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4-34 廃工場の攻防2

 締め付けているはずの男の腕がギシギシと音を立てる。


 「ハッハァ! こんなモンかよォオイ!」

 「――ぐっ、う」


 徐々に黄泉路の拘束がはがれて行く事実に、どのような形であろうとも、この男と真正面からの力比べは無謀であるという現実を理解する。

 たしかに黄泉路の肉体は通常の人体では不可能な、自身の負荷によって肉体が損壊する様な力を発揮することも、その状態を維持し続けることも可能である。

 最大の出力を恒常的に発揮し続ける事。

 これは同じ人間という種を相手取る場合、多くの状況で有利に働く黄泉路の最大の強みであった。

 しかし逆を言えば、それが通じない状況に陥った場合、黄泉路はまともに対抗する手段を持たないとも言えるのだった。

 通じない状況というのはつまり、現在のように、黄泉路の最大出力を瞬間的にでも上回ってしまう相手と対峙した時だ。


 「おらァ!」


 男は裂帛と共に、黄泉路が組み付いたままの腕を力任せに支柱に叩き付ける。

 衝撃は男の筋肉に覆われた腕と鉄で出来た柱の間に挟みこまれた黄泉路の胴体に留まり、骨を歪ませて肉をひき潰す。

 それでも緩まない黄泉路の拘束に、男は続けて幾度も支柱に腕を叩き付ける。


 「さッさと離しやがれッてんだッ!!!!」

 「――ッ!! ぐ、ァ……!?」


 黄泉路の身体と支柱が混ざり合い、支柱が耐え切れずに音を立てて折れる。

 それと同時に、衝撃から黄泉路の体から一瞬力が抜け、男はその隙に腕を振るって黄泉路を投げ飛ばす事で引き剥がす。

 黄泉路の体が先ほど折れた柱とは別の、対角線上にあった柱に叩き付けられてくの字に折れ、鉄の柱に衝撃が伝播し、屋根がビリビリと震えた。

 重力に引かれて床へと崩れ落ちた所で、漸く黄泉路の身体が止まる。

 戦闘中にあえて隙を作るような行為、しかし、男が未だに黄泉路の事を侮っている現状、男が追撃をかけてくる可能性は薄いと黄泉路は睨んでいた。

 だからこそ、黄泉路は倒れた振りをして時間を稼ぎ、男を打倒する為の策を考える為の時間を捻出しようと考えていた。


 「オイ、まだ生きてんだろォ? 首へし折られて生きてたんだ。これくらいで死なれちャ面白くねェぞ!!!!」


 だらりと身体を投げ出したままの黄泉路へと、男は苛立たしげに声を荒げた。


 「……」


 叩き付けられた姿勢のまま動かずにいる黄泉路であったが、未だ死んでいないことは男の目には明白であった。

 僅かな間をおいて、男の口の端が歪に吊り上る。

 続けて開かれた口元からは、その凶暴さを隠しもしない嗜虐的な声音を湿った廃工場の空気に響いた。


 「さァて、逃げたガキを追いかけるとするかァ。……テメェがそこで伸びてるんじャあ仕方ねェよなァ?」


 男の挑発である事は明白であった。


 「(――ッ)」


 しかし、黄泉路はそれに乗るしかない。

 ゆらりと、急速に身体を再生させながら、歪な姿勢のままで立ち上がる黄泉路はまるで幽鬼のようですらあった。

 俯いた顔を上げた瞬間。髪の間から覗くほの暗い瞳に見据えられて背筋に言い知れぬ怖気が奔る。

 男はすぐにそれを歓喜であると再確認する様に自らの背筋の震えを正すべく拳を開閉させる。

 一度そう考えてしまえば、それ以上の興奮が男の胸中を満たしてくる事実に男は笑みを深めた。


 「ハッ、いいねェ、良い、すげェよお前!!」

 「……」

 「この力を手に入れてから、壊せねェモンなんてなかッたのによォ!!!」


 酷く楽しげに笑う男に、黄泉路の額に青筋が浮かぶ。

 前髪から覘く眼光が鋭く、射抜くように細められた黄泉路の反応を楽しむように、男は哄笑する。

 その様が――先ほどから感じていた目の前の男との“噛み合わなさ”を浮き彫りにするようで、黄泉路は内心を掻き毟られるような歪な不快感に眉を顰めた。


 「――れ」

 「……あァ?」


 黄泉路の内側に、目の前の男の存在を受け入れてはいけないという脅迫概念染みたドス黒い心象が吹き荒れる。


 「黙れ黙れよ黙ってよ!!!! 何でお前みたいなのが生きてるんだよ!!!!!!!」


 激昂のままに叫んでから、残響する音に後悔が湧き上がり、黄泉路は眉を顰める。

 目の前の男にそれを言ったところで、相手には何の罪悪感もなく、ただ喜ばせるだけだ。

 この男に向けて言葉を吐いても通じはしない。

 これ以上朝軒夫妻を貶める事になるだけだという事実を、黄泉路は既に理解していたはずなのに、それでも我慢できなかった自分自身に、更に苛立ちが募る。


 ――巌夫さんも妙恵さんもお前に殺されたのに。


 その言葉だけを辛うじて飲み込めた事は黄泉路にとって幸いであっただろう。

 黄泉路の内心など知る由もなく、男は一瞬呆けた様な顔をした後、何のことはないという風に自身を示す。


 「そりャァ。俺が強ェからだろ?」


 まるで、違う言語で会話をしているような錯覚。

 この男と対峙してからというもの、しつこい汚れの様に会話にこびりついた苛立ちと不快感。

 住む世界が、存在が、そもそも違うのだと。まざまざと見せ付けるような男の態度に、黄泉路は思う。

 こんなもの(・・・・・)が人間であっていいはずがない。


 「お、前、は……」


 口から音が零れる度、倫理の留め金が音を立ててはじけ飛ぶのを自覚する。

 黄泉路は人を殺さない。殺されることを、何よりも知っている黄泉路は、人を殺すことを良しとしなかった。

 だが、世の中には、人の形をしていても――人として扱ってはいけない存在もいるのだと。


 「なんだァ? まだ楽しませてくれるのかよ。良いじャねェか、ますます気に入ッたぜ」

 「う、ああああああああぁぁあぁあぁあぁああぁあぁぁあぁあぁあぁあ!!!!!!!!」


 かつて無いほどの殺意を、殺気を滾らせて駆け出し、まるで敵意を受けることを楽しむかのような男に向かって吼える。

 それが、第二回戦の始まりを告げる合図であった。

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