アギトとルゥ
……
……闇
……また例の夢か、今度はどんな夢だ?
……ここは、山? 山に囲まれた遺跡?
……遺跡へと入って行く黒い影が三体、いや、もう一体入って行く
……遺跡の最奥にはストーンヘンジのように石柱が円を描くように並べられ、その中心に魔石が設置されている
……黒い影の一体が石柱の円の中へ入って行く、そして魔石に魔力を注ぐ
……円の中に魔法陣が描かれ、赤い光を放つ
……光が強くなり目を開けていられなくなる
……次に目を開いたとき光は消え、黒い影は姿を消していた
……そして、次の黒い影が円へと入って行く
……
「……何の夢だ?」
翌日早朝、アギトは再びグリゴールの巣に向っていた。
グリゴールの死骸を回収するためだ。
怪鳥グリゴール、別名回調グリゴール。グリゴールの各部位は様々な回復薬の素材となる。その為過去に商人たちが雇った傭兵たちにより乱獲され絶滅したのだ。絶滅せずに生き延びたものもいたようだが……
アギトは横をテクテク歩いて付いてくるルゥを見る。
ルゥとは、絶滅せずに生き残ったグリゴールが産み落とした、今のところ最後のグリゴールだ。
それにシェリーが「ルゥ」と名前を付けてくれたのだ。放っておくと延々「こいつ」とか「そいつ」と呼び続けそうだったから、だそうだ。
さすがにそんなことはしない、とアギトは言い張っていたが、シェリーになんて名付けるのかと尋ねられ、悩んだ末に出した名前が「グリゴ」だった。一歩間違えるとおかしメーカーさんになるところだ。その名前に納得できなかったシェリーが名付け親となったわけだ。
名付けられたグリゴールの子供改めルゥはご機嫌だった。
シェリーに頭をすり寄せて喜びをアピールしていたぐらいだ。それを村人たちは微笑ましく見つめていた。
村にルゥを連れて行ったときの一騒動が嘘のようだった。
シェリーとカルロスを村へ送り届けた時、村長や、カルロスの家族は喜んでいたが、ルゥを見るなり持っていた農具で突こうとしてきたのだ。当然アギトがそれを止め、シェリーたちが説得したおかげでルゥは難を逃れることができたのだ。
たった一人の可愛い孫の頼みは断れないようだった。
以前他に家族はいないのかと訊ねたことがあった。シェリーが小さかった頃薬草採りの際に魔物に襲われ、シェリーを守って両親は無くなったそうだ。
シェリーは覚えていないと聞いていたけれど、あの時ルゥが産まれたとき何かを思い出したようだった。だからルゥが自分と重なって見えたのかもしれない。
ルゥにとってアギトは親ではなく仇、シェリーで言うところの魔物に当たる。こんなに懐かれる覚えはないのだが。
アギトは、すり寄ってくるルゥの頭を撫でながら複雑な表情をしていた。
「ルゥ、お前の家族は俺が殺しちまったんだぞ」
アギトの呟きにルゥは不思議そうな顔で首を傾げていた。
最初に仕留めたグリゴールの死骸にヘルハウンド(犬型の魔物)が群がっていた。
魔物の数が減っていたという話だったが、死臭に引き寄せられて来たのだろう。
アギトはその光景を見て、体が勝手に反応し飛び出していた。
「何してんだテメェら!」
アギトは怒りにまかせヘルハウンドの群れを蹴散らす。今のアギトには気を使う必要もないザコで、一瞬で片付いた。
アギトの変貌ぶりにルゥは首を傾げていた。
アギトはどうしようもなく腹立たしかったのだ。死んだら何をされても仕方がない。それがこの世界での自然の摂理だとしても、子を守ろうとして戦って死んだヤツにそんな仕打ちは酷すぎる。
アギトはグリゴールたちの遺体を回収することなどできなくなっていた。ルゥを知ってしまったがための、ただの偽善的想いである。魔物にも家族はいるかもしれない。しかしアギトはそれを倒すし素材もしっかりいただく。
アギトもその想いが偽善だとわかっていた。それでもルゥの家族だけはちゃんと葬ってやりたかったのだ。
アギトは横穴から二体の遺体を運び出し、下へおろす。
そして地面に穴を掘るため、地面に拳を打ちつけた。
「おぉぉぉぉっ!」
ドッゴォォォォン
地面はクレーターのように抉れる。
そのクレーターの中に三体の遺体を並べる。
「ルゥ、お前の本当の家族だ、お別れしな」
「グエッ?」
ルゥはよくわからないようで、首を傾げている。
「わかんねぇか……そりゃそうだよな、産まれたら両親は殺されてんだもんな、兄貴も殺され、たった一人なんだもんな。家族だなんて言われてもわかるわけ、ねぇよな……」
アギトは顔を伏せ、打ち震える。その頬には涙が伝っていた。
ルゥをシェリーに重ねて見ていたのは、シェリーだけではなくアギトも同じだった。
「うっううっ、ゴメン、ゴメンな」
「グエェェェ……」
ルゥはアギトを慰めるように頭をアギトの頬にスリスリし、涙を拭う。
アギトはルゥの頭を優しく抱きしめる。
「ゴメン、ゴメン、ルゥ。俺はお前に慰められる資格なんて……うっ」
そんな資格はない、泣く資格も本来ないはずだった。しかしアギトは涙を止めることができなかった。
「グエェェ……」
しばらく泣いた後、アギトは遺体に土を被せお墓を作ってあげた。
ルゥと共に黙祷を捧げる。ルゥはよくわかっていないようだったが、アギトと同じように真似をして目を閉じていた。
アギトは用事を済ませると、ルゥを連れ村に戻った。
アギトは巣から採ってきた卵の殻を村長に渡した。なんでも、グリゴールの卵の殻は薬の効果を引き上げる作用があるそうだ。それを使った回復薬を譲ってくれることになっていた。シェリーたちを助けたお礼だそうだ。
薬が完成するまで、アギトは他の買い出しを済ませることにした。その間邪魔になるルゥはシェリーたちと遊ばせている。アギトとルゥは村長の家に厄介になっていた為、随分と仲良くなっていた。一晩で仲良くなるなんて、さすがは子供同士と言ったところだろう。大きく括れば「空雄」もまだまだ子供ではあるのだが。
アギトは村に一軒だけある武器防具屋へ来ていた。
魚人の素材やヘルハウンドの素材、巣でゲットしてきたアイテムで売れそうなものを売って、武器や防具を新調するためだ。防具は総司に斬られ燃えてしまい壊れたままだった。当時はシルフィの魔法があり、今は気で防げる。魔力で強化すれば躱すことも防ぐこともでき特に気にならなかったのだ。しかし、シンとの戦いでそういうわけにもいかないと再認識した。ローズブルグでは買う暇がなかった為いままで防具なしで来てしまっていた。武器は当然折れている。
武器防具屋と言っても、道具屋の片隅に少しあるだけで、品揃えは身を守れるだけの申し訳程度の物しかなかった。
アギトは渋い顔をする。
その顔を見て店主は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません。この店にはアギトさんに見合うだけの品は……なにぶん薬草を生業にした村ですので」
「い、いえ、身が守れればいいので、革の胸当てとかあればそれで……」
アギトは慌てて言い繕うと、店主は革の防具一式を出してくれた。
アギトは革の防具に身を包む。もちろんローブは今までのモノだ。
防具はとりあえず揃った。後は武器なのだが、とりあえず投げナイフを大量に買い込んだ。魔法が使えないアギトには遠距離用にどうしても必要だった。ただ、そのナイフも強度がないためすぐにダメになってしまう。だから大量購入したのだ。
そして近距離用の武器は……
「やっぱりダガーか? ちょっと飽きてきたけど……たまには槍とかいいんじゃね? 使えないけど……ん~」
アギトが一人悩んでいると、買い取り査定をしている店主が口を開いた。
「お悩みでしたら、このアギトさんがお売りになろうとしているこちらの武器をお使いになったらいかがですか?」
そういうと店主は剣を差しだした。
アギトは剣を手に取って見る。
「ダガー、だよな?」
サイズ的にはダガーのそれと同じくらいだが、少し装飾が施され刀身の根元に緑色の魔石が埋め込まれている。なんだかエメラルドみたいだな。
「風の魔法が付与された魔剣の類だと思います」
鑑定してくれていたようで、店主がそう説明してくれる。
アギトは単身で魔法が使えるという期待に胸をふくらませていた。
「へ~じゃあ、一本はこれを使うことにするかな」
平静を装って言ってはいるが頬は緩みっぱなしだった。
「あと一本はどうしよかなぁ……」
「でしたらこれはいかがですか?」
店主が取り出したのは柄の長いダガーだった。随分バランスが悪いように見える。これも刀身に魔石が埋め込まれていた。いや、柄の握る部分にも魔石が埋め込まれている。
「これは?」
「これはですね、使用者が魔力を注ぎ込むことによって刀身を作り、その威力を増すことのできる魔剣です」
店主は自慢げに紹介する。
「魔力か……俺魔力全然ないから使えないぞ」
「え?」
店主は以前の風の魔法をバンバン放っているアギトを知っていた為困惑し思考が停止してしまった。
「で、でしたらこちらはいかがでしょう?」
店主は気を取り直し次の商品を取り出す。
「ショートソードか?」
アギトは手に取って見る。
「軽っ!? てか薄っ」
このショートソード、刀身の厚みが1ミリないかもしれない。それほど薄かった。
「こちらはですね、切れ味を最大限引き出すように刀身をギリギリまで薄く鍛えた逸品です。ただ、強度がない分、力ではなく速さで斬ることになります。速ければ速いほど切れ味は増していくのです」
店主はまたしても自慢げに説明する。
アギトとしてはスピードで斬るというのは以前考えたことがあったが、強度がないのが残念だった。
「これ、売れないだろ?」
「……なにぶん使い手を選ぶ武器ですので」
売れていないようだ。それはそうだろう。スピードもいるが、角度を失敗すれば一瞬で折れてしまう。売れるはずがない。
アギトが苦笑いをしていると、店主が再び口を開く。
「そ、それでは……」
店主はまた違う武器を取り出そうとしている。
「いやいや、もういいから」
アギトは店主の勢いを止めると、訊ねた。
「なんでこの村にこんな色物の武器があるんだ?」
この薬草を生業に入ているような村に、こんな異色の武器があることに不自然さを感じていた。
「そ、それは……」
店主は躊躇し言い難そうにしていたが、観念したように口を開いた。
店主の話によると、近所に質の良い回復アイテムを売り出す店ができた為、負けないように店の看板となるものが欲しかったのだそうだ。その時にたまたま来ていたキャラバン隊が面白い武器を持っていたので、いくつか譲ってもらったのだそうだ。なかなか値の張るものだったようで、奥さんに激怒されたそうだ。
「だから売れないと困るんですよ~」
「知るか!」
泣きついてくるの店主をアギトは一蹴した。
もちろん店主もそれで引き下がったりはしない。しばらく色物武器の話が続いていた。
アギトは普通のダガーを一本、回復のマジックアイテム(指輪)、後必要なものを買って店を出た。
「ありがとうございましたぁ!」
なんだかんだで結構買い込んだ為、店主も満足したようだった。
日が昇りきっている、少し武器を買うのに長居し過ぎたようだ。
アギトが村長の家に戻るとシェリーたちも戻ってきていた。
家の中にいい匂いが立ち込めている。お昼を食べに戻ってきたのだろう。ルゥは窓から首を突っ込みよだれを垂らしていた。
「はい、ルゥちゃんの分、たくさん食べてね」
「グエェェェッ」
シェリーが持ってきてくれた大鍋に頭を突っ込み、ルゥは勢いよくがっついている。
(こいつ何食うんだ?)
アギトはこっそりのぞき見た。
(あれ? 普通の煮物? 俺でも食えそうな……)
「グリゴールは基本雑食ですからね、なんでも食べますよ。今日はシェリーが同じものがいいと言うもので同じものを用意しましたが」
アギトがルゥのエサをのぞき見ているのを見て村長が説明してくれた。
「そうなんですか……」
アギトはルゥを見て思う。
(人様と同じものを食うとは……生意気な)
今朝ルゥを抱きしめて泣いていた男とは思えないようなことを考えていた。
「グエッ?」
アギトの視線に気付いたルゥが首を傾げる。
「はい、お兄ちゃんの分」
「お、サンキュ。では、いただきます」
アギトは両手を合わせ、食べはじめる。
シェリーはその光景を不思議そうに眺めていた。
(あれ? デジャヴ? あ、あの時はカレンだったか)
アギトがあの時と同じではなく、真面目に説明をするとシェリーはコクコク頷き楽しそうに両手を合わせアギトの真似をした。
「いただきます! えへへ」
何が楽しいのかわからないが、シェリーが楽しいのならいいだろう。
アギトは微笑みかけ再び料理を口に運ぶ。
食べ終わった頃、回復薬の調合をしていた薬師がやってきた。どうやら回復薬が完成したようだ。
しかし、その薬師は困惑顔をしていた。
話を聞くと、持ち帰った卵の内の一つが他のとは違う成分で構成されていたらしい。その為効果の違う薬ができてしまったようだ。
アギトとしては特に気にするようなことではなかったが、村長と薬師は顔を見合わせ何かを話すと、ルゥへと視線を向ける。
「グエッ?」
ルゥは不思議そうに首を傾げている。
アギトも不思議そうにしていると村長が口を開いた。
「あの、ルゥは本当にグリゴールの子なんでしょうか?」
「へ?」
「グエッ?」
アギトとルゥは同じように首を傾げる。まるで親子のようだ。
「いえ、その、見た目がやはり違うような気が……」
村長に言われアギトはルゥをマジマジと見る。
ジ———ッ
ルゥはアギトに見られ嬉しそうだ。
「確かに俺が倒したグリゴールの子と比べても……不細工だな」
「グエッ!?」
ルゥは言葉の意味がわかったのかショックを受けていた。
最初見た時はもう少しシャープな感じだったはずだ。暗かったためアギトの記憶は曖昧だったが、埋めてあげた子はそうだった。しかしルゥは……
「なんか丸いよな」
「グエッ!?」
ルゥは言葉の意味がわかったのかショックを受けていた。
羽毛の関係かもしれないが明らかにルゥは丸くなっていた。飛ぶつもりがあるのかと疑いそうになる。
色は薄いから何とも言えないが、やはりシルエットが目につく。
「そんなことないよ! ルゥちゃん可愛いよ!」
シェリーはルゥの首に抱きつき庇護する。
「まあ、愛嬌のある感じではあるな。俺も嫌いじゃないぞ、和むし」
「グエェェェェェェッ!」
ルゥはアギトに嫌われていなくて嬉しそうだ。
「悪い感じはしませんから大丈夫だとは思いますが、どう成長するかわかりませんので一応気を付けておいてください」
薬師はそう忠告すると、完成した薬と事前に聞いて用意した薬をアギトに手渡し帰っていった。
これで出発の準備は整った。
「それじゃあ、俺は出発しますね」
「え!? お兄ちゃんもう行っちゃうの?」
「ああ、元々ここには回復アイテムを買いに来ただけだからな、あんまり時間がないんだ」
アギトは、寂しそうにしているシェリーの頭を撫でる。
「寂しいんならルゥを置いてくけど」
「グエッ!? グエェェェェッ!」
ルゥは首を振って抗議する。
どうやらルゥは付いてくる気満々のようだ。
シェリーはルゥに抱きつき、俯き加減に言う。
「また来てくれる?」
「ああ、また来るよ」
(城には今のところ帰れないしな)
「ルゥちゃんも一緒にだよ?」
「ルゥは俺から離れるつもりはなさそうだし、そうなるだろな」
「グエッ!」
ルゥは頷いている。
「あたし待ってるからね!」
シェリーは別れを惜しむようにルゥの首にしがみ付く。
「ああ」
アギトはルゥの通訳をしている気分になっていた。
こうしてシェリーたちに見送られ、アギト改めアキはルゥと共に本来の目的地へ向け出発した。
「グエェェェェッ!」
ルゥの出発の雄叫びがうるさかった。
ルゥ、絶対言葉わかってるよね。