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晩餐会2 排除

「だれ……」

「無礼者! 姫様の会話に横から入って来るなど無礼にもほどがあります!」

 アキの声は、被せるように発せられた護衛侍女の、おっさんを叱責する声に打ち消されていた。

「っ!? 姫様であらせられましたか! 失礼いたしました!」

 おっさんは低姿勢で頭をブンッと勢いよく下げ謝罪した。

「構いません。それより今の話はどういうことですか? 申して見なさい」

 ローザは少し高圧的は語気で話を促した。構わないと言いつつ、邪魔された苛立ちを隠しきれていなかった。そして内容次第では許さないとでもいうような迫力があった。

「ハッ! 空雄殿、レオルグ将軍とタリアを殺したのは貴殿だという噂があるのですが、それは真の事ですか?」

 おっさんは丁寧ではあるが棘の含まれる言い方で訊ねた。それが事実であるとわかった上で話しているようだ。

 確かに偽者とはいえ二人を殺したのはアキだった。そして本物の二人も間接的にはアキが殺したようなものだった

 アキは澱みなく答える。

「ああ、そうだ」

 おっさんは堪えられなかったのか微妙に口角を吊り上げた。

(ん? この顔どこかで……)

「もちろんただ殺したわけではないのでしょう。将軍たちは敵に操られていたのかもしれない。それでやむを得ずだったのかもしれない。そして空雄殿、貴殿も操られかけたとか」

 前半部分は事実とは異なっていた。後半部分は瘴気に侵食されていた時のことだろう、これは事実だった。

 このおっさんは自分で見たことではなく、人から聞いた話をつなぎ合わせて言っているようだ。

「ああ」

 アキは前半はともかく後半については肯定した。

「しかし、貴殿は自力でそれを払い除けたそうですね。貴殿になら二人を救うことができたのではありませんか?」

 おっさんはニヤケ面を隠せなくなっていた。

 アキはこの顔を思い出した。

(サラファンクラブ会長の後ろにいた副会長? みたいなヤツだ……おっさんに見えるけど実は若いのか?)

 アキはおっさんの顔をまじまじと見てそんなことを考えていた。

「それは……!?」

 ローザが声を上げていた。

 しかし、レオルグたちの死の真相は伏せられている。こんな大勢のいる中で口にしていい話ではない。ローザは悔しそうに口を噤んだ。

 アキはおっさんが何を言いたいのかわからずとりあえず話を続けた。

「いや、どうかな?」

 すでに死んでいる者は助けられない。あの時、殺される前の二人の居場所がわかっていたとしても助ける余裕はなかった。

「以前モルガナ、いや、モニカ様と麻土香殿が敵に操られ攻めて来たとき貴殿もあちら側に加担していましたね。そして異常な力で町を破壊し兵士たちに被害を与えた。それはどうお考えで?」

 おっさんは話を変えたかと思うと、これ見よがしに声を張り上げていた。

 その声に反応したかのように、まわりから視線が集まってきていた。

 おっさんは責任の所在を明らかにしてアキをこの場でを吊るし上げようとしていたのだ。

 しかし、それをする理由がわからない。

 アキはウソ偽りなく答える。この場で嘘を吐くと、後ろめたいことがあるのだと思われかねないからだ。

「モニカ姫と麻土香は操られていただけだが、俺は俺の意思であっちについていたのは確かだな。町を破壊したのも、兵士たちに被害を出したのも俺がやったことだ、それは申し訳ないとは思ってるよ。だけど、俺は俺の目的の為にそれが必要ならそれを行う。だから後悔はしていない」

 アキの言葉を聞きまわりからザワついた声が聞こえてきた。

(あれ? 正直に話し過ぎたか? ていうか逆効果だったか?)

「後悔はしていないだと? つまり貴様は守れるものを見捨て、自分の目的のために町を破壊し、兵士を傷つけたということか。ふざけるな! 貴様は本当に空雄殿なのか! あの時からすでに偽者だったのではないのか! だからサラ殿も貴様を疑い、離れたのではないのか!」

 おっさんはチェックメイトとでも言うようにアキを指差している。

「はぁ?」

 アキはイラッとした。

「ちがっ……」

 遠くでサラの声が聞こえた気がしたが、まわりのザワつく声でかき消されていた。そして野次馬による人垣ができていたため何も見えなくなっていた。

 ここに来てようやく気付いた。

(そういうことか、このおっさんの目的は俺を排除することだ。ファンクラブ副会長としてはサラに決まった相手ができるのは好ましくないんだろう。相手が光輝たちのような有益な力を持った者だと手が出せないけど、俺みたいに力のないヤツなら放りだしても問題ないと考えたわけだな。だから被害を受けた町の住人を味方につけて俺を糾弾してるのか……チッ嫉妬に狂ったからって俺がここまで言われる筋合いはないだろう。それにこいつがしゃしゃり出てくる意味がわからん!)

 アキがおっさんにイライラしはじめると、そのイライラが顔に出ていたのかおっさんはニヤりと嗤った。

「貴様のような偽者がここにいていいわけがない! そうだろう!」

 おっさんの呼びかけに「そうだそうだ」と合いの手を入れる者がいた。打ちあわせでもしていたかのようなタイミングで発せられた声が呼び水となった。他の住人達も同調を見せはじめ、疑うような視線をアキに向けてきていた。

 その視線が一瞬サラのそれと重なって見えた。

 おっさんの言った言葉はただの戯言だと思っていたが、アキの自信は揺らいできていた。そんなことはないと自分に言い聞かせても、一度頭に過ったものを振り払うことは難しかった。

(いきなり機嫌が悪くなり、怒ってはいないと言いつつも眼光鋭く見据えていた。意味がわからなかったがそういうことなら納得がいく)


ズキン


 真実を知るローザは、暴動の恐れがあると察した護衛侍女たちによりこの場を離れている。

 遠くで「なに勝手な事言ってんのよ!」という冬華の声が微かに聞こえてきたが、焼け石に水だった。アキが野次馬の人垣に囲まれているため近づくことができないようだ。

 今この場にはアキの味方をしてくれる者は一人としていなかった。


ズキン


 アキが一人の時を狙い計画されたものらしい。アキはサラファンクラブの連中がこんな手を使ってくるとは思っていなかった。会長はサラを見守ることを主な活動内容とする話のわかる人物だったはずだ、こんなことをするとは思えなかったのだ。

 アキは裏切られた気分になった。

 いつの間にかアキは疑心暗鬼になっていた。


ズキン


 アキの中で何かがザワつくのを感じた。何かどす黒いモノが蠢くような……

 アキは違和感のある胸へと手をあてる。

『(……お)』

 何かの声が聞こえた。

『(……空雄!)』

「っ!?」

 頭に直接呼びかけるように声が聞こえてきた。

『(空雄! 聞こえる?)』

「(アルスか!? なんだこんな時に!)」

 アキはなぜか声を荒げていた。

『(あ、空雄が怖いよぉ……)』

「(用がないなら話しかけんな!)」

 アキは威圧的に言い放った。

 アルスは怖いアキに怯え、おずおずと話し出す。

『(ひっ!? ……よ、用事はあるよぉ。空雄の精神世界がまた暗くなってきちゃったの。折角お掃除してたのにまた汚れちゃったの。空雄の負の感情が強すぎて暗くなっちゃったの)』

「っ!?」

(俺の負の感情で精神世界に漂っていた瘴気の残りカスが増殖したってことか?)

 アキはアルスの言葉を思い出した。

(アルスは言ってたな、人の精神はグチャグチャで不安定だと。だから闇につけ込まれるって。ましてや俺の中にはアルスがいる。瘴気の名残もまだあった。いつ闇に呑まれるかわからない。こんな悪意の渦中にいるから俺は……このままだと……)

 疑心暗鬼になり気が立っている今の自分は瘴気のせいだと理解した。

「(アルス、すまん。サンキュな)」

『(え? うん! えへへ、空雄にお礼言われちゃったぁ)』

 アルスの嬉しそうな声は聞こえなくなっていった。

 アキは負の感情を抑えるためにこう考えることにした。「サラが疑っていたのは、騙された事を教訓にし、慎重になったのだ」と、「俺を吊るし上げる計画はあのおっさんの独断だ」とアキは強引に自分を納得させた。

 アキが考え込んでいるとすぐ横で風の揺らぎを感じた。

 シルフィが怒っていると感じたアキはサッと手を上げ、どこにいるかわからないシルフィを抑えた。その手に視線が集まっていることに気付いたアキは、風が収まるのを確認すると上げた手でそのまま頭を掻いた。

 その動作にどんな意味があったのかと、おっさんは怪訝そうに見ていた。

 遠くでは今にも暴れ出しそうな声が上がっていた。言うまでもなく冬華だった。

 これ以上騒ぎを大きくすると冬華がキレると思い、そしてアキの自制が利くうちにさっさと話を終わらせることにした。

「要するに、得体の知れない力を使う信用できない俺は出て行けとそう言いたいわけだな?」

「そうだ!」

 おっさんは簡潔に答えた。

 殺すと言わないだけ良心的なのかもしれない。アキを追い出すことができればそれでいいのだろう。そこいらにいる魔物相手に死ぬことはないと考えているのだろう。アキはそう考えることで自制した。

「ハァ、了解、出て行くよ」

 アキはそういうと手をプラプラ振り踵を返して歩き出した。

 人垣は二つに分かれ、アキの為に花道がつくられた。実際にはそんなにいいものではない。花吹雪ではなく野次が飛び、羨望の眼差しではなく蔑視されている。しかし、何かをしてくるということはなかった。アキの力を恐れているのだろう。近づいてくる者は誰もいなかった。

 アキはなるべく見ず、聞かずにいた。今野次に反応するとヤバイと感じたからだ。


「アキ! 待ってアキ! 違うの!」

 人垣を掻き分け前に出てきたサラがアキを呼び止めようとするとおっさんが止めにはいる。

「なりませんサラ殿! あのような得体の知れぬもの放っておけばよいのです」

 サラはキッとおっさんを睨みつける。

「あなた一体だれですか! あなたに止められる筋合いはないでしょう!」

 おっさんはハッキリと言われショックを受けていた。

「わ、わたしはサラ殿の事を心配して」

「大きなお世話です! そこをどいてください! アキ!」

 サラはおっさんを押し退け声を上げる。

 サラの声が届いたのか、アキはチラリとサラを見ると悲しそうな表情で微笑んだ。

 そして、視線を逸らすと走って行ってしまった。

 サラは置いて行かれるのだと恐怖し、アキを追いかけようと駆け出した。

 そこへまたしてもおっさんが立ち塞がる。

「見たでしょう! あの男はサラ殿を騙していたのです。偽者だと認めたのですよ!」

「!? この……」

 おっさんの勝手な物言いにサラの怒りは限界を超え、おっさんに向け魔法を放とうとする。

「このクソ野郎が!!」

ドガッ

 おっさんは蹴り飛ばされ、そのまま気絶した。

「冬華さん!」

「サラさん、急ぐよ! お兄ちゃん絶対何かある!」

「はい! でもどこへ?」

「装備なしで行かないだろうから部屋に戻ったんじゃないかな」

 サラと冬華はアキの後を追い城へと駆けて行った。


『(空雄! やばいよぉ! 空雄の負の感情で活性化した瘴気が、まわりの人間たちの悪意に反応して増殖が収まらないよぉ)』

「(どれだけ、俺を憎んでるんだよ! クソッ! 俺が何した!)」

 アキは町を破壊したことを棚に上げていた。

『(早く悪意のない所へ行こうよぉ。えぇぇぇん、空雄の為に折角お掃除したのにぃ)』

「(な、泣くなって、すぐ離れるから!)」

 サラが見たアキの悲しそうな表情は、この時の困った表情だった。


 サラと冬華がアキの部屋へはいると、すでにもぬけの殻だった。

 途中ですれ違わなかったことからバルコニーから出て行ったのだと推測する。

 冬華はバルコニーへ駆け出していった。

 サラはベッドの上の紙切れに気付き手に取る。

 どうやら書置きのようだ、急いでいたのか書きなぐったような文字だった。

 サラは冬華を呼び止め書置きを渡す。文字があれ過ぎて読めなかったのだ。

 冬華は眉間にシワを寄せ書置きを読みはじめる。

「えっと、なになに……」


 ちょっと情報収集に行ってきます

 探さないでください

 by 空雄


 ps 帰るまでに事態を収拾しといてね


 サラの事については一切触れられていなかった。

「アキ……ごめんなさいごめんなさい」

 サラは観察にかこつけてアキを不安にさせたのだと後悔し、愛想をつかされたのだと誤解し涙する。

「またこのパターン! なんでいつも一人で……私も連れてってよぉぉっ!」

 冬華は二度目の書置き逃亡に憤慨した。


 町の西門、アキが町を出ようとすると後ろから呼び止められた。

「空雄……」

 アキはビクッとし振り返る。

「っ!? なんだじいちゃんか、ってばあちゃんもいんのかよ」

 そこには嵐三だけでなくマーサも来ていた。

 大好きな孫から素っ気なく扱われ嵐三は少し寂しくなった。

「なんだとはなんじゃ、心配して来てやったというのに」

「孫の心配するのはじいちゃんの特権みたいなもんだもんな」

「ほっほっほっ、そうじゃぞ、わしは冬華だけでなくお前の事もちゃんと愛しとるぞ」

 嵐三はニヤニヤしながら言った。

「いやいや、そういうのは口に出さなくていいから、なんかキモイし」

 アキは照れ隠しなのか素直じゃないことを言う。

「キモイとはなんじゃ! じいちゃん悲しくなるじゃろうが~」

 嵐三は泣いたふりをしだす。

ゴンッ

 嵐三の頭をマーサがどついた。

「アホか!? 今はそんなことをしとる場合じゃなかろう!」

「相変わらず手厳しいのう。別にいいじゃろ、孫とのコミュニケーションなんじゃし」

「そういうのは落ち着いてからするんじゃな。それで、アキ、なぜあんなことを言った。どこへ行くつもりなんじゃ?」

 マーサはアキを見据え問いただす。

 アキは少し考えると口を開いた。

「ん~あいつの相手するのが面倒くさくなったから。行き先は秘密だ。ただの情報収集だしちゃんと報告はするからいいだろ?」

 アキはウソがばれないように明後日の方向を見て言う。

 そんなアキを見てマーサはボソリと言う。

「サラは連れて行かんのか?」

「そりゃあ連れて行きたいけど……サラにはじっくり考える時間が必要じゃね?」

 サラのストーカー疑惑を知らないアキは勘違いしたままだった。

「それはそうかもしれんが……ちゃんと戻ってくるのじゃろうな?」

「ん~さぁ? ここが帰れる状態になってたら帰るけど……」

 そうでなければ帰らないということだ。

「帰って来い、じいちゃんは空雄の事を信じておるぞ」

 嵐三はニカッと笑う。

「いやいや、だからそういうの口に出さなくていいから……」

 さすがに今度はキモイをは言わなかった。アキは信じてもらえて嬉しかったのだ。

「んじゃ、俺行くわ。冬華が追ってきそうだし」

 アキはそういうとフードを被り町の外へ向け駆け出す。

「気を付けるんじゃぞ~」

 嵐三は手を振りアキを見送る。

 マーサは呑気に手を振る嵐三を横目で睨み口を開く。

「よいのか? あんな状態のアキを一人で行かせて」

「今の空雄は一人の方が安全じゃ、ここにいるよりはるかにのう」

「それはそうじゃが……」

「それに行ったじゃろう? わしは空雄を信じておる。空雄なら大丈夫じゃ」

「しかしのう、あやつもまだ子供じゃからなぁ……」

 二人は各々アキを想い、アキが消えて行った西門の彼方を見つめる。

「さて、空雄の嫁さんのフォローをしてくるか」

 嵐三は爛々とした表情で言う。

「嫁とは気が早いのう」

「何を言っとる、わしらなぞいつぽっくり逝ってもおかしくないのじゃぞ! わしはひ孫をこの手に抱くまで死ねん! じゃから二人には頑張ってもらわねばのう」

 嵐三はニヤニヤして言う。顔から考えがダダ漏れだった。

「このエロジジィめが……」

 マーサは呆れたように呟いた。


アキ、再び離脱しました。

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