風の精霊
続きです。
麻土香と別れ、アキは傷の痛みを忘れ駆け出していた。
城の広間に近づくと高らかに嗤う女の声が聞こえてくる。
「なんだこのムカツク嗤い声は……」
アキは嫌悪感を隠すことなく吐き出した。
そして広間に着くと最悪の状況が広がっていた。
石碑は破壊され、瘴気が噴き出している。
総司と結衣は酷い怪我を負っており光輝と汐音がその治療をしている。
カレンはカルマを治療し、冬華はカルマの側で放心状態となっている。
マリアはボロボロになりながらもヨロヨロと立ち上がろうとしている。
(なんだこの状況、マリアさんが一人で戦ってたのか!?)
アキがこの状況にイライラしはじめると声が上がった。
「待て! 何をするつもりだ!」
(光輝!? なんの話をしているんだ?)
「ふん、モルガナを再び瘴気漬けにするんですよ。そうすれば再び我々の仲間入りです」
モルガナを瘴気の中に放り込むつもりのようだ。
(あのクソ女ぁぁっ!)
クソ女はいやらしく歪めた顔でモルガナに手を伸ばそうとする。
アキは懐からナイフを取り出し、その手に向け投擲した。
ヒュンッ……グサッ
ナイフはその手の甲に命中した。
(よし、腕は落ちてないな。シンの時はすり抜けたせいでわかんなかったからな)
アキがナイフ投げの確認をしていると、視線が集まっていた。
「アキ!?」
光輝はアキの怪我に目を見開いて驚いている。
「キサマ!」
クソ女はクソのような声を漏らす。
アキはクソ女と話す気など毛頭なかった。目を細めクソ女を見据える。
アキはクソ女の気配から生命体ではなく核を有する魔物だと識別し、核の場所を探る。人間に成り済ますようなヤツはろくなヤツじゃない。瞬殺あるのみ!
その間もクソ女は何か言っていたようだが、アキは聞く耳を持たなかった。
「(耳が腐る)」
ただ、無視された怒りで醜く歪んでいくクソ女の顔だけが見えていた。
アキは見るに堪えなくなり、さっさと終わらせることにした。
核の場所は把握してある。後はクソ女をこちらに向けるだけだった。
アキはナイフを二本取り出し投擲する。
クソ女には何の呼び動作もなく放たれたれたように見えただろう。クソ女は避けることもせず両肩に喰らう。
効いていないのかクソ女はほくそ笑んでいた。
その顔を見てアキのイライラは増していく。
しかし、効かずともナイフの勢いは殺せてはいない。
アキの力調節によりクソ女はアキの正面を向くように体が傾く。
そしていい的となったクソ女の体に向け苦無を投擲する。
「フンッ!」
ヒュンッ…… ドスッ
「ギャァァァァァァァァァッ……」
クソ女の核のある右胸を貫通すると、クソ女は断末魔を上げ崩れ落ちた。風穴の空いた穴からはドス黒い液体が流れ出る。
アキはクソ女の死にざまには目もくれず石碑の状況を確認する。瘴気は噴き出し続けていた。
一つ舌打ちするとマリアの下へと向かう。
「おか、マリアさん!」
アキは思わずお母さんと呼びそうになるのをギリギリで留める。
「アキさん! すみません石碑を破壊されてしまいました」
マリアは悔しそうに俯く。
「今は悔やんでる暇はありません瘴気を何とかしないと」
「はい」
アキはすぐに指示を出す。
「光輝! 今すぐ謁見の間へ行って姫さん連れて来い!」
「え!? お、おう!」
光輝は駆け出して行く。
「マリアさんは総司の治療を」
「はい!」
マリアは総司の下へ向かい回復をはじめる。
「冬華! いつまでそうしてるつもりだ! このままだとそいつは死ぬぞ!」
冬華はピクリと反応する。
「傷が治っても瘴気に中てられ結局死ぬ!」
冬華はアキを睨みつける。
そしてアキの体が血に染まっていることに気付く。見た目ではアキの方がよっぽど死にそうだった。
「お兄ちゃん、その傷……」
「なんでもない、気にすんな」
「気にするなって……」
そう言われてハイそうですかとはいかない。こんな状態のアキに無理はさせられない。
冬華はアキを止めようとする。
「そんな体で無理したら死んじゃうよ!」
「死なねぇよ! いいから手伝え!」
一度死んだアキの口から言われても説得力はなかったが、アキを有無を言わさず指示をする。
「俺は姫さんが来るまでこの瘴気を抑える! 冬華は広がった瘴気を浄化しろ!」
「抑えるって、そんな事お兄ちゃんにできるの!?」
「やりたくねぇけど、やるしかねぇんだよ!」
アキはサラをマリアの側に下ろすと石碑の前に進む。
アキは目を閉じ、両手をパチンと合わせ集中する。そして両手をゆっくりと広げ頭上に掲げる。
冬華の目には何も見えず、なんのパントマイムなのかと不思議そうに見ていた。
そして堪えきれず訊ねた。
「何してんの、お兄ちゃん?」
「うっせぇ、今集中してんだから黙ってろ……」
アキはそういうと、石碑を何かで覆うように両手を振り下ろした。
すると噴き出していた瘴気は何かに遮られるように留まる。
「な、なにこれ?」
冬華は訝し気に呟く。
アキは普段自分のまわりにドーム状、もしくは壁状に気の障壁を張って魔法を防いでいるが、今回その形状を変えて石碑に蓋をするように瘴気を受けとめていた。
アキは冬華をチラリと見て、苦しそうに声を上げた。
「お、お前はさっさと瘴気を浄化しろ!」
「は、はい!」
冬華はアキに怒鳴られ背筋を伸ばして返事をすると、力を籠めはじめる。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ! ミズチ!」
冬華は両手を地面に叩きつけると巨大な水の蛇が現れる。
「ミズチ、瘴気を喰い尽くしなさい!」
冬華が命じると、ミズチは体をうねらせ口を広げ瘴気に向かって行く。
ミズチが瘴気の中に入って行くと、冬華はさらに魔力を籠める。
「拡散して広がれ!」
ミズチは分裂し、四方八方へと瘴気を喰らいに散らばっていく。
冬華は水の剣をつくり、ミズチの食い残しの処理をし瘴気の流れていく外へと向かう。
アキの抑え込んでいる瘴気は逃げ場がなく濃度を増していき黒くくっきりとした半球状のドームが出来上がる。
瘴気は気の障壁の中に噴き出し続け、アキに負荷がかかる。
「くっ!?」
アキは気の障壁が破壊されないよう集中し、姫の到着を待った。
瘴気を処理しながら外へと出た冬華は、空へ昇っていく瘴気を見つけた。
上空に昇った瘴気は一か所に集まり、その濃度を増していく。
「なに?」
その異様な光景に冬華の表情は険しくなる。
瘴気は集まり濃い塊となると、ウネウネとうねり四肢が伸びていく。
人のそれに見えた冬華は、ゾクリと背筋に冷たいものが走り反射的に攻撃を仕掛けた。
「ミ、ミズチィィィィィッ!!」
地面から水柱が上がり瘴気の塊に迫ると、その顎を開き飲み込もうとする。
ビシャァァァァァァッ
ミズチは闇の刃にその頭を貫かれると、突如起こった突風により弾け水へと還っていく。
冬華は降り注ぐ水に打たれながらミズチを撃ち貫いたモノへ視線を向ける。
闇色の塊だったものは次第にその形状をハッキリとさせる。
それはスラリとした四肢を手に入れ、人の姿を模していた。
艶めかしい裸体に闇色の風の衣を纏い、灰色の長髪をなびかせる。その女性的な顔は表情もなく、濃い碧色の瞳を世界へと向けた。
『外へ出るのは何年ぶりか……フフッ、フッハハハハハッ』
外の風を楽しむかのように両手を広げクルクルと舞い、笑い声を響かせる。その顔は風と戯れる子供の様な笑顔をしていた。
その舞っている姿に冬華は目を奪われ、言葉を失っていた。
冬華の視線に気付き、舞を終えると冬華へと視線を向ける。
『先ほどの水はあなたが?』
「そ、そうよ……」
冬華は短く答えると、剣を下ろしていた。
『そう……水使い、なぜ攻撃をするの?』
「え?」
その問いに冬華は答えに窮する。
ただ恐怖に駆られ、無意識に攻撃を仕掛けていた。答えるとしたら「恐怖したから」と言うほかない。
しかし、それを言ってしまってもいいのかと冬華は迷った。
先ほどの舞、そしてその笑顔を見て迷ってしまった。
「わ、わからない。さっきは、ただ怖かった……でも今は、わからない……」
冬華はなぜか正直にそう答えた。
『そう……私は風の精霊ウィンディ、あなたは?』
闇色の風を纏った女? は冬華のもとまで下りてくると澄み渡るような声で風の精霊を名乗った。
冬華は戸惑いの表情を見せる。
「わ、私は冬華……あの、ウィンディはアイズたちとは違うの?」
アイズたちは闇を名乗っている。しかしの目の前のウィンディは見た目も性質も似ているというのに闇を名乗らない。話し口調も温和な印象を受ける。
さっきの舞といい、冬華は困惑の中にいた。
『アイズ? あの子を知っているのね? 水使いなら知っていてもおかしくはないわね』
ウィンディは懐かしむように微笑んでいる。とても敵には見えなかった。
「アイズはたぶん瘴気のせいだと思うけど、穢れてしまった。今じゃ私たちに敵対しているの……ウィンディはどっちなの? 敵? それとも味方?」
冬華はまわりくどいことが苦手だ。だから直球で訊ねた。
その素直過ぎる問いにウィンディは笑いを漏らす。
『フフッ、私は中立よ。精霊は人間が嫌い。だからと言って私は人間に敵対するつもりはない。興味がないの、人間に』
冬華はウィンディの言葉を信じていいものか判断に困っていた。
「で、でも、ウィンディは瘴気が集まって今の体になったんだよ? 瘴気の影響とかはないの? 負の感情に囚われるとかはないの?」
『負の感情? それは元々そう言った感情を持っていたからですよ。瘴気はそれを刺激し増幅させている。人は感情の生き物、そんな身で瘴気を取り込むから闇に呑まれるのです。とはいえ、普通の人間は瘴気に中てられただけで死に向かいますけれど……アイズたちは人間を憎んでしまった。だから闇に呑まれた、ただそれだけのこと』
「たちってことは、ガイアスとフレイアもそうってこと? ……ウィンディは人を憎んでないの?」
『ええ、二人もそう。私は人間に興味がないって言ったでしょ? 人間に期待するから裏切られ傷付く』
だとすると、あの三人はどんなに浄化しても人間に対する憎しみは晴れないということだ。
冬華は、浄化さえすればあの三人もシルフィのように友達になれるんじゃないかと心のどこかで考えていたのかもしれない。それが叶わないと知り、あの三人が人間から受けた傷がそれだけ大きいのだと知り悲しくなった。
そして、ウィンディは人に期待するだけ無駄だと諦めてしまっている。
その冬華の表情を不思議に思いウィンディは訊ねる。
『人間であるあなたが、どうしてそんな悲しそうな顔をするのです?』
「だって、精霊は人間と関わらないようにしてきたんでしょ? それなのに人間を憎むようになった。それはアイズたちが人間に関わろうとして人間に裏切られたってことでしょ? ウィンディはそんな人間を諦めてしまった。そんなの悲しすぎるよ」
冬華は嵐三から過去の4戦士と精霊、そして術士たちの戦いの話をある程度聞いてた。その時に何かあったのだと冬華は考えていた。
『……概ねその通りです。人間を信じたアイズたちが悪いのですよ。人間とはそういう生き物なのですから』
ウィンディのその口ぶりからアイズたちとはそれほど仲がいいというわけではなさそうだ。
「アイズたちとは仲間じゃないの? 同じ精霊でしょ?」
『……大きく括ればそうですね。けれど精霊とは言っても属性が違いますから、交流はあっても私には仲間意識などは特にありませんね』
ウィンディは同じ風の精霊以外とは深く関わる気はないようだ。だからこそわからない。
「ウィンディは人間も他の精霊も信じていないのに、どうして私にそんなこと教えてくれるの?」
ウィンディは冬華をジッと見る。いや、冬華ではない何かを見ていた。
『……あなたからは風の精霊の匂いがするのです。心当たりは?』
「え? うん、シルフィは私とお兄ちゃんの友達、ううん、家族だよ」
冬華はシルフィを想い微笑みを見せる。
『そうですか。では彼があなたのお兄さんなのですね?』
ウィンディはここからは見えない石碑のある方をチラリと見ると表情を険しくする。
『このままでは、彼は瘴気に呑まれてしまいますよ』
「え!? どういうこと?」
冬華は嫌な予感がし、ウィンディに訊ねた。
『彼のあの術、ですか? あれは瘴気に対してかなり危険なものです。それだけではないですね、彼自身瘴気を取り込みやすい性質のようです。早く手を打たないと、闇に堕ちますよ』
ウィンディは風の精霊の匂いが冬華以上についているアキに少しばかりのお節介をした。
「お兄ちゃん!? ウィンディ、教えてくれてありがとう! またね!」
冬華はウィンディに礼を言うと石碑のある広間へと戻って行った。
『ありがとう、か……人間にお礼を言われるとは思いませんでした……面白い子ですね。しかし、敵とも味方とも知れないものを放置するのは、どうなのですかね?』
ウィンディは走り去りいなくなった冬華へと語り掛ける。
そして、何かを探るようにキョロキョロと視線を泳がすと、目当てのモノが見つかったのか一点を見つめる。
『さて、冬華……どうしましょうかね? フフフッ』
ウィンディはニヤリと笑い上昇していく。
最近、昼間は暑いのに夜は肌寒いですねぇ。
窓開けっぱは寒い。