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4-37 廃工場の攻防3

 黄泉路が跳びかかるように立ち上がり、戦闘が再開してから数分。

 埃が舞い、鉄と埃、土の臭いが混じった薄暗い室内に轟音が響く。


 「――もっと」


 少年の呟きも、連続して不規則に響く硬い物がぶつかり合う音にかき消されて消える。

 打ち捨てられた廃工場の中は嵐でもあったかのように乱雑に荒れ果てていた。

 廃棄されたとはいえ、ここまでの惨状というのは工場を閉鎖した側も報われないとすら思える光景であった。

 中央では、現在をもってその工場を不法ではあれど占拠していた男が忙しなく周囲へと眼を向けている。

 というよりは、鳴り響く硬い――まるで、強く蹴りつけたような音のした場所へと、次々に視線を向け、全身でその音の発生源を捕らえようとしていた。


 「チィッ! ちョこまかと……俺に勝てねェッてんならさッさと捕まりやがれ!!!」


 手当たり次第に振り回された男の腕はむなしく空を切る。

 振りぬいた男の腕のすぐ下を掠めるように通り抜ける影が、再び静かに、凍える様な少年の声音で呟く。


 「もっと、速く」

 「な、んだァ!?」


 続け様に響く音が激しさを増す。

 それは人影が支柱を、壁を、機材を、そして床を蹴り、飛び回る音。


 「――て、めェ!!!」

 「もっと……強く」


 一撃を当てては離脱する影――黄泉路に、男は苛立ちを募らせた声を轟かせるが、その男の豪腕もむなしく空を切る。

 それとは逆に、すれ違い様に放たれた黄泉路の蹴りは吸い込まれるように男の膝裏へと突き刺さり、男の姿勢が僅かに傾ぐ。

 しかし、黄泉路は追撃を仕掛けることなく手早く離脱し、獣の如く着地し、再び跳ねる様な機動で柱を伝い、壁を蹴る。


 「ガアアアアア!!! うッぜェええんだよォ!!」


 がむしゃらに追いすがり、男の振り回した拳が壁にめり込んで鈍い音を立てると同時、その一瞬の硬直を突く様に黄泉路の踵落としが男の後頭部に炸裂する。


 「――ッ」


 男の反応を見るより早く、男の背を蹴って離脱した黄泉路は宙で姿勢を整えながら着地して再び走り出す。

 疲れを知らない肉体を最大限利用し、絶え間なく最高速度で移動しながらの一撃離脱。

 それが黄泉路が激情の中で考え抜き、自身よりも屈強な肉体を誇る相手と打ち合う為の戦略であった。

 強固な筋肉の鎧に身を包んだ怪力自慢、しかし、その能力は肉体の強度を上げることにあるようで、黄泉路のように肉体の全ての箍を外した様な身体能力を得られる訳ではない。

 よって、肉体強度では男が勝っていようと、速度面と、その最速を維持し続ける能力においては黄泉路に分があったのだ。


 「僕を――殺すんじゃなかったんですか?」

 「うるせェ!!! だッたらおとなしく捕まりやがれッてんだ!」


 黄泉路はあえて煽るように、相手の攻撃を誘うように一撃を加えて逃げ回る。

 追いすがる男の攻撃ははじめに比べれば黄泉路の眼が慣れたということもあるだろうが、見るからに直線的になっており、回避に専念するだけであるならば如何に戦闘の素人である黄泉路であっても肉体のスペックに物を言わせれば難しいという事はない。


 「()だよ。……バーカ」

 「ハッ、吹いてんじャねェぞクソガキが!!!」


 正常な思考を与えぬよう、黄泉路は慣れもしない煽り文句を交えながら駆け回る。

 その様子にとうとう業を煮やした男が吼えながら、手当たり次第に周囲の機材――通常であれば大の男が数人掛かりで持ち上げる程の重量の物である――を片腕の力だけに任せては、黄泉路を狙って投擲する。


 「当てる気、あるんです?」


 ベルトコンベアの一部が黄泉路の背を掠めた。

 標的を逃した機材が鉄骨の柱へと突き刺さり、ミシリと音を立てて柱が半ばから折れて瓦礫を撒き散らす。


 「うるせェ!! テメェこそ俺に勝つ気があるなら逃げ回ッてんじゃねェぞコラァ!」


 続けざまに放られた大型の電動切断機をすんでの所で回避し、黄泉路は息つく暇も無く、額に流れる冷や汗をそのままに、柱を伝って上部へと飛んだ。

 既に電源が通っていないとはいえ、むき出しの刃物がついた物体が飛来するのは、死なないとわかっている黄泉路であっても心地のいいものではない。

 吹き抜けの工場内の高い屋根が幸いし、ストッパーの外れた身体性能に任せて飛んだ黄泉路は天井にぶつかる事なく、梁の上へと着地し、一瞬だけ工場内へと視線を巡らせる。


 「降りて来い!!! クソネズミ野郎!!」


 ゆっくりと見下ろす余裕すら与える気はないようで、男が両手に抱えた廃材を連続で投擲する姿に、黄泉路はすぐさま回避に専念せざるをえず、梁の上を伝って天井スレスレを走る。

 現状の1対1でお互いを注視した状況では、下に降りる間に投擲されてしまえば逃げることも叶わない。

 一つ二つ、投擲を繰り返せばいくら頭に血が上っていた所で、黄泉路を捕まえる、倒すという1点のみに集中していた男はすぐさまその事実に気づく。


 「降りられねェよなァ! 袋のネズミッてヤツだ!!!」


 男はニヤリと笑みを浮かべ、集中的に梁を、黄泉路の逃げ場を奪う事に専念し始める。

 黄泉路が視線をめぐらせ、次に渡るべき足場を選定しながら飛ぶ。


 「――あと、少し(・・・・)


 暴力的な音の狭間に黄泉路の声が零れた。

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