ストーカー疑惑2
遅い昼食を終え演習場を通りかかると、黄色い声援が聞こえてきた。
「光輝! 頑張ってください!」
「総司! 負けるなぁ!」
どうやら光輝と総司が剣の試合をしているようだ。
二人はその声援に応えるようにキリッとしたイケメンフェイスで斬り結んでいた。
実際には真剣な表情で試合っていただけなのだが、アキの脳内で妬み補正が掛かっているようだ。
それを見たアキは心の底から呟いた。
「「リア充どもめ爆死しろ!」」
見事に毒を吐きハモっていた。
ハモった二人はハッとし、顔を見合わせた。
壁にもたれかかり光輝たちの試合を見学していた麻土香だった。
「なんだ、麻土香か」
「な、なんだ、アキか」
麻土香は少し動揺しているように見える。
「麻土香一人か? 風音は?」
アキは麻土香が一人でいることに疑問を抱いた。
「風音はマリアさんのところで魔法の勉強中……風音、風使いなんだって」
麻土香は少し悲しそうな表情をする。大切な弟を戦いに巻き込むことになる。だから心を痛めているのだろう。
「アキは知ってたんでしょ? 風音のこと」
「ああ、そうかもしれない、とは思ってた」
「そう……」
あの時アキに風音を連れて行けと言われた時、風音に何かあるのだとは麻土香も思ってはいた。しかし、いざそれに直面すると、どうしていいのかと戸惑ってしまったのだ。
「風音も男だからな、いつまでも姉ちゃんの後ろに隠れて守られるだけなんて嫌だろ」
アキは男の立場から意見を言う。
「うん、まあ、そうなんだろうけど……でも、風音まだ12だよ? 早くないかなぁ」
確かに年齢的にはまだ早い気もするが、こちらの世界ではどうなんだろうか? カレンは自分を一人前だと思っている節がある。修行はもっと小さい頃からしていたはずだ。だとしたら風音の歳で戦いの準備をするのは別に早くはないのかもしれない。
「男は好きな子を守るために戦うもんだ。力をつけるのに年なんて関係ねぇだろ」
「そうだけど……」
「俺たちがちゃんとフォローすれば大丈夫だって」
「……うん、そうだね。お姉ちゃんがしっかりしなくちゃ! 風音は私が守るんだから!」
麻土香は吹っ切れたようにやる気を出しグッと握り拳を作る。
「おう、その意気だ」
アキは麻土香の肩をポンと叩いた。
下手をするとセクハラだと訴えられる行動だったが、意外と大丈夫みたいだ。逆に麻土香は嬉しそうだった。
「それより、さっきのなに? リア充爆死しろって、アキだってリア充でしょ?」
麻土香は自分も同じことを言っていたことは棚に上げて、嫌味を籠めて言い放つ。そしてチラリとサラの方を見ると、異変に気付いた。
「あ、あれ?」
麻土香はアキの腕を引き顔を近づけると声を潜めて言う。
「ちょっ、ちょっと、彼女なんか怒ってない? 目が超怖いんだけど。私なんかしたかな?」
麻土香に心当たりはない。したとしてもアキと仲良く話をしていたくらいだった。
「いや、麻土香じゃないと思うぞ。たぶん俺だ。なんかいきなり機嫌悪くなってたんだよなぁ。聞いても怒ってないって言うし、でもなんか他所他所しいし……こんなサラはじめてだよ。敵視されて刺されたことはあるけど、意味わかんねぇ分こっちの方が余計に怖いんだよなぁ」
アキは困り顔で溜息を吐く。
「刺されたことあるんだ……そっちの方が怖いじゃない」
麻土香は、さも当然のことのように話しているアキに呆れ、頬を引き攣らせていた。
二人がヒソヒソ話していると、こちらに近づいてくる足音に気付いた。
「アキ、目が覚めたんだな」
光輝たちだった。
光輝と汐音、総司と結衣、これ見よがしにペアを作り寄って来ていた。
「チッ、リア充どもめ」
アキは思わず呟いていた。
「は? 何言ってんだお前? お前だって……」
総司は麻土香と同じことを言いかけて言葉を呑み込んだ。サラの様子を見て喧嘩をしているのだと気付いたからだ。結衣の事でアキに借りがある総司はうまく誤魔化そうと言葉をひねり出した。
「あ~と、そうだ! アキ、一勝負しようぜ!」
総司は木刀を素振りしやる気を見せる。
総司のやる気にアキは嫌そうな顔をする。
「え~ヤだよぉ、こないだお前にボコられたとこじゃねぇか。なに? まだボコり足りねぇの?」
アキは変な嫌味を言って拒否をする。
「いや、あれはお前が手を抜いてたからだろ?」
「何言ってんの? あれが俺の実力なの! 病み上がりの俺に勝負なんてさせようとするなよな。強くなりてぇんならじいちゃんに稽古見てもらえよ、光輝の修行を頼んであるから一緒に見てもらえ」
「あ、ああ」
アキに促され総司は渋々頷いた。元々誤魔化すためにひねり出した話だ、目的は果たしたのだから無理に通す必要もなかった。
「あ、五十嵐君これ五十嵐君のよね?」
汐音は思い出したようにポケットの中のものを取り出しアキへと差し出した。
汐音が手にしていたものは、アキが落としたカラーコンタクトの片割れだった。
「ああ!? 汐音が拾ってくれてたのか。サンキュー」
アキは礼を言い受け取った。
「あ、でも傷が付いていますし、熱で変形していますからもう使えませんよ」
汐音はアキが再使用しないように注意を促した。
あの時、あの火の玉の高熱で変形してしまっていたのだ。よく解けなかったものだ。
「マジか!? まあ、とりあえず十分な働きをしてくれたからいいか」
アキは「ご苦労様でした」と黙祷を捧げると無造作にポケットに押し込んだ。感謝の気持ちは一瞬だった。
「アキ、ライアーの正体はアキだったんだな。ありがとう。アキのおかげでモルガナ、モニカ姫を救うことができたし、力の切っ掛けを掴むことができたよ」
光輝は親友と生きて再会を果たし、その親友の助言により切っ掛けを掴めたことが嬉しかったのだ。
それを聞いたアキは間抜けな顔を晒していた。
「え? モルガナお前が助けたの? てっきり冬華だと思ってたよ……あんなのお前が煮詰まてやがるから適当に瞑想させただけなんだけどな」
適当とは言っているが、余裕がなく、らしくない状態だった光輝をリラックスさせようとしたのだ。
「お前が何考えて修行してるのかも聞きたかったし、聞いたらなんかいじめたくなっただけだ」
アキは憎まれ口をたたいてはいるが、光輝の戦う理由をしっかり考えさせたかったのだ。
結局のところ、口には出さないがアキは光輝のことを心配していたのだ。
それがどう作用をしたのか力の目覚める切っ掛けとなったようだ。何がどう作用するかわからないものだとアキは驚嘆していた。
「適当だったんだな……おまけにいじめたくなったって。はぁ」
光輝はなんだか残念な気分になり溜息をもらした。
そんな光輝を気遣うように汐音は話題を変えた。
「そういえば、今晩町で陛下主催の晩餐会が催されるそうですよ。町の人たちの沈んだ心を少しでも明るくするのが目的のようですね。五十嵐君も行きますよね?」
アキはすぐに返事はせずしばらく考え込んでいた。
そんなアキの様子を見て麻土香が耳元で囁いた。
「アキ、晩餐会で彼女をエスコートして仲直りしたら?」
「おお! 麻土香冴えてるな! よし、俺も出席するぞ! お前らも出るんだろ?」
アキは光輝たちへと訊ねる。産まれてこの方晩餐会なんて出たことのないアキには一人で出席するにはハードルが高かった。
「ああ、僕たちは招待を受けているから」
光輝の言葉を聞き安心したアキは意気揚々とサラへと話掛ける。
「サラ! 俺と一緒に出席してくれる、かな?」
「……構いませんよ」
サラは淡々と了承する。その視線は鋭くアキを見据えていた。
「……はい、ありがとうございます」
アキはなぜか丁寧に礼を言ってしまった。
そんな二人の重苦しい雰囲気に光輝たちはいたたまれなくなってしまった。
その空気を察したアキはギギギギギと首を向け口を開く。
「お、俺もう行くわ」
アキは手を重々しく上げその場をあとにする。
「お、おう。また後でな……」
光輝はかろうじて返事をするとアキの項垂れる後ろ姿を見送っていた。
サラはしっかりアキの後をついて行っている。
「はぁぁぁぁぁ、アキのヤツ何やったんだよ」
総司は解放されたかのように大きく息を吐くと独り言のように呟いた。
それに答えられるものは誰もいなかった。
結衣は二人の背を心配そうに見つめていた。
サラはアキを観察しながらずっと考え込んでいた。
嵐三さんとのやり取りからずっとアキの様子を窺ってきたけれど、これと言って変わったところはなかった。食事のとり方もあの時と変わらずおいしそうに食べていた。私の手料理を食べたいと言ってくれた。それは正直嬉しかったな。でも観察に集中していたから素っ気ない態度だったかもしれない……怒ってると思われてるし。別に怒ってないんだけど、わたしそんなに怖い顔してるかしら?
サラは自分の顔に触れ確認する
確かに少し強張ってるかも、怖い女だと思われてるかしら? それだけ真剣なだけなんだけど……
そういえば光輝さんたちは普通にアキと話してたな。付き合いの長い彼らや冬華さんが本物のアキだと言っているのだから間違いないとは思うけれど……もちろんわたしも本当に疑ってるわけじゃない。ただ……今のアキ、エッチなのよね。
サラは頬を赤らめ自分の胸に触れる。
別に嫌じゃないんだけど、少し大胆になったような。以前はちょっぴりエッチで恥ずかしそうにしてたのに……出会って間もなかったからかもしれないけれど。
やっぱり、わたしはまだアキの一部分しか理解していないのかもしれない。もっと知りたい、もっと理解したい! わたしを捧げる相手なんだからしっかり見極めないと! 幸いアキはわたしを置いて行かないって約束してくれている。時間はたっぷりある。その間、アキには我慢してもらうことになるけれど、わたしの事を愛してくれているから平気よね?
もうしばらく観察して情報も集めよう。アキのすべてを理解するんだから! 絶対に目を離さないわ!
サラはそう決意すると、視線を更に鋭くしアキを見つめる。
ストーカーコントの影響か、くすぶっていたサラのストーカー気質に火がつきはじめてしまった。
アキはその視線を更なる怒りをかったのだと勘違いし、サラの顔色を窺いビクビクしていた。
(なになに!? 俺今何かした? また怒ってるじゃん)
サラが新たな決意をし、アキがビクビクしていると、後ろから声を掛けられた。
「アキ———! サラさ———ん!」
後ろを振り向くと結衣が走ってきた。
「結衣? どうしたんだ?」
アキは天の助けとばかりに結衣に話し掛けた。
「うん、あ、一応アキにお礼を言っておこうと思って」
「お礼?」
「うん、総司の事。アキの言う通りにしたらうまくいったからさ、ありがとね」
「マジか!? うまくいったのかぁ……」
アキは驚きの表情を見せると結衣の腕を引き顔を近づけ声を潜める。
「(なに? マジでヤッちゃったの?)」
「っ!?」
バチンッ
「いったぁぁぁぁっ!?」
結衣はアキへ平手打ちした。
「ばばば、ばっかじゃないの! まだに決まってんじゃん! そういうのは順を追っていくものでしょ!」
結衣は動揺を隠すことなく、まくし立てるように言い放った。
「そ、そうか、そうだな。うん、すまん。つい興奮じゃない、嬉しくて」
アキは頬を撫でながら謝罪した。余分な言い間違いが含まれてはいたが。
「まったく、やっぱりバカアキなんだから」
結衣は呆れ果てていた。
「何がまだなんですか?」
なんの話をしているのかわからず疎外感を覚えたサラは、先ほどの決意に従い話を聞こうと話題に入っていった。
「あ、気にしないで、こっちの話だから。で、あたしの本題はサラさんなんだよねぇ」
結衣はサラを見て微笑みかける。
「というわけでアキ! サラさんちょっと借りてくから~」
結衣はそれだけ言うと、アキの返事を待たずしてサラの背を押し拉致していく。
「え? ちょっと、わたしはまだやることが……」
サラはアキから目を離さないと決意していた為、抵抗を試みるが意外と結衣は力があった。
サラは抵抗虚しく拉致られていった。
その結果、アキは一人ポツンと取り残された。
サラが怪しい方向に進みはじめました。
そこまで想ってもらえるってどうなのかな?
やっぱり相手次第だよね?