どこかで・・・
シンと名乗った男は闇の衣を身に纏いアギトを見据える。
「シン……災厄の代行者、じゃと?」
マーサはシンを見定めるように視線を向ける。
「そんなモノ聞いたことがないぞ、どういうことなのだ……」
ロマリオは寝耳に水とばかりに動揺を見せ呟いた。
アギトは隙を見せないようシンを見据えると口を開く。
「災厄の代行者か……アルスの封印を解いてどうするつもりだ?」
アギトは答えのわかりきったありきたりなことを聞いてしまった。
アルスを解き放つのだ、目的など世界征服か世界を滅ぼすかの二択しかないだろう。アルスの性質上、後者の方がありそうだが。
マーサたちは知らない名がアギトの口から告げられ訝し気に見る。
アギトの言葉を聞きシンは眉尻をピクリとさせる。
「アルス……俺は世界になど興味はない。世界など……人間など滅んでしまえばいい」
シンは後者を口にした。
その表情は憎悪に染まり歪んでいる。
余程世界を憎んでいるのだろう。いや、世界ではなく人間を憎んでいるのか……
アギトはシンの言葉の真意を考えている間もシンを観察し続けている。
それはシンの姿に引っかかりを覚えたからだ。
闇の衣に身を包んだその姿をどこかで見た気がする。その姿を目にした瞬間そう感じたのだ。
アギトはシンを見据えると黙り込み記憶を掘り返していく。
シルエット的にはアイズに似ているが違うだろう。アイズともガイアスとも違う。
確かシルフィが言っていたな、敵の中に黒い影の人物がいてそいつがモルガナを奪って行ったとか。影から出てきたから黒い影の人と言っていたが、それがこのシンの事だろう。
……ん? シンにモルガナ、アイズにガイアス……この組み合わせをどこかで見た気がする。
たぶんこれが引っかかりの正体のはずだ。
しかしモルガナ以外は二度目の召喚後に遭遇した。4人同時には見ていないはずだ。それなのに見覚えがあるとはこれいかに?
アギトが黙り込んでいると怪訝そうな視線がアギトに集まる。
アギトはそれに気づかず考えに没頭する。敵が目の前にいるというのに……
シン、モルガナ、アイズ、ガイアス……ん~ここまで出てきてるのに、このフン詰まり感イライラする。
アキは頭をワシャワシャして考えをリセットする。
名前で考えるからダメなんじゃね? 見たんだから特徴で考えねぇと……よし!
黒い影、白い女、黒い影、ゴツゴツした黒い影……なんか黒ばっかだな、暗闇かよ……闇!?
アギトの脳裏に闇が過った。
「思い出した!?」
アギトは顔を上げると声を上げた。
アギトに注目していた皆はビクッとし目を見開く。そして怪訝そうな視線を向ける。
どういうわけかシンまでもがアギトを見ていた。
「アキ! 何を思い出したんじゃ! さっきからブツブツと二度目の召喚とか4人がどうとか言っておったが」
「へ? 俺、また声に出してた?」
マーサはアギトではなくアキと呼んだ、アギトも否定することなく受け入れ返事をしていた。
「もうバッチリ出しておったぞ。前に注意したというのに治っておらんようじゃな」
「この年まで治らなかったことがすぐに治るかよ!」
どうやら考えていたことが漏れていたようだ。シンが何もせずアキの様子を窺ていたのは、アキが何を知っているのかを探るため、というのもあった。
「それより、何を思い出したんじゃ?」
マーサは再び同じ質問を投げかける。
「あ、ああ、夢だよ」
「夢じゃと?」
「サラさんの影響を受けたのかたまに変な夢見るようになったんだよ。サラさんの、その……夢を見たから昨日妨害してやったんだ。まんま夢の通りだったからな」
アキは昨晩の事を思い出し忌々し気にシンを睨みつける。
「予知夢の影響か? ……近くにいないというのに影響下にあるということか?」
マーサは予知夢の影響がそれほど続くものなのかと疑問に思った。しかし、今気にすべきはそこではなかった。
「思い出したのはそれなのか?」
マーサはアキが思い出したことがサラとシンの事なのだとしたら、怒鳴りつけようと思っていた。敵の前で長々とそんな関係のないことを考えていたのかと。
「んなわけねぇだろ、思い出したくもない」
アキは顔一面に嫌悪感を張り付ける。
「ではなんじゃというのじゃ!」
マーサはイライラしはじめていた。それはマーサだけではなかったがあまり騒ぎ立てるとシンが動き出すんじゃないかと警戒して黙っていたのだ。
アキは夢で見たことを説明する。
「あ~と、どっかの洞窟でそいつと精霊二人がいて、モルガナが結晶の中に囚われていたんだ。それから……」
マーサたちは待った分だけ食い入るように聞いている。シンだけは険しい表情になりアキの言葉の続きを待った。
「その隣に……もう一つ結晶が、その中に黒髪の女性がいて……あれは!?」
アキはさらに重要なことを思い出した。
「じいちゃんが言ってたのはこのことか!? この女性が無・・」
アキが言いかけた時、闇の靄がアキたちを襲った。ここにいるすべての者を飲み込もうとしている。
「うわっ!?」
アキは闇の靄に包まれる。
「アキ!?」
マーサはマリアと協力しドーム状の防御壁を作り出し闇の靄を防いだが、アキまでは間に合わなかった。
「何が起こったのだ!?」
ロマリオはローザが闇に飲まれないよう防御壁の中に避難している。
「余程聞かれてはマズイ内容だったようです。アキの夢、あれはまさしく予知夢のようじゃ」
マーサはシンのただならぬ様子からそう確信した。
「しかし、アキさんが闇の飲み込まれては……くっ」
マリアは情報元を守れなかったことに悔しさを見せる。
「……」
マーサも悔しさで下唇を噛みしめる。
「悔やむ必要はない。お前たちもすぐに後を追わせてやる」
闇の中からシンの声が聞こえてくる。誰一人として見逃す気はないようだ。
「お前たちも闇に飲まれろ!」
再び闇がマーサたちを襲う。
「キャァッ!?」
ローザは小さく悲鳴を上げるとロマリオへとしがみ付く。
「むぅん!」
マーサは突破されないように防御壁に魔力を注ぎ込む。
「このままでは……くっ、やるしかない!」
防御に徹しているだけではいつか魔力が尽き飲み込まれてしまうと判断したマリアは攻勢に出ようと身構えた。
「お母さん! 打って出ます! ヤツの居場所わかりますか?」
マリアはマーサに訊ねた。もちろん自分でもシンの探知はしていたが、レベルの違いなのかシンの居場所が掴めなかったのだ。
マーサは渋い顔をする。
「わからん。あの靄、魔法での探知を妨害する効果があるのやもしれん」
「クッ!?」
マリアは闇すべてを吹き飛ばそうかと考えた時、靄に変化が訪れた。
闇の靄の動きが止まり、そのまま押し戻されていった。
「なに!? 何が起こったの?」
マリアは闇の靄の動きに戸惑い翻弄される。
そしてすぐ横から声が聞こえてきた。
「どうやらビンゴだったみたいだな」
マリアが声のする方へ視線を向けると、闇の靄に手をかざしているアキの姿をとらえた。
「アキさん!?」
「アキ? それはなんじゃ!? おぬし魔法は使えぬはずじゃろう!」
マーサは明らかに魔法だと思えるモノを目の当たりにして声をあげた。
アキはここに来て再び疑惑の目を向けられた。
「ああ、もう、めんどくせえぇなぁ。これは魔法じゃねぇ! とりあえず納得しろよ! ばあちゃんの相手してる暇ないんだよ!」
アキはふてぶてしくそう言い放つと闇を見据える。
マーサは「心配してやったというになんて言いぐさじゃ」とブツブツ呟いている。
アキはそんなマーサを放置すると、シンの居場所を探るように神経を研ぎ澄ます。
「お前はここで仕留める! 逃がすわけにはいかなくなったんでね……もともと逃がす気なんてなかったけど」
アキは次にすべきことがわかり、そのためにはシンの存在が邪魔だと悟った。ここで倒しておかなければ手掛かりが無駄になると考えた。
アキはシンの存在を確認すると懐に手を突っ込みナイフを放った。
ヒュンッ……ギュイン
ナイフは闇を通過し壁に当たると床に落ちた。
さっきは人かもしれないと思ったが、目の前の状況を見て本当に人なのか確認してみたのだ。その結果
どうやら人を止めてしまっているようだ。
「チッ!? 奴らと同じか」
アキはアイズたちと戦った時のことを思い出す。物理攻撃は効かないことがわかり確実に一撃入れる方法を実行する。
アキはポーチから苦無を取り出しシンのいる闇へと突っ込む。
「ふっ!?」
アキは闇の靄の中、シンの存在を感じる箇所へ苦無を振り抜いた。
ボフッ
当然効かなかった。
アキは尚もシンを攻撃する。
ボフッ
やはり効かない。
それでもアキは攻撃し続ける。
ボフボフッ
シンは闇の中を移動し撹乱しているようだが、アキは確実にシンを捕らえ効かない攻撃を繰り返していく。闇の靄など目くらましとして何の役のも立たない事を見せつけるために。
シンは、闇の中でも狙いを外さないアキを脅威に感じていた。たとえ攻撃が効かないとはいえ、存在を感知されるのは厄介だった。そして、どういうわけか魔法も効かず、闇の靄に包まれても平気な顔で現れるアキは物理攻撃でなければ殺すことができないと判断し、姿を現した。
シンは闇の靄を集めると、靄は体の中へと吸い込まれていく。
「隠れても無駄だとやっと気づいたか」
アキは見下すように挑発する。
「ふん、確実にお前を殺すためだ。挑発に乗ってやる」
シンはそう言い放つと闇の剣をつくりだし構える。
シンを引きずり出すことに成功したアキは次の行動に移す。
アキの生存を知らなかったということはアイズたちからまだ何も聞いていないということだ。まだ油断がある。そこを突くしかない。
アキはクナイを左手に逆手で握ると一気に距離を詰める。
シンは体からほとばしる闇から闇の塊を放ち牽制する。
アキはそれを屈んで躱すとアッパーを放つように苦無を振り上げる。
スカッ
アキの苦無はシンの体を通過する。
シンは体の一部分を闇の靄に変え苦無を素通りさせた。
苦無を振り上げ無防備となった胴へ闇の剣を横薙ぎに振り抜く。
アキは体をくの字に曲げそれを躱す。
その勢いのまま振り上げていた苦無を振り下ろす。
シンはそれを靄になって躱す。
「あんなのどうやって倒すのですか!」
アキたちの攻防を見てマリアが憤慨する。
どう見てもアキの攻撃は当たらず不利だった。だからと言って魔法で援護もできない。折角実体となり居場所が掴めても、あの動きについていけないからだ。下手をするとまたアキを攻撃することになってしまう。アキには効かないとは言っても気持ち的にそれは許せなかったのだ。
「ワシらにはどうすることもできん。今はアキに任せるしかあるまい。アキとて考えなしに戦ってはおらんじゃろう……たぶん」
マーサは若干の不安を抱いていた。だってそれはアキだから。理由はその一言だった。
何十という攻防を繰り返し、シンは告げる。
「お前の攻撃は通じない。お前は勇者でなければ4戦士でもない。魔法も使えぬ誰よりも劣る、少し戦えるだけのただの人間だ! そんなお前が俺を倒せると本気で思っているのか?」
「やってみねぇとわかんねぇだろ!」
「世界は残酷だな。お前のようなヤツが俺の相手をしなければならないんだからな」
シンは憐れんだ目を向ける。
「確かに理不尽過ぎる! なんで俺ばっかがこんな苦労しなきゃなんねぇんだよ!」
アキはシンを斬り付けながら被害妄想的な愚痴をこぼす。
「ふん、哀れな男だ」
シンは嘲笑うかのように靄となり苦無を躱す。
「そう思うんなら俺の為に死んでくれ!」
アキはフッと消える。そしてシンの背後にまわると苦無を突き刺す。
「ふん、お前が死ね!」
シンは靄になり躱すと姿を消す。
次の瞬間ぬうっとアキの背後に現れるとアキの首を刎ねようと闇の剣を振り抜く。
ボフッ
闇の剣はアキに届くことなく靄へと還る。
アキが背後へ向け苦無を投擲していた。
苦無は靄と化したシンの体を通過する。
「チッ!?」
「これで無意味な武器は無くなった。死ね」
アキの目の前に闇の剣を振り上げたシンが現れた。
アキはシンの存在を捕らえ見据える。
「アキ!」
「アキさん!」
マーサとマリアの声が届く前にシンは剣を振り下ろしていた。
ドスッ
シンは剣を振り下ろす途中で動きを止めていた。
その体にはアキの右腕の手刀が突き刺さっていた。
「な、なんだと……グハッ!?」
シンはどす黒い血のようなモノを吐き出す。アキの攻撃など効かないと誰もが思ってた。アイズのときのようにアキはその隙を突いた。この一度きりのだまし討ちで。
アキはこれで最後にするため追い打ちを掛ける。
「秘密だ!」
アキは左の手刀をシンの首めがけて突く。
シンはアキの腕を引き抜き後方へ飛んでアキの手刀を躱した。
アキはどす黒い鮮血を全身に浴びた。
ボタボタと血のようなものが滴り落ちる。
「き、キサマぁ・・・」
シンは怒りのあまり言葉遣いが汚くなっていたが、そんなものは気にすることなくアキは追撃を掛ける。
「はぁぁっ!」
瞬時にシンの懐に飛び込むと手刀を横に薙いだ。
「くっ!」
シンは何かを覚悟するかのように歯を食いしばる。
アキの手刀がシンを捕らえる瞬間、
ボッフゥゥゥゥゥゥッン
間の抜けた轟音と共にシンの体は弾け飛び闇が拡散すると、謁見の間を吹き飛ばした。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
不意打ちをくらった形となりアキは爆発の直撃を無防備に受け吹き飛ばされた。
マーサたちはアキたちの攻防に巻き込まれないよう張っていた防御壁のおかげで、爆発を凌ぐことができていた。
爆発で起こった砂塵が晴れると謁見の間の天井は吹き飛び青空が見え、壁は一部を残し瓦礫となっていた。
マーサたちの耳にシンの声が届く。
「十分に時間は稼いだ、これで封印は解かれる。フハハハハハハハハハハハッ」
シンの笑い声が空に響いていた。
マーサはアキをバカな孫のように見ているようだ、ね。