襲撃の後に
ローズブルグから北北西、森の中フードの男を巨大な炎が追尾していく。
フードの男ライアーは後ろを気にしつつ森の中を疾走する。
城からだいぶ距離が離れると追尾していた炎が上空に逸れていく。
追尾範囲を超えたのかとライアーはスピードを落とす。しかし、炎は上空で弾け、四方に飛び散る。
炎の弾の一つがライアーの前方に着弾すると他の着弾点をつなぐように円を描き森を焼いていく。
ライアーは炎の壁に行く手を阻まれ立ち止まると、すでに周囲は炎に包まれていた。
『キサマ、何者ですか?』
炎の中からライアーへ向けて声が鳴り響く。
ライアーは振り向くと不敵に笑い口を開く。
「ヤツに恨みのあるモノだと言っただろう? お前こそ何者だ? 炎に包まれた状態で追いかけてくるとは、とてもじゃないが人間とは思えないんだが?」
『……』
声の主は何も答えない。
「姿を見せたらどうだ? ここには誰もいない、本気を出すなら今しかないぞ?」
ライアーは挑発するように言った。
すると、炎の壁から無数の炎の弾がライアーに襲い掛かっていく。
「くっ!?」
ライアーは左手を振り炎の弾を弾き霧散させていく。
「その奇妙な力、その左腕に秘密がありそうですね」
炎の中から声が響く。全方位から響くためどこから声がするのかわからずライアーは炎の弾を振り払いながら視線をキョロキョロさせる。
「ふん、どうだろうな?」
全弾振り払い、ライアーはなおも余裕を見せる。
『まあ、いいでしょう。どうせキサマはここで死ぬのですから』
再び炎の壁から炎の弾がライアーを襲う。今度は全方位からの攻撃だった。先ほどの攻撃はライアーの能力を確認するための様子見だったようだ。
「くっ!?」
ライアーは左手を手刀のように振り炎の弾を斬り落としていく。
全方位の為、はじめのうちは回転しながら対応していたが、次第に炎の弾の数が増えていき手数が足りなくなっていく。
正面、左、左手でカバーできる方位は斬り払える。しかし、そちらに集中すれば後方、右方向の攻撃に対処できなくなっていく。
ライアーは回避を織り交ぜながら対処していくが、限界はすぐに訪れた。
ドンッ!
「ぐっ!?」
背後からの弾の直撃を受けよろめいた。
その隙を見のがさず、トドメとばかりに炎の壁の一か所が揺らめき魔力がそこに集中する。
『終わりです』
ライアーの碧い隻眼がその揺らめきを捕らえた。声もその方向から聞こえてくる。
ライアーは魔力の集中する部分へ向け突進し、右の手刀を突き刺した。
「……チッ」
しかし、手応えはなかった。
ライアーの目の前で集中していた魔力がさらに膨らみ放たれた。
声はライアーを近づかせるための罠だった。ライアーはまんまとそれに嵌まり近距離から巨大な炎の弾を受けてしまった。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ライアーは炎に包まれ円の中心まで弾かれた。ライアーは炎を消そうと転げまわるが、声の主はそれをさせはしなかった。
炎の壁から追い打ちをかけるように無数の炎の弾が放たれた。
ボボボボボボボボウッ
「ぐわっ、くっ、ぼわぁぁぁぁぁっ!?」
ライアーは炎の弾を次々に受け、転がることもできなくなる。炎は大きくなりライアーを逃さない。
『この血肉の焼ける匂い、たまりませんね……ンッフフッ、熱いですか? 苦しいですか? 楽になりたいですか?』
声の主は恍惚とした声色で嘲笑うかのように言う。
ライアーは炎に包まれ呼吸もままならず、返事などできるはずがなかった。
『わたしはこれでも優しいのですよ? 希望があるのなら死に方を選ばせてあげますよ?』
当然ライアーは答えられないでいた。いや、もはや動いてさえいなかった。
『……死にましたか。つまらないですね……では仕上げです。盛大に燃えて消えてください』
その声を合図に炎の壁が吹きあがりドーム状になるとそのまま中心に向かって凝縮していく。
炎のドームは小さくなっていき、反比例するように光量が増していく。
ライアーを中心に直径2メートルくらいにまで凝縮すると、まるで太陽のような光量を発していた。
その小さな太陽からは悲鳴も呻き声も聞こえてこなかった。
そして一際光が増すと夜空を一瞬昼間へと変え、闇へと還った。ライアーの命の灯が消えたかのように。
「……フフフッ」
焼け焦げた地面を見下ろし赤髪の女は歪に顔を歪め嗤った。
闇に包まれる中、赤髪の女は鏡に向かい話しかける。
「終わりました。たいしたことなかったですね」
「そうか。それで、ヤツは何者だったのだ?」
鏡に映り込むフードの男は訊ねる。
「さあ? 燃え尽きたのでわかりませんね」
赤髪の女は死んだものに興味がないのか素っ気なく答える。
「な、他にも仲間がいるかもしれないんだぞ。あの力の正体もわかっていないというのに……」
フードの男はその怠慢な態度に怒りがこみ上げるが、それを抑える。しかしその声からは怒りがにじみ出ていた。
「知りませんよそんなものは。襲ってきたら焼き殺せば済むことでしょう」
赤髪の女はニヤリと嗤う。そうなってほしいとでも思っているのだろう。
フードの男は苛立ちを見せる。
「くっ、その時はお前が片付けるんだぞ。それから今回は失敗したがヤツの事も忘れるな」
「チッ、わかってますよ。それより計画の方はどうするのですか? 今回の事で警戒が厳しくなりますよ」
赤髪の女は少し苛立ったように訊ねる。
「そうだな、一部変更が必要だろう」
フードの男はしばし考えると口を開いた。
「……こちらはもう一つの手を使う、そちらに関しては今まで通りでいい。ヤツらが戻るまでに済ませる」
「そうですか、わかりました」
赤髪の女は通信を切ると鏡を睨みつける。
「人間風情が……調子の乗れるのは今の内だけですよ」
赤髪の女は悪態をつけると闇の中へと消えていった。
城内の一室、結衣の部屋にはサラが来ている。というか、結衣が連れてきていた。
サラは掛け布に包まったままベッドに腰掛けボーッとしていた。
なぜアキの部屋にタリアさんがいたの? いつから? アキは知っててわたしを? どうして?
サラの疑問は尽きない。
アキはわたしをあの炎から守ってくれなかった。以前のアキは石の槍が降り注ぐ中わたしを守ってくれたのに……どうして?
もうわたしの事は好きじゃないの? どうでもいいの?
そんなことを考えると悲しくなってきた。
サラは肩を震わせ涙を流す。
結衣はそんなサラの横に座り抱き寄せる。
「あたし、アキのこと嫌いなんだ」
結衣は何の前触れもなくそう言いだした。
しかし、サラは何も言わない。言葉が届いているのかわからないけれど結衣は続ける。
「いつもあたしをからかって笑うんだもん。あたしが本気にすると大笑いするんだよ。ムカつくでしょ?」
「……」
「でもね、あたしが落ち込んでると必ず声を掛けてくれるんだ。傷心の女の子に優しい言葉を掛けてくるんだよ? もう狙ってるとしか思えないよね!」
「……」
「でも、あのバカは本気で心配してくれてたんだよ。そんなの、好きになっちゃうじゃない。ホントムカつく」
サラはピクリと反応した。
「だから、あたしはアキの事が嫌い。でも、信頼はできる」
サラは結衣へと視線を向ける。その瞳は「なぜ?」と言っていた。
結衣は微笑むと思い出すように虚空を見つめる。
「普段はふざけてるけど落ち込んでると側に来て一緒にいてくれる。恋愛感情なんてこれっぽっちも見せない。あたしも気にするのバカらしくなってくるし……ん~そう! お兄ちゃんみたいな感じかな。うん、それが一番しっくりくる。だからかな」
アキが冬華へ向けている愛情を同じように自分にも向けている、結衣はそんな風に感じていた。
結衣は納得できる答えにたどり着き満足する。そして表情を険しくすると口を開いた。
「でも最近のアキはなんか前とは違う気がする。素っ気ないと思えば急に優しくなったり、なんだか二重人格みたい。アキもいろいろ大変そうだから、そのせいかもしれないけど……だからあたしは、あたしの知ってるアキを信じてる」
結衣は自分で言っておきながらよくわからない顔をしている。
サラもわからない表情をしている。「知っているアキと今のアキとどう違うのだろう?」と。
「よく、わかりません」
「あはは、だよね」
結衣は乾いた笑いをする。
「サラさんも今のアキには思うところがあるかもしれないけど、好きだったアキのことを信じてあげてよ」
結衣は大嫌いなもう一人の兄の為にそう告げた。なぜ過去形を使っていたのかは結衣も気付いていなかった。
「……はい」
サラはよくわからなかったが好きなアキを信じることはできる。たとえ変わってしまったとしても、想っていればいずれ元のアキに戻ってくれるはず。いや、戻してみせる。サラはいつかのアキを取り戻すことを誓った。
サラは立ち上がり結衣と向かい合う。
「ありがとうございます。元気づけてくれて。こうして話を聞いてみるとなんだか結衣さんの印象が少し変わりました」
サラの結衣に対する印象は、総司の後ろに隠れているおとなしい印象だった。結衣の身に起こったことを思えばそうなってもおかしくはないのだが、今の結衣は違った。おとなしかったのが嘘のように自分の意見を言える大人な女性に感じる。サラはこの数日で何があったのかと不思議に思っていた。
結衣はサラを見たままボーッとし何も答えない。立場が変わってしまったようだ。
「あの? 結衣さん?」
サラは急な結衣の変化を不思議に思い首を傾げる。
「ワ~オ、ダイナマイツ」
結衣はサラを凝視してアメリカ人風に呟いた。
サラは首をさらに傾げ、結衣の視線の先を見る。
サラの羽織っていた掛け布がはだけ、サラの裸体があらわになっていた。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
サラは甲高い悲鳴を上げると前を隠ししゃがみこんだ。
「まあまあ、女同士なんだし。そんな悲鳴上げなくても」
結衣はどこかの誰かと同じようなことを言った。
「それはそうですけど、そんな冬華さんみたいなこと言わないでくださいよ」
結衣は冬華と同類視されていた。
「え~冬華ちゃんと一緒にされた!? それはショックだわ~」
結衣は肩を落とし本気で落ち込んだ。
城内の一室、ライアーの襲撃後、光輝の部屋に汐音が訪れていた。
こんな夜分に女性が男の部屋を訪れるのはただ事ではない。アキとサラに触発されて汐音も勝負に出ようとしているのかと疑ってしまうが、そんなことはなかった。汐音に限ってそんなことはないだろう。光輝は少しドキドキしていたようだが……
汐音が光輝の部屋に訪れた理由は、アキの部屋で拾ったモノについてだ。
あの時のアイコンタクトには後で話がしたいという内容も含まれていた。アキに知られないためにそうしたのだが、光輝はそれに気づいていなかった。そのため汐音が部屋に来てドキドキしていたのだ。
そんなこととは知らず、汐音は早速本題に入る。
「これはライアーが落としたものです。あの時炎が直撃した衝撃で落としたみたいです」
「しかし、こんなものをライアーが持ってるってことはやはり……」
「ええ、彼も我々と同じ異世界人でしょう。そしてどういうわけか五十嵐君に強い恨みを持っている」
「ああ、元の世界での恨みなのか、それともこちらに来てから恨みをかったのかはわからない。ただ一つ言えることは、僕たちに対しては敵意を見せていないということだ」
「そうですね、唯一会長に攻撃したのは最後のあの蹴りのみ。その蹴りも見ようによっては会長を守ろうとしているようにも見えました」
汐音も光輝と同じように感じていたようだ。同じ考えの者が近くにいるというのはなかなかに頼もしいと光輝は感じていた。
敵意を見せないということはアキ単体に恨みがあるということだろう。
「アキがいないときにもう一度話をしてみたいんだが……」
光輝は無理は承知の願いを口にした。
「タリアさんたちが捕らえてくれるのを待ちましょう。無理かもしれませんけど」
と、汐音は余計な一言を付け加えた。汐音も同じように無理だと思っているようだ。
そして話を戻すように手の中のモノを見せる。
「あと、五十嵐君はこれが何なのか知らないようでしたね」
「ああ、あいつがこれを知らないはずがない」
光輝ははっきりと言い切る。
「となると、やはり彼は……」
「「偽者」」
二人の答えが一致すると押し黙り視線を交わす。
「シルフィさんの言っていた通りでしたね。どうします? この事、サラさんには……」
汐音は一刻も早く知らせた方がいいと思っていた。好きでもない偽者を好きでいさせるのは忍びなかったのだ。
光輝は黙り込む。光輝も汐音と同じ考えだったが、今知らせていいものかと悩んでいた。
「……いや、まだ知らせない方がいいだろう。アキに化けてまで潜入したんだ、何か大掛かりな計画を用意しているのかもしれない。サラさんがアキに対して警戒心を抱いたらヤツに気付かれてしまい計画を早められるかもしれない。戦力の減っている今やらせるのは得策じゃない。冬華ちゃんたちが戻るまで何とか引き延ばさせた方がいい。それに今回の騒ぎで城内の警戒も厳しくなるはず。そうなればしばらくは何もできないだろう」
「わかりました。サラさんにはなるべく私が付いています。そうすれば間違いが起こることもないでしょう」
実際知らなかったとはいえ今日は危なかった。アキが服を着たままだったことからまだ間違いは起こっていないと汐音は推測していた。ただ、サラがここまで積極的な行動に出るとは思っていなかったため、注意が必要だろうとも思っていた。
「ああ、頼む、アキの方は僕が見ておくよ」
「はい、お願いします。でも監視の目は私たちだけではないですけどね。ふふっ」
汐音はおかしそうに笑う。
「ん? どういうことだ?」
光輝は本当に気付いていないように訊ねる。
「ふふっ、サラさんのファンクラブですよ。城内に結構いるんですよ。その人たちが警備の持ち場から二人の事を監視しているんですよ。サラさんを泣かせていたりしないかって。まあ、部屋の中までは無理ですが……」
汐音は今回の事を言っているようだ。
「そんなものがあったなんてな」
光輝は感心とも呆れともとれるニュアンスで言った。
「ファンクラブの会長さんには私から伝えておきます」
「ああ、たのむ。それにしてもサラさんにファンがねぇ。確かにサラさんならファンが付いてもおかしくはないな」
光輝は納得顔で頷く。
「……会長もサラさんのような女性がタイプですか?」
汐音は平静を装って訊ねた。
「ん? ん~素敵な女性だとは思うけど?」
光輝は素直な感想を述べた。
「そ、そうですか……」
汐音は少し元気がなくなっていた。
「でも、盲目的に相手を好きになるのはちょっと怖い、かな。もう少し思慮深い人の方が僕は好きかな」
光輝は素直な好みを述べた。この時光輝はある人物を思い浮かべていた。
汐音はふむふむと頷いて聞いていた。
翌日、光輝の思惑は脆くも崩れ去る。
……
……闇
……あたりは喧噪が包みこむ
……城内には二人の女
黒髪の女とブロンドの女
……石碑の前に黒髪の女が倒れている
その傍らにはブロンドの女がアンバランスなダガーを片手に立っている
黒髪の女はブロンドの女に何か語りかけている
しかし、ブロンドの女は無反応で石碑の前に立つ
黒髪の女は必死な表情で声を張り上げる
ブロンドの女はダガーを振り下ろした
……
「……くっ!」
そろそろですかねぇ。
え? なにが?
この辺大詰めっぽいでしょ。
そうなの?