問いの二 覆うは白、隠すは本質 5
ひどく真剣な眼差し。 先ほどまで駄々をこねる子供のようだったのが嘘のように。 神城は、真っ直ぐ僕の方を見ている。
「金本、そう言ったよね」
「…ああ。 彼はそう名乗ったからね」
「彼。 ……てことは男だね?」
「ああ。年上だと思うけれど、態度と声を聞くとなんだか僕より若く感じた」
「そんなの聞いてない」
なんとも言えない圧力がそこにはあった。 食べる手を止めて、神城は独り言を呟いている。 何かを、整理しているのだろう。 その何かがなんなのか、僕はあまり考えたくはなかった。
あんな、人の良さそうな人が。 訳の分からない宗教みたいなものに関わっている? そうだとしたら、この世に信用できるものは存在しないのではないだろうか。 妻を思い、子供を思う、至って普通の父親。 一度会っただけでも、そう判断するには十分だ。
「………どこで会ったの?」
「近くのスーパーで。………何を、する気なんだい?」
「会って、話を聞く。 あのふざけた格好について」
「彼は違う、そんなことに関係していない」
今日初めて会った、名前も知ったばかりの人だ。 ただ、それでもなぜか…… 疑う、と言うことがひどく嫌だった。
「なーんで庇うのさ。 ただ会うだけだって言ってるだろう? たまたま同じ名字なだけ、無関係かもしれないだろう?」
「だったら別に、会わなくてもーー」
「でも。 そうじゃないかもしれない」
また、真剣な眼差しで僕を見る。 そこにはどこか確信のようなものを感じる。 僕が会った金本さんが『何か』を知っていると。
……僕に何か出来ることは。 そう考えてすぐに浮かばないのだから、きっと無いのだ。 神城を止めることも、金本さんが関係ないと証明することも出来ない。
「……たられば、なんてやり出したらキリがないさ。 でもね、そんなことでもやらないと知ることが出来ないこともあるんだよ」
「……僕には。 普通の人に見えた」
「………その変わった眼でも?」
少し不思議そうに、神城はそう言った。 僕は言葉の代わりに首を横に振る。 何も感じなかった、違和感なんて何もーーー
…本当に? 不意に、自分に問いかけた。 僕は何か見えるわけじゃない。 違和感を感じるだけ。 彼にそれが無かった、そう言えるのはなぜだ? ……… 無かったと、断言出来なくなってくる。 そもそも、彼との出会いに違和感を感じてくる。 偶然? たまたま? その言葉で片付けられる。 でも、その言葉を用いてはいけないとしたら………
なぜ、僕は彼を見つけてしまったのだろうか……
「……何か。あったんだね?」
「………。 ほんの少しの可能性だよ。 本当に、至って普通の人だった」
俯いたままそう答える。 小さなため息が聞こえ、神城さんの声が続けて聞こえてくる。
「写真屋さん。 普通、なんてのは一番怖いんだ。 私に言わせりゃ、普通の人ってのは理性が壊れてる。 ただあるがまま、本能のまま行動する。 ……人を殺したことがある、それはなぜ? 答えは簡単、殺したかったから。 そんな人が少ないのはね、殺してやりたいって本能を必死に抑えれる、本能に抗える異常さを持ってるからさ」
「……人がみんな、異常だと言うのかい」
「ああ、そうさ。本能のままに生きれない不器用な生き物。でもね、だからこそ見ていて飽きないんだよ。 こうしたい、ああしたい。 理想を掲げ、現実を生きる。 思い描いた道を歩けなくても、人は前へと進む。 その生き方がわたしは好きなのさ」
そう言って、楽しそうに笑う。 それを見て、少しだけ神城の言葉を理解できた気がする。 確かに…… 僕には、目の前の彼女を普通とは呼べそうにない。
「……んーで? 写真屋さん、わたしを止める?」
止められるなら。 ただそれは無理なんだと嫌でも分かる。
「……何もなければ。 それで神城さんの興味は失せるよね?」
「もちろん! 関係ない人に話しても時間の無駄!」
清々しくそう断言する。 疑うだけ疑い、違えば用済み。 潔い性格、なのだろう。
「……神城さんの行動を止める権利はないよ。 ただ……」
「ただ?」
「……もし、帰ってくるなら。連絡をしてほしい。一応、心配はするからさ」
「………にひひ! 写真屋さん、優男だねぇ〜」
からかうように神城は笑う。 心配して損をしそうだ、そう思ったのは初めてだった。
「神問うて、人解かん。 ……さーて、ついにミイラ掘りも終盤かねぇ!」
楽しそうに笑う神城を、僕は頬杖ついて眺めていた。
「あ、写真屋さん」
「なんだい」
「一個だけ! お願いがあるんだけども!」