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闇の中から

 アキは闇の中にいた。

『アハハッ、今のは危なかったね。大切なんでしょ? 今のお嬢さん』

 闇の中から声が響いてくる。

『サラさんって言ったっけ? あのお嬢さんを守るために力を割くなんてね。そのせいでキミの力は弱まり侵食が進んじゃったみたいだね』

 声は楽しげに語り掛けてくる。

 弾け飛び拡散した炎から、無防備のサラを守ったのはアキの力だった。瘴気の侵食を防いでいた力を割きサラを守るために使ったのだ。その為一気に侵食が進み、瘴気を抑えられずサラを襲わせてしまったのだ。

『頑張って抑えてるみたいだけど、そう長くはもたないんじゃない? このままだと本当に誰かが犠牲になっちゃうよ?』

 声はそんなつもりはないのかもしれないがやはり楽しげだ。

『でも……その前にキミが力尽きちゃいそうだね? 今の一撃は効いたんじゃない?』

 声は尚も楽しげだ。

「……くっ!?」

『苦しそうだね? キミのおじいさんも酷いことするね? ただでさえ弱ってるところに攻撃してくるなんて。気の障壁が消えてその反動がキミに返ってきてるんでしょ?』

 声は本当に酷いと思っているのか怪しいほどに楽しげだ。

「……う、うるせえよ。楽しそうに喋りやがって……俺が苦しんでるのがそんなに楽しいか!」

 アキは堪忍袋の緒が切れたのか闇に向かって怒声を上げる。

『やだなぁ、それは誤解だよ。僕はキミのことを心配してるんだよ? キミが苦しんで楽しいはずないじゃないか』

 声は言葉とは裏腹に楽しげだ。

「その割には遠足前の子供みたいにはしゃいだ声してるじゃねぇか! 心配してる態度じゃねぇよ!」

『それはキミと出会えたからだよ。キミと話ができて嬉しいんだぁ』

 声は本当に嬉しそうだ。

「何がそんなに嬉しいんだよ。俺は全然嬉しくねぇんだよ」

 アキは胸を押さえながら悪態を吐く。


「今一度、稽古をつけてやるとするか……のう空雄よ」


 嵐三の声が闇の中にまで響いて来た。

『あはっ、よかったね。おじいさんキミに稽古をつけてくれるんだって。これでまた強くなれるね? 強くなるのはキミが望んでることだもんね?』

「じいちゃん……」

『でも、おじいさんは気付いてない。それは逆効果なのに』

「……逆効果?」

 アキは闇の中の声に訊ねる。

『キミも気付いてるんでしょ? おじいさんがしたことは瘴気の力を削ぎ落したんじゃなく、キミの力を削ぎ落したんだって。さっきの一撃を見れば一目瞭然だよね?』

「……」

『そんなことをすればキミは本当に侵食されてしまう』

 アキもそれには気付いていた。だから力があるうちに瘴気を弾き出そうとしていたのだ。

 それなのにこいつだ。この声が何かにつけて話しかけてアキの集中力を削いでくる。わざわざ外の状況を逐一伝えてくるのだ。そのおかげでサラの危機を知り守ることができたとも言えるのだが。

『あの白い女の子は「さすが封印の巫女」とでも言うのかな? あ、封印の巫女って言うのは僕が勝手に呼んでるだけなんだけどね。あの子は瘴気に対する耐性があるから完全に侵食はされなかったけど、キミは違う。キミは相性が良すぎるんだ。このまま(・・・・)侵食されれば還ってこられなくなるよ』

 声はどうしても楽しげだ。

「そういう深刻なことを楽しそうに言うんじゃねぇよ!」

 アキは抑えきれず声を上げる。

『ゴメンよ、キミと話すのが楽しくてつい』

 やはり謝っていても楽しげだ。

『でも、キミのその相性の良さは異常だよね。生まれつきとは思えないよねぇ』

 声は気になることを口走っていた。しかも楽し気に。

「どういう意味だ?」

 アキは声に訊ねる。

『ん~僕もわからないんだけどね。キミの瘴気を引き付ける体質、魔法が使えないのもそうなんだけどさ、自然物な感じがしないんだよねぇ』

 声は今にも笑い出しそうなテンションで話す。

「意味わからん」

『だよねぇ? 僕もわかんないもんアハハハハッ』

 声はついに笑い出した。

「笑ってんじゃねぇよ!」

『だって、そのおかげでキミと出会えたんだよ? テンション上がっちゃうよねぇ』

「いや、全然上がんねぇから」

 声は常にこんな感じにアキに話しかけてきている。敵だというのにやたらフレンドリィに話しかけてくる。そのせいでアキも調子を崩されていたのだ。

「ったく、お前は俺たちの敵だろうが、なんでそんなテンションなんだよ?」

 アキはずっと気になっていたことをついに聞いてしまった。

『敵? 誰が?』

 アキの問いを躱そうとしているのか、声はとぼけたように言う。

「お前だよ!」

 アキは律儀に突っ込んだ。

『僕? 僕はキミの敵じゃないよ? だから僕を受け入れてよぉ』

 声はおねだりする子供のように言う。

「なんでそうなる!」

『なんでって、僕ずっとそう言ってるのにぃ』

「知るか!」

『え~冷たいなぁ。あ、でも早くしないと、外じゃもうおじいさんとキミ戦ってるよ?』

 声は思い出したかのように外の状況を伝えてきた。

「な!? んだとぉぉぉぉっ! もっと早く言えよ!」

『ご、ごめぇぇん』

 それでも声は楽しげだ。

 アキは意識を外へと向ける。

 体は自由に動かせないが邪魔くらいはできるだろう。その間に冬華が浄化してくれればこの声ともおさらばできると考えていた。

 とはいえ、先ほどから同じようなことをしていたのだがうまくはいっていなかった。しかし、嵐三が加わった今なら可能かもしれないとアキは考えていた。冬華が動ける状態でいてくれていればの話だが……


 外ではアキと嵐三との戦いが繰り広げられていた。

「あまいあまい! そんな事ではワシは倒せんぞ」

 嵐三はアキの攻撃を躱していく。

 アキは何の駆け引きもなく突っ込んでは黒い膜を纏った手刀で斬りつけていく。

 嵐三はその手刀を素手で受け流し、通りすがりざまに気をぶつけアキのまわりの黒い膜を剥ぎ取っていく。

 傍から見ると嵐三がただアキに触れているだけのように見えるが、嵐三の(てのひら)にはアキのように気が纏われていた。その気を纏った掌でアキの手刀を受け流し、黒い膜を剥ぎ取っていたのだ。剥ぎ取るたびにアキが苦悶の表情をするので、冬華たちは嵐三が攻撃しているのだと気付けた。

「なんかよくわかんないけどすごい」

 冬華は思ったことを口にしていた。

「そのおバカな子的な発言はやめた方がいいですよ」

 冬華に回復魔法を掛ける汐音が呟く。

「う……」

 冬華は黙り込む。

「それにしても、本当にすごいな。あのアキを子供のようにあしらっている」

 総司が感嘆の声を漏らす。

「実際にまだ子供ですけどね。おじいさんもかなりの御高齢のはずなのにあの動き、さすがは五十嵐君のおじいさんと言ったところでしょうか」

 汐音も嵐三の動きに驚きを隠せなかった。

「でも、このままでいいのかな?」

 二人の戦いを見て冬華が呟く。

「なにがですか?」

「……おじいちゃんが攻撃するたびにお兄ちゃん苦しんでる。それにあの黒い膜、どんどん黒くなっていってる。なんだか、お兄ちゃんが黒く染まっていってるような……」

 冬華は不安をそのまま口にした。

 このままだとアキが還って来なくなるような、そんな不安を抱いていた。

「考え過ぎではありませんか? おじいさんが考えなしに攻撃しているとは思えませんし」

 汐音にしては楽観的なことを口にした。

 汐音は信じようと思っていたのだ。アキのあの言葉を。

「力のあるなしに関係なく、人には誰しも必ず役目がある」

 この言葉を言った本人が自分の役目を果たさずに退場なんてするはずがない。汐音はアキは必ず戻ってくると信じることにした。

 サラも冬華と同じような不安を抱えていた。

 このままではいけない。漠然とそう感じていた。

 しかし自分に何ができるのかわからなかった。見守ることしかできない自分の無力さに打ちのめされ、ただ立ち尽くしていた。

 嵐三は焦っていた。

 瘴気だけを弾き、アキに直接気を送り込みアキの意識を覚醒させようとしていたのだがうまくいかない。瘴気と共にアキの気までも弾き飛ばしてしまっていた。アキの気と瘴気が融合しはじめていたため、そのようなことが起こったのだ。嵐三の気はアキの気に相殺されアキには届いていなかった。

「どうした? これでは稽古にならんぞ? やる気を見せんか!」

 嵐三はアキの意識に呼びかけるように声を放つ。

 しかし、アキは無表情を崩さない。表情が崩れるのはダメージを負った時だけだった。

 アキは掌を嵐三へ向けると、掴むように手を握り込む。

 嵐三は両手を広げ、左右から迫る壁を止めるかのような態勢を見せる。

 すると、黒い膜が巨大な手のような形に変わり嵐三を握り潰そうとしているのが見えた。

「おじいちゃん!」

 冬華は声を上げる。

「冬華が心配してくれるんじゃ、じいちゃんがんばるぞぃ! ハッ!!」

 嵐三は気勢を発すると、巨大な手は霧散し、アキが苦しみだす。

「ぐあぁぁっあぁぁぁぁ……」

 そして膜の黒さは増していく。

「むっ!? 空雄! いい加減目を覚まさんか!」

 嵐三は声を張り上げる。これが最後通告のように。


 それを闇の中から聞いていたアキは何とかしようともがいていた。

「くっ、目覚めたいのは山々なんだけど、どうすりゃいいんだよ!」

 アキはどんなに力を籠めようとどうすることもできずにいた。

『だから僕を受け入れてよぉ、このままじゃおじいさん死んじゃうよ?』

 声はこんな時でも相も変わらず楽し気に言い放つ。

「うるせぇ! 死なせるかよ!」

『キミはそう言うだろうね。でも体はそうもいかない。キミの意思とは関係なく殺すよ? フフフッ』

 声は笑いながら物騒なことを言い放つ。

「黙れって言ってんだよアルス!」

『アルス?』

 声は不思議そうに呟いた。


「やむを得んな……」

 嵐三は目を閉じ覚悟を決めると、手を合わせ力を籠めはじめる。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 カっと目が見開かれると力が拡がりはじめ、嵐三の足元が丸く陥没していく。

 この陥没の輪郭に沿って気の障壁が広がっていた。

 冬華たちの目には何も見えなかったが、脳内補正がかかり、あたかもそこに障壁があるかのように映っていた。

「おじいちゃん! 何するつもりなの!」

 冬華は嫌な予感がし声を上げたが嵐三は何も答えない。

 嵐三の気が溜まっていくのと同様にアキもまわりの瘴気の濃度を増していく。


『いいの? このままだと取り返しのつかないことになっちゃうよ?』

「くっ!?」

『ほらほら、僕を受け入れちゃいなよぉ』

「……」

『受け入れたらお得だよぉ? 瘴気を追い出すこともできちゃうかもしれないよぉ? キミ次第だけど』

「っ!? ……そんなの、信じられるかよ。俺の体を乗っ取るつもりだろう!」

『酷いなぁ、そんな事しないよぉ。全部ホントの事なのに……僕がキミに嘘をついたことがあるかい?』

「そんなに長い付き合いじゃねぇだろ! 今日会ったばっかだろ!」

『アハハハッ、そうだね。でも、もう時間がないよ……ほら』

 アキは声に促され外へ意識を向ける。

「っ!? じいちゃん……」


「ゆくぞ! 空雄!」

「!?」

 嵐三がアキに向って突進していくと、アキも同じように突っ込んでいく。

 嵐三は自らの気でアキの纏う黒い瘴気を吹き飛ばそうとしていた。それは同時にアキの気の障壁を吹き飛ばすことでもあった。

「ダメェェェェェェッ!」

 突如サラがアキと嵐三の間に割って入ってきた。

 突然のことで誰もが声を上げられずにいた。

 サラはアキの壁になるように両手を広げ嵐三を止めようとする。

「くっ!?」

 すでにスピードの乗っていた嵐三は止まることができなかった。

 サラは涙を流し、アキの為に死を覚悟した。

 時はゆっくりと流れはじめる……


『大切なんでしょ? サラさん死んじゃうよ? 守るんでしょ? 助けないの? 死んじゃうよ?』

「助けるに決まってんだろうが!!」

『フフッ、そうだよね? だったら、彼女を助けるために僕を受け入れてくれるよね? ね?』

 声はこんな時でも楽しそうに話している。

 サラを守るため、助けるために、アキは戻れなくなることを覚悟し決断する。

「……ああ、受け入れてやるよ! アルス!」

『アハッ、ありがとう。空雄』


「っ!?」

 アキはゆっくりと流れる時の中、目を覚ます。

「おぉぉぉぉぉっ!」

 アキはありったけの気を放ち瘴気を吹き飛ばす。

 そしてサラを傷つけないため、嵐三にダメージを与えないために気を抑えると、目の前のサラへと手を伸ばす。

 サラの腕を掴み抱き寄せると嵐三との間に体を滑り込ませる。

「大丈夫、助けるから」

 アキは微笑みかけるとサラを守るように抱きしめる。

「はい」

 サラは目を閉じ、アキに体をあずけた。


 そして時は正常に流れ出す。


ドスッ

「ぐふっ!?」

 アキは嵐三の気の障壁を背中に受け吹き飛ばされる。

 魔力制御で背中の防御力を強化していたとはいえその衝撃は大きかった。

 それでもアキはサラを放さず、庇うように壁に激突した。

「がはっ!?」

 アキとサラは床に落下する。

ドサッ

 サラはヨロヨロと起き上がるとアキを抱き起し名を呼び掛ける。

「アキ! アキ! しっかりして! すぐに回復するからね!」

 アキはサラの声を聞きながら意識が遠のいていく。

 薄れゆく意識の中、声が聞こえてくる。

『ねぇねぇ、空雄!』

「なんだよ?」

『アルスってなに?』

「んあ? お前の名前だよ」

『名前? 僕の? 空雄がつけてくれたの!? 嬉しいなぁ』

「いや、俺じゃないけど……」

『アルスかぁ……えへへ、大事にするね』

 嬉しそうにするアルスにアキは完全に毒気を抜かれ何も言えなくなり一つ溜息を吐く。

「はぁ、もう好きにしてくれ……」

『うん!』

 アルスはとても嬉しそうに頷いた。

 アキは静かに意識を失った。


あれ? おじいちゃんの頑張り、一瞬だった。

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