黒髪の男女
4.昼食 を終え。
5.剣の稽古 改め
5.引き続き魔力制御の修行
「どうじゃ?」
ばあちゃんが注意深く俺を観察しながら訊ねる。
「うん」
「よし、やってみよ」
俺は目を閉じジャンプし始める。
トーン、トーン、トーン
体内の魔力を感じながらタイミングを計る。
トーン、トーン
魔力を脚そしてつま先に集中させる。
「フッ!」
ドーーーーーーーン
踏み切る威力で地面が抉れる。
俺は小屋を超え、木を超えはるか高く跳び上がった。目を開けると見渡すかぎりに森が広がっている。やはりビルなどはそこにはなかった……
本当に異世界なんだなぁと思っ!?
「高-----------っ!?」
「ちゃっ、着地!? どーすんだーーーー!?」
頂点に達し。一瞬の浮遊感。そして俺は落下した……
「うわーーーーーーーーー」
「ふん」
ばあちゃんが俺に向かって手をかざすと、上昇気流のように風が巻き起こり俺を捉える。
ビュウーーー……ドスッ
落下速度が抑えられ地面との激突の衝撃がずいぶんやわらいだ。
「ビビったーーーー」
ばあちゃんは俺に歩み寄るとため息交じりに言う。
「着地のことも考えずにあの高さまで跳ぶとはアホじゃな」
「あんなにいくなんて思わねぇもん」
「ねぇもんじゃないわ! 着地できないんじゃ話にならん。先にそっちを覚えるんじゃな! 着地のイメージは……そうじゃな、屋根から飛び降りて練習せい。それまでは跳ぶのはなしじゃ!」
「へ~~い」
俺はばあちゃんに言われた通り屋根にハシゴを掛けると上って行った。飛び降りては上り、飛び降りては上り、繰り返し着地のイメージを作っていく。
「ふむ、わしは中に戻っておるでしっかりやるのじゃぞ」
ばあちゃんは俺の様子をひとしきり見ると小屋の中に入っていった。
「へ~い」
俺は屋根の上から地面を見下ろす。
あの抉れ……魔力制御って攻撃にも有効じゃね? 剣に魔力制御を織り込むと、ん~剣の強度次第か? 威力を上げても剣が折れたら意味ないし……剣って叩き切るイメージだもんな。
あ!? 刀は? 刀って引きながら切るイメージじゃなかったかな? それならスピードを上げるだけだし、折れる心配もない。……でも刀ないじゃん、意味ねぇ~~
とりあえず、打撃では有効だよな。いやいや、そもそも俺殴り合いなんてしたことないじゃん。
どのみち使えねぇ~俺ダメダメじゃん。このままじゃ絶対早死にするよ!もうこうなったら逃げ足だけ集中して鍛えるしかないな!
と俺は自虐的、悲観的結論でまとめたところでイメージもつかめた。
「うん、これならいけるかな? よし慣れるために段階を踏んで高く跳んで行こう」
最初からそうするべきだったんだけれど……
アキのヤツめもう跳びはじめておるわ。低めからいくあたり先ほどので懲りておるようじゃな。
それにしても、あの跳躍……はじめてであれとは、意外と資質があるやもしれんのう。アホなのがたまにきずじゃが……
マーサはなにか懐かしむようにアキを見つめていた……
「……資質か」
サラが廃墟の調査を終え、リオル村の宿に戻ったのは日が傾きかけた夕日の綺麗なときだった。
サラは窓から夕日を眺めながら考える。
あの部屋の窓枠から外に血痕が続いていた。手形と足の跡……足の大きさから男性かと思われるけれど断定もできない。足跡の向きから北に向かったのは間違いなさそうなんだけれど……
「目撃した人がいたらよかったんだけど……」
サラは窓枠に頬杖を付き溜息をもらす。
あいにくとあそこには生きた人はいなかった。
あそこで起こったであろう現象も、炎で斬ったとか、何かの力で押し広げたって感じで魔力は感じられなかった。
サラは突っ伏して呟く。
「困ったなぁ、おばあちゃんになんて言おう」
ありのままを言うしかないんだけれど……
それはさておき
「お腹減ったなぁ……ちょっと早いけど食堂いこ」
サラは思考を中止して食堂へ向かうことにした。
ザワザワ、ガヤガヤ……
階段を下りていくと何やら騒がしい。
宿屋の外に人だかりができていて、人垣の中に見知った人がいた。
サラはその人物に話しかける。
「女将さん、何かあったんですか?」
「あ、サラちゃん。野盗が来たんだよ」
「野盗? 村を襲撃に来たんですか!?」
「違う違う、なんでも助けてくれって、牢でもなんでもいいからかくまってくれってんだよ。手前勝手な話だよ、散々ひどいことしてきたのにかくまえなんてさ」
女将さんが腹を立ててる姿なんて珍しい。余程許せないようだ。周囲の人たちも怒りをぶつけている。
「たしかに勝手な話ですね」
サラは同意し野盗に視線を向ける。見ると野盗は血を流してボロボロになっていた。
こういうときの集団心理は怖いものだ。弱者を虐げてきたものが一人、弱者の集団に放り込まれればこうもなる。これは自業自得ではあるけれど、見ていて気持ちのいいものではない。
サラはそう思い顔を顰め女将さんに訊ねた。
「この人どこから逃げて来たんですか?」
「どこって、東の廃墟からさ。出入りしてるのを見たって商人が言ってるし、こいつ自身も言ってるしな」
と、人垣の内の一人が言った。
「え、あそこには誰もいなかったはず……!?ちょっと、すみません」
サラは手掛かりがつかめるかもと逸る気持ちを押さえ人垣をかき分ける。中に入っていき、ボロボロの男を見据えて質問する。
「あなた、東の廃墟から来たって本当ですか?」
男は見上げて怯えながら答える。
「あ、ああ、だから早く牢に入れてくれ! あいつがくる!」
「あいつ?」
野盗を皆殺しにした人物だろうか。なんにせよ、サラは詳しく知っていそうなこの男に洗いざらい話してもらうことを決め問い詰める。
「なにがあったんですか? 今日あの廃墟に行きましたが……その皆殺しにされていました。あなたがやったのですか?」
「皆殺しって……」
それを聞いたまわり村人がザワつく
「違う! おれじゃない、おれじゃない、あいつだ……」
当時の光景を思い出したのか男はガタガタと震えながら言った。
「あいつ?」
「黒髪の化け物だ……」
(黒髪!? アキさんと同じ。ということは!?)
サラは推測が正しいか確認するため男に話を促す。
「何があったのかはなしてください」
・
・
・
話を聞き終えたサラは男の処遇を村長さんに任せて、当初の予定通り食事をとっていた。
男の話はというと……
男は思い出すたびに恐怖がよみがえるのか、たどたどしかったが要約するとこんな感じだった。
獲物を探して森を進んでいたとき、森の奥から叫び声がした。
その日は獲物がいなくあきらめようとしていたときだったから、その声に飛びついたらしい。
声のした方へ向かうと黒髪の男女二人が魔物に襲われていた。そこを助けそのまま二人を言いくるめて廃墟に連れていった。
そこで……女性に乱暴しようとした。
村人たちは怒りに打ち震えて、罵声を浴びせていた。サラも同じで頭の中は怒りで占めていた。しかし話が進まなくなると思い、殴り飛ばしたい気持ちを下唇を噛みしめ抑えた。
女性の悲鳴が響く中、男性が野盗の一人を切り裂いていた。
怒りの表情の男性の瞳は闇よりも暗く染まっていて、炎を纏って野盗たちを殺しつくしていった。
その様は、魔族のようで化け物じみていた。
隙を見て逃げたから、ほかの連中や頭、そして女性がどうなったかわからないらしい。
(野盗は全滅だけれど)
森の中を彷徨い逃げてようやくここにたどり着いたらしい。
(とんだクズ野郎ね。まったく救いようがない! いっそ殺された方がよかったんです!ホントに気分が悪くなる)
聞き終えたときサラはこんなことを思っていた。
サラが食事を終えると女将さんが話掛けるタイミングを見計らったように近づいてきた。
「サラちゃん、さっきの男の話信じるのかい? 汚いことばかりしてるヤツだよ? また騙そうとしてるのかも」
「全部を信じるわけではありませんけれど、廃墟の状況と合わせても大筋は本当でしょう」
「そもそも、あんたなんでそんなあぶないところに行ったのさ? 行っちゃダメって言っただろ? もしものことがあったらどうするのさ?」
女将さんは本当に心配してくれているようだ。サラは申し訳なく思い頭を下げる。
「すみません、心配していただいたのに」
「あたしのことはいいんだけどさぁ……」
「……あの男の言った黒髪の男女、わたしの知り合いの友人かもしれないんです。あの人のために何とか手掛かりだけでも掴みたくて……」
サラはなぜか話さなくていいことを話してしまった。どうにも女将さん相手だと口が滑ってしまうようだ。
「そうなのかい。でもね、だからってあんたが危険な目に合うのは違うんじゃないのかい? その人だってそんなこと望まないんじゃないかい?」
「ええ、アキさん優しいですから……」
サラがアキのことを思っていると、ニヤニヤしながら女将さんが言った。
「その人あんたの男かい? いいねぇ惚れた男のためってかい?」
「ち、違います!? そんなんじゃ……」
「本当に違うのかい?」
「いえ、その……」
サラは答えに窮してしまい黙り込む。
「事情があるみたいだけど、いつかその人と一緒になりたいって思える日が来るかもしれない。それまではしっかり自分を守らなくちゃね!」
「一緒に……?」
「じゃ、がんばんなよ!」
女将さんは見透かしたような優しい笑顔をみせてカウンターに戻っていった。
サラは部屋に戻って思いに耽る。
アキさんと一緒になる?
そんなんじゃ……ない。巻き込んでしまったうしろめたさがあるから……
それなのにアキさんは怒りもしないで、優しく笑ってくれる……
その優しさに甘えてはいけない。
アキさんはいつか元の世界に還るのよ。
一緒になんて……なれないよ。
サラは枕に顔を埋めて呟く。
「アキさんはどう思ってるんだろう……」