洞窟
「グエッグエッグエェェ」
ルゥが何やら言っている。しかしアキにはサッパリわからなかった。
「うん、何言ってるかわからんけども、とりあえず何かあってバラけたらここで落ち合う。わかったか?」
「グエッ!」
ルゥは頷いている。
(ホントにわかってんのかな?)
今アキたちは、アキが一時過ごした小屋に来ていた。これから向かう先では何があるかわからない、万が一を考え落ち合う場所を決めていたのだ。一番近場で目印となるものがここしか思い浮かばなかったからだ。
「よし、んじゃ進むぞ」
アキが歩き出すと、ルゥは別の方向へと歩き出す。
「ん? なにやってんだ?」
アキは明後日の方向へ歩くルゥを怪訝に思い様子を窺った。
「グゥゥゥゥ……」
ルゥは木の下へ行くと険しい表情で何やら力みはじめた。
「……」
「グゥゥゥゥ、グエェッ! グエェェェェェ……」
声を張り上げてかと思うと脱力し、スッキリしたように至福の表情をしている。そしてお尻をフリフリすると何かが臭ってきた。
「なんだお前腹痛かったのか?」
「グエッ!? グエエッ」
ルゥは首を振って否定する。
しかし、この臭いはまさしくあれだろう。アキは疑いの視線を向ける。
「グエエッ、グエグエグエッ!」
何やらジェスチャーを踏まえて訴えかけている。
ルゥは小屋の反対側へ行くとキョロキョロし、ウロウロする。そしてにおいを嗅ぐ素振りを見せ、においをたどるように近づいてくる。そして臭いの下にたどり着くとドヤ顔をした。
「グエッ!」
「あっ! 犬が散歩中にやるマーキングか!」
「グエッグエッ!」
ルゥは喜んで頷いている。正解のようだ。しかし、
「マーキングって普通オシッコだろう、なぜそっちを選んだ」
アキはジト目を向けて言う。
実際には糞尿どちらでもいいのだがアキの中ではそっちの方がメジャーなイメージだった。
「グエッ?」
ルゥは首を傾げる。よくわかっていないようだ。
(グリゴールの世界ではこれが普通なのか? 確かに臭いはキツイが……)
「まあ、いいや。これで迷わずここに戻って来れるな」
「グエッ!」
「よし、んじゃ今度こそ出発するぞ」
「グエッ!」
ルゥはアキの横につきお尻をフリフリしながら付いてくる。
アキは横目でそれを見て思う。
シルエットは微妙だけどその感じは意外と可愛いな、と。
「グエッ?」
アキの視線に気付いたのかルゥはアキの顔をのぞき込む。
「なんでもないよ」
アキはルゥの頭を撫でると、ルゥは気持ちよさそうな表情をする。
そして至福の時は終わりとばかりにアキは告げる。
「ルゥ、急ぐぞ!」
「グエッ!」
アキとルゥは駆け出した。
森の中、小屋とあの川、サラにネックレスをもらった川の丁度中間あたりを東へと進んでいく。
木々や雑草が生い茂っていて道もなく、かなり歩きずらい。ルゥのサイズでは余計にだろう。アキはダガーで道を切り開きながら進んでいく。
そびえ立つ山の麓へたどり着くとひとまず休憩をとることにした。
アキはルゥに荷物を預け休んでいるように言うと、辺りを調べはじめる。
「確かこの辺りじゃなかったかなぁ……」
アキは目を閉じ、集中する。風の流れを感じ、その流れと景色との矛盾を探す。
「ここか……」
風はこの先から流れてきている。しかし、目の前には山肌が行く手を阻んでいる。
アキは山肌に触れようと手を伸ばす。
すると、手は山肌をすり抜けた。
「ふむふむ、迷彩魔法だな……よっ」
アキは頭を突っ込んだ。目の前には大岩があった。
「当たりだな」
アキは振り返り声を上げる。
「おーい! ルゥ! 荷物持ってこっちこーい!」
「グエェェェェェェッ!」
ルゥは元気良く返事をすると荷物を咥え駆けてきた。
「よーしよしよし、いい子だぁ」
「グエェェェ……」
アキはムツ〇ロウさんバリにルゥの首の羽毛をワシャワシャする。ルゥは気持ちよさそうにしている。
「よし、行くか」
アキは荷物を受け取り山肌に入っていった。
「グエェェェッ!?」
いきなりアキが消えルゥは驚いた声を上げた。
「ん? 早くついて来い」
アキは山肌から顔だけを出して告げる。
「グエッ!?」
その不気味な光景にルゥは飛び跳ねて驚いていた。
「グ、グエッ」
ルゥは恐る恐る目を閉じ、思い切って飛び込んだ。
ボフッ
「ぶふっ!?」
アキはルゥにふっ飛ばされた。
「グエッ?」
「目閉じて突っ込んでくるな!」
「グエェェェ……」
ルゥはアキに怒鳴られショボンとする。
落ち込むルゥを見てちょっと言い過ぎたと反省したアキは、ルゥの頭を撫で注意を促す。
「ったく気をつけろよ」
「グエッ!」
ルゥは頷くと頭をスリスリしてしてくる。
大岩の裏に隠れるように洞窟が口を広げていた。
「暗いな……」
アキは洞窟内の気配を探るように目を細める。
(誰もいない、か?)
アキは魔法の収納箱からリーフ村で購入したランタンを取り出し光を灯す。
「光よ暗闇を照らせ」
ランタン内の魔石が光りを放ち辺りを照らす。
「ルゥ、何か気配がしたらローブを引っ張れ」
「グエッ!」
アキはルゥにそう告げると洞窟へと入って行く。ルゥはキョロキョロしながら後に続く。
魔物の気配はなかったが、他の何かがいるかもしれない。奴等なら気配を消すことぐらいできるだろう。
動けば空気の振動で気付くこともできる。動物の勘を持つルゥもいる。気付けないということはないだろう。
(動物の勘、持ってるよな? ルゥ?)
アキは一抹の不安を抱きつつ先へ進む。
奥へ進むにつれ気温が上がていく。地面に触れてみると温かかった。
アキは額から汗が流れ落ちる。
「グエェェ……」
ルゥも暑さに参ってきているのか声に元気がない。全身に天然ものの羽毛布団を巻いてるのだから暑いのも当然だろう。
アキはルゥを山小屋に置いてくるべきだったかと頭を過ったが、ルゥがおとなしく待っているところを想像できなかった。探偵のように後ろからコソコソついてくる光景が容易に想像できた。
「探偵のルゥって……プフッ」
緊張感のない想像をしていたら笑いが漏れてしまった。
「グエッ!?」
ルゥは自分が笑われていることにショックを受けていた。
そんなどうでもいいようなことを考えながら進んでいくと、奥に光が射しているのが見えた。
「(ここか……)」
アキは集中し風の流れを感じる。
風の流れをたどっていくと光の射し込む広い空間に出る。射し込む光は弱々しくなっていた。日が沈みはじめているようだ。
しかし、あの寒気は感じない。
アキは広間の中央へと進み立ち止まる。
やはり寒気は感じない。
アキは闇を見つめ、闇へと足を進めると壁に突き当たる。
そこにはあるはずの物がなかった。
夢の通りなら、ここに巨大な結晶が鎮座しているはずだった。しかし、何もない。
「はぁ、やっぱりただの夢だったのか……」
アキは無駄足だったと落胆し顔を伏せると、地面に抉れたような跡があることに気付いた。かなり大きなものがここに置いてあったような跡だった。
「ただの夢じゃなかった!」
アキが歓喜の声を上げる。しかし喜んでばかりもいられない。結晶はすでに運び出されたということになる。どこに運ばれたのか手掛かりを見つけないと……
アキがまわりを探ろうとしていると、
『(空雄! 何か近づいてくるよ!)』
アルスの声と、
「グエッ」
アキのローブを咥え引っ張るルゥが危険を知らせてきた。
集中し気配を探ると、アキたちが入ってきた通路とは反対側からこちらへ近付いてくる気配を感じた。気配を隠すつもりはないようだ。
アキはランタンの光を消し、ルゥを連れ岩陰に隠れる。しかし、ルゥの気配がダダ漏れな為、あまり意味はなさそうだった。
案の定、広間に入ってきた者が声を掛けてきた。
『隠れていないで、出てきたらどうです? 気配でわかりますよ』
「(女の声?)」
言葉使いは丁寧で、誰かを連想させる。
「(お前はここを動くなよ)」
「(グエッ)」
ルゥは状況がわかっているようで、声を潜めて返事をした。本当に言葉の意味がわかっているんじゃないかと疑ってしまう。
アキは再びランタンに光を灯し、広間へと足を踏み入れた。
『フフッ、やっと出てきてくれた』
闇の中から声が聞こえてきた。
声の方へ進むと、ランタンの光に照らされその者は姿を現した。闇色の風の衣を纏い、白い肌、灰色の長髪、濃い碧い瞳の綺麗な女性だった。色は黒いがシルフィを連想させる姿をしていた。冬華に聞いていた特徴そのままの姿だった。
「あんた、ひょっとしてウィンディか?」
『冬華から聞いたの? フフッ、ええそうよ。私は風の精霊ウィンディ、よろしくね』
ウィンディはアキに微笑みかける。
アキは警戒し、一定に距離を保ちつつ訊ねる。
「なんであんたがここにいるんだ? やっぱり奴らの仲間になるつもりなのか?」
ウィンディはアキの質問には答えず、不機嫌そうな表情をする。
『話を聞きたいのなら、まずは名乗るのが礼儀でしょう』
「……」
アキはウィンディの様子を窺ったが、どうやら本気で言っているようだった。アキは一つ息を吐き出すと名乗った。
「ふぅ、俺は空雄だ。で、どうなんだ? 俺たちの敵になるのか?」
アキは視線を鋭くし再び訊ねる。
しかし、ウィンディはその視線を受け流しアキの後ろへと視線を向ける。
『あそこに隠れてる子は? お名前なんていうの?』
やはりバレバレのようだ。気配がダダ漏れなのは伊達ではなかった。
アキはルゥを隠すようにウィンディとの間に体を入れる。
「あいつはルゥだ。あんたには関係ないだろう」
『どうかしらね? ウフフッ』
ウィンディは意味ありげな微笑みを見せる。
「名乗ったんだから聞かせてもらうぞ」
『あら? なんだったかしら?』
ウィンディはわざとらしくとぼけたことを言う。
「チッ、とぼけるな! 何しにここへ来たかと聞いてんだよ!」
アキは少しイライラして来ていた。
『(空雄! ダメだよぉ、イライラしたら~)』
「(あ、ああ、わかってる)」
ウィンディはアキの様子を窺うように見ていた。そして、納得したように口を開いた。
『ここに来ればあなたに会えると思って』
「俺に何か用があるのか?」
(俺に用があるなんて碌なことじゃないはずだ)
アキは表情を引き締め隙を見せないようにする。
『そんなに警戒しなくてもいいじゃない。アキ?』
アキはピクリと反応し、表情を険しくする。
そうと呼ぶということはすでにアキの事は知っているということだ。どこまで知っているかわからない以上油断はできない。
『私は愛称で呼んじゃダメなの?』
「ダメだな。敵かもしれないヤツに呼ばれたくはない」
『(……)』
『かたい事を言うのね。ん~少し印象が違うわね』
ウィンディは独り言のように呟いた。
「何を言ってる?」
アキは怪訝そうな表情を向けている。
『まあ、いいわ。要件なんだけど、アキ、情報ほしくない?』
ウィンディは構うことなく愛称で呼ぶ。しかしアキはそれよりも情報の方に食いつく。
「情報?」
『ええ、情報。例えば、ここに何があったのか、とか』
ウィンディは上からモノを言う。
しかし、動じることなくアキは答える。
「それは知ってる。結晶だろ?」
『ここに来るんだもの、そのくらいは知っているわよね。じゃあ、結晶が今どこにあるのか知りたくない?』
ウィンディは驚く素振りも見せず、次なる提案をする。
アキはしばらく黙考し、告げる。
「奴らの後を追って吐かせればいい」
『……そう、彼らが向かった先を知っているのね』
「……」
アキは答えない。知るはずもないからだ。ただ、今だにウィンディの目的がハッキリしていない為、下手に出るわけにもいかなかったのだ。
(交渉に弱気を厳禁!)
『だったら……』
ウィンディはアキの胸に指を差し告げる。
『アキの中にいる子の記憶、欲しくないかしら?』
アキは注意していたつもりがピクリと反応してしまった。アルスの一部が中にいる事を知っているとは思わなかったからだ。
「こいつの事を知っていたのか?」
『ええ、だって私の中にもその子の一部がいるもの』
ウィンディの告白にアキは目を見開き動揺を見せる。
その可能性をまったく考えていなかったのだ。
(もし、それが本当だとしたら……)
アキは情報も欲しいが、ウィンディの目的が気になって仕方がなかった。嘘かもしれないが、かなり重要な情報を提供してくれようとしている、それ相応の対価を要求してきそうで怖かった。
「あんたの目的はなんだ? 情報の見返りに何を望む?」
『フフッ、ようやく乗って来てくれたわね。私の望みは……』
「こんなところにいたのか」
ウィンディが望みを告げようとした時、突如広間に声が響いた。
『っ!?』
「誰だ!?」
アキは闇に向って声を上げる。
「誰? とはご挨拶だな。あれほど激しく殺し合ったというのに……」
アキを嘲るような声が響く。
アキがランタンを掲げると、闇の中からその姿を現す。
闇の中から現れたのは見知らぬ男だった。
あれ? アキが主人公になりつつある。おかしい……