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問いの二 覆うは白、隠すは本質 2






「へぇぇ。 意外と、と言ったら失礼だけれど。 案外綺麗な部屋なんだねぇ」

「……君はいつも突然だね」


家主の僕より早く部屋に上がり込み、キョロキョロと何かを探すように頭を動かす。


「あのねぇ。 この世に予想できることなんて米粒ほどの小ささしかないよ」


やれやれと言った表情で神城はそう言った。……今晩泊めて! などと急に言い出したため、僕は断った。 しかしそれも無駄だったということだ。 断られても僕の後を追えば宿は見つけられるのだ。 見つけられれば、後は相手の自由自在。 僕が諦めて家の中に招かなければ、扉を叩くなり迷惑行為を存分にやればいいのだ。


本当に、いい性格をしているよ。 僕は変わらず部屋を見渡す神城をよそに、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。







「どうぞ」

「えぇぇ、コーヒーよりお酒がいいなぁ」

「すまないね、僕は家では飲まないんだ」


僕の返答に頬を膨らませる。 …こんな風に駄々をこねているだけならば、年相応に可愛らしいと思えるのだが。


「そういえば。 神城さんはいくつなんだい?」

「普通、先に女の子に年齢聞くかねぇ…」

「……僕は今年で27歳」

「そ、聞いてないけどねそんなこと」


……本当にいい性格をしている。 人を苛立たせる、怒らせるなんて職業があれば適任ではないかと思うくらいに。



「あ。 でも一個だけ聞いていいかい?」

「なんだい?」


僕の質問に答えず、逆に質問を投げかけてきた。 そしてニヤリ、と笑って僕の顔を指差す。


「写真屋さんの話し方って、いつから?」

「……話し方? 何か変かい?」

「うん。 とっっっても変」


そう言って、真っ直ぐにこちらを見つめる。あまり得意ではない、まるで覗き込まれているようで。 僕が視線をそらすと、神城は言葉を続けた。



「人にとって言葉は矛と盾だよ。 思いを相手にぶつけ、時には我が身を守る。 しかしねぇ、写真屋さんの話し方…… いわゆる言葉には敵意がない。 ぜーんぶ自分を守るために使う。 敵を作らない言葉を選び、攻められても守れる言葉を常に用意してる。 ……保守的、と言うのかねぇ?」


指差す手を戻し、今度は顔を支える杖に変える。 その顔は、なんとも可笑しそうに口角を上げている。

僕はコーヒーを一口飲み、ゆっくりと言葉を選んだ。


「……いつからかは覚えてないけどね。 他人を傷つける言葉を避けるようになったんだよ。 友人には、臆病者なんて言われたこともあったね」

「ふ〜ん……」


上がっていた口角は戻り、なんとも興味なさそうな表情となる。 …求めていた『理由』ではなかったのだろう。 しかし僕も大道芸人ではないのだ。 人を喜ばせるために、道化師にはなれない。 本心を吐き出そうと考えたりはしない。



「……ま、気にはなるけれど。 今はネタに困ってないから探るのはやめとくよ」

「出来ればそのままそっとしておいてほしいけれど」

「やだ。 知らないまま終わりなんて死にきれなくなっちゃうね」


そんな事ないと思うけれど。 まぁ僕と違って生きがいなのだろう。 なんでもない『理由』が、彼女にとってはかけがえのないものに見えているのだろう。



「んーで? 写真屋さんの考えは?」

「なにがだい?」

「あぁもう! 一回一回説明しなきゃ思い出さないの? ミ、イ、ラ、の、こーと!」

「ああ、それか。 ……単に噂が広まって、面白がる人が真似をしてるだけ、だと思う」


確かに異常な事態なのかもしれないが。 流行りとは大抵そんなものではないだろうか。 突然火が付き、周りを巻き込み、飽きと言う一言で消え去る。 一時的なもの、気づいたら終わっているものだ。


「ならさ。 なんでそんな噂を広げたと思う?」

「……ユニークな発想の持ち主だから、かな」

「………木を隠すなら森」


神城はそう言って、静かになった。 木を隠すなら森…… 同じ姿のものの中へ紛れ込めば、見つけ出すことは極めて困難になる。 そんな意味、だった気がする。



「顔ってのはね、人の感情を代弁するんだよ」


神城はひどく真面目な顔になり、そう話し始めた。


「それを隠すと言うことは。 知られたくない事があると捉えられるんだよねぇ」

「……何かを隠すために、噂を広めたと?」

「そう。 そして、さっきあったミイラが言っていただろう? 我らはミイラ、って。 な〜んで複数なのさ、あの場にはあいつしかいなかったのに」


言われてみれば。 しかし、それほど気になることだろうか。


「…それを始めた人がそう言っていたなら、それを真似して……」



「そう、そこだよ」


僕の言葉を遮り、再び指を指してくる。



「ミイラのファッションとでも言おうか。 それを始めた人物がいて。 それを流行りだのブームだの世間は騒ぎ立てる。 でもわたしにはねぇ…… 始めた人物が何かを隠しやすくするために見えちゃうんだよ」


考えすぎだと思う。 それが一番素直な意見。 そうと言われなければ、思いつきもしない考え方。 でも目の前の彼女は真剣にそう言っている。 世間の捉え方を疑い、自分の考え方を信じている。 おかしいと思うのは、神城の考え方だ。 でも、それを不正解だと判断できはしない。 出来るのは、その『理由』を作った者だけだ。






「……真っ白。 感情の隠蔽、同一の存在。 何かを、隠すため………」


ブツブツと独り言を呟いている。 彼女の考えなど、よく分かるはずもない。



「……流行りなんて、過ぎ行くのを待てばいいんだよ」

「………。 つまんないねぇ、写真屋さんは」

「そうかい? 例えば、何年か前に人気者になった有名人が。 今、何してるかなんて分からないし知らなくてもいいことだろ?」


人は何もしなければ朽ちるだけ。 でも、何かを始めても、いつかは終わるのだ。 それを繰り返し、いつかくる本当の終わりを迎えるんじゃないかな。




「………。 写真屋さん、ナイスアドバイス。 わたし、ちょっと出かけてくるね!」


神城は突然立ち上がり、玄関の方へと走り出した。 僕はそれに対応出来ず、ただ外へと飛び出して行った彼女を目で追うだけだった。



「……本当に。 突然って言葉が似合う人だ」


ため息をつき、天井を見上げてそう思った。









♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎











「うふ、うひひ、そうかそうか!」


写真屋さんの何気ない言葉で、ある程度考えは安定した。



「流行りが終わっても、人間本当に消えたりしないもんねぇ……」




これは謎だ。ならその問い、ちゃんと解いてあげないとねぇ。














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