風使い
瘴気を避けながら謁見の間へ向かうと瘴気から身を守るように障壁を張っているマーサと、ゴーレムを操り瘴気へ抵抗している麻土香がいた。
「麻土香さん、なんでここに!?」
光輝は剣を抜き真聖剣にすると瘴気の塊を切り裂きながら麻土香へと接近する。
「なんでって、アキにお願いされたからよ。念のため陛下の護衛をしてくれって、そしたらこれだもん! アキって全部見越して言ってるの?」
麻土香は愚痴るようにぶつくさ言っているが、アキに言われた護衛をしっかりこなしていた。
「なんで瘴気がこんなに溜まっているんだ?」
光輝は謁見の間の状況を見て言う。
石碑から溢れ出た瘴気は四方八方に散らばって拡がっていったはずなのに、なぜかここに集まってきている。そして、なぜかマーサの張る障壁へと近づいて行く。
「そ、それは……」
「チッ!? やはり狙いは姫なのか?」
麻土香が言い澱んでいると、光輝は狙われているのが姫だと思い障壁周辺の瘴気へと斬りかかって行く。
『……せ』
「なんだ? 今声が聞こえたような……」
光輝は辺りを確認するようにキョロキョロ首を振る。
『その小僧をヨコセ……』
「小僧?」
今度はハッキリと聞こえた。しかし、言っている意味がわからない。小娘ならまだわかるが姫を相手に小僧呼ばわりはないだろう。
光輝は声の主を探そうと視線をめぐらす。
「やっぱり……」
麻土香は確信するように呟いた。
当然光輝は気になり麻土香へ確認する。
「何かわかったんですか?」
麻土香は話ていいものかと躊躇したが、隠してもどうにもならないと思い話はじめる。
「う、うん……小僧って言うのはたぶん風音のことだよ。これもアキに言われたんだけど、念の為風音も連れていけって」
「ん? 風音? 誰の事だ?」
瘴気を窺いながら聞いていた光輝は、知らない名前が出て首を傾げる。
「あ、私の弟なんだけど、町の人たちと一緒に避難させてたんだけど、ひょっとしたら狙われるかもしれないから連れて行けって。町の人達が巻き込まれないように配慮したんだと思う」
その結果護衛対象のロマリオたちが襲われる羽目になっているのだから、麻土香としては複雑な心境だった。
「まったく、アキのヤツめ、ワシをこき使いおってからに」
マーサは障壁を張りながらここにいないアキに悪態をつく。
ローザの後ろからひょこっと風音がうかない表情で顔を出す。
「ごめんなさい、俺のせいで……」
風音は申し訳ない思いで今にも泣きだしそうだった。
「そなたが悪いわけではない。そなたはまだ子供なのだから気に病むことはない。それに町の者たちに被害を出さぬ為なのだ。我々としては好都合なのだよ」
ロマリオは気遣うように優しく風音の頭を撫でる。
「そうです! 空雄様の指示なのでしょう? きっと何かお考えがあるのですよ」
ローザはすっかりアキの事を信じ切っていた。
「え? お姫さまって……ひょっとしてアキのこと……」
麻土香は「そんなことあるはずない」と、その考えを振り払うように頭を振る。
「光輝はどうしてここに来たのじゃ?」
先ほどの光輝の言葉から今の事態を知ってここに来たわけではないのだろう。この瘴気といい地響きといい、石碑が破壊されたことは疑う余地がなかった。姫に瘴気を抑えてもらうために来たことは聞くまでもなくわかっていた。ただむかえの為だけに光輝が来るだろうか? マーサはそこに引っかかっていた。
「アキに言われて、姫をむかえに来たんですが……」
「空雄様に!」
ローザはなぜか嬉しそうだった。今の事態がわかっているのだろうか。
「やはりアキのヤツか。まったくあやつは言葉が足らなさすぎるわい」
マーサはなんの説明もなしに人をこき使うことに文句をいう。
「そうですね、アキはすべて知った上で麻土香さんや風音君、僕をここに寄越したんでしょう」
光輝はアキの事をかなり過大に信頼している。昔からアキについてまわっていた為、アキの言うことは確かだと思い込んでいる節がある。その為何も聞かずにここに来てしまっていた。
実際にはただの勘なのだろうが……真相はアキのみぞ知ると言ったところだろう。
「ふむ、しかし姫を向かわせるにしてもこの瘴気をどうにかしない事には障壁内からは出せんぞ」
マーサは忌々しげに瘴気を見る。
「何とか瘴気を排除するしかない!」
光輝は真聖剣、二ノ太刀と技を繰り出し瘴気を切り裂いていく。ある程度は効いているようだが、そこ止まりである。浄化の力が使えれば完全に除去できるのだが、ない物ねだりをしても仕方がない。地道に処理していくしかなかった。
「……だったら俺が囮になるよ。その隙にお姫様はアキ兄ちゃんのところに行って」
風音が意を決したように告げた。
「ダメよ風音! そんな危険な事させられないわよ!」
麻土香は断固として反対する。たった二人だけの姉弟、弟は自分が守るんだと麻土香は一人誓っていた。なんの力もない風音を危険なことに巻き込みたくはなかった。
「でも! このためにアキ兄ちゃんは俺をここに連れて来させたんじゃないの!?」
風音はアキの名前を出せば麻土香を説得できると思っていた。しかし、それは逆効果だった。
「そんなことない! アキはそんなこと考えてない! 私ならみんなを守れると信じてくれたから私をここに風音をここに来させたのよ! 私が何とかする!」
麻土香はアキの期待に応えるため知恵を捻り出す。
「よし! これなら……」
麻土香は何か思いついたのか両手を床につけ魔力を流し込む。
「光輝君は障壁の中へ、マーサさんは合図したら火炎魔法を放ってください」
光輝とマーサは視線を交差させ頷くと、麻土香の指示に従った。
光輝が障壁内に入ったのを確認し、麻土香は魔法を発動する。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
床から黒光りする柱がそそり立つと、
「はぁっ!」
さらに魔力を流し込む。
すると、柱は弾け飛び謁見の間に粉塵となり舞い散る。
「マーサさん! 火!」
麻土香が指差し叫ぶとマーサは魔法を放つ。
「炎よ!」
炎は麻土香の指差した粉塵の舞う中に飛んで行く。
「ひぃ~石の壁!」
麻土香は急ぎ自分を守るように石でまわりを覆い、ゴーレムたちをマーサの障壁の前に壁になるように配置する。
炎が粉塵に触れると……
ドッカァァァァァァン
大爆発を起こした。
爆風に巻き込まれ瘴気は吹き飛ばされていく。
「キャァァァァッ!?」
「うわぁぁぁぁっ!?」
何が起こったのかわからないローザは甲高い悲鳴を上げ、風音は自分の姉がとんでもないことをしたと驚きの声を上げる。
爆風が収まり、土ぼこりが晴れていくと瘴気は消えていた。
麻土香を覆っていた石の壁も崩れ落ちていた。無論ゴーレムは一体も残ってはいなかった。
「あ、あぶなかった……」
麻土香は自分で仕掛けておきながら自分も巻き込まれるところだった。
「姉ちゃんすげぇよ!」
風音は興奮したように飛び出し麻土香に抱きついた。
「ま、まあね、お姉ちゃんだってやるときはやるのよ」
麻土香は風音の頭を撫で、立派な胸を張って見せる。
「まさか粉塵爆発とは……」
光輝は感心したように呟いた。
麻土香は地中、正確には城の床に使われている石畳の中から可燃物質を掻き集め、それを微粒子レベルにまで粉々にし振り撒いた。そこに火種を投げ込み爆発を起こしたのだ。
「うむ、よく思いついものじゃ」
マーサも感嘆の声を漏らす。
その気の緩んだ一瞬、
ザシュッ
麻土香の肩を黒い槍が貫いた。
「いっ!?」
麻土香は肩を押さえ痛みを堪える。
「姉ちゃん!?」
風音は麻土香に縋り付くように声を掛ける。
黒い槍は瘴気の塊へと続いていた。
吹き飛んだと思われた瘴気は再び集まり形を成していた。
「クソッ!? フッ!」
光輝が黒い槍を斬り裂くと槍は霧散し塊へと帰っていく。
「麻土香さん!」
「ん、い、痛いけど大丈夫、それより……」
麻土香は瘴気の塊を睨みつける。
「はい!」
光輝は真聖剣に魔力を籠め、瘴気の塊を斬り裂こうと飛び掛かる。
瘴気の塊は一瞬収縮すると散弾銃のように光輝に襲い掛かった。
ドスドスドスドスッ
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!?」
瘴気がそんな行動に出るとは思わず、攻撃途中だった光輝はその散弾の直撃を受けた。
「くっ……そ……」
光輝はヨロヨロと立ち上がろうとするがうまく動けない。
血に染まる光輝を目の当たりにして風音の表情は恐怖に彩られた。
震える風音に麻土香は微笑みかける。
「風音、大丈夫だから障壁の中に戻りなさい」
「でも……」
「いいから、行きなさい」
躊躇する風音の背を押し麻土香は瘴気へと向き合う。
『器をヨコセ、邪魔をするなら排除スル』
「風音は渡さない!」
麻土香は風音を隠すように身構える。
『ならば死ネ』
瘴気の塊は凝縮し黒く見るからに硬質な槍へと形を変えると、麻土香へと鋭く飛んでいく。
ヒュンッ
「っ!?」
麻土香は避けられないと思い、風音に当たらないように両手を広げ壁となった。
「姉ちゃぁぁぁぁん!?」
風音は麻土香に手を伸ばす。
「(アキ!?)」
麻土香は目を閉じアキが助けてくれることを願った。
ビュウゥゥッ
一陣の風が吹き黒い槍を切り裂いた。
「アキか!?」
光輝はまわりを見るがアキはいなかった。そもそもシルフィが憑依しなければアキは魔法を使えない。アキであるはずがなかった。
麻土香もアキを探し周囲を確認するが、もちろんいなかった。
『抵抗するか風ツカイ』
散らばる瘴気から声がこだまする。
「風使い? 誰の事だ?」
光輝は表情を険しくする。
『ならば、動けナクしてからいただくマデ』
「動けなくしてからいただく? ……まさか!?」
光輝がそれに気づいたとき、麻土香も同じように気付き振り返る。
「風音!?」
「姉ちゃんは、やらせねぇ……やらせるかよぉっ! うあぁぁぁぁぁっ!」
風音を中心に風が巻き起こりはじめる。
「きゃぁぁぁっ!?」
麻土香は風に押され光輝の近くまで押し出される。
「麻土香さん!」
光輝は麻土香を押さえる。
『イタダク!』
瘴気は再び形を変えようとするが風に阻まれ形を成すことができずにいた。
瘴気は竜巻に巻き込まれ、風の刃に斬り刻まれていく。
「うあぁぁぁぁぁっ……!?」
風音は止めを刺そうと力を込めた瞬間、竜巻は消えその場に崩れ落ちてしまった。
魔力の制御ができず、体に負荷がかかり意識が途切れたようだ。
「風音!」
麻土香は風音に駆け寄り抱き起す。
呼吸はしている。気絶しているだけと知り、ほっと胸を撫で下ろした。
『フフフッ、これで器が手にハイル』
瘴気は大きく拡がり、風音を包み込むように集まっていく。
「っ!?」
麻土香は風音を守るように抱きしめる。
ビュオォォォォォォォッ
再び一陣の風が吹き荒れる。
しかし、風音は気を失っている。他に誰が?
光輝は風の違いに気付いた。
今度の風はただの風ではなかった。黒かった、黒い風だった。
黒い風は瘴気を巻き込み容赦なく斬り刻んでいく。
そして黒い風に融け込むように瘴気は消えていった。
光輝は顔を上げた麻土香と目を合わせると、何かの気配を感じそちらへと顔を向ける。
その先には、黒い風を纏い灰色の長髪をなびかせ、濃い碧色の瞳をこちらに向ける女性が宙に浮いていた。
少しシルフィに似たところがあるが明らかに違う雰囲気を漂わせていた。どちらかといえばフレイアの雰囲気に似ている。
「何者だ?」
光輝は警戒しつつ訊ねる。そうであってほしくないと願いながら。
女性は冷たい視線を光輝に向け口を開く。
『私は風の精霊ウィンディ。この名乗りは二度目ですね。フフフッ』
その冷たい声を聞き背中に冷たいものが走る。
光輝は何も言えず、何も突っ込むことができずウィンディを見つめていた。
ウィンディは光輝を放置すると風音へと視線を向ける。
麻土香はウィンディの視線に気付き風音を庇うように抱きしめる。
『ウフフフフッ』
ウィンディは懐かしい者に再会したかのように微笑んだ。
ウィンディよ、何を思う?