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闇火

 怒号飛び交う戦場の中、カルマは兵士たちに交じり魔物を蹴散らしていた。

はじめのうちはアキに負けまいと撃破数を競っていた。冬華の兄に良い所を見せておきたいとでも思っていたのかもしれない。しかし、アキのスピードに追い付けず見失ってしまった。

 カルマはアキを探しキョロキョロと視線を泳がせると光の壁が走るのが見えた。あれほどの強烈な光は光輝の仕業に違いない。きっとアキもそちらにいるだろうと、カルマは光の走った方へと駆け出して行く。相変わらず指揮を無視した勝手な行動をとるカルマだった。


「(おっと!?)」

 カルマは一瞬戸惑ってしまった。

 光輝と汐音が抱き合っているではないか。こんなあからさまな光景は今まで見たことがなく。声を掛けるべきか迷ってしまった。

 とはいえ今は戦闘中、光輝たちの戦闘の余波で今この場に魔物はいないが、いつこちらに来るとも限らない。いつまでもあんな羨ましい状態にしておくわけにはいかない。

 カルマの頭に本音がチラついたが、二人の身を案じて声を掛けた。

「光輝! そういうのは終わってからゆっくりやれよ!」

 カルマの声には若干の棘が含まれていた。そんなつもりはなかったが、羨ましさが勝り感情が出てしまったようだ。

 光輝と汐音はカルマの声を聞き、ハッとなり体を離した。

「か、カルマ! 無事だったか」

 光輝は何もなかったかのように押し切ろうと試みるが、動揺は隠しきれていなかった。

「いや、まあ無事だけどよ……オレよりお前たちに何があったよ?」

 カルマは聞いてしまった。戦場で抱き合うなんてある意味異常である。よっぽどのことがない限りありえない。気にもするだろう。

「な、何もないさ!」

「そ、そうです何もありませんよ!」

 光輝と汐音は否定するが、顔を赤くしてどもっていては説得力はなかった。

「はいはい、わかったから」

 二人の様子を見て、カルマはどうでもよくなってきた。そもそも一人身の者が人のイチャついているところを見てもいい感情は沸かない。冬華と冷戦状態のカルマは特にそうだった。

 光輝は気持ちを切り替えるために一つ咳ばらいをすると説明する。

「コホン、汐音のおかげでなんとかモルガナを止めることができたんだ」

 光輝は視線を倒れているモルガナへと向ける。

「うおっ!? す、すげぇな、本物かよ……どうやったんだ?」

 カルマはモルガナを見るなり、思わず疑ってしまった。光輝はまだ修行が完了していなかったはずだ。その光輝にはモルガナを止めることはできない。追い返すか、冬華たちが戻るのを待つしかないと思っていた。

「どうやったかは正直覚えていないんだ……」

 光輝は悔しそうに顔を顰める。

「でも、これがきっかけになるんじゃないですか? どうやったのかを思い出せば習得できるはずです」

 汐音は興奮気味に言う。汐音が目の前で見た光景は、放心状態だったせいもあり、まさに夢の中の出来事のようだった。しかし、結果を見ればモルガナを止めることができていた。目の前で起こった事は現実なのだと、光輝の技の習得は間近に来ているのだと確信した。

 これで光輝が苦しまなくて済むのだと思うと嬉しかったのだ。

「そうだな。長かったが、ようやくって感じだ」

 光輝は汐音へ微笑みかける。

「はい」

 汐音も微笑みを向ける。

 そんな二人をジトっとした目で眺めていたカルマは、この戦場に似つかわしくない甘く優しい空間をぶち壊そうと声を掛ける。

「……それはもういいから! んでどうするよ?」

「あ、ああ、僕たちも消耗が酷くてな、彼女を連れて一度下がろうと思う。あと魔物だけだからアキに任せておけば何とかなるだろう」

 光輝は汐音と共にモルガナに肩を貸すと城へ向け歩き出す。

「あ~それがあいつどこにもいねぇんだよ。ていうか将軍の姿も見えねぇんだよなぁ。今はタリアと兄貴が指揮を執ってる状態だ」

 カルマはここに来るまでに自分の目で見てきた情報を伝えた。

 光輝はアキがいなくなったことを聞き青ざめた。さらにレオルグもいなくなったという。もしやアキが……そんな考えが頭を過り光輝は足を止める。

 そして汐音もサラたちのことが気掛かりとなっていた。

「会長!」

「ああ、急いで戻ろう!」

 光輝たちはカルマに護衛を頼み城へ戻ろうとした。

 二人の慌てぶりに首を傾げつつもカルマは二人の後に続いた。


「こんなところにいたのですか! ……よかった無事で」


 不意に声を掛けられ、光輝たちは足を止め振り向いた。

「タリアさん、どうしてここに……」

 タリアは兵士たちの指揮を執っているはず、光輝は嫌な予感がした。

「どうしてって、光輝さんを探していたんですよ!」

 タリアは言葉とは裏腹に冷静な口調だった。

「なぜ?」

 光輝は演習場でシルフィと冬華が重要な事を言っていたのを思い出した。

 あの演習場で光輝も修行をしていた。そして、コソコソしている二人を見つけ聞いてしまっていた。

 あの時、二人は将軍とタリア四人で話していた。その会話の中で冬華が言っていた。タリアの偽者がいるのではないかと。

 光輝は警戒心を最大にまで上げた。

「フフッ光輝さん、あなたとその白い人形との戦い見させてもらいました」

 タリアはモルガナを指差した。

「なんだと?」

 タリアはモルガナの事を人形と言った。それはつまり、タリアはモルガナよりも上の存在だということだった。

「あなたの力は危険過ぎる。だから、ここで死んでください」

 タリアは冷淡に嗤うと手をかざし炎を放った。

「これは!?」

 光輝は昨晩見た炎を思い出した。

 光輝たちはモルガナに肩を貸しているため動けなかった。

ボフッ

 直撃コースだった炎は光輝に当たることなく斬り落とされた。

「タリア! これはどういうことだ!」

 カルマは光輝を庇うように立つと剣を構え声を荒げる。まだ状況を把握できていなかったが、光輝が危険だと思い体が反応していたのだ。

「ふん、脳筋の単細胞が出しゃばって。おとなしく見ていればいいものを……」

 タリアは見下すように吐き捨てる。

「てめぇ……」

 カルマは怒りで頭に血が上っていく。

「お前は何者だ! タリアさんじゃないだろう!」

 カルマを冷静にさせるため光輝が割って入った。

「フフフ、もう隠す必要もないでしょう。これで最後なのですから」

 タリアはそう言うと体から炎が噴き出し全身を覆った。そしてその炎の色が濃くなっていき、闇色へと変わっていく。

 闇の炎は形を変え人のシルエットを(かたど)っていく。

「なんだ、こいつは……」

 カルマは驚愕し硬直する。

 闇の炎は完全に人の形になった。髪は闇色の炎となって風になびき、顔の造形は美しい女性のものだった。体つきは丸みを帯び、華奢な女性然としていた。

 その妖艶な唇が言葉を紡ぐ。

『私は闇火(あんか)の精霊フレイア、覚える必要はありませんよ。すぐに死ぬのですから昨晩の族のように』

 フレイアは名乗ると昨晩の族ライアーの死を告げた。

「お前がライアーを!」

 会議で報告をしたのはタリアだった。その可能性があることを光輝は失念していた。

『心配しなくても大丈夫ですよ。すぐに後を追わせてあげますから』 

 フレイアは優し気に微笑みかける。

 その微笑みがかえって光輝たちに恐怖を抱かせる。

 光輝たちは戦慄を覚えると、隙を見せないようフレイアを見据える。

 フレイアは両手を広げると炎を放つ。

 炎は壁のように形を変え、光輝たちを囲むように円を描いていく。

「まずい!? 逃げるぞ!」

 光輝は声を上げると、フレイアの反対方向へと駆けだす。

 二つの炎の壁が交わったら終わりだ、逃げ場が無くなる。

 光輝たちは全力で走る。しかし、疲労と人一人担いでいるため炎の壁よりも遅い。

 光輝は決断する。

「カルマ! 汐音を連れて先に出ろ!」

「イヤです! 会長を置いてなんていけません!」

 汐音はその指示を拒否する。

「そうだ! 置いて行くぐらいなら残って戦う!」

 カルマも拒否する。

「全員囲まれる寄りましだろう!」

「イヤ!」

 汐音は首を振って子供の様に言うことを聞かない。

「汐音! 頼む、行ってくれ」

 光輝は優しく微笑む。

「イヤです!」

 汐音は涙を流しはじめる。

「クッ!? 行くぞ!」

 光輝の覚悟を見たカルマは汐音の腕を掴み強引に引っ張て行く。

「イヤ! 放して! 光輝! 光輝ぃぃぃ!」

 汐音は光輝の名を叫び手を伸ばし続ける。

 しかし、

『フフッ、安心なさい。わたしはこう見えて優しいのです。好きな男と死なせてあげますよ』

 炎の壁の中から声がすると炎が放たれた。

「グアッ!?」

「きゃっ!?」

「汐音! カルマ!」

 カルマは炎の直撃を受け弾かれ、その拍子に汐音とぶつかり汐音は倒れてしまう。

 そして、炎の壁は交わり道は塞がれてしまった。

「くそっ!」

 光輝は悪態を吐くとモルガナを下ろし、汐音へと駆け寄る。

「大丈夫か?」

「……はい」

 汐音は起き上がると光輝の腕を離すまいと強く掴む。

「これどうするよ?」

 カルマが呟く。

「どうするもこうするもない。ヤツを倒して出るだけだ」

 光輝は剣を構えるとフレイアの居場所を探る。

『フフフッ、わたしを倒すつもりですか? あの男もそう意気込んでいましたが、あっけなく消し炭になりましたねぇ』

 フレイアはライアーの事を言っていた。

 同郷の仲間を蔑むように言われ光輝は憤慨する。

「黙れ!」

『フフッ、威勢だけはいいですね。では元気よく躍ってもらいましょうか』

 フレイアがそういうと、炎の壁全方位から炎の弾が放たれた。

 光輝とカルマは汐音とモルガナを庇うように立つと、炎の弾を剣で斬り落としていく。

「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」」

『アッハハハハハハハ、踊れ踊れぇ』

 フレイアは狂気に満ちた嗤いを上げ続ける。声は四方から聞こえどこにいるのかわからない。

 光輝は剣を振りながら考えていた。

 もう一度あの力を引き出すことができれば逆転できる、と。

 光輝はチャンスを待った。そしてヤツの居場所を探し続ける。

 そしてチャンスが訪れた。

 炎の弾を斬り落とすという単調な光景に飽きたのか、フレイアは炎を止めたのだ。次なる遊びを考えるように。

 光輝はすぐさま剣に光を纏わせ真聖剣にする。

 結局居場所を見つけることはできなかったが全方位をカバーできるだけの剣閃を放てばいいと、安易な考えをしていた。

 そして光輝は剣を振り抜こうとする。

「光輝! フレイアはあそこです!」

 汐音は炎の壁の一か所を指差していた。

 汐音は自らに魔法、索敵の目(サーチアイ)を掛けフレイアを探していた。

 光輝は汐音の指差す炎の壁へ剣を振り抜いた。

「おあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 光の刃が扇情に広がり狙い通りの場所へ直撃させた。

「くっ!?」

 フレイアの苦悶の声が漏れた。どうやらフレイアに当たったようだ。

 しかし、今のはただの二ノ太刀だったため、倒すだけの力は宿ってはいなかった。

「くそっ!? もう一度だ!」

 光輝は真聖剣に魔力を注ぎ込み振り抜こうとする。

 しかし、それはできなかった。

 先ほどの一撃が逆にフレイアの怒りをかうこととなった。

 炎の弾が光輝へと集中砲火された。

 光輝は剣で迎撃するが、数もスピードも先ほどとは桁違いだったため一人ではどうすることもできなかった。

 カルマが加勢に来る前に直撃を受け吹き飛ばされてしまう。

「グアッ!?」

「光輝!」

 汐音光輝へと駆け寄る。

 そして冷たい声がこだまする。

『もういい、遊びは終わりだ……死ね』

 先ほどまでの余裕は見せずフレイアは冷淡に言うと、炎の壁が吹き上がる。

 そして唯一炎に覆われていなかった頭上をも炎が覆ってしまった。炎の勢いが増すと炎の壁が中心へ向け凝縮されて行く。

「!?」

 逃げ場のない空間に閉じ込められ炎がまわりから迫ってくる。こんな炎に押し潰されたら跡形もなく燃え尽きてしまう。ライアーもこれをくらったのかと光輝たちは愕然とする。

 光輝は真聖剣を放ち、汐音は魔力の矢を放って突破口を作ろうと試みる。

 しかしどれも効果はなかった。

 炎の壁はすぐそこまで迫っている。暑さで体力を削られ、空気が薄くなり呼吸も苦しくなってくる。

 汐音はぐったりとしている。

 光輝は汐音を炎から守るように抱きしめる。

 カルマはモルガナを中央へ引き寄せ自分は小さく身を屈める。

 そして、炎に包まれた。

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「がはぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 炎のドームが小さな太陽へと姿を変えると、中から三人の断末魔が鳴り響いた。

『アッハハハハハハハハハハハハハハハッ! 燃えろ! 燃えて燃えて燃え尽し、焼け死ぬがいいぃぃぃヒャッハハハハハッ!』

 フレイアの狂気に満ちた嗤い声が三人の断末魔を掻き消していく。


 断末魔が聞こえなくなると、小さな太陽は一際輝き、光は収束していく。

 光が消えた場所には四人の焼け焦げた跡が残っているはず。フレイアは自分の戦果を確認するために焦土と化した円の中心へと視線を向ける。

 そこには焼け焦げた跡ではなく、岩石の塊が鎮座していた。

『……なんだ、これは?』

 フレイアは怪訝そうな表情でその岩石の塊を見る。

 岩石の塊の表面にひびが入ると、たちまち崩れ落ちていく。

 その中から光輝たちが現れた。

『な、なんだと!』

 フレイアは驚愕の表情を見せる。

「これは一体……」

 光輝たちも自分たちの置かれた状況が飲み込めないでいた。

 そんな彼らへ聞きなれない声が掛けられた。


「いや~ギリギリセーフだったねぇ」


 光輝たちは声の方へ視線を向ける。

 さっきまでなかったはずの岩が地面から迫り出している。そしてその上に一人の女性が立っていた。

 後ろに束ねた黒髪を風になびかせたその女性は、以前敵として(まみ)えた麻土香だった。

 麻土香はビシッとフレイアを指差した。

「ここはお姉さんがお相手しましょう」

 麻土香はそういうとニヤリと笑った。


カルマ、頑張ってるんだけど……

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