い悩んでいた。
汐音がそんなことを考えているとは知らず、結衣は汐音をのぞき込み告げる。
「汐音先輩、光輝先輩のこと名前で呼ぶようになったんですね?」
「え!? い、いえ、それは、ほら! 私たち仲間じゃないですか! そんな会長なんて他人行儀な呼び方お、おかしいじゃないですか!」
汐音は動揺を隠しきれていなかった。
「でもアキの事は五十嵐君、総司の事も四ノ宮君ですよね?」
結衣は堪えきれないのかニヤニヤしながら言った。
「そ、それは……そ、そうだ! カレンちゃんはどうなんですか? 五十嵐君の事は?」
汐音はしどろもどろになり、矛先をカレンに向けることで結衣の攻撃を逸らせようとする。
「え!? わたし!?」
いきなり矛先を向けられカレンは困惑する。
「そういえばカレンちゃんはアキの事が好きなのよね? どうなの? まだ諦めてないんでしょ?」
つい最近まで総司とカレンを怪しんでいた結衣とは思えない言いようだった。
結衣がカレンに食いついたおかげで、汐音は胸を撫で下ろしていた。
「そ、それは、その……」
当然諦めてはいない。しかし、それは同時にあのサラと張り合うということだ。自信のないカレンは言い澱み俯いてしまう。
三人娘は総司を放置し、恋バナに興じようとしていた。
「……」
総司は聞いていていいものかとそわそわし出す。
話が盛り上がってくると、総司はこっそり部屋を出て途方に暮れる。
「俺の部屋で盛り上がるなよ……」
その夜三人娘は部屋から出て来なかった。
その為、総司は廊下で夜を明かすこととなった。
アキと光輝に一体何があったんでしょうね?
ていうか、今回の話とサブタイトルあまり関係ないような……