大爆発
アキの攻撃は効かず、アイズの攻撃は当たらない。二人の攻防は平行線をたどっていた。
「おぉぉぉぉぉ!」
瞬時に間合いを詰めるとアキはアイズの腹へと左の手刀を突き出す。
ズボッ
アキの腕はアイズの腹へと突き刺さり、キュッと腹の水に掴み取られる。
「ゲッ!?」
『っはは』
アイズは腹でアキの腕を捕らえたまま、逃げられないアキへと闇水の剣を振り下ろす。
「くっ!?」
右上から迫る剣を目で捉えるとアキは跳び上がり、体を捻ると右足でアイズの腕を止め、左足でその腕を蹴り飛ばす。
『チッ!?』
アイズはもう片方の手で闇水の剣をつくり再びアキへと振り下ろす。
アキはアイズの腹へ掌底を打ち込む。
「ハッ!?」
ドパッ
アイズの腹が弾けると、アキは腕を引き抜き迫りくる闇水の剣を両手でパンッと挟み受けとめた。
「うおっ!? 真剣白刃取り!?」
アキは自分でやっておきながら驚きの声を上げた。
アキが驚いている隙にアイズはアキを蹴り飛ばした。
「ぐふっ!?」
飛ばされながらもアキは地に手を付きクルッとバク転し着地する。
「いってぇ! 油断した」
「真剣白刃取り程度で感激しておるからじゃ!」
嵐三が野次を飛ばしてくる。
「いいだろ別に!」
アキは顔を赤らめ声を上げる。図星だったようだ。
『そろそろ飽きたな……もう終わらせるか。冬華も待ってるからな』
アイズが呟くと体から闇がほとばしる。
『死ね』
アイズを覆う闇から無数の闇水の槍がアキめがけて射出された。
「お兄ちゃん!?」
冬華が声を上げる。
嵐三へと視線を向けていたアキは冬華の声で気付く。
闇水の槍がアキに迫る。槍が当たるその瞬間、アキの姿は掻き消えた。
『ふん、またそれか! そこだ!』
アイズは闇水の剣を背後に向け振り下ろした。
アキの戦闘スタイルはすでに知られているようで、そのパターンからアキの次の動きが予測されていた。
スカッ
しかし、そこには何も現れず、アイズの剣は何もない空間を切り裂いた。
『!?』
「残念、今回を正面でした」
アキは正面に現れたのだがアイズが後ろを向いたため、自動的に背後にまわった形となった。
そして渾身の力を籠め拳を打ち込む。
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」
見た目はただの正拳突き、アイズはニヤリと嗤い焦ることなく体を水へと変える。
攻撃が効かず動きの止まったアキへ攻撃して、このつまらない戦いは終わりだと思い闇水の剣を握り込む。
しかし、
「らっ!!」
ドウッ!
『ガハッ!?』
鈍い音と共に背中に重い一撃が撃ち込まれ、アイズは上空へと打ち上げられた。
『な、なん……』
アキはアイズに続きを言わせるつもりはなかった。
アイズは打ち上げられ、その上昇力が無くなり一瞬の無重力状態になったところへアキが現れる。
アキはくるっと前転し、かかと落としで追い打ちを掛ける。
「おらっ!」
ドウッ!
『グフッ!?』
腹から鈍い音がするとアイズは成す術もなく落下していく。
「シルフィ! 風の檻!」
アキはシルフィへ合図を出す。
『はい! はぁぁぁぁぁっ!』
シルフィはアイズへと両手を向け魔法を放った。
大きな竜巻がアイズを捕らえると、丸く形を変える。風は乱回転を繰り返し、中のアイズを逃さないよう捕獲する。
これは以前アキがアギトと名乗っていた時に考えた魔法だった。
当時はあの中で風を足場として、アキのスピードを生かし全方位からの連続攻撃で敵を倒そうと考えていた。
しかし、逆に敵が魔法を全方位に放って来た場合、アキも逃げ場がないことに気付きお蔵入りとなった魔法だった。
「総司! 全力で焼き尽くせ!」
アキは風の檻を指差し合図する。
「おう!」
総司は待ってましたとばかりに炎の剣を振り上げ業火を放つ。
「おぉぉぉぉぉぉっ!」
総司の業火が風の檻へと直撃すると、乱回転する風に乗り炎が回転していく。みるみるうちに巨大な火の玉が出来上がった。
『ぐあぁぁぁぁぁ!?』
中から蒸し焼きにされるアイズの叫び声が上がる。
アキは着地するとガイアスへと駆けだす。
「フラム! 行くぞ!」
『待ちくたびれたぜ!』
アキとフラムはガイアスを挟み込む形で突っ込んでいく。
『無駄だ!』
ガイアスは外装から石の槍を射出して迎え撃つ。
ガガガガガッ
アキとフラムはそれを打ち落としながら進む。
「おらぁぁぁぁっ!」
アキは渾身の力で拳をガイアスの背中へと打ち込む。
『うおぉぉぉぉっ!』
フラムは残りの魔力をかき集め、拳に籠めて打ち込む。
ドガンッ
ガイアスは二人の拳に挟まれ腹の部分の外装に穴が空く。
『燃えろぉぉ!』
フラムがその穴へ炎を打ち込んだ。
『ぐっ!?』
フラムの魔力が弱かったせいかガイアスは耐えることができていた。フラムは外装の中に潜むガイアスの目が、自分を捕らえていることに気付いた。
「フラム! 離れろ!」
アキが叫ぶとフラムは素直に距離を取る。ガイアスが何かを仕掛けようとしているのをアキが察知したのだと思ったようだ。
しかし、それは誤りだった。
「冬華! 水没させろ!」
アキがガイアスを指差し合図を出す。
「待ってました! はぁぁぁぁぁぁっ!」
冬華は力を使い切るつもりで水の剣を地面へと突き刺した。
次の瞬間ガイアスの足元から水柱が上がりガイアスを包み込む。
そして水柱は大蛇のように蠢くとガイアスへと絡みついて行く。
水没し水の大蛇にとぐろ巻きにされ締め付けられるガイアスは、温度差により脆くなった外装をあっさり砕かれ押しつぶされていく。
『グハッ!?』
そして、
「シルフィ! 落とせ!」
アキが巨大な火の玉を指差し、水のとぐろ巻きへと振り下ろした。
『はい!』
シルフィは指示通りに火の玉を水のとぐろ巻きへと落とした。
巨大な火の玉が、水のとぐろと接触すると水が急激に蒸発しはじめ、次の瞬間……
ドッゴォォォォォォォォォォン
耳を劈くような大音量と共に大爆発が起こった。
アキは水蒸気爆発を起こしたのだ。
「どわぁぁぁっ!?」
『うおっ!?』
近くにいたアキとフラムはまんまと爆発に巻き込まれ、爆煙に包まれてしまった。
「お兄ちゃん!?」
冬華が叫んだが、冬華の下へも爆風は迫ってくる。
「っ!?」
しかし、冬華たちのまわりを水の障壁が包み込み爆風を防いでくれた。
みんな冬華へ視線を向けるが、力を使い切っていた冬華にそんな余裕はない。身に覚えのない冬華は首を横に振る。
今のはミュウの魔法だった。来たばかりで味方を死なせるわけにはいかなかったのだ。
ミュウは爆発の方を見て溜息を吐く。そして背後へ視線を向けると呟いた。
『自分で仕掛けておいて自分も巻き込まれるって、バカなのですか? あなたは』
「いやぁ、まさかこんなに威力があるとは思わなくて、あはは~」
アキは苦笑いを浮かべながら現れた。ローブが若干焦げていた。
『あぶねぇなぁ、俺までくらうとこだったじゃねぇかよ』
フラムがフッと現れ文句を言う。
「わりぃ、でもお前なら躱せると思ってたんだよ」
アキはフラムの力を信じていると暗に言っていた。
そう言われてはもう何も言えなくなり、フラムは照れたように口ごもる。
『ま、まあな、そういうことならいいんだよ、うん』
フラムも案外ちょろかった。アキはニヤリと笑う。
実際フラムと共に稽古をし、その実力は知っている。だから背中を預けられる奴だとアキは思っている。
しかし、今言ったのは想定外の威力だった水蒸気爆発にフラムを巻き込んだことを誤魔化すために言っていた。まあ、アキも巻き込まれていたのだから世話ないが。
「まったく、お前は何を考えておるのじゃ。こんな規模の爆発を起こすとは、人がおらんかったからいいようなものの、もしおったら大惨事じゃったぞ」
嵐三は小言を言いはじめる。
「人がいたらするわけねぇだろ!」
アキは声を上げて否定する。
「どうだかのぅ」
嵐三は疑いの視線を向ける。
「ねぇ、お兄ちゃん。なんで効かなかった攻撃が効くようになったの?」
冬華はさきほどのアキの攻防を見て疑問に感じたことを訊ねた。
よくぞ聞いてくれた! と、アキは目を爛々と輝かせる。
「ふふん、それはだなぁ。これだぁ」
アキは手に嵌めた指なしの革の手袋を見せる。
「手袋?」
「おうよ! 奇跡の手袋!」
アキは某国民的アニメの猫型ロボットのように声高らかに言った。
「……」
冬華はジト目を向ける。
「コホン、これは実体のないものにダメージを与えられるようになるマジックアイテムなのだ」
アキはドヤ顔でいう。
「要はそれがないとお兄ちゃんは木偶の坊になるわけだ……」
「お兄ちゃんを木偶の坊呼ばわりするんじゃありません」
アキは冬華へ苦言を呈した。
爆発がおさまり、巻き上げられた煙や砂埃が晴れていく。
視界が戻りはじめるとアイズたちを確認するため目を凝らす。
土煙の立ち込める中に、動く影が見えた。
「あれをくらってもまだ生きてるのかよ」
アキがため息交じりに呟いた。
「精霊じゃ、そう簡単には殺れんわい」
嵐三が動く影を見据える。
風が吹き土煙が吹き飛ばされていくと視界がハッキリとしてくる。
爆風で近くの建物が消し飛んでいる。まだかろうじて形を残しているが崩壊しているものもあった。
爆心地から丸く地面が陥没し、その中心にアイズたちの姿を確認する。
アイズは片腕を吹き飛ばされ、体から煙、いや蒸気が上がっている。
ガイアスの外装は吹き飛ばされ子供のような体躯を晒し膝をついている。
二人とも防御に魔力を使い過ぎたのか肩で息をしていた。精霊も呼吸するのかと疑問はあるが、大気中の魔力を吸い込んで回復をはかっているのかもしれない。
『許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん』
アイズの怨嗟の籠った呪詛が聞こえてくる。
アキはこの惨状に引き攣る頬を引き締めなおし、とどめを刺そうと一歩足を踏み出す。
「今のは何事ですか!」
そこへ凛とした声を上げ、サンディがアンディを含め少数の兵を伴ってやってきた。
光の柱に、召喚の魔法陣、おまけに大爆発が起これば異変が起こっていることは誰にでもわかる。様子が気になるのもわかる。
しかし、ここに来るのはまずかった。まだ戦いは終わっていないのだ。
そんなところへノコノコやってこようものなら、真っ先に狙われてしまう。
本来ならアンディが止めるべきところなのに何をしているのだ。
ランディは声を張り上げる。
「なぜここに来た! 戻れ!」
サンディの身の安全を考えてのものだったが、アイズたちに目をつけられる要因となった。
『死ね!』
アイズが腕を振り上げるとサンディへ向け闇水の槍が放たれた。
「サンディ!」
アンディがサンディの前に庇うように躍り出る。
「兄上!」
サンディが悲痛な声を上げる。
「!?」
次の瞬間、闇水の槍は体を貫いていた。
「あ、あ、あなたがどうして……」
サンディは身代わりとなり体を貫かれたアキへと手を伸ばす。
アンディが振り返りアキを見て目を見開く。
「な、なぜ?」
「ぐっ、やっぱり、妹は守るよなぁ」
アキはアンディを見て呟いた。
兄上と聞いてこの兄妹が自分たちとダブって見えたのか、アキは咄嗟に動いていたのだ。
「お兄ちゃぁぁぁぁぁん!?」
冬華の悲痛な声がこだまする。冬華の脳裏に嫌な光景が蘇り、また失ってしまうのではないかとガチガチ震え出す。
「……とりあえず、あんたたちは下がれ」
アキは敵の的となり得るものを排除しようとする。
「し、しかし、あなたが……」
サンディは震える声を漏らす。自分たちの盾となったアキを置いて行くことなどできなかった。
「いいから行け! 邪魔だ!」
アキは闇水の槍を引き抜き声を上げた。
ビチャビチャッ
槍を引き抜いた勢いで血が飛び散る。サンディの頬に数滴掛かってしまった。
サンディは頬に触れると怯えたように目を見開いた。
「すまない。……サンディ! 行くぞ!」
アンディが強引にサンディを引きずって行こうとする。
「し、しかし!」
サンディは怯えながらも抵抗を見せる。
「俺は大丈夫だから」
アキは安心させるように微笑みかけた。アキは冬華の泣きそうな顔を思い出していた。
「は、はい……」
サンディは逆らえなくなり頷くと背を向け走り出す。時折アキの方を振り向きながら……
『アハハハハハハハッ、バカがゴミを庇って血ィ流してやがる! アッハハハハ、死ね死ねぇ!』
アイズは狂ったようにアキを狙い闇水の槍を連続で放つ。
「だめぇぇぇっ!?」
「アキ!?」
冬華と総司がアキのもとへ駆け出そうとするが力を使い果たしており、足がもつれすぐに倒れてしまう。
「チッ、とち狂いやがって」
アキは鋭い眼光を向け、槍を叩き落とそうとする。
『うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
可愛らし声が上がると、アキの前に地面から岩がせり上がり闇水の槍を防いだ。
土系統の魔法、これはアーサーのものだ。
アーサーは頬を膨らませ怒っていた。
『……お兄ちゃんを、いじめるなぁぁぁぁぁ!』
アーサーが可愛らしい怒声を上げると、アイズたちの足元から岩がせり上がり竜の口のように開く。
そしてアイズとガイアスへと喰らいつき、ゴリゴリと噛み砕く。
冬華とカレンは顔を顰め視線を逸らす。
岩の竜の咀嚼がピタリと止まる。
そして、魔法が解けたようにガラガラと崩れていくと、中に手をかざしたガイアスが立っていた。
アーサーが魔法を解いたのではなくガイアスが解体したようだ。
ガイアスはアーサーを見据え、アーサーもガイアスを可愛らしく睨みつける。
アイズはヨロヨロと立ち上がると怒りを張り上げる。
『このクソガキがぁぁぁ! 粉々に切り刻んでやるぅぅぅ!』
アイズは闇水の剣を握り飛び出そうとする。
それを見てアキも飛び出そうと身構える。
『待て! ここは引くぞ』
ガイアスがアイズを引き止めた。
『何言ってやがる! あんな死にぞこないどもここで殺せばいいんだよ!』
アイズは怒りが収まらないようで、アーサーを八つ裂きにしないと気が収まらないようだ。
『いいから引くぞ、もう十分削れた。しばらくは動けないだろう。義理は果たした』
ガイアスは動けなくなっている者たちを流して見ると、アキとアーサーそして嵐三へと視線を向ける。
アイズはまだ納得していないようだ。
『こんなところで終わらせてもつまらないだろう? もっと熟した方がいいんじゃなかったか?』
『……チッ、わかったよ』
ガイアスが意味のわからない説得でなぜかアイズは納得した。
『冬華! また迎えに来る。その時はもっと楽しませてくれよ』
アイズはボロボロの姿で歪に嗤うと影に消えていく。
ガイアスは何も言わず、ただアーサーを見据え影に消えていった。
二人が消えたのを確認し、アキは緊張を解いた。
「ふぅ、やっと終わったかぁ。疲れた~」
アキはため息交じりに呟いた。
アーサーがトコトコとやってきてアキにしがみ付き微笑みかけてくる。
褒めてほしいようだ。
アキはアーサーの頭を撫でてやる。
「アーサー、俺を守ってくれたのか? ありがとな」
アーサーはコクリと頷くと笑顔を見せる。その笑顔は少し少女っぽかった。
アキはアーサーを連れ、みんなのもとへと戻っていった。
水蒸気爆発ってこんなのだっけ?