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子供

『(……空雄!!)』

「っ!?」

 アルスの声でアギトは我に返った。

『(空雄、大丈夫?)』

「(ああ……俺は、また?)」

『(……うん)』

「(そうか……)」

 アギトは膝をつき座り込むと自らの力を嘆くように両手を握り込む。

 力の変化が現れたのは、フィッシャーマンとの戦いのときだった。

 あの時魚人共が一斉飛び掛かり攻撃を仕掛けてきたとき、アキは気を周囲に放ち魚人共を吹き飛ばそうとした。

 しかし、気を体外に放出したことにより、気で抑えられていた瘴気が魚人共の敵意に反応するように増幅し、一時的にアキを侵食していた。そして、敵意を向けてきた魚人共を蹂躙したのだ。

 その後、向けられる敵意が無くなると瘴気は収縮し、アキはアルスの声で正気を取り戻したのだ。

 敵意、おそらく負の感情に反応するのだろう。ローズブルグで糾弾された時、かなり危なかったということだ。

 そして、今も二人を守るために気を外に放出したためグリゴールの敵意に反応したのだ。

 アギトは目の前で事切れているグリゴールを見る。

 その瞳は子の死骸へと向けられていた。偶然そう倒れ込んだのだろうが、アギトには殺された子を想って悲しんでいるように見えた。血の涙を流すほど無念だったように見える。

 家族を殺され、敵も討てず、得体の知れない力で殺された。

 これではまるで……

「俺の方がバケモノだな……力を制御できないバケモノ、か。こりゃ帰れないな」

 アギトは自嘲するように呟いた。城で待つ者を想うその表情は悲しげで今にも泣き出しそうだった。

ドスッ

 背中に衝撃が来た。

 見るとシェリーがアギトを背中から抱きしめていた。

「シェリー? どうした?」

 アギトが訊ねると、シェリーは抱きしめたまま告げる。

「お兄ちゃんすごく悲しそうだったから。泣いちゃいそうだったから。泣かないで、大丈夫だからね」

 シェリーは慰めるようにアギトの頭を撫でる。先ほどアギトにしてもらったように優しく撫でる。

 アギトは目を閉じシェリーの優しさに包まれる。

 体内の瘴気が薄れていく気がした。

「シェリー、ありがとな」

「うん! お兄ちゃんもありがとうね。また助けてくれて。お兄ちゃん大好き」

 シェリーは改めて抱きつくと頬ずりしてくる。

「おう、俺もシェリーが大好きだぞ」

 アギトはシェリーの頭をポンポンする。

「えへへ」

 シェリーはとても嬉しそうだ。

 そこへ場の空気を壊すように悲鳴にも似た声が上がる。

「アギト兄ちゃん! 大変だ! 卵が……」

 カルロスが血相を変えて駈けてきた。

「卵? ああ、もう一個あったな。それがどうした?」

 アギトは立ち上がり訊ねる。

「卵が(かえ)りそうなんだ!」

「げっ!? マジか!?」

 アギトは憂鬱な気分になった。孵ったグリゴールは家族の死骸を目撃することになる。当然悲しみ、アギトに憎しみをぶつけ復讐するだろう。そしてそれをまたアギトは倒さなければならない。後味が悪すぎる。

 しかし、放っておくこともできずアギトはせめて孵化する前に、悲しむ前に殺してやろうと考えた。

「二人は隠れてろ」

「「うん」」

 アギトは卵のもとへと向かう。

 卵には亀裂が入っており今にも孵りそうだった。

 アギトはダガーを抜こうとする。

「……あ、二本とも折れたんだった。仕方ないな」

 アギトは向こうの世界から持ってきたサバイバルナイフを抜いた。

 そして、卵ごと真っ二つにかち割ろうとした。

「!?」

パキッ、パキパキ、バキン

 しかし、少し遅く卵が孵ってしまった。

「グエッ、グエッ……」

「……」

 グリゴールの子供は寝起きのように目をパチクリさせ、キョロキョロと首を動かしまわりを見る。

(親を探してるのか? それとも腹が減ってエサを探してる?)

 アギトがそんなことを考えていると、グリゴールの子供は亡骸となった自身の兄? を見つけ首を止める。

(こいつ雄? 雌? 暗いし色が薄くてわからんな)

 アギトがそんなことを考えていると、グリゴールの子供は再び首をキョロキョロさせる。

(今度はなんだ?)

 グリゴールの子供は再び首をピタリと止める。視線の先には先ほど仕留めた親グリゴールの死骸が横たわっていた。

 グリゴールの子供は首を傾げている。

(動かないから不思議に思っているのか? でも直に気付くだろう、死んでいることに)

 アギトはサバイバルナイフを握る手に力が籠る。

 グリゴールの子供は再び首をキョロキョロさせる。そして、アギトへと視線を向け首を止めた。

(来るか……)

 アギトは身構える。

 アギトは先に手を出せなかった。

 目の前で孵る瞬間を見てしまったから、何の邪気もなく純粋に親を探すこいつを見てしまったから。産まれた以上、生涯を全うさせてやりたいと思うが、それはできない。こいつは俺に復讐を果たした後、人を襲う。そんなことはさせない。その代りに俺が一撃喰らってやる。それくらいの権利があってもいいだろう。それぐらいさせてあげてもいいだろう。俺はこいつから家族を奪ったのだから……

 アギトはただの自己満足ではあるがそう思ってしまったのだ。

 グリゴールの子供は目を細めアギトを見据える。

 そして、

「グゲェェェェェェェェェッ!」

 声を張り上げアギトに向かって駆け出してきた。

 アギトは魔力を籠め攻撃に備える。

 鋭い爪が迫る。

 そして、アギトのまわりをグルグルとまわりはじめた。

(なんだ? 一人撹乱か? どこから攻撃するかわからなくするつもりなのか? 動きが遅いから丸わかりなんだが……)

 アギトはそう考え呆れていたが、一撃を受けるつもりでいた為何を仕掛けてくるか待つことにした。

 そして、

「グゲェェェッ!」

 グリゴールの子供は真正面からアギトに飛び掛かってきた。

「ふっ」

 まさか真正面から来るとは思っていなかったアギトは、正々堂々としたその潔さに思わず笑ってしまった。

(来い! お前の憎しみをぶつけろ! ちゃんと受けとめてやる! そうしたら一思いに……)

 アギトがサバイバルナイフを握り込み攻撃を待っていると、強い衝撃ではなく柔らかな羽毛の感触が伝わってきた。

 グリゴールの子供はアギトに攻撃するのではなく、すり寄って来ていた。

「グエェッグエッ」

 どうやらアギトに甘えているようだった。

 アギトは意味がわからず押し退けようとする。

「なんだこいつ? 意味わからん」

 しかし、グリゴールの子供はアギトから離れようとしない。

「グエェェェグエッ」

 グリゴールの子供はアギトの顔をぺろぺろと舐める。時折(くちばし)が当たり微妙に痛かった。

「この、鬱陶しい!」

ゲシッ

 アギトは少し強めに蹴った。

「グゲッ!?」

 グリゴールの子供は蹴り倒され、ヨロヨロと顔を上げる。

「グエッグエェェェェ……」

 なんだか悲しげな鳴き声だった。心なしか悲しげな表情に見える(アギトにはそう見えた)。

「うっ……」

「グエェェ、グエェェェェェ、グエェェェェェェェ」

(どうして? どうして蹴るの? お父さんはボクの事が嫌いなの?)

 と聞こえた気がした(アギトにはそう聞こえた)。

「ぐっ、まさかこれが刷り込み、なのか……」

 アギトの良心がズキズキ痛む。

「お兄ちゃん、可哀想だよ」

 事の成り行きを見ていたシェリーが、グリゴールの子供を不憫に思い助け船を出す。さっきまでこのグリゴールの家族に食われそうになっていたことなど忘れてしまったかのようだった。

「でもなぁ、お前たちはこいつの家族に食われかけたんだぞ?」

「そうだけど……でもこの子じゃないし、この子可哀想なんだもん」

 シェリーは何かを思い出しているかのように悲しげな表情をする。

 アギトはグリゴールの子供の悲しげな表情を見て一つ溜息を漏らす。

「……はぁ、わかったよ。シェリーがそういうんなら手は出さないよ」

 アギトはシェリーの頭を撫でる。

「ホント!? ありがとうお兄ちゃん!」

 シェリーは満面の笑みで礼を言いアギトに抱きついた。

(はぁ、普通にあんなの殺せないしな。親と思って慕ってくるヤツを殺せるようなヤツはホントのバケモノだ)

 アギトはグリゴールの子供を放置しシェリーとカルロスを連れ脱出しようと、横穴の入り口へ向かう。

「グエェェ……」

 グリゴールの子供は寂しげな鳴き声を上げ付いてくる。

「……」

 アギトは入り口から下をのぞき込み何とか下りられないかと考える。

「グエェェ……」

 グリゴールの子供は寂しげな鳴き声を上げアギトの後ろにいる。

「……」

「お兄ちゃん……」

 シェリーまでもが泣きそうな表情になっていた。

 アギトはシェリーの頭をポンポンし、振り返る。

 グリゴールの子供はビクッとし、縮こまってしまう。

 アギトの良心がズキズキ痛む。

「はぁ、しょうがねぇなぁ」

 アギトが手を伸ばすと、グリゴールの子供はビクッとすると目を閉じさらに縮こまってしまう。

 アギトはグリゴールの子供の頭から首にかけて優しく撫でてやる。

「そんなに怯えるな、蹴って悪かったな」

 グリゴールの子供は恐る恐る目を開くと、アギトの優しい微笑みを見て表情を明るくする。

「グエェェェェェェッ!」

 グリゴールの子供はアギトの脇に頭を突っ込むとスリスリし甘えだす。

「アハハッ、よかったねぇ」

 シェリーは自分の事のように喜んでいる。実に優しい子だ。

(まあいいか、こいつ確か魔物じゃなくて魔獣だし。ちゃんと(しつけ)れば人を襲わなくなるだろう……たぶん)

 アギトはそう考え諦めたように一つ息を吐くとグリゴールの子供に告げる。

「ふぅ、お前も一緒に来るか?」

「グエェェェッ!」

 言葉の意味がわかったのかグリゴールの子供は嬉しそうに鳴くとアギトを咥えた。

「へ?」

 そして、そのままアギトを背に乗せ、シェリーとカルロスも背に乗せる。

 大きいとはいえ、まだ子供の背中に三人(大人一人、子供二人)は窮屈ではあった。大人二人がギリギリといったスペースだった。しかし、しがみ付かなければ落ちることは間違いない。

「なんだお前、下まで運んでくれるのか?」

「グエッ!」

 グリゴールの子供は頷いた(アギトにはそう見えた)。

 そして、夜空へと羽ばたいていった。

「グエェェェェェェッ!」

「わぁぁぁぁっ!」

「おぉぉぉぉっ!」

 グリゴールの子供は気合の籠った声で鳴き、シェリーとカルロスは歓声を上げる。


バサッバサバサバサ……


 しかし、まったく進まなかった。

「おまっ!? 飛べねぇんじゃん!」

 なぜ気付かなかったのだろう? 孵ったばかりなのだから飛べないのは当たり前だった。

 アギトは数秒前の自分を呪った。

 三人を乗せたグリゴールの子供は落下していった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「キャハハハハハハハッ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「グゲェェェェェェェッ!?」

 二人と一匹の悲鳴が、そして一人の笑い声が夜空に響き渡った。


 結論から言うと、アギトたちはグリゴールの子供の羽根や羽毛に守られ無事だった。グリゴールの子供も木々の枝、偶然落ちた先にグリゴールの死骸があった為それがクッションとなり無事だった。

 死してなお、子を守ろうとしているかのようにアギトには見えた。

「キャハハハハハッ! 面白かったねぇ」

 一つも楽しい事はなかったはずなのだが、シェリーは楽しそうにグリゴールの子供の頭を撫でている。

「グエェェェェェッ!」

 グリゴールの子供はなんだか嬉しそうだった。

 

刷り込みって実際には見たことないよね。

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