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既視感

コンコンッ

「アキ、いますか?」

 サラはアキの部屋の扉を叩く。

 ここにいなかったら魔法で探すしかないとサラは考えていた。はじめからそうしていればいいだろうと思うだろう。しかし、城内での魔法の使用は決められた場所、非常時以外は基本的には禁止されている。使用するには許可を取らなければならない。許可を取る暇があるなら足で探した方が早いとサラは考え、アキを探していた。

 そして光輝に言われ今ここに来ていた。

「はーい」

 部屋の中から返事が返ってきた。サラはホッと胸を撫で下ろした。

 特に事件が起きているわけでもないのにこの心配ようは過剰過ぎる気もする。しかし、ことアキに関して言えば心配し過ぎるということはない。アキは一人にすると何をしでかすかわからない。

 仲間を牢にぶち込んだり、敵側に着いたりで、今までのアキの行動がすべてを物語っている。

 こう見ると冬華なんて可愛いものだとさえ思えてくる。

 だからこそサラはアキの側につきっ切りでいるのだ。いや、ただ離れたくないだけなのだが……

 扉が開かれるとフードを被ったアキが出迎えた。

「サラ、どうしたんだい?」

「アキがいきなりいなくなるから心配してたんです!」

 サラは「そんな事聞かなくてもわかるでしょ!」と言いたかったが、アキの顔を見たらその気が削がれてしまった。

「俺も子供じゃないんだから、城の中くらい大丈夫だよ」

 アキは呆れたように苦笑いを浮かべる。

「そ、それはそうですけど……心配したらダメですか?」

 サラは上目遣いで懇願する。

 そんな目で見られたらどんな男でも落ちるんじゃないかというほどの破壊力を秘めていた。

「いや、ダメじゃないよ。嬉しいよ」

 アキは余裕を持って答えた。

 サラを自分のものにした余裕の表れなのか、アキはまった動揺を見せない。

 それを快く思わない視線がアキを襲う。サラファンクラブの面々だった。もちろん視線だけで危害を加えたりはしない。ただ、城のどこからでも見ている。監視し続けている。サラを泣かせようものならいつでも囲んでたたんでしまえる用意はしてあった。その時はなかなかやってこなかったが。

「それで、何か用事だったのかい?」

「え、いえ……そうだ! 食事にしましょう! お腹すきましたよね?」

 サラはアキに頼み事があったため、食事をしながらきり出そうと考えた。

 アキは腹に手をあて、腹の減り具合を確認すると頷いた。

「そうだな、飯にしようか」

「では、行きましょう!」

 サラは満面の笑みを浮かべ、アキと腕を組み食堂へと向かう。

 鋭い視線を向けられながら……



 その日の夜遅く、サラは食堂で交わした約束通りアキの部屋に来ていた。

 サラの頼み事とは、今晩アキの部屋へ行ってもいいかということだった。アキは返事を渋っていたが、サラがどうしてもと頼むとようやく首を縦に振り、約束を取り付けることができた。

 サラは今晩勝負に出るつもりでいた。

 大切にされるのは嬉しい。しかし、愛するアキと一つになりたいと願う気持ちが次第に強くなってきていた。それなのにアキは聖人の如く手を出そうとはしない。自分に魅力がないのかと不安になることもあった。だから、今日アキを誘惑しようと決心していた。

 アキの部屋は光輝たちの部屋とは少し離れた位置にある。多少の声ならば聞こえないだろうと思いアキの部屋を選んだ。湯浴みもした、服も下品にならない程度に大胆なものにした、ボディタッチも少し多めにし、会話の内容も雰囲気のあるものをチョイスしていた。

 サラの心の準備もできている。後はアキ次第……

 しかし、アキはその(ことごと)くを躱していく。サラは自信を失っていく自分に気付いた。

 このままでは何もないまま帰ることになる。折角人生の一大決心したのだ、引き下がるわけにはいかない。

 サラは最後の大勝負に出た。

 サラはアキの胸へと飛び込むと体を密着させ抱きしめる。

「サラ?」

 サラのいきなりの行動にアキは戸惑いを見せる。

 サラは潤んだ瞳をアキへと向けると、その艶やかな唇を開く。

「アキ……わたし、そんなに魅力がないですか?」

「……いや、サラは魅力的だよ」

 アキは微笑みかける。

「でしたら……」

 サラはアキから離れると明かりを消した。

 部屋は闇に包まれる。光はバルコニーから入る星の光のみ……

「サラ? これは一体?」

 アキに視線が一瞬鋭くなるが、目が慣れるとそれを緩ませる。

 アキはとぼけているのだろう、このシチュエーションから連想されることは一つしかないのだから。

 サラは頬を朱に染め震える声で言葉を紡ぐ。

「わたしを……抱いてください……」

 サラはハラリと服を脱ぐ。

 星の光に照らされ、サラの艶めかしい裸体があらわになる。

 サラは赤い顔をさらに赤くし恥ずかしそうに俯く。

「あまり、見ないでください」

 サラは恥ずかしさのあまり矛盾したことを口にしてしまう。

 その仕草が愛おしく見えたのか、アキは観念し、サラに微笑みかけると手を差し出す。

「おいで、サラ」

「はい」

 サラは消え入りそうな声で頷くとアキの手を取り、腕の中へ包まれる。

 やっとアキと一つになれると思うと、サラは幸せに包まれ恍惚とした表情になる。

 サラはトロンとした瞳をアキへ向けると瞳を閉じた。その表情はアキの欲情を誘うだろう。

 アキはサラの唇へ唇を重ねた。

「……ん、ん、あ……」

 サラは艶っぽい声を漏らしはじめる。


コンコンッ


 不意に扉をノックする音が静かな部屋に鳴り響いた。

「!?」

 サラはビクッと反応し硬直する。


コンコンッ


 再度ノックされる。

 しかし、ノック音は扉からではなかった。音はバルコニー側から聞こえてくる。

 それは、すでに人が入ってきているということを意味していた。


「サラ殿は人前でするのがご趣味で?」


 次はノックではなく、サラを誹謗するような言葉が投げかけられた。

 サラは声のするバルコニーへと視線を向ける。

 そこには、ローブを身に纏い、フードを深く被った男が杖を突いて立っていた。

「!?」

 サラは服を掴み上げると身を隠し、羞恥に満ちた表情を浮かべる。

「何者だ?」

 アキは平然とフードの男へ向け訊ねた。

「お前に恨みを持つ者だ……お前の敵だよ」

 フードの男は低い声で言い放つ。その声には怒りが込められていた。

 アキは無表情に虚空へと視線を向けると目で合図を送る。

 何もないと思われた物陰から赤髪の女がレイピアを抜き飛び出してきた。

「っ!? タリアさんがなぜここに!?」

 赤髪の女性はタリアだった。

 この部屋は確かにサラとアキの二人きりのはずだった。入った際に確認してある。それなのにタリアが出てきたのだ。

 サラはタリアが隠れていたことに驚き、そして見られていたことで羞恥心を露わにした。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 タリアはレイピアで連続突きを放とうとした。

 しかし、フードの男はタリアの存在を知っていたかのようにタリアへと手をかざし待ち構えていた。

「はあっ!」

 そして気勢を放つと、タリアは吹き飛ばされ壁に体を打ち付けた。

「ぐあっ!?」

 フードの男はタリアには目もくれず、アキへと視線を向ける。

 視線の先にアキの姿はなく、フードの男の背後にヌゥッと現れた。

 アキはフードの男の首を狙い剣を振り抜こうとする。

「ふっ!!」

 しかし、その剣は届かなかった。

 フードの男は振り向きもせず杖を後ろ手に持ちアキの腹へと突き出していた。

「ガハッ!?」

 杖はアキの鳩尾に打ちつけられアキはその場に崩れ落ちた。

「アキッ!?」

 サラは声を上げるとフードの男へ向け手をかざす。

「風よ!」

 風の刃がフードの男へと襲い掛かる。

 フードの男が左腕を払うと風の刃は弾け飛び、霧散した。

「な!? なにを?」

 サラはフードの男が何をしたのかわからなかった。何もない所でいきなり魔法が掻き消えたのだ。

 サラが放心し硬直する中、アキとタリアは起き上がり、再びフードの男へと斬りかかっていく。

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 しかし、フードの男は二人掛かりだというのに動じることなく杖で二人の剣をいなしていく。

「本気を出せないお前たちに俺が倒せるわけがないだろう」

 フードの男はそう吐き捨てる。

「くそっ!?」

 アキは悪態を吐くと、タリアへと視線を向ける。

 タリアは一つ頷くと、距離をとり手をかざす。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ、焼け死ねぇ!」

 とても礼儀正しいタリアの言葉とは思えないことを口走り炎の魔法を放った。その魔法の火力はこの部屋すべてを焼き尽くさんとする勢いだった。

「キャァァァァァァッ!?」

 サラが悲鳴を上げる。

 アキは防御の姿勢をとる。

 フードの男は巨大な炎に向かい手をかざすと気勢を放った。

「はあっ!」

 すると、炎は弾き返されタリアへと戻されて行く。

「!? ギヤァァァァァァッ!?」

ドゴォォォォォン

 炎はタリアを巻き込むと扉と壁を破壊し突き破っていった。

 サラは自分の命が助かったことで放心していた。

 炎の魔法を弾き返したその瞬間を狙い、アキは再びフードの男へと剣を向ける。

 アキは袈裟切り、逆袈裟、横薙ぎと斬りつけていく。

 フードの男はアキの剣を片手で持つ杖で軽くいなし、横薙ぎをバックステップで躱した。

 放心状態のサラの目にはそのアキの剣の周囲が揺らいだように見え、最後の横薙ぎの剣は剣先が伸びたように見えた。

 サラはそれを自分の精神状態が安定していないことによる錯覚だと思った。

 アキは逃すまいと前に出ると、その突進力を上乗せして突きを放つ。

 しかし、フードの男は杖で横に流すと、無防備となったアキの腹へと杖を横薙ぎに振り抜いた。

ボギッ

「グハッ!?」

 アキは避けられず吹き飛ばされてしまう。

 その音からあばら骨を持っていかれたのではないかと錯覚したが、折れたのは杖の方だった。アキの体が頑丈だったのか、フードの男の振りが鋭過ぎたのか、杖がその衝撃に耐えられなかったようだ。

「ゲホッゴホッゴホッ……くっ」 

 それでも衝撃は大きかった。アキは苦悶の表情を浮かべながら立ち上がろうとする。 

「アキ!? 大丈夫か? 何があった?」

 そこへ、爆発音に気付いた光輝たちが駆けつけてきた。

 そして、その惨状を見て驚愕する。

 扉や壁は破壊され、あのアキが押されている。おまけにサラのあられもない姿。この時間帯にその姿、アキたちが何をしていたのか想像できてしまう。

 光輝は顔を赤くし視線を逸らすと、汐音がサラへ掛け布を掛けてやる。

 汐音はギロリと光輝を見る。

 その汐音の視線は「見ましたか?」と威圧していた。 

 光輝は無言で首を振ったが、、顔が赤くなっているため嘘だとバレバレだった。

 しかし、今はそれどころではなかった。光輝は動揺を隠し目の前の人物へ視線を向ける。

 重要なのはこのフードの男。折れてはいるが杖を持っている。

 光輝はこの男を知っていた。

「ライアー……なぜあなたがこんな……」

「ライアー?」

 遅れてやってきた結衣がアキとライアーを見て、驚いた表情をする。

 フードの男ライアーは光輝たちを見据えると、「やっと役者がそろったか」とニヤリと笑った。

 フードの下には廊下から差す光に反射し、碧い双眸(そうぼう)が光っていた。

 光輝たちは驚愕の表情を見せる。

「嘘、だったのか? 目が見えないというのは……」

 ライアーは何も答えない。

「よくもだましたな……よくも僕の仲間を! おぉぉぉぉぉっ!」

 光輝は感情のままにライアーを斬りつけていく。

 ライアーは折れた杖で光輝の剣をあしらっていく。

 そして光輝の剣を見てガッカリしたように呟いた。

「感情のままに暴れる、か……修行の成果はなかったようだな」

「黙れ!」

「感情は重要だ。しかし制御できなければ意味がない」

「黙れと言っている!」

 光輝はライアーを黙らせるため連撃のスピードを上げる。

「こんなモノだとは、期待外れだな……」

「!? 期待外れ、だと……」

 光輝は剣を止めライアーを見据える。

(この状況、前にも……なんなんだ? この既視感は……)

 そう思っていたのは光輝だけではなかった。汐音たちも同じように感じていた。

 その一瞬の隙を突かれた。

「!?」

 光輝は瞬時に移動してきたライアーにガード越しに蹴り飛ばされた。

「ぐっ!?」

「会長!」

 光輝は汐音のすぐそばまで飛ばされていた。

 光輝が視線を向けた時、ライアーは何者かが放った魔法、巨大な炎の塊の直撃を受けたところだった。

「チッ!?」

 ライアーは炎の塊ごと、部屋から弾き出され、さらにバルコニーから外へと飛ばされていった。

 光輝はバルコニーへ出ると身を乗り出してライアーを探す。

「いた!」

 ライアーは屋根伝いを逃走していく。その後をさっきの炎が追尾していく。焼き尽すまで消えない魔法だったのだろうか?

 ライアーの姿はみるみる小さくなっていき、ついには見えなくなった。もう追い付けないだろう。

 光輝は追うことを断念した。

(今の魔法は一体誰が? 廊下側から放たれたようだがそこには誰もいなかった……それにあの時、ライアーが攻撃してこなければ僕も……)

 光輝が考え込んでいると、廊下が騒がしくなってきていた。

「何事だ?」

 レオルグが兵を引き連れてやって来ていた。

「侵入者です。侵入者が五十嵐君たちを襲っていたのです。外へ逃走していきましたから捜索を」

 汐音が適切な対応をしてくれていた。

 レオルグはすぐに命令を下す。

「タリアは兵を集め族の捜索に当たれ。わたしは陛下に報告してから合流する」

「ハッ!」

 レオルグの命令を受けタリアは綺麗に敬礼すると駆け出して行く。

 その綺麗なタリアの姿を見てサラは驚きで目を見開いていた。あの魔法を受け火傷一つどころか焦げた痕さえついていなかったのだ。

 サラは何が何だかわからなくなっていた。

 そんなサラの様子を見ていた結衣がサラへと駆け寄る。

「サラさん、あたしの部屋に行きましょうか。先輩たちはアキをお願いします」

「あ、ああ」

 サラは放心したままで反応は薄かった。

 結衣は光輝の返事を聞くとサラを連れて部屋から出て行った。

 光輝はアキの怪我を見てもらおうと汐音へと声を掛ける。

「汐音君……?」

 汐音は何かを探すようにキョロキョロすると、ライアーのいた場所で何かを拾い上げた。

 汐音はそれを見ると表情を険しくする。

「どうしたんだ?」

 光輝が汐音に近づくとアキも同じように近づいてきた。

 二人は汐音の手の中のモノに目を向ける。

「なんだこれ? こんな小さいのよく見つけたな」

 アキはそれが何なのかわからず首を傾げている。

 光輝はしばらく考え何か思い当たるものがあったのか目を見開いた。

 汐音は光輝へ目くばせし頷く。

「五十嵐君、とりあえず座ってください。回復してあげますから」

「え? ああ、すまん助かる」

 汐音は拾ったモノをポケットにしまい込むとアキを座らせ回復魔法を掛けていく。

 光輝はライアーの事を考えていた。

(ライアー……嘘つき、か)


あの夢を覚えている人はいるでしょうか?

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