再会
『……う、ん……え!?』
目覚めるとシルフィは抱きかかえられていた。状況が飲み込めず、とりあえず離れようともがきはじめる。
「お? シルフィ、目が覚めたのか?」
「!?」
シルフィはその聞き覚えのある声に動きを止める。声の方へと顔を向けると、そこにはアキの顔があった。
『……ア、キ?』
シルフィは疑うような視線を向ける。
「ん? ああ、疑ってるわけか。シルフィならわかるだろ?」
目の前のアキはそれだけいい。判断をシルフィに委ねた。
シルフィは目の前のアキの目を見据え、その存在を感じ取る。
とても温かく、胸をキュンと締め付けるような懐かしい気配を感じる。
シルフィの瞳から自然と涙がこぼれ落ちる。
『ア、キ……ッ!? アキ! アキッ! うえぇぇぇぇん、アギ~』
シルフィはアキにしがみ付き泣き出してしまった。
どうやら本物確認はできたらしい。
アキは自分が本物なのかと疑われるだろうと予想していた。死んでいた人間が現れれば普通疑う。自分でもそうするだろうとアキも思っていた。なので、本物だと信じてもらうには、前提として最も近しい冬華とシルフィに信じてもらう必要がある。その為にアキがとる行動は、丸投げ。相手に判断してもらうほかなかった。冤罪を掛けられた者と同じだ。無実だと主張しても「犯罪者はみんなそう言う」と、信じてもらえない。偽物は本物だと言い張る。だから本物がどんなに本物だと言ってもなかなか信じてもらえない。
だからアキはシルフィへ判断を委ねたのだ。シルフィなら本物だと気付いてくれると信じていた。
そして、それは間違ってはいなかった。
アキは本物だと認められ、シルフィという最強の弁護人を味方につけた。
「ええ!? な、なな、なんで泣くんだよ!?」
アキは慌てふためく。
「ど、どうした? どっか痛いのか? さすってやるから泣くなよシルフィ~」
アキは泣き止んでくれるようになだめようとする。
そして蹴り飛ばされた。
「グフッ!?」
アキは地面に顔面を打ち付け地面を転がる。
『シルフィお姉様! 大丈夫ですか? この腐れ外道が! お姉様に何した!』
ミュウがシルフィを抱きしめ頭を撫でながらアキを見下し、汚い言葉で罵る。いつもの丁寧な言葉遣いのミュウはそこにはいなかった。
『ミュウ?』
シルフィは驚いた顔をする。
こんな汚い言葉を使っているのが本当にミュウなのか? ではなく、こちらの世界にミュウがいるのを驚いていた。
アキは顔を上げると冬華と目が合う。冬華のもとまで蹴り飛ばされていた。
「ん? なんだよ? 俺の顔になんかついてるか?」
アキはしかめっ面を向け不満そうに言う。
「鼻血出てる」
冬華はアキを指差し呟いた。
アキは鼻の下へ触れ血を確認する。
「……!? ミュウ! テメェ鼻血出ただろうが!」
『知るか! お姉様を泣かした罰でしょ!』
「な!? お前誰だよ、キャラ変わってんぞ」
『知るか! お姉様を泣かすヤツに掛けてやる丁寧な言葉はない! この糞虫が!』
ミュウは完全にアキを敵と定め汚く罵る。
『……ミュウ、ダメだよ。アキにそんな口の利き方したら』
シルフィがミュウに優しく言い含める。
『でも、お姉様を泣かせたんだよ!』
『これは嬉し泣きだからいいんだよ。だから、ね?』
『お姉様がそういうのでしたら……アキ、今回はお姉様に免じて許してあげます。しかし次はないのでそのつもりで』
ミュウは完全に上から言っていた。
「なんでそっちが上なんだよ」
地べたに座り込みアキはジト目をミュウに向ける。
アキの顔をジッと見ていた冬華が、アキの前に座り直し恐る恐る窺うように訊ねる。
「ホントにお兄ちゃんなの?」
「は? そんなもん、オレがそうだって言ってもどうせ信じねぇだろ? ここは異世界、なりすましがわんさか出てくるようなとこだぞ?」
アキは今までの偽物共を思い出していた。……二人だけで思ったほど多くはなかった。
「自分で決めろよめんどくせぇから。まあ、別にお前に信じてもらえなくてもいいんだけどな」
アキは疑われたのが気に入らないのか不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「……このひねくれ者」
冬華は呟いた。素直じゃない姿を見て「ホントは信じてほしいくせに」と顔がほころぶ。
『冬華、そのアキは本物だよ』
シルフィが微笑みそう告げる。
「そんなの、わかってるよ……ぐすん、ヒック、うえぇぇぇぇん」
冬華までボロボロと泣き出してしまう。
当然アキはオロオロし出す。相変わらず妹の泣き顔は見たくないようだ。
「な、なんでお前まで泣くんだよ。全くもう……ハァ」
アキは諦めたように冬華を抱きしめると頭を撫ではじめる。
「やっぱりお前は変わんねぇなぁ。体はデカくなってんのに」
アキは懐かしむように冬華の頭を撫で続ける。
「グスッ、そんなことないもん。お兄ちゃんのバカ、エッチ、エロ魔人」
冬華はアキの胸に顔を押し当て呟く。
「エロ魔人て、どこもエロくないだろう。お前相手にエロいことするかよ」
「腰にまわしてる手つきがエロい」
冬華は不貞腐れたように言う。
「どこがだよ。ったく、もう頭撫でてやんねぇぞ」
「そしたらまた泣いてやる、グスッ」
「それはずりぃだろ」
冬華は悪態をつけてはいるが、アキがまた昔のように頭を撫でてくれることが嬉しかった。
アキも昔のように接することができてホッとしていた。
「ホントにアキなんだな?」
「アキ……なの?」
総司とカレンがアキを見て呟く。
その声が耳に入り、アキは視線を向ける。
「んだよ、お前らもかよ。自分で判断しろよ、本物か? って聞かれて俺は偽者だ! なんていうヤツいねぇだろ」
冬華とシルフィの様子、そしてアキのこの物言い、城で見たアキよりよっぽどアキらしかった。
「なるほど、ホントにアキだ……アキ」
総司はホッとし、涙を流した。ずっと言えなかったことをこれで言える、それが嬉しかったのだ。
「アキ……」
カレンはすでに泣いていた。
「お前らまで泣くなよなぁこっちの二人だけで手いっぱいなの! 特に総司! 男の涙なんてキモイだけだ、やめろ」
「お前なぁ」
いつものアキに、総司は泣き笑いを浮かべる。
「つうか、なんでカレンがこんなとこにいんだよ? あぶねぇだろ」
アキはカレンを見て首を傾げる。わざわざこんな危険なところに来る必要のない娘だ。不思議に思っても仕方がない。
「それは、アキみたいに頑張ろうと」
カレンは顔を赤くして口ごもる。久しぶりにアキにと顔を合わせ照れてしまっている。城で会ったアキにはこんなことはなかった。それだけでこのアキが本物だと確信できた。
「こんなあぶねぇとこで頑張んなくてもいいだろ。お前も大概バカだよなぁ」
アキは微笑みかける。
自分の事を棚に上げて何を言っているのやら。
「アキに言われたくないし」
カレンは俯き加減で言う。
「で、お前なに照れてんの? 人見知りなの?」
アキは半笑いで言う。完全にからかいはじめている。
「な!? 違うし! 照れてないし! 絶好調だし!」
カレンは顔をますます赤くし声を上げる。
「何が絶好調なのかわかんねぇけど、元気そうでなによりだ」
「え? う、うん。アキも元気そうでよかったよ」
カレンは頬を紅潮させ微笑む。
アキは目の前の光景を見て違和感を覚えはじめ顔を顰める。
「ん? あれ? ……!? お前ら組み合わせおかしくね?」
冬華と同じことを言った。
カレンが総司の側に寄り添っている。ずいぶんと仲が良く見える。しかしそこに結衣はいなかった。
「え、いや、ちょっと事情があって、それは後で話すよ……」
総司はバツが悪そうにしている。
「じゃあ、後で詳しく聞かせてもろうか」
アキの眼光が若干鋭くなる。結衣を悲しませるような内容だったら容赦しない、といった意味合いが含まれていた。
カレンは首を傾げている。
「なんじゃ、お前ら、相変わらず仲いいじゃないか。このシスコンめ」
アキは後ろからシスコン呼ばわりされた。
「うっせぇジジイ! 誰が シスコンだ!」
アキは振り返り文句を言った。
そこにはフラムにアーサーが、そして嵐三はアキと冬華を見てニヤニヤしていた。
光の柱はすでに消えていた。
アキはハッとなり声を上げた。
「なんでじいちゃんがいんだよ! 一緒に来ちまったのか?」
アキの声を聞き冬華が顔を上げる。
「お、おじいちゃん!? なんで?」
「冬華、お前泣いてねぇじゃねぇか」
冬華の顔を見て、アキは呆れたように呟いた。
「そんなことはいいのよ! 今はおじいちゃんよ!」
冬華はまずいと思い話をすり替える。
そんな二人をフラムは物珍しそうに眺め、アーサーはトコトコとアキの隣に来るとストンと座り込みアキに寄りかかる。
「え、何この子超かわいいんだけど」
冬華は嵐三そっちのけでアーサーにくぎ付けになる。
「じいちゃんはいいのかよ」
アキはジト目を向けるが冬華は気にしない。アーサーを触りたくて手をニギニギしている。
「いいのよ! 今はこの子でしょ!」
「違うじゃろうが! 敵がおるというのに何のんきにイチャついとるんじゃ!」
嵐三は冬華にどうでもいいと言われ拗ねてしまった。
「大丈夫だろ? なんか知んねぇけど待ってくれてるみたいだし。なに? あいつらホントはいいヤツ系?」
アキはさっき叩き落とした二人をチラリと見て言う。
アイズとガイアスはすでに立ち上がりこちらのようすを窺っていた。ガイアスに至ってはまた岩の外装に身を包んでいた。
「ていうか、イチャついてねぇし! なんで冬華とイチャつくんだよ」
「そうよ! 意味わかんないし」
二人は声を大にして言うが、抱き合ったままでは説得力などなかった。
嵐三たちはジト目を向けているが、シルフィだけは微笑ましそうに見つめていた。
「これは兄妹のスキンシップだから!」
冬華が声を上げるが、まったく離れようとしない。
「兄妹仲がいいのはいいことじゃ。それはいいが、そろそろ向こうも焦れてくるころじゃろう」
嵐三はアイズたちを見据えて言う。
「だな、殺気立ってきてるし……」
アキは冬華を見つめると、ポンポンと頭を叩き立ち上がる。
冬華は名残惜しそうにする。
アーサーはよ寄りかかるものがなくなりコテンと倒れた。
「んじゃやるか」
アキは拳を打ち付けニヤリと笑う。
そんなアキを黙って見ていた総司が口を出す。
「ちょっと待て! 一人でやるつもりか?」
「ん? だってお前らもう戦えないだろ?」
アキは総司たちの状態を見て、どう見ても戦えないだろうと呆れたように言う。
「大丈夫だ! 俺はまだ戦える!」
総司の声に反応するように他からも声が上がる。
「私もまだいけるよ!」
冬華がフラフラと立ち上がる。
『私も大丈夫だよ』
シルフィも歩み出る。
『私たちは無理ですから、自分の身を守る力しか残っていません』
ミュウはアーサーを抱きかかえると嵐三の側に寄る。
『俺はまだいけるぜ!』
フラムが肉体美を見せつけるかのようにポージングを決める。
それを見た冬華はうぇ~と顔を顰める。
アキは考えるように全員をじーっと見ると口を開いた。
「冬華と総司は回復優先だ、回復できたら力溜めて合図を待ってろ。カレン、二人の回復を」
3人は黙って頷く。
カレンはどこか嬉しそうに総司への回復を再開する。アキに仲間として認めてもらえたのが嬉しかったのだ。
冬華へはランディが回復をする。アキは見知らぬ男を見て「誰?」と顔を顰めるが、シルフィに紹介されて味方だと認識した。
「じいちゃんはミュウたちをよろしく」
「わしだって疲れとるんじゃがのう。もう少しじいちゃんを労わってほしいわい」
嵐三は不満を漏らす。しかし、嵐三は孫にお願いされては断れないおじいちゃんだった。
「シルフィは……」
アキはちょいちょいとシルフィを手招きすると耳打ちする。
「…………な?」
『うん、わかった。やってみる』
シルフィは頷くと下がり力を溜めはじめる。
「フラム、お前はあの硬そうな方な。じゃ行くぞ」
『おうよ!』
フラムはニカッと笑う。うん、不動の暑苦しさだ。アキは安心した。これなら本当にまだいけそうだと思った。
こちらの様子を窺っていたアイズが痺れを切らしたように声を上げる。
『死ぬ準備はできたか! テメェは八つ裂きだ!』
アイズはアキに向け殺意を撒き散らし言い放つ。アイズはさっきからアキに向け殺気を孕んだ視線を向け続けていた。
「ん? お前何怒ってんの? はじめて会ったはずだよな?」
アキは軽い口調で言う。しかしその表情は冷淡なものだった。初対面の相手から殺気をぶつけられれば友好的にはなれない。
『オレの冬華とイチャつきやがって……』
アイズは忌々し気に怨嗟を吐き出す。
「え、なにお前、冬華に惚れてんの?」
アキは顔を顰めると訊ねる。
『惚れる? フンッ、人間の尺度ではかるな! 冬華はオレのモノになると決まっているだけだ』
アイズは蔑むような視線をアキへと向ける。
「意味わかんねぇな。まあ、兄として敵なんぞに冬華はやんねぇけどな!」
アキは瞬時に間合いを詰めるとアイズへと拳を繰り出す。
「フッ!」
アイズは初見だったため反応できず直撃を受ける。
バシャン
しかしアイズは体を水へと変えダメージを受け流した。
『そんなただの拳など効くかよ! 冬華は力ずくでオレのモノにする!』
アイズは蔑むように嗤う。
「お兄ちゃん! そいつ汚水の精霊だから!」
冬華がすかさず声を上げた。
「は? 汚水? 水だろ? いや、確かにそう見えなくも……まあいいや、これ相手取る組み合わせ間違えたか?」
アキは冬華の言葉に顔を顰めたが、焦った様子は見せず軽く流した。
『闇水の精霊アイズだ!』
アイズは動きの止まっているアキへ闇水の剣を振り下ろす。
「律儀だねぇ、自己紹介してくれるなんて、な!」
アキは体を捻りヒラリと躱すと、その腕へと手刀を振り下ろす。
バチャン
アイズの腕は斬り落とされたが、すぐに引き付け合うようにくっ付くと横薙ぎに振り抜く。
「チッ、ホント厄介だなそれ」
アキはバックステップで躱しながら一人ごちる。
アキを間近で見たガイアスが呟く。
『その顔、生きていたのか。フッ、面白くなってきたな』
『余所見すんなよ! お前の相手は俺だろう!』
フラムは拳を振り上がると連続で打ち込んでいく。
『うらうらうらうらうらっ!』
ガイアスは避けることなく受け続ける。しかしフラムの拳には魔力が込められていないのかガイアスには効いていないようだ。
『逆召喚に魔力を使った後ではこの程度か』
ガイアスは憐れむように岩の顔を歪ませてみせる。
『まだまだこれからだぜ!』
フラムはさらにギアを上げていく。髪は燃え上がり、肉体は赤くテカりはじめる。
『うおらぁぁぁぁぁぁぁっ!』
フラムのスピードとパワーが上がり拳には少し魔力が込められる。ガイアスの外装は少しずつ削られていく。
『炎と同じだな、最後に大きく燃え上がる。ならばその炎、オレが消してくれるわ!』
ガイアスは外装から石の槍を無数に射出する。
『この俺の肉体美! 消せるもんなら消してみやがれ!』
フラムは石の槍を打ち落としながらガイアスへと向かって行く。
「おうおう、向こうは暑苦しく盛り上がってきてるねぇ。それに比べこっちは……」
アキはのんきなことを言うと自らの戦いを見てガックリする。
『ふん、そりゃあテメェが逃げ回ってるからだろうが!』
アイズは体から闇水の塊を飛ばしていく。
「んなもん、当たったら死んじまうだろうが! 普通逃げるだろう」
アキは闇水の塊を躱しつつチキン発言をする。
『はは、情けねぇヤツ。悔しかったら攻撃してみたらどうなんだ?』
アイズは挑発するように剣を消し、クイクイっとカンフー映画のように手招きする。
「攻撃ならしてるだろ!」
アキは急接近すると拳を打ち込む。
バチャン
「まあ、全然効いてないけどな」
アキは苦笑いを浮かべる。
アイズは水になりアキの攻撃を受け流し、まったく効いていない。さっきからこの繰り返しで、アキは決定打に欠けていた。
はじめのうちは避けていたアイズも、すでにアキの攻撃を避けることなど考えもしなくなっていた。
『ハハハッ、弱い! 弱すぎる! こんなのが冬華の兄なのか? 情けなさ過ぎて悲しいなぁ冬華。安心しろ冬華、こんな奴はすぐに殺して存在を消してやる』
アイズは再び攻撃を開始する。
「冬華冬華うるせぇっての! 俺の妹呼び捨てにすんじゃねぇ!」
アキは攻撃を避け、隙を見つけては攻撃していく。
「くっ!? アキ……」
「お兄ちゃん合図はまだなの? このままじゃ……」
総司と冬華は悔しそうに唇を噛みしめ、飛び出していきたいのを堪え合図を待つ。
シルフィはアキを信じ、力を溜め続けている。
嵐三は時折「ほれ、そこじゃ、何をやっとる、こうじゃこう」などと野次を送りながら見守っていた。
ミュウは戦いの行方を気にしつつもアーサーの面倒を見ている。
こちら側はあまり心配をしている様子はなかった。どちらかといえば、格闘技の観戦気分といった面持ちだった。
ランディの扱いが雑過ぎる。