二人のアキ
「あっちちち、ふぃ~魔法は平気だけど熱持った鎧は熱すぎんな、おい……」
兵士改めフードの男はローブをバタバタさせ熱を逃がそうとする。
その軽い感じの口調を聞きマーサは懐かしさを感じていた。最後に軽口を聞いてから何年も経ったわけではないのだが、それくらい感情に訴えてくるものがあった。
マーサはフードの男に訊ねる。
「おぬし、アギト、いや、アキなのか?」
目の前に自ら太鼓判を押したアキがいるにもかかわらず、マーサは突如姿を見せた男へアキかと訊ねる。
その矛盾さにマリアをはじめロマリオたちも怪訝そうにマーサを見つめる。
ローブをバタバタとはためかせていた男はマーサへ視線を向けると口を開いた。
「ん~さあ?」
フードの男は首を傾げとぼけて見せる。
「さあとはなんじゃ! 自分の事じゃろう! 自分が本物のアキじゃと主張せんのか!」
マーサは憤慨すると声を上げた。
マーサの中でこの男がアキであるかもしれないという疑念が生まれた。この適当な物言いは以前のアキにはあり、今隣にいるアキにはないものだった。
フードの男はフードをとり溜息を吐く。
「ハァ、冬華にも言ったけどさぁ、俺が自分をアキだと主張したとして、それをばあちゃんたちは信じるのかよ?」
「そ、それは……疑うが……」
マーサは自分で主張しろと言っておきながら、見事に言い含められていた。
「だろ? いいんだよそれで、ばあちゃんたちは俺たちを疑ってれば。疑って、監視して、怪しい動きを見せたらさっきみたいに焼き尽くせばいい」
どうやら先ほど焼かれたことを根に持っていたようだ。
「し、しかしのう……」
マーサは迷う、今話している男は紛れもなくマーサの知るアキだった。しかし、隣にいるアキも魔力特性を調べた結果アキだと証明された。どちらが本物なのか、それとも両方とも偽者なのか、両方本物ということがあり得ない以上、敵が紛れ込んでいることは疑いようがない。それをどうやって見極めるべきか。
マーサが悩んでいると隣のアキが口を挟む。
「何を迷う必要があるんですか! 俺は魔力特性の検査を受け本物だと証明されたでしょう! まだ疑うんですか!」
アキは再び疑われていることに不満を漏らす。
「そうですよ、お母さんが検査をしたんですよ! 間違いなどあるはずがありません」
マリアはマーサの検査を疑うこと自体間違っていると思っていた。
「魔力特性の検査ねぇ……あんなの俺の血があればなんとかなんだろ? 俺の血なんて取り放題だっただろうし」
目の前の男がポロリと言ったその言葉にマーサたちはハッとなり、顔を見合わせる。
「確かに、その通りじゃが……」
「そうですね、それが実行できるかといえばできそうですが……」
「今はどちらでもいいだろう! 今すべきことはそこではないはずだ!」
ロマリオが焦れて声を上げる。
今はローザの安全が最優先なのだ。その男の言う通り二人とも疑うべきだというのがロマリオの考えだった。
「さすがは王様、いい事言うねぇ。というわけで、俺はアギトと名乗らせてもらう。呼びにくいだろうから」
アギトは余計な理由をつけてアギトと名乗った。
「ばあちゃんたちは姫をしっかり守っててくれればいい! 姫を失うわけにはいかねぇんだから」
アギトはマーサたちにそう告げるとアキを見据える。
今の言葉を聞きローザはドキリとしてしまった。自分を必要だと言ってくれた、と勘違いして。
「そうだよな? 五十嵐空雄君?」
アギトは挑発するように言う。
「……ああ、当たり前だろう! 姫を守るのが最優先だ!」
アキはそう言い放つと剣を抜いて正眼に構える。
今の言葉を聞きローザはドキリとしてしまった。今まさに自分を取り合って二人の男が命懸けの戦いをはじめようとしている、と勘違いして。
温室育ちのローザはどうやら夢見がちな女の子に育っていたようだ。
アギトはニヤリと笑い両手でダガーを抜き構える。その構えは冬華のそれと同じものだった。
「この時を待ってたんだ! テメェをぶちのめすこの時を!」
アギトは声を張り上げると駆け出した。
「できるものならやってみろ!」
アキも前に出る。
そして、アキとアギトは剣とダガーを振り抜き激突する。
ギュイン
二人は鍔迫り合いをする。
先に動いたのは右のダガーだけで競り合っていたアギトだった。
アギトは空いている左のダガーで逆袈裟で斬り上げる。
「ふっ!」
アキはそれをバックステップで躱すと、ダガーを振り上げがら空きとなった脇腹へ剣を振り抜いた。
アギトは右のダガーで受け止めると、振り上げた左のダガーをクルッと回しアキの首元を狙い振り下ろした。
しかしそのダガーは空を斬り裂き、アキの姿はかき消えていた。
「チッ!」
アギトが舌打ちをした次の瞬間、アキはアギトの背後にぬぅっと現れその首を狙い横薙ぎに剣を振り抜いた。
「っ!?」
アキは振り抜く途中で後方に飛び退いた。
目の前をダガーが飛び去り天井へ突き刺さる。
「チッ、躱したか」
アギトは忌々し気に呟く。
アギトは振り下ろした左のダガーをそのまま振り抜き右脇から背後へと投擲していたのだ。
「剣の腕は大したことないな」
アギトは見下すように呟いた。
今の一瞬の攻防を見ていたマリアは背後を取られた負け惜しみだと思った。あれだけの動きを見てたいしたことないとは言えないだろうと首を顰める。
どちらが本物かわからない今、マリアはサラが選んだ今のアキを信じているようだ。
アキはアギトを睨みつけ口を開いた。
「ふん、ダガーを一本失って後が無くなり強がっているだけだろう!」
「さて、どうだろうな!」
アギトは残りのダガーも投擲した。
「なっ!?」
アキは咄嗟に剣で斬り落としたが、すでに目の前にアギトは来ておりアキの腕を抑えると殴りつけた。「おらっ!」
「ぐふっ!?」
アギトは尚も殴りつけていく。
「おらおらおらおら! この時をずっと待ってたんだよ! お前たちを見て、ムカついてムカついて、憎くて憎くて憎くて、殺したいほど憎んできた!」
アギトは憎しみを吐き出し渾身の力で殴り飛ばした。
「グハッ!?」
アキは血反吐を吐きヨロヨロと立ち上がる。
「だから、ここで殺してやるよ。五十嵐空雄!」
アキはアギトから殺気をぶつけられ、目を見開く。
アキの目にはアギトがオッドアイの悪魔に見えていただろう。その碧い瞳に睨まれ何かの術に掛けられるのではないかと警戒していた。
「暴風よ!」
アギトの殺気を感じとったマリアが、アキが危険と判断し竜巻を放った。
「マリア!? 何を……」
マリアの先走った行動にマーサが声を上げる。
「あんな殺気、人のモノとは思えません! 彼が偽者です!」
マリアはそう言い放つ。
そして竜巻がアギトを包み込み、風の刃がアギトを襲う。
しかしローブの端が切り刻まれるがアギトには効かなかった。
アギトは竜巻から飛び出すとアキへと突進しそのまま頭突きをかます。
ゴンッ
「グアッ!?」
アギトはアキへ額を押し付けたまま告げる。
「大変だなぁ、本気を出せないのは。俺はお前が本気を出せなくても気にせず殺すけどなぁ」
アキは間近でその殺意に満ちた目を、顔を見て悟った。この男が何に対して憎しみを抱いているのかを。
「死ね」
アギトは右の拳に力を籠めると躊躇なくアキへと振り下ろした。
「アキさん!」
マリアが声を上げたその時、アキの体から闇が迸った。
そして闇の靄が弾けアギトを吹き飛ばした。
「ぐっ!?」
アギトは床を転がっていく。
アキは闇の靄をその身に纏い立ち上がる。
マリアたちはその異様な光景をただ見つめ硬直していた。
「そ、そんな……」
マリアは足元が音を立てて崩れ落ちていく感覚に襲われた。
「あ、アキ……それは一体……」
マーサが絞り出すように訊ねる。
「まさかキサマが本当に生きていたとはな。全く誤算だったよ」
アキはマーサの問いを無視し、アギトへと語り掛ける。
「そりゃこっちのセリフだ! 俺のなりすましが出てくるとは思わなかったよ。しかも全員信じてやがる。あんなキモイ話し方俺がするかよ!」
アギトは立ち上がると嫌悪感丸出しで言い返す。
「サラも信じていたしな。本当はお前じゃなくてもいいんじゃないか?」
アキは挑発するように言う。
「テメェ……」
アギトはサラの気持ちを弄んだことに怒りがこみ上げ、憎しみの視線を向ける。
「ふん、サラは本当にいい女だった。優しく、従順で、キスもよかった。はじめのうちはぎこちなかったが随分とうまくなっていたぞ」
アキはキスの感触を思い出し自慢げに告げる。
アギトは血がにじむほどに拳を握り込み睨みつける。
アキはなおも挑発を続ける。
「体も綺麗だったぞ。肌は絹のように滑らかで胸も大きく柔らかかった。触れるたびに熱い吐息をもらいていたぞ? あの恥ずかしがる仕草お前も見ていただろう?」
アギトは怒り、悲しみ、嫉妬、憎しみ、いろいろな感情がない交ぜとなり、血走った瞳で睨み続けていた。
アキの話を聞きマリアは嫌悪感で顔を歪ませ、怒りでアキを睨みつける。
偽者と知らずこんな男をサラは信じ愛していたのかと。
そして、そうとは知らず本物のアキを殺そうとしていたのかと、マリアは自分が許せなかった。
「お前が邪魔しなければ俺のモノになっていたものを……サラも俺に抱かれることを望んでいたんだ。お前ではなく俺の事を愛していたんじゃないのか?」
アキはダメ押しのように告げた。
ブチッ
何かが切れる音がした。
そしてアギトの姿が消える。
ドガッ
突如アキが吹き飛ばされた。
そしてアキのいた場所にアギトが現れる。
その双眸は見開かれ焦点が合っていない。負の感情に染まりただ獲物だけを捕らえていた。
「……殺してヤル……死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
アギトは怨嗟の声を吐き出すと再び消え失せる。
立ち上がったアキは再び殴り飛ばされ空中に制止する。
ただ制止しているわけではない。アキの体はビクンビクンと動きそのたびに鮮血が飛び散り闇の靄は霧散していく。
アギトは我を忘れ、怒りのままに高速移動し殴りつけていた。全方位からの打撃を受けているためアキの体が空中に制止している状態になっていた。
その空間には空中に制止するアキと打撃音だけが存在した。
どのくらい経ったのだろう。一瞬のような永劫のような時の中、打撃音は続いていた。
ドスドスドスドスドスドスッ
打撃音のたびにアキの血が降り注いでくる。
ローザは見ていられなくなり目を伏せる。
ロマリオは飛び散る鮮血からローザを庇うように抱きしめ、マーサとマリアは茫然と空中に踊るアキを見つめていた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉあっ!」
ドスンッ
トドメとばかりに放たれた一撃により、アキの踊りが終焉を迎えた。
壁に激突したアキは瓦礫の下敷きとなる。
フッと現れたアギトは膝に手をつき荒い呼吸をしていた。
「ハァハァハァハァ…………ハァ~」
呼吸が整うとアギトは体を起こしまわりを見渡す。
正気に戻ったアギトを見たマーサは、ホッとしたような表情をしている。
マリアは目が合うとビクッとしていた。アギトからまだ殺気が放たれていたからだろう。
ロマリオとローザは巻き込まれないように少し離れたところにいる。
そして最後に瓦礫を見据える。
「おい、どうせ効いてねぇんだろ? 出て来いよ!」
アギトは瓦礫の下敷きとなったアキにそう告げる。
どうやらアギトは我に返っているようだ。怒りと憎しみを発散し、多少は冷静さを取り戻したようだ。
ガラガラ……
瓦礫を押し退けアキが出てくる。正確にはスーッと浮かび上がり降り立った。
アキのボロぞうきんのようにズタボロだった体は、再び体からあふれ出る闇の靄によってたちどころに元の姿へと戻っていく。
アキは目を細め見定めるようにアギトを見据える。
「さすがに強いが、この程度か……本当に魔法が使えないとは警戒する必要もなかったな」
アキはアギトの碧い瞳を警戒していたことが無意味な事だったのだと悟った。
「うるせぇよ! ……お前は何者なんだ? 人間、なのか?」
アギトは拳に残る感触、手応えで人間なのだろうと感じていた。しかしそれよりもあの靄が気になっていた。あの闇の靄によって人間でありながらあの強度と再生力を手にしているのだろうと考えていた。
アキは全身に闇を纏うと口を開いた。
「俺の名はシン。災厄を解き放せしモノ、災厄の代行者だ」
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