石碑防衛2
汐音と別れた結衣は、サラと共に石碑のある広間に来ていた。
今現在、ここには石碑ではなくロマリオの石像が鎮座している。
結衣は石像を見上げ呟く。
「(権力者ってどうして自分の像を建てたがるのかしら?)」
サラは石像を見上げる結衣を怪訝そうに見つめ訊ねる。
「どうしたんですか?」
「ううん、何でもないよ」
結衣は石像から視線を外し周囲へ向ける。
「どうしてここへ?」
サラが訊ねる。
「え? ん~あたしは守ることしかできないから」
結衣は少し寂しそうに言った。総司と一緒に戦うことができないことが寂しかったのだ。
「そうですか。でも後ろで守っていてくれる人がいるから総司さんたちは思い切り戦うことができるのですよ」
サラは昨日慰めてくれたお礼のように微笑みかける。
「ありがとうサラさん」
結衣は笑顔で礼を言った。
しかし、少し心が痛かった。結衣の事を本当に心配して言ってくれたのだ、少し嘘をついた結衣は辛くなった。
結衣の言葉に嘘はない。自分にできることをするとそう決めていた。しかし、それだけではない。アキに頼まれていたのだ。
あの日、アキが結衣の部屋を訪れた際にお願いしていった要件の二つ目、「次に魔物の襲撃があったら石碑を守ってくれ」そう頼まれていた。アキの話だと次は本気で石碑を破壊しに来るはずだということだ。
そのことをサラに話してもよかったのだが、からかわれていたとはいえ若干の後ろめたさがある結衣は、アキが自分の下へ訪れたことをどうしても言えなかったのだ。杞憂なのだが、アキの浮気相手と誤解されそうでイヤだったのだ。
サラとの友好関係をわざわざ壊す必要もない、言おうが言うまいが石碑を守ることに変わりはない。「なら言わなくていいや」と結衣は黙っていることにした。
城の外から喧噪が聞こえてくる中、二人で周囲を警戒し何も起こらないことを祈っていた。
すると、こちらへ駆けてくる足音が響いて来た。
二人は警戒心を高める。
駈け込んで来たのはアキだった。
「アキ!」
サラはアキが無事に戻ってきたことを喜び、アキの胸に飛び込んだ。
結衣はそんな姿を羨ましそうに眺めていた。
「アキ、もう戦いは終わったの?」
サラはそう訊ねたが外の喧噪はまだ続いている、何かがあったから戻ってきたのは明らかだった。
「いや、まだだ。俺は陛下に危険が迫ていると伝えに来たんだ」
アキは焦るように言うと背後から声が掛けられた。
「陛下に危機じゃと!?」
振り向くとマーサが険しい表情で立っていた。奥の避難所から様子を見に出てきたようだ。
「説明している時間はない。急いで陛下に伝えなければ!」
アキはそういうと駆け出そうとする。
「うむ、わかった。ワシも行こう」
マーサはそういうとアキの後に続いて行く。
そこへサラが声を上げた。
「わたしも行きます!」
アキは後ろを振り返りサラの真剣な表情を見る。
あの真剣な表情を見たら断れないだろうと結衣は思っていた。
「ダメだ!」
予想に反してアキは頷かなかった。
「どうして!?」
サラも引き下がらずアキのもとへと向かう。
アキは向き合うとサラの頬へ触れ真剣な表情で告げる。
「陛下が危険なんだ、並の敵ではないはずだ。俺はサラに危険な目にあってほしくないんだ。だから、サラには石碑を守っていてもらいたいんだ」
「……はい、わかりました」
アキの言葉を聞き、サラは納得したように頷いた。意外とあっさりと引き下がっていた。
しかし、サラの返事はどこか無機質に聞こえた。
サラはボーッと立ち去るアキの背中を見つめている。
その様子を怪訝そうに見ていた結衣はサラの肩を揺り動かし声を掛ける。
「サラさん? サラさん! 大丈夫?」
「え? あ、はい? 何がですか?」
サラは結衣が何を心配しているのかわからない様子で首を傾げていた。
「い、いえ……(いつものサラさん、だよね……)」
結衣はいつものサラだと思いこれ以上は何も言わなかった。
アキたちが陛下の下へ向かいしばらく経つと辺りを甘い香りが包み込んでいた。
結衣はこの匂いに覚えがあった。
最近サラの体から漂っていたお香の香りだった。きっとサラがここに止まっているから香りが広がったのだと結衣は思っていた。
そこで異変が起こった。
ガコンッ
何かが切り替わるような音がしたかと思えば、ロマリオの石像が消え封印の石碑現れた。
結衣は固定してある認識阻害の魔法が何者かに解除されたのだと思い、周囲を気にしながら石碑を中心に防御壁を展開した。
身を守るため結衣とサラも防御壁の中に入るように展開してある。
「サラさん! 動かないで中にいてください! 敵がいるかもしれない、注意してください!」
サラは一点を見つめ動かなかった。
返事のないサラに不安を感じた結衣は振り返りサラの様子を窺う。
サラは無機質な表情を結衣に向けていた。
「サラさん?」
サラは結衣に向け手をかざし魔法を放った。
「眠りを」
結衣は強烈ね睡魔に襲われ立っていられなくなりその場に倒れ込んでしまう。
防御壁も維持できなくなり消え失せ、結衣の意識もとびかけている。
結衣は必死に睡魔と戦い、サラに声を掛ける。
「さ、サラさん……なんで……」
サラは何も答えず、独特の形をしたダガーを抜き石碑の前に立つ。
そして、ダガーを振り上げる。
「だ、ダメ……サラさん……」
眠気に逆らいながらなんとか絞り出した声もサラには届かなかった。
サラは何の躊躇もなく石碑にダガーを振り下ろした。
ギュイン
サラのダガーは一振りの剣により止められた。
「結衣! 大丈夫か!?」
結衣は声の方へ視線を向ける。
「そ、総司……」
そこで結衣は力尽き、眠りへと落ちていった。
その際、遠くで爆発音が聞こえた気がしたが結衣は夢の中の出来事のように感じ、起きることを脳が拒絶した。
結衣は話終えるとサラを抑えているアキへと視線を向ける。
「アキ! サラさんに何したの!?」
結衣はまだアキの偽者の存在を知らなかった為、目の前のアキがさらに何かしたのだと思っていた。そして、そのサラを止めるという矛盾に困惑していた。
「俺じゃない!」
アキはサラの攻撃を防ぎながら短く答える。
「どういうこと?」
「今まで城にいたのはアキの偽者だったんだ」
総司は怪訝そうな表情をする結衣に偽者の存在を告げた。
「え!? じゃ、じゃあ昨日あたしのところに来たのは?」
まさか偽者だったのかと結衣は不安になった。偽者相手に一時の迷いとはいえ許そうとしていたのかと背筋が凍り付いた。
「あれは俺だ……プフッ」
サラの相手をしているというのにアキは昨日の結衣を思い出し場違いにも噴き出した。
「キッ!?」
結衣は「忘れろ!」とアキを一睨みする。
そんな結衣を見て総司はまたからかわれたのかと微笑み、そしていつもの結衣に戻っていることに安堵した。
からかった内容を知ればそんな余裕は無くなるだろうけれど。
「何を笑っている!」
サラは自分が笑われたのだと思い憤慨し攻撃を強める。
「おっと、余計な事考えてる場合じゃないか」
アキはサラの腕を掴み攻撃を止めると、腕を捻じり上げ背後にまわり動きを封じる。
「クッ!? 放せ!」
サラはジタバタし、アキから逃れようとする。
「(放さないよ、もう二度と……)」
アキはボソリというとマリアへと視線を向ける。
「マリアさん何かわかりましたか?」
結衣の話とサラの部屋で得た情報をまとめ考え込んでいたマリアが口を開く。
「術ではなく、おそらく強力な暗示に掛かっているのでしょう。時間を掛けて下地を作り、ここぞという場面で暗示を掛ける。サラと接触した際にその下地を解放し暗示の掛かる状態にした。そして引き金となるお香の香りを嗅ぎ暗示に掛かったのでしょう」
「どうすれば解けるんですか?」
アキは訊ねる。
「術ならばわたしが解けますが、こればかりはそうもいきません。サラが自力で解くか、サラの目的を遂げさせるしか。もしくは暗示と同等の衝撃を与えて暗示を相殺するしかありません。しかしどれも難しいでしょう。サラの目的は石碑の破壊、そんなことはさせられない。サラが自力で解けないほどに暗示は強力です、同等の衝撃を与えるのは難しいでしょう。」
八方塞がりだった。
しかしアキには考えがないこともなかった。ただ、それをするには抵抗があったのだ。
悩んでいる間もサラはアキから逃れようともがき、隙あらば石碑を破壊しようとする。
この場にいてはサラは石碑を狙い続ける。狙いを他に移す必要がある。
アキは決断を迫られる。
アキはチラリと総司たちを見る。
結衣も動けるようになったようだ。ここを任せても大丈夫だとアキは判断した。
「総司! ここの守りは任せるぞ!」
アキはそう言い残し、サラを羽交い絞めにしたままサラを連れ去る。
「アキ! ……何をするつもりだ?」
総司は先ほどのアキの表情に一抹の不安を覚えたが、ここを動くこともできず歯がゆい気持ちで立ち尽くしていた。
アキは城に西側にある演習場へ来ていた。
ここなら石碑からも距離があり広さも十分にある。邪魔者もいない。何者かが近づけばすぐに気付く。申し分ない場所だった。
アキはサラを解放する。
「!?」
サラはアキから距離を取り周囲を確認すると、石碑のある城へ戻ろうとする。
アキは先回りし、サラの行く手を遮る。
「おっと、俺を無視して行けると思う?」
「くっ!? 邪魔をするな!」
サラはダガーを振りかざし斬りかかってくる。
アキはそれを躱しながら語り掛ける。
「サラさん! サラさんは何のために戦ってるんだ! なんのために石碑を破壊する!」
「アキの為よ! わたしはアキの望むことならなんだってしてみせる!」
サラは攻撃の手を休めることなく言い放つ。
正気の時に言ってもらいたいとアキは内心思っていた。
しかし、今のサラはシンにそう言わされている……いや、本心かもしれない。シンをアキだと思い込んでいるサラは、本気でアキの為に行動しているのかもしれない。
うぬぼれかもしれないがサラはそこまでアキの事を好きなのだとアキは思っていた。
ただ、そのアキはサラが心を守るために造り上げた虚像なのかもしれない。離れている間に美化し出来上がってしまった虚像が、再会したアキ(シン)に重なったのだろう。
だからシンの言葉を素直に聞き入れ、暗示の下地を造り上げられ暗示に掛かってしまったのかもしれない。
まずはそこから壊していくしかない。
アキはサラの心を壊していくことを決意する。
「サラさん、サラさんの言うアキは誰なんだ? どんな人物だ!」
サラはアキから距離を取り体勢を整える。
「アキはアキよ! とても誠実で優しくて真面目な人よ! どんな時でもわたしの側にいて助けてくれる! だからわたしもアキの側にいてアキの為に戦う!」
「そんなアキはいない! それは全部サラさんが造り上げた理想のアキだ! 本当のアキはそんな出来たヤツじゃない! チャランポランでやる気がなく、目的の為ならサラさんのもとを離れる、いつでも助けられるわけじゃない!」
アキは自分で言っていて、なんてダメな奴なんだと悲しくなってくる。
「違う! わたしのアキはそんなんじゃない! アキは、アキは……」
サラは頭を振り聞き入れない。
「だったら今アキはどこで何をしている! 今サラさんを守ってくれないのはなぜだ!」
「きっと来てくれる! アキはわたしを助けてくれる!」
サラは盲目的にアキを信じている。
「そんなアキは来ない! そのアキなら俺が殺した! 死んだんだ!」
「違う違う! アキは死なない! アキはずっと側にいてくれるって……」
サラはアキが死ぬことを頑なに信じない、アキが死ぬことなど許さないとでも言っているようだ。
「アキだって死ぬ! ずっと側になんて、いられない」
アキは自分が死んだことを思い出し、サラの泣き顔を思い出し辛くなる。
「そんな、だってアキは、アキは戻ってきたじゃない。わたしのアキは戻ってきたんだよ? わたしを置いて行ってしまったアキ。わたしはわたしのアキを愛してる! わたしのアキじゃないアキなんて知らない! 知らない!」
サラの言動は支離滅裂になってきている。
「知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない!」
サラは狂ったように連呼しアキに突っ込んでくる。
「それほどまでにアキの事を、俺の事を……」
アキは微動だにせず立ち尽くす。
「わたしのアキじゃないアキなんて知らない! 死ねぇぇぇぇっ!」
サラはダガーをアキに突き刺した。
ドスッ
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
サラはダガーを引き抜くと傷口に手を添え、追い打ちをかけるように魔法を放った。
風の刃が傷口からアキの体を貫く。
ビチャビチャビチャッ
アキの体から鮮血が飛び散り、サラの顔は血に染まる。
そして、狂気に染まった顔で歓喜の声を上げる。
「あ、アハハッ、やった、やったよアキ! わたし、敵を倒したよ。アキ……出てきてよ。わたしの側にきてよ……」
血に染まるサラの頬に涙が伝う。
「なんで? なんで来てくれないの? ……またわたしを置いて行っちゃうの? またわたしを一人にするの? なんで? なんでよぉぉぉぉぉっ!」
バチンッ
アキはサラの頬を引っぱたいた。
サラは頬に手をあて惚けたように目の前の男を見上げる。
「サラさんがそこまで、俺の事を、殺したいほど愛し、憎んでいたなんて……でも、そろそろ目を覚ましてよ。そんなサラさんは見たくな、ゴプッ」
アキは吐血しサラに体をあずける。
アキはサラを抱きしめると告げる。
「サラ、さん……もう苦しまなくていい、もうアキの事なんて忘れていいんだ。もうサラさんのアキはいないんだから……俺は、俺の女神様には笑顔でいてほしぃ……」
アキはサラに体を預けたまま動かなくなる。
「女神、様……」
サラはあの時アキが口にした言葉が脳裏に過ぎった。
「女神様がいる、俺死んだ?」
サラは強く握り込んでいたダガーを放し、血に染まる手を見る。
「あ、あ、あぁぁ、ア、キ……アキ? わたし、わたしは……イヤ、死んじゃ、イヤ、イヤァァァァァッ!?」
サラはアキの体を抱きしめ泣き崩れた。
読んでいただけているだけでも嬉しいんですが、楽しんでいただけているでしょうか?