アキ部屋会議
アキの部屋には全員集まっていた。
「ゴメン、あたしがもっと早くアキにサラさんを返しておけばこんなことにはならなかったのに」
結衣は責任を感じていた。二人を心配してしたことが、結果的にあのバカな兵士の手助けをすることになり、アキが追い出されることとなったからだ。
落ち込む結衣に総司は寄り添うように座り、落ち着かせるように肩を抱く。
「いえ、わたしがいけないんです。結衣さんの言う通り早くアキのもとへ行っていればこんなことには……アキを一人にして不安にさせてしまったわたしが悪いんです」
サラはアキを深く理解することにばかりに頭がいき、観察することに夢中になるあまりアキを一人にしてしまった。そのせいであの兵の謀略を許してしまったことを後悔していた。
そのサラへ声が掛けられる。
「ということはサラちゃんは空雄の事を疑っていたわけではないんじゃな?」
声の主は部屋に入ってきた嵐三だった。その後からマーサも入ってくる。
「師匠! どこに行ってらしたんですか?」
光輝は嵐三がアキのもとに行っていたのではないかと思っていた。嵐三ならばアキの行動を先回りしていそうだったからだ。
「お前の考えている通りじゃよ。アキを見送ってきた」
嵐三は光輝の考えも読んでいた。
「なに見送ってんのよ! おじちゃん、なんで止めなかったのよ!」
冬華が声を荒げる。
「何を怒っておる。空雄は情報収集に行っただけじゃ。必ず帰ってくる。まあ、サラちゃんに疑われておると思って、ショックを受けておるようじゃったがな。少し距離を置くつもりのようじゃったが、それも勘違いのようじゃのう」
嵐三はサラをチラリと見る。
「はい! それは誤解なんです。わたしの気持ちは変わっていません!」
サラは信じてもらえるように必死で訴える。
「ふむ、そのようじゃな。しかし、それならばなぜじゃ? なぜ遠くから空雄を監視するようなことをしたのじゃ?」
嵐三はサラの行動の意味がわからなかった。
「「それは!?」」
嵐三の問いにサラだけではなく結衣も声を上げていた。
みんな不思議そうに結衣を見ていた。
「結衣さん?」
サラが怪訝そうに結衣を見る。
「あ、あたしが説明するから、あたしに任せて、ね!」
「は、はあ……?」
結衣はサラが危ない子に思われないようオブラートに包み説明した。
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「え? それってストー……」
「わーわーわー!!」
冬華が口を滑らせようとするのを結衣は必死で止めた。
しかし、ストーカーの意味を知っている面々は結衣の説明を聞き、冬華と同じ結論に達し引いていた。結衣の頑張りは無駄な努力に終わってしまった。
マリアはサラがそれだけアキの事を想っていたのだと、驚嘆していた。
「サラ、そんなに想っているのなら一緒にいなきゃダメじゃないの。他の娘にアキさんを取られてもいいの?」
「そんなのイヤ!」
「だったら、アキさんが戻ってきたらそばを離れない事ね。妻は夫の側にいて支えていくものよ」
マリアはなかなかに前時代的なことを言った。今の時代共働きなど珍しくもない。夫が妻を支えることだってあり得るのだ。マリアは心構えの事を言っているのだろう。
「わたしもうアキから離れない! ずっと側にいる!」
サラは強く決意する。
その決意を聞いてマリアは満足気に頷き、麻土香とカレンは複雑な気分になった。
ストーカー疑惑を抱いた面々はその決意が悪い方向に向かっていないかと不安がよぎったが、アキならばその重たい愛を受けとめられるだろうと不安を振り払った。
「それもアキが戻って来ない事にはな……あんな嫌な思いしたのに本当に帰ってくるのか?」
総司が結衣を慰めながら呟く。
「そんなに心配することもないんじゃない?」
冬華は書置きをヒラヒラさせて言う。
「確かにその書置き、それほど悲観的な内容でもないですしね」
ヒラヒラさせている書置きに目を通した汐音が同意する。
「しかし! 事態を収拾しなければアキは帰って来られないんですよ! だったらわたしは……」
サラはアキのいない生活などありえないと、アキを追いかけようと立ち上がる。
「待ちなさいサラちゃん。今から行っても追い付けやせんじゃろう。追い付けたとしても今のサラちゃんじゃ足手纏いじゃ」
嵐三はサラに現実を突きつけ制止する。
「っ!?」
「空雄と共に歩みたいのならもう少し力をつけるのじゃ」
「……はい」
サラは悔しそうに唇を噛みしめ、腰を下ろした。
麻土香とカレンは何かを決意するように拳を強く握り込んでいた。
嵐三は少し嘘を言った。
足手纏いと言ったが本当は違う。サラではアキを止めることができないからだ。
今のアキには万が一ということがあり得る。その時、アキはサラを手に掛けてしまう。そうなっては愛する者を手に掛けてしまった絶望感から、アキが壊れてしまうと恐れたのだ。
部屋に静寂が訪れる。
その静寂を破るように結衣は口を開いた。
「どうやって収めたらいいんだろう」
結衣はいい考えが思いつかず表情を曇らせる。
「陛下にお願いすれば解決するかもしれませんが……」
マリアはそう言うが、それでは力で揉み消すことになる。根本的な解決にはならない。
「隠し事なんかするからだろ?」
風音がボソリと呟いた。
「ちょっと、風音! 本当の事を広めたら敵が誰かに化けて潜んでるかもって、みんな疑心暗鬼になっちゃうでしょ? 国が混乱しちゃうんだよ!」
麻土香が風音を納得させようとする。
「なに言ってんだよ! それを収めるのが王様の仕事だろ! なんでアキ兄ちゃんがその犠牲にならなきゃいけないんだよ! なんでいつもアキ兄ちゃんが貧乏くじ引かなきゃいけないんだよ! 姉ちゃんはこれでいいのかよ!」
「そ、それはイヤだけど……」
麻土香は風音に説き伏せられてしまった。
「だったらなんとかしてやんなきゃ可哀想だろ! 恩返しだってまだしてないのに」
風音の言葉に皆は返す言葉もなかった。
皆各々アキに恩を感じていたからだ。恩を返すなら今だろう。
皆黙り込み、再び静寂が訪れる。
考え込んでいた冬華がおもむろに口を開いた。
「要するに、真実を言っても混乱しなきゃいいんだよね?」
「え? ああ、そうだけど、それができないから困ってるんだろ?」
光輝は何を今更言っているのだろうと首を傾げる。
「だったらさ、踏み絵でもする?」
冬華は自分を小馬鹿にしている光輝は気にせず提案した。踏みつけるジェスチャー付きで。
「踏み絵ですか? キリスト教の信徒を見分けるために行ったあれですよね? 一体何の絵を踏ませるんですか?」
汐音が訊ねる。敵かどうかを見分けられる絵なんて思い浮かばないからだ。
「ふふん、絵じゃないんだなぁ」
冬華は鼻で笑い勿体ぶって見せる。
「勿体ぶらないで教えてください」
汐音が冷たく言い放つ。そんな場合ではないと目が言っていた。
「ぶ~、汐音ちゃんなんか冷た~い」
冬華は口を尖らせぶう垂れる。そして一つ息を吐くと考えを話し出す。
「はぁ、えっとね……」
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「なるほど、そういうことですか」
汐音は顎に手をやり納得の声をもらした。
冬華の考えを聞き、皆もそれに賛同した。
ロマリオへの進言はマリアが引き受けてくれた。
ロマリオが了承してくれさえすれば決行できる。
アキの帰る場所を取り戻す指針が決まり、皆納得して各々部屋へ戻っていった。
アキの部屋に一人残り沈んだ表情のままのサラに嵐三が声を掛ける。
「サラちゃん、空雄は言っておったよ。サラちゃんには考える時間が必要じゃと、勘違いじゃったがのう」
サラは黙って聞いている。
「空雄が帰ってきたらサラちゃんのありのままの気持ちを伝えてやってほしい。空雄が揺らがぬように……今の空雄にはそれが必要なのじゃ。大丈夫、空雄はサラちゃんにベタ惚れじゃからな」
嵐三はそう告げるとニッコリ微笑んだ。
「はい、わたしも空雄さんにベタ惚れです」
サラはとても綺麗な微笑みを浮かべた。
『(ねぇねぇ空雄ぉ、これからどうするのぉ?)』
アルスは不安そうに訊ねる。
「(珍しいな、お前が不安そうなんて)」
アキは道端に座り込み所持品チェックしながら受け答えする。
『(だってぇ、まだここ暗いままなんだもん)』
「(だったら掃除すればいいだろ、掃除のし甲斐があるだろ?)」
『(あ、そうだね! またお掃除すればいいんだ!)』
アルスは嬉しそうな声を上げる。
「(おう、頑張れよ~)」
アキは適当に応援した。
『(うん! 僕頑張る! 綺麗になったら遊びに来てねぇ)』
アルスをそう言うと静かになった。
(なんだアイツ、これからどうするか聞いておいて聞かず仕舞いかよ。ま、いいけど)
アキは今の所持品で足りてない物に気付いた。
「回復薬がない、あと速攻で回復できるマジックアイテムが欲しいな。いくら自己治癒力を高めても限界はある。あんまりひどい怪我だと回復中動けなくなるからな、そこを襲われたらアウトだ。これから向かうところはシンがいるかもしれない。回復なしじゃマジキツイ。ばあちゃんに指輪借りてくればよかったな……」
アキはブツブツと独り言を呟いた。そして回復をどうするか考える。
ん~一回引き返して指輪借りてくるか? いやいや、さすがにそれは恥ずかしいだろう。それに見張りに見つかれば入れてもらえないだろうし。別のところで調達するか? ここから目的地までに調達するとして、最初に目覚めた小屋は? ありそうだけどなかったら困るな。やっぱりリーフ村かな。あそこなら回復薬が買えるし、マジックアイテムも交渉すれば譲ってもらえるかもしれない。よし!
考えがまとまったアキはリーフ村へ向け駆け出した。
さすがは夜、魔物の出現率が半端ない。今のアキにとってはザコ以外の何者でもない懐かしき魔物、魚人(フィッシャーマン)の群れが止めどなく現れる。
「相変わらずフリフリしてんなぁ」
アキは半笑いになりながらもダガー一本で魚人の群れを蹴散らしていく。
今のアキなら戦わずに走り去ることもできたが、いかんせん金がない。回復薬やマジックアイテムを買う金がなかった。シルフィに預けていた時に、麻土香の装備をそろえるのに使ったらしい。
「別にいいんだけどね、死んでたしいいんだけど……麻土香、俺に礼はないのか」
アキは器の小さいことを言った。
「でもこんなザコ相手にしてても大した金にはなんないんだよなぁ……」
アキは割りの合わない作業に愚痴りはじめる。
すると、救世主が現れた。
アキにとっての救世主であり、アキに蹂躙されていた魚人たちにとっての救世主。
「フィッシャーマン(成体)キタ———!」
「「キシャァァァッ!」」
アキと魚人の群れは歓喜の声を上げた。
成体の素材は高く売れる。リオル村で倒したヤツは村に寄付(没収)された為その恩恵を受けていない。これで受けられると思うと殺る気で出てくる。
アキは目をギラつかせながらお宝ににじり寄る(アキにはお宝に見えた)。
「キシャァァァ!」
お宝はアキに異様な視線を向けられ悪寒が走ったのか後ずさる。
もちろんアキは逃がすつもりはない。
アキは獰猛にニヤリと笑い獲物を追い詰める。
逃げられないと悟ったのかお宝は覚悟を決め、アキと対峙する。
「俺の懐を温めろ、お宝!」
アキは真っ直ぐに突っ込みダガーを突き刺した。
アキのあまりの速さに成体は反応できず、そのダガーを無防備の胸で受け止めた。
パキンッ
「あ……」
ダガーは成体に刺さることなくいい音を鳴らし折れてしまった。
夜、ということで強化されているのか成体の皮膚はかなり硬く、ダガーの強度を超えていた。
アキがいくら強くなろうと、武器の強度は変わらない。戦った分だけ刃こぼれし強度は落ちる。武器は消耗品、いつかはこうなるとわかっていた。
気をうまく使えば武器を強化できるかもしれないが、アキはまだ気をそこまで使いこなせているわけではなかった。
「伝説の武器ほしぃぃ!」
アキはゲーム感覚で物欲を吐露した。
「キシャァァァァッ!」
成体は目の前で動きを止めているアキに、渾身の突きを繰り出す。
「おっと!?」
アキは右足を下げ体を捻ると突きを躱す。
その突きを皮切りに命拾いした成体は死に物狂いでアキに攻撃を仕掛ける。
「お? そっちも殺る気だな」
アキは折れたダガーを捨てると徒手空拳で迎え撃つ。
魔力制御で感知能力、反応速度を上げ、成体の攻撃を受け流す際に腕に魔力を籠める。
成体の攻撃の悉くをアキはいなしていく。
しかし、アキが一切攻撃をしてこないことに気付いた成体は、武器を失い攻撃手段を失ったのだと思ったのか調子に乗りはじめる。
「キシャシャァァァ」
「キシャァァ!」
「なんだ?」
よくわからないが成体が他の魚人に話しかけているようだ。
「「キシャァァァッ!」」
ザコ魚人共は一斉にアキに襲い掛かってきた。
「うおっ!?」
アキは不意を突かれ囲まれてしまったが、一番手薄な箇所を狙い掌底を打ち込み逃げ道を作る。
アキが群れの囲い込みから外へ飛び出すと成体が待ち構えていた。どうやらこれを狙って隙を作っていたらしい。成体が魚人共を指揮してくるとは思っていなかったアキは、まんまとその策に乗せられてしまった。
「キシャァァァッ!」
「っ!?」
成体の蹴りがアキを狙い撃つ。
アキは咄嗟にガードしたが、吹き飛ばされてしまった。
「うおっ!?」
アキは空中で体を捻り、地面に手を着くと勢いを殺し着地する。
成体はアキを見てニヤニヤしている(アキにはそう見えた)。
「んにゃろう」
イライラしたアキが身構えると、再び成体は魚人共に指示を出す。
「キシャシャシャァァァッ!」
「キッシャァァッ!」
魚人共は再び飛び掛かってくる。
「調子に乗るな!!」
魚人共がアキに触れる瞬間、アキは気を放ち自身を守る障壁を張り、魚人共を吹き飛ばそうとする。
『(ダメだよ! 空雄ぉぉっ!)』
「っ!?」
アルスの声が聞こえたかと思うと、目の前が暗転しアキの意識は途切れた。
・
・
・
「くっ!? ……ハァハァハァ」
アキが意識を取り戻すと、目の前には魚人共の亡骸とバラバラになった成体が転がっていた。
アキはその光景を茫然と眺めていた。
「……何が、あった?」
マリアも案外ストー……