万事休す
冬華と総司は気合を込めると水の剣、炎の剣を作り上げる。
そして各々の相手へと駆けだした。
「おぉぉぉぉっ!」
冬華がアイズへと斬りかかっていく。
アイズは闇水の剣で受け、切り結ぶ。
『ハハッ、やっぱり冬華はオレの下へ来てくれたんだね』
アイズは恋人が戻って来てくれたように嬉しそうに迎え撃つ。
「キモイ事言ってんじゃないわよ! あんたを倒すため仕方なく来ただけよ!」
冬華は無駄口を叩けなくするため、アイズの余裕面へ連続突きを放った。
『今の冬華じゃ無理なのはわかってるだろ?』
アイズは余裕で冬華の剣を躱していく。
「クッ!? まだまだ!」
冬華は尚も連撃を繰り出す。
逆袈裟、縦一文字、横薙ぎ、その悉くを防がれてしまう。
「これなら!」
冬華は横薙ぎの勢いを利用しくるっと回転すると片手で渾身の逆袈裟で斬り上げた。
アイズはそれすらも剣で受け止めた。
冬華はすかさず空いた手で魔法を放つ。
「水の刃!」
水の刃は隙のできたアイズの胴めがけて放たれた。
捉えたかに見えたが、アイズの体から闇がほとばしり、闇水の塊が放たれ水の刃は相殺される。
『フフッ、残念でした』
アイズは嘲笑うように言う。
「ずるいわよそれ! 男ならそんなずっこい手使うんじゃないわよ!」
冬華はバックステップで距離をとりながら言い放つ。
『男? オレに性別はないって言っただろ?』
アイズは何度も同じことを言わされ不機嫌そうな表情をする。
「何言ってんの! どっからどう見てももう男じゃない! 鏡見て見なさいよ!」
冬華は自分自身に無頓着過ぎるアイズにビシッと指を差して言い放った。
『冬華まで、何を言っているそんなわけないだろう……』
ガイアスに言われても特に気にする素振りを見せなかったアイズだが、冬華に言われようやく自分に目を向けた。
目の前に水で鏡を作り出し自分の姿を映し出した。
顔は中性的な面持ちからやや引き締まって男らしくなっていた。体つきもガッシリしている。胸板も厚く丸みが無くなりもはや男そのものだった。
『……』
アイズは自分の変貌ぶりに驚き言葉がでなかった。
確かにここに来たときは以前のように中性的な容姿をしていた。しかし冬華と戦っているうちに変化していったのだ。自分で気付くはずがなかった。
「あんた、戦ってるうちに少しずつ男になってたよ。話す口調も変わってるのに気付いてないの?」
アイズは冬華に言われ自分の口調を思い出す。確かに変わっている、自分の事をいつの間にかオレと言っていた。口調も少し乱暴になっている気がする。
『確かに……オレは男になっているようだ。だが、それがどうしたというのだ? やることは何も変わらないだろう?』
アイズは以外にも早くそのことに気付いてしまった。
冬華は時間稼ぎのつもりで話を振っていたのだが、あっさり切り替えられてしまった。もう少し動揺していればいいものを。冬華は心の中で舌打ちをする。
それでも冬華は時間稼ぎをする。
「そっちは変わんなくてもこっちは変わるのよ! 相手が男か女かは大きな違いでしょうが!」
食いついて来い! 回復の時間を稼がせろ~。冬華は心の中で祈っていた。
『なるほど、オレが男になった理由はそこにあるのか』
アイズは何かに納得した。食いついてきたわけではなさそうだが……
「どういうことよ?」
冬華は一応反応して見せる。
『フフッ、オレが男なら冬華がオレのものになるのに思い悩む事も無くなるだろう? さあ、オレのものになれ冬華! オレの下で絶望に歪む表情を見せてくれ』
アイズは歪んだ欲望を吐露した。
冬華は完全に引いていた。
「キモッ! キモイんですけど! あんたが男だろうが女だろうが私はあんたのものになんかならないわよ! キモイのよあんた! キモイ!」
冬華はキモイを連発する。
『オレのモノになったときの絶望に染まる冬華の顔……あぁ、ゾクゾクしてくるなぁ』
アイズは恍惚とした表情を見せる。
冬華は背筋がゾクッとした。
そして、これ以上話を引きのばすと精神的に病みそうだと思い時間稼ぎはここまでと諦めた。
「気持ち悪いって言ってるでしょうが!」
多少回復した冬華は水の剣を手にアイズへ向け駆け出す。
『冬華は力ずくが好みなのか? オレもそっちの方がゾクゾクして好きだぞ。冬華、絶望の表情を見せろぉぉっ!』
アイズは狂気に染まった表情を浮かべ冬華を迎え入れる。
ガイアスを相手取っているシルフィと総司は苦戦を強いられていた。
屈強なガイアスの岩の体にシルフィの魔法も総司の炎の剣も通らなかった。
「クソッ、もう少し出力を上げられれば斬り裂けると思うんだが」
総司は口惜しそうに呟く。
火力を上げれば熱で岩肌を溶かし斬り裂くことができると思っていた。しかし、浄化に力を使った後であるため出力を上げられずにいた。
『はぁぁぁぁぁぁ』
シルフィは手を頭上にあげ風の刃を凝縮していく。
『これでどうです!』
シルフィは凝縮した真空の刃を振り下ろした。
ガイアスは避けることなく、力を見定めるかのようにその身で受けた。
ザシュッ
真空の刃はガイアスの腕を斬り落とした。
「やった!」
総司が歓喜の声を漏らす。
『ふむ、これはなかなかだな。しかし!』
斬り落とされたガイアスの腕が粉々に砕けると、斬られた腕が再生した。
「なに!?」
『すぐに再生するのですか……』
シルフィは忌々し気にガイアスを見据える。
『ですが、斬り落とすことは可能なようです。再生できなくなるまで魔力を消費させれば勝機はあるでしょう』
そうは言ったが、ガイアスの魔力が尽きる前にこちらが先に尽きてしまうであろうことはわかっていた。
しかし今はそれ以外方法がない。削りつつ他の手を探っていくしかなかった。
『総司、私が溜めている間ガイアスの注意を引きつけておいてください』
シルフィはそう言うと、再び真空の刃を生成していく。
「わかった!」
了解すると総司は炎の剣を正眼に構え前に出る。
総司は剣道の見本のような足運びで距離を詰めていく。
『ふん!』
ガイアスは鼻を鳴らすと石の槍を連続で射出する。
総司は慌てることなく炎の剣で斬り落としていく。
ガンッガガガガガッ
総司は石の槍が途切れるのと同時に踏み込む。
「きえぇぇぇぇぇぇぇ!」
渾身の力で炎の剣で面打ちを放った。
ザクッ
炎の剣はガイアスの頭部に刺さったが振り抜くことはできなかった。
『その程度の火力でオレを斬れるとでも思っているのか?』
ガイアスは嘲笑う。
総司は剣を抜くと、剣の刺さった箇所へ手をかざす。
「爆裂の炎!」
ドゴォォォォォォン
近距離から魔法が放たれるとけたたましい音と共に爆炎が広がった。
総司の初の魔法は派手だった。
総司は爆炎に巻き込まれる前に飛び出した。
「どうだ! 少しくらい効いただろう」
爆炎は消え、土煙が晴れるとガイアスの姿が見えてくる。
頭部の半分くらいが吹き飛んでいたが、それ以外は特に効いた様子はなかった。
「チッ、化け物だな」
総司が悪態をつくと、ガイアスの頭部は再生をはじめる。
『させません!』
シルフィは再生をさせないよう続けざまに真空の刃を振り下ろした。
真空に刃は当たればガイアスを縦に真っ二つに斬り裂くど真ん中のコースを飛んでいく。
ザシュッ
ガイアスの腕が斬り落とされた。
ガイアスは直撃の寸前、横にずれ直撃を避けていたのだ。
『無駄なことを……』
ガイアスは二人を憐れむように呟く。
シルフィはガイアスを観察する。
腕や頭部を狙われても躱さずに受け再生させた。無駄な攻撃だと思わせて戦意を喪失させるのが目的かもしれない。しかし、真っ二つになるような攻撃は避けた……
シルフィはハッと閃いた。
『(総司、あの岩の体は外装なのかもしれません。岩の外装で身を包みガードしているのかもしれません)』
「(じゃあ、本体はあの外装の胴体の中ってことか?)」
『(おそらく)』
シルフィたちは小声で話すとすぐに動き出す。
シルフィはもう一度真空の刃を生成し、総司は攻撃を開始する。
「おぉぉぉぉぉっ!」
総司はさっきとはうって変わり一気に距離を詰めると、連続で打ち込んでいく。
面、小手、胴と打ち込む。腕が痺れるだけで手ごたえはない。
『無駄だと言っている』
ガイアスは動く素振りを見せず口らしき箇所を開くと、そこから石の槍が射出される。
「!?」
総司は体を捻りギリギリで躱す。
『伏せて!』
シルフィの声に反応し総司は体を伏せた。
『くらいなさい!』
シルフィは真空の刃を横薙ぎに振り抜いた。
真空の刃は真っ直ぐに飛んで行き、総司の頭上を通過するとガイアスの胴を真っ二つに斬り裂こうとする。
その瞬間、ガイアスの胴の密度が濃くなった。
真空の刃は胴に直撃すると弾けて霧散した。
ガイアスは直撃の瞬間、胴の岩を凝縮させ相殺したのだ。その為胴の岩が少し削れて凹んでいた。
『バカめ、その程度防げないはずがないだろう?』
ガイアスは見下すように嗤う。
その隙を総司は狙っていた。
総司は渾身の力を込めた一撃を放つ。
「突きぃぃぃぃぃぃっ!」
総司の突きは首ではなく先ほど削れて凹んでいる胴へと放たれた。
ザクッ
しかし、刺さりはしたが硬くて貫くことはできなかった。
『その程度の突き効かぬと……』
ガイアスが言い切る前に総司は魔法を放った。
「爆裂の炎!!」
ガイアスの胴ではなく、剣の柄へと放たれた。
爆裂の炎の爆風によって押し出された剣はガイアスの胴へと突き刺さった。
『グワァァァァッ!?』
ガイアスは剣の直撃を受け、尚且つ爆炎を注入され苦悶の叫びを上げる。
「ブハッ!?」
総司も剣を押し込むため間近で自らの魔法は受けてしまった。
爆風に吹き飛ばされ総司が爆炎の中から飛び出してきた。
「グッ!?」
総司は地面を転がり体を焼く炎を消す。
「総司さん!?」
カレンが総司へと駆け寄る。
「大丈夫ですか!? すぐに回復を!」
カレンは総司に手をかざし回復魔法を掛ける。
「う、ああ、ありがとう」
総司は上体を起こすと礼を言う。
『総司、まったく無茶をしますね。誰の影響ですか?』
シルフィには思い当たる人物が二人ほどいた。
「あはは~」
総司は乾いた笑いを漏らす。
『ですがこれでヤツも……』
シルフィは爆炎に包まれたガイアスの方へ視線を向ける。
爆炎と土煙の晴れると、ガイアスの姿が現れる。胴は砕かれ中には怪しく光る双眸が見える。
『よくも人間風情がこのオレに傷をつけたなぁぁ!』
ガイアスは怨嗟の籠った声を吐く。
『許さん、許さんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁっ!』
ガイアスが雄叫びを上げると、外装が一瞬縮む。そして反発するかのように全方位に弾け飛んだ。
その一撃はシルフィ、総司だけでなく家や塀、すべてを標的としていた。
「まずい!?」
総司は咄嗟にカレンを押し倒し覆いかぶさる。
「きゃっ!?」
カレンは小さく悲鳴を上げ、小さくなる。
「グフッ!?」
『冬華!?』
別の方角から冬華の悲鳴が聞こえてきた。
ガイアスの外装は冬華の方にも当然飛んでいた。冬華は無防備の状態で直撃を受けたようだ。
シルフィは冬華の下へと向かった。
『冬華! 冬華! しっかりして、冬華!』
シルフィは必死に声を掛ける。
「いっ、つつつっ、だ、大丈夫、平気だよ。ちょっとだけ痛いけど……」
冬華は何とか笑顔をつくった。
それを見てアイズが怒声を上げる。
『ガイアス! テメェ、オレの冬華に手ぇ出しやがったな! 消すぞ!』
『ふん、そんなに大事ならお前が守ればよかっただろう』
ガイアスは興味なさげに吐き捨てる。
その姿は外装のゴツゴツしたイメージと違い、小さな子供の様だった。焦げ茶色の髪に土色の肌、大人びた顔と声は青年のものでなんともアンバランスだった。
シルフィは冬華を回復させるためカレンの下へと連れて行く。
カレンは総司の回復を行っていた。
総司は額から血を流していた。意識ははっきりしているようだ。カレンを庇った際に負傷したのだろう。
カレンは悲痛な表情で回復をしている。自分を守るために負傷したのだから無理もない。
仕方がないからランディに回復を頼んだ。ランディは咄嗟に家の影に隠れた様で比較的軽傷だった。
ランディは冬華の回復をはじめる。
『(これはまずいですね……)』
シルフィは現状を見て呟いた。
まともに動けるのがシルフィしかいないのだ。回復ができたとしても冬華と総司は魔力が尽きかけている。まともに戦えるかはわからない。カレンは戦えない。ランディは何とか戦えるが奴等にはダメージを与えられるとは思えない。アイズたちは口論をしているだけで仲間割れは期待できない。
まったくもって手詰まりだった。
こういう時、出番をわきまえたヒーローが颯爽と現れて助けてくれるのが定石なのだが、まわりにはそんな気配は感じられない。光輝もローズブルグで修行しているはずでここに来るはずもない。
アイズたちも口論が終わったのかこちらへ視線を向けている。
『これは、万事休す、ですかね……』
シルフィがそう呟くと、
「な、何言ってんの、こ、ここから奇跡の大逆転するんじゃん。私たちで……」
怪我で苦しいだろうに冬華はシルフィを元気づけるように茶目っ気をこめて言った。
『フフッ、そうだね。冬華がそう言うなら起こしちゃおうか、奇跡を……』
なんの確証もない。ただの強がりだったが、シルフィはそれに乗っかった。
冬華を守るためなら奇跡だって起こしてみせる。シルフィはそう決意した。
『じゃあ、回復するまで時間を稼ぎま……え?』
シルフィは何かに反応すると、自我を失ったかのように動かなくなる。
「どうしたの? シルフィ?」
シルフィの変化に気付き冬華が呼びかけるが、聞こえていないのかシルフィは反応しない。
不審に思ったのは冬華たちだけではない。アイズたちもシルフィの様子の変化に気付き様子を窺っている。シルフィが精霊なだけに慎重になっているようだ。
冬華はランディを押し退け起き上がるとシルフィへと手を伸ばす。
「シルフィ!」
冬華の手はシルフィには届かず、シルフィは上空へと上がっていく。
「シルフィ!」
冬華が声を上げるが、声は届かない。
シルフィは上空で止まると両手を広げる。
冬華たちはシルフィをただ見つめていた。
シルフィの体が白く輝くと、両手の先から光が広がり円を描いて行く。
円の四方にそれぞれ違う色の光が輝く。
一つにシルフィの白い光、そして残りの三つに青、赤、黄の光が輝き円柱状の光の柱を作る。
その不思議な光景を光の届く場所にいるすべての者が見ていた。
四つの光が点滅をはじめると四方を起点に図形が描かれていく。
魔法陣が描かれると、点滅は止みより強く輝く。
輝きが増していくと魔法陣に文字のようなものが浮き上がってくる。
その文字に、魔法陣に冬華は見覚えがあった。はじめてこの世界に来たとき床に描かれていたものに似ていた。
「まさか……」
冬華が呟くと、続きを言うようにランディが呟いた。
「召喚の儀」
そして、四方の光が一際輝くと、
ドゴォォォォォン、ドゴォォォォォン、ドゴォォォォォン
という轟音と共に地響きが起こる。
「な、なんだ?」
「じ、地震?」
総司とカレンが戸惑うように呟く。
冬華たちが光の柱を見つめているとアイズたちが飛び出していた。
冬華たちの下へではなく光の柱、シルフィのいるところへ。
「シルフィ!」
冬華は立ち上がろうとするが回復しきれていないため立ち上がれなかった。
アイズたちがシルフィへ攻撃を仕掛けようとしたその時、
ドゴォォォォォン
再び轟音が鳴り響き光の柱が破壊された。
そしてアイズたちは何かの力に弾かれたように地面へ墜落した。
柱の光が弱まってくると、シルフィが力尽きたように落下しはじめる。
「シルフィ!?」
冬華はシルフィの下へ行こうと地面を這うように進む。
そこへ光の柱から人影が飛び出した。
その人影はシルフィを空中で抱きとめると、地面へと降り立った。
「ハァ、やっと戻ってこれた」
その人影はアキだった。
いつもサブタイトルに悩まされる。今回はあれですけど。