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ある男の話3

 その日のリーフ村は何の変哲もない普通の日だった。何か上げるとするならば、村の外を徘徊する魔物の数が少なかった事くらい。巷の噂では災厄が蘇るとか言われている。ローズブルグでは連日魔物に襲われていると、逃げてきた旅の商人が言っていた。しかし、この村ではそんな雰囲気はまるでなかった。それどころか、そんな噂はでまかせなのではないかとさえ思えてくる。それほど魔物が少なかった。

 城には召喚された戦士たちがいるという。きっと彼らが世界を救ってくれたのだろう。そんなことを安易に考えていた。

「おじいちゃん、カルロス君たちと川で遊んできていい?」

「シェリー、魔物に気を付けてあまり遠くへ行ってはダメだよ」

「大丈夫だよ。今日は魔物見てないもん。じゃあ、行ってきまーす」

 シェリー、アギトが村を出た頃はずいぶん落ち込んでいたが、今ではすっかり元気になった。お隣のカルロスが毎日遊びに連れ出してくれているからだろう。きっとシェリーの事が好きなのだろうな。微笑ましいかぎりだ。

 こんな毎日がずっと続けばいい。そう思っていた。

 しかし、そんなささやかな望みはすぐに崩れ去った。


 それは突然起こった。


 南の空、ローズブルグのある辺りの空に黒い靄が立ち込めた。そして地が揺れ動きはじめた。

 昔、城の薬師をしていた時に読んだ災厄について書かれた文献に、これに似たようなことが記されていた。封印が解かれると、地響きと共に災厄が蘇るとか。

 世界はまだ救われてはいなかったのだ。今まで穏やかだったのは、まさに嵐の前の静けさだったのだ。

「おじいちゃ~ん」

「シェリー、無事だったか。本当によかった。カルロスも無事だな」

「うん!」

「よし、これから何が起こるかわからない。みんなを連れて裏山の避難所へ行くぞ」

「「うん!」」

 村人たちへ呼びかけながら避難所へと向かった。

 その道中、遠くで魔物の声が聞こえていたが、こちらを襲ってくることはなかった。声の遠ざかっていく方向からローズブルグ方面へと向かっているのだと推測できた。やはり城が襲われているのだろう。酷い言い方かもしれないが、こちらが襲われないのが救いだった。


 避難所へ着いても地の揺れは収まらなかった。

 村人たちは身を寄せ合い、怯えながら揺れが収まるのをジッと堪え待っていた。封印について知る者も少なくわない。噂程度なら誰でも知っている。そして今、世界に異変が起こっていると恐れていたのだ。子供でさえも……

「おじいちゃん、怖いよぉ」

「大丈夫だ、直に収まる。きっと城の兵士や、異世界の戦士たちが世界を救ってくれる」

「異世界の戦士? お兄ちゃんより強いの?」

「アギトも強かったが、きっともっと強いぞ」

「そっかぁ、でもあたしはお兄ちゃんに守ってもらいたいなぁ」

 シェリーはアギトの事を考えると怖さも忘れられるようだ。嬉しそうに微笑んでいる。

 シェリーの望みは叶うことはないだろう。以前、逃げてきた旅の商人が気になることを言っていた。


「ローブを纏った白髪碧眼の男が魔物の大群と巨大なゴーレムを引き連れて襲ってきた」


 それを聞いて真っ先に思い浮かんだのがアギトだった。正直今でも信じられない。あのアギトがそんなことをするとは思えない。

 しかし、もしそれが本当にアギトならば、もう二度と会うことはできないだろう。

「おじいちゃん? どうしたの? 怖い顔して」

「ん? なんでもないよ」

 こんな無邪気な顔でアギトを信じているシェリーに話せるわけがない。


 しばらくすると地の揺れは収まり、危機は回避されたのだと安心した。

 しかし、それも一瞬のことだった。

 避難所を出ると、空が変わっていた。青かった空が緑がかっていたのだ。

「なんなんだ一体……」

 村人たちは一様に空を見上げ、世界が変わってしまったことに恐れおののいた。

「まだ、何があるかわからない。もうしばらくここに隠れて様子を見よう」


 避難所で丸二日様子を見たが、あれから特に変化はない。

 村の若い者が村の様子を見に行ってくれたが、村も地揺れによる被害以外は特に変わった様子はなかったそうだ。

「危険がないのなら村に戻ろう」

「うん!」

 シェリーはカルロスと手をつなぎ駆けていった。

「コラッ! 危ないから離れちゃダメだ!」

「平気平気! 魔物全然いないもん」

「ここら辺は俺たちの庭みたいなもんだから大丈夫だよ」

 シェリーとカルロスの話を聞き、他の子供たちも駆け出して行ってしまった。

「子供は怖いもの知らずだな、まったく」

 親の誰かが呆れたように言っているのが聞こえてきた。

 魔物が見えないことで安心しているのだろう、なんとも呑気なことを言っていた。魔物はいなくても世界が変わってしまっているのだから警戒しなければならないはずだ。子供たちだけを先に行かせるわけにはいかないだろう。

「我々も急ごう」

 子供たちを追いかけ村人たちも歩くペースを上げる。


 村へ着くと、先に着いていた子供たちは無人の村を駆け回っていた。いつもと違う人のいない村は子供たちにとっていい遊び場だった。日も傾きはじめ雰囲気もある、肝試しにはもってこいだったのだろう。時折悲鳴やら笑い声やらが聞こえてきていた。

 その光景に大人たちはどこかホッとしていた。世界は変わっても子供たちの無邪気な笑い声を聞けるだけで幸せなのだろう。

 しかし、その中にシェリーとカルロスの姿はなかった。

「二人はどうした?」

「ん? シェリーちゃんとカル君ならあそこだよ」

 指を差された方を見ると、川から戻ってくる二人が見えた。

 二人の無事を確認できホッとした時、


「グエェェェェェェッ!」


 上空から鳥らしき鳴き声が聞こえてきた。

 その鳥を確認する間もなくシャリーたちは巨大な鳥の足に掴まれ連れ去られてしまった。

「おじいちゃ———ん!?」

「うわぁぁぁぁっ!?」

「シェリー!」

「カルロス!」

 叫び声もむなしく巨大な鳥は二人を連れ避難所のある方へと飛び去ってしまった。

「今のって、怪鳥グリゴール?」

 村人の誰かがぽつりとつぶやいていた。

 怪鳥グリゴールと言うと、商人たちが傭兵を雇って乱獲したおかげで絶滅したと聞いていたが、まさか先日の地揺れで眠っていた卵が(かえ)ったのか? だとしたら腹をすかしているはず、栄養を摂るためすぐにでも二人を……

「すぐに助けに行かないと!」

 しかし、村人たちは動こうとしない。カルロスの両親でさえも諦め膝をついてしまっていた。

「無理ですよ。あんなのに我々がかなうはずがない」

「そんなのはやってみなければわからないだろう!」

 村人たちは顔を伏せ目を合わせようとしない。あれに関わりたくないのだろう、他人(ひと)の子供を助けるためにあれに挑もうとは思わないのだろう。逆に食われるのがオチだからだ。

 以前にも同じようなことがあった。

 村の者たちで薬草を摘みに山へ入った時、運悪くある母と子が魔物に遭遇し襲われてしまった。他の者たちは魔物を恐れ逃げ出してしまった。父が助けに向かったが、子供を守り母はすでに亡くなっていた。子供だけを何とか逃がし助けたのはいいが、その父も帰らぬ者となってしまった。あの時逃げずに戦っていれば全員生き残れたかもしれなかった。しかし、戦えないものにその決断は難しかったのだ。

 今もあの時と同じ状況だった。戦えば助けられるかもしれない。しかし、皆の脳裏には助けられるという可能性よりも、亡くなったその父の事が強く記憶に残っており戦うことができなかったのだ。 

「頼む! 力を貸してくれ!」

 村人たちは巻き込まれないように自分たちの家へと帰って行った。


 何とか協力してくれる人を集めるため一軒一軒回って頼み込んでいった。立ち上がってくれたのはカルロスの兄に説き伏せられ覚悟を決めたカルロスの両親とその兄だけだった。しかし他は多少の迷いは見せたが頷いてはくれなかった。

 すでに夜も更け、二人が連れ去られてからかなりの時間が経ってしまった。もう二人の生存は絶望的だった。

「シェリー……」

 諦めかけていたその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「すいませ~ん、回復薬売ってほしいんですけど。後、回復のマジックアイテムありますか?」


 その緊張感の欠片もない声に振り向くと、そこにはローブを纏いフードを深く被った人物が立っていた。

 その姿からあの男の名を呟いていた。

「ア、アギト……」

「ん? あ、村長さん? 久しぶりですねぇ。元気……そうじゃないですね。どうかしました?」

 アギトと思しき人物はフードを取り軽く挨拶してきた。

 しかし、フードの下から出てきたのは、顔に火傷の痕はなく、白髪で紅い瞳の男だった。アギトの瞳の色を変えただけの双子といった感じだった。いや、雰囲気もなんだか暗く感じる。夜だからかもしれないが声色が明るいだけに違和感があった。

 別人みたいだが、とにかくそっくりだった。

「アギトではないのか?」

「ん? ああ、前にも言ったと思いますけど、俺はアギト(・・・)ではなくアキオ(・・・)ですって、もうどっちでもいいですけどね」

 男は諦めたように言う。確かに以前も否定しているようだった。結局伝わらないことで諦めたのか、アギトと呼んでも否定しなくなっていた。

 雰囲気が変わった理由はわからないがこの男がアギトなのは確かなようだ。そうだと知ると、緊張の糸が切れ涙があふれ出してきてしまった。

「アギト……うっ、うぅ……」

「え? え!? なんで泣いてるんですか? 俺なんかした?」

 アギトはカルロスの両親に助けを求めるように訊ねた。

 しかし、その両親も同じように涙を流していた。二人を助けられるかもしれない人物が現れてくれたからだ。

「アギト! シェリーが、カルロスが、グリゴールに連れ去られてしまった」

「グリゴール? 薬品名みたいだな……ん~あ!? 怪鳥か! 確か絶滅したんじゃなかったか?」

「先日の地揺れで眠っていたのが目覚めたようなんだ」

「チッ! なんで助けに行かなっ……くっ、行くヤツなんていないか」

 アギトは何かを堪えるように下唇を噛みしめている。

「アギト! たの……」

「で、グリゴールはどっちに行った?」

 アギトは頼む前に行き先を訊ねてきた。

「アギト……ヤツは避難所のあるこの方角に飛んで行った。……頼む、二人を、救ってくれ」

 涙ながらに頼み振り向くとアギトの姿はすでになかった。

「消えた……?」

 方角を聞き、飛び出して行ったようだ。目にも止まらぬこの動き、以前のアギトとは違うが実力は本物だとわかる。

 アギトが向かった先を見て思う。


 アギト、どうか二人を救ってくれ。そして全員無事に戻ってきてくれ……


語っていたのは村長だったぁぁ!

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