問いの二 覆うは白、隠すは本質 4
「ですから。 当社の医薬品をお使いいただければ無駄な脂肪も綺麗さっぱり無くなるって話なんですよぉ」
「………はぁ」
知りもしない商品を嘘偽りのみで話してみても、まぁそんな反応しか出来ないよねぇ。 まったく…… 後ろで小動物みたいに怯えてるだらしのない男は役に立たないし…… もういいかい? 本題いっちゃっても。 正直後ろの男の実績なんて知ったことではないんだよ。
いいかげん疲れた、そう思っていると。 女は小さく、聞き取りづらい声を出す。
「……そういうものは、必要ありませんので」
「そ、そうですよねぇ! し、失礼しました! それではこれで!」
さっきまでの怯えがどこへやら。 満面の笑顔でそう言って、わたしのことなど気にせず男はその場から立ち去っていった。 …やっぱりあいつこういう仕事むいてないな。 去って行く背中を眺めて思った。
キィ………
「…! っとぉ!」
扉の閉まる気配がして、急いで手で抑える。まったく、意外としっかりした女だ。 表情が見えないから読みにくいんだよ、感情が。
「………あの。まだ、何か?」
どんな顔してるんだい? その真っ白な布の下で。 笑ってる? 安心してる? 怒ってる? 面倒、なんて思ってるかい?
まだ、って言葉は使い方を間違っているよ。分かりはしないだろうけど。 何も始まってないじゃないか、むしろこういう場合はーー
「ようやく、お話出来るね。 ミイラさん?」
「…………」
何も答えない。 まぁ確かに、静かだと不気味だねぇ。 顔にあたる部分は布に覆われ、言葉を発しなければ。 これが人間と言われても、人形以下の存在に思えちゃうよ。
「なんでそんな風にしてるの?」
知りたいことはただそれだけだ。 恐らく、それが原点。 変な宗教みたいにミイラの格好が流行り出したことの。
「……誰にでも。 見られたくないものはあるでしょう?」
さっきまでの無機質な声とは違う。 少し感情がこもってる。 悲しいような、怒ってるような。 う〜ん、やっぱり表情が見えないと判断しにくいねぇ。
「……顔、傷でもあるのかい?」
「………教える理由が。ありません」
「………ま、そりゃそうか。見られたくないものがあるって言ったばかりだし。 じゃ、も一つ質問」
「……なんですか?」
「へぇ…… 拒否しないんだ? 無理やりわたしを突き飛ばして扉閉めるくらいなら、出来るでしょ?」
「……あなたは。 きっと、聞けるまで諦めない、でしょうから」
……ムカつく解答だねぇ。 それが間違ってもないってのが余計腹が立つわ。 なんともフェアじゃない、こっちは血眼で感情を探してんのに、あっちは見放題なんだからさ。 苛立ちを隠さずにわたしは舌打ちをした。
「まぁいいや。 …でさ、我らはミイラ。 それってなんの意味なの?」
せめて一個でも収穫が無いとね。 多分次は無いだろう、こんだけ強引に入って来たやつをもう一度迎え入れようとは思わないだろうし。
「………あの言葉は。 私では、ありません」
「…………」
……嘘ではない、言葉でしか読み取れないけどそう思えた。 その言葉を知っていて、誰が始めたかも知っている上での言葉だ。 じゃあそいつは誰? 目の前の女が最初じゃない? この女もミイラ取りだってーのかい? じゃ、ミイラはまた別にいる?
「お母さん」
解決しない疑問を考えてる脳みそに、幼い子供の声がした。 少し見えた家の中、そこには小さな子供がいた。
「……守。 ごめんね、もう少し待って」
「うん。分かった」
そう言って、その子供はその場に立っている。 わたしの方を、怪しむように見てくる。 ……やばい、ダメだ。
「…えーっと。 な。長居しちゃったね! ごめんね、えーっと、その…… さ、さらば!」
わたしは聞きたいことをたくさん残したままその場から走り去った。
(こ、子供は苦手なんだよぉ!)
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「……ただいまぁ」
玄関の扉を開くと、なにやら良い匂いがした。 誘われるようにお腹が鳴る。 そう言えばなんにも食べてなかったなぁ…… お腹を押さえながら廊下を歩く。
「ああ。 戻ったんだね。 おかえり」
「…………お腹すいた」
「…ふふ。 まさか、予想通りの発言をするとは」
どこか嬉しそうに笑う写真屋さん。 が、なんだか凄くイライラした。 わたしはイライラをぶつけるようにそのままソファーにダイブする。
「お疲れみたいだね」
「……足痛い。 喉乾いたお腹すいた酒が飲みたいお風呂入りたいさっさと寝たい」
あるがままの欲望を、溜まった不満と一緒に吐き出す。 返事がないままソファーで横になっていると、頬にヒンヤリと冷たい何かが当たった。
「はい。 …ミイラの格好について調べてたんだろう? 」
そう言って、缶ビールを手にしている。…なんか、悔しいねぇ。 あの女といい写真屋さんといい……. 分かってますよぉみたいな雰囲気出しやがってぇぇ!
わたしは身体を起こし、缶ビールを奪うように受け取りプルタブに指をかけた。
「もー! 写真屋さん、嫌いだぁぁ‼︎」
「……相当、上手くいかなかったみたいだね」
「そうだよ! 人生なんてね、思ったようにいかないから面白いのさ!」
「なら楽しそうにしないといけないんじゃないのかい?」
「ふん! 人間には喜怒哀楽があるんだよ! 今イライラしてるのは、わたしが真っ当な人間って証明なの!」
呆れたような顔して写真屋さんはキッチンへと戻って行った。
……現状。 ミイラの格好が始まったのはあの家が最初。 しかし、あの女が原点とは断定出来ない。 あの言葉の意味を知らないと言った。 つまり、他者の存在があると言うこと。子供がいると言うことはつまり、旦那がいると言うことだ。 答えを持っているのは旦那の方? …うーん、結局なんにも分かんない!
「……子供は包帯巻いてなかったんだよねぇ」
缶ビールを見つめ、一人呟いた。 嫌いだから、一瞬しか見なかったけど。 物凄い敵意を感じた。 母親を守ろうとしたのだろう。 ……何から? 実の親があの姿なのだ、知らないはずがない。 あの白に隠れた、母親の本質を。
「出来たよ」
考え事してた脳みそに。耳から写真屋さんの声と、鼻と目から食欲を刺激する鍋と香り。 当然、お腹の音と一緒に考えることをやめてしまう。
「……! てっきりインスタントラーメンかと!」
「料理が得意とは言えないけどね。 餃子鍋、ってのが今はあるらしくて。 少し頑張ってみたんだ」
「………。褒めればいいのかい? 君のために頑張って料理したんだ〜、アピールかい⁉︎」
「褒めなくていい。 ただ、餓死しないようにお腹は満たしてもらいたい」
ふん! 恩着せがましく聞こえるねぇ。 まぁ…… 食べるけど。 手元に置かれた箸を手にして、鍋に浮かぶ餃子をつかまえ口に入れた。
「………」
「………どうだい?」
「………。 感想は、いらないんでしょ。 それよりわたしはお腹が空いてるの」
「ふふっ。 どうぞ、食べれるだけ食べてよ」
くう。 なんか、屈辱。 なんだ、厄年って伝染するのか! あの男の厄がわたしの方に移ってきたのかい? ちくしょうあのチキンやろー!
「……金本さんに感謝しないとな」
ボソッと写真屋さんが呟いた。 その言葉に、わたしは食べる手を止め、餃子に向けていた箸を写真屋さんの顔に向けた。
「今、なんて言った?」
聞き間違いじゃ無ければ。 わたしは今日、全く同じ名字のミイラに会ったんだけれど。