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1-3 ロストデイズ3

 再び出雲が目を覚ました時、そこは既に1ヶ月の間で見慣れてしまった真っ白な室内であった。

 ご丁寧にも血でぬれていた病院患者などが着ている外套は着せ替えられており、出雲はベッドに横になったまま実験の事、我部の事を思い返していた。


「――僕の名前は道敷出雲だ。68号なんかじゃ……ない」


 胸のうちから、重い空気とともに吐き出された言葉。

 こうして口に出して言い聞かせていないと、いつか本当に自分はただの実験動物に成り下がってしまうのではないかという恐怖に身体を丸めた。

 恐怖からか、気を失うように眠りについた出雲であったが、その安寧の眠りすら施設が許す事はなかった。

 翌日も同じように呼び出され、個室に散布された病原菌に感染させられては、室内に置かれた注射器に入った試験薬を藁をもすがる気持ちで投与する。

 薬に効果がなければそのまま死に、蘇った後で宛がわれた部屋に押し込められる。

 腕に、首に、何度も何度も注射したにも拘らず、傷跡ひとつ残らない上、死して蘇る自身に、出雲は漸く、自分が能力者になった事実を受け入れた。

 小部屋に押し込められるたびに、出雲は薬品が早く完成して苦しみから解放されることだけを願って自身の身体に注射を打ち込み続けた。

 その効果らしきものが出たのは、それから1ヶ月後。

 出雲が監禁されてから2ヶ月後の出来事だった。




 ◆◇◆


 閉じられた白亜の空を眺め、すっかり慣れきってしまったその光景に息を吐いて出雲はベッドから起き上がる。

 日に2回の食事と1回のシャワーを目処に、監禁されてからすっかり組み変わってしまった体内時計を恨めしいと感じる一方、どんな環境にでも適応できてしまう自身の体に感謝していた。

 温もりの無い床に素足を下ろして立ち上がり、ぐっと背筋を伸ばす。

 少しでも外の世界を忘れないためにはじめた習慣とも言える確認作業を始める。


「僕の名前は道敷出雲、たぶん……16歳。閉じ込められてからだいたい74日くらい」


 一度言葉を忘れてしまったが故に、しっかりと、忘れないように繰り返す。


「僕は出雲だ。68号なんかじゃない」


 無音の室内に声が溶けて消える。

 再び、耳に響くような静けさの中でベッドへと腰を下ろして扉を見据えていると、出雲の目の前で扉が開く。


「時間だ。ついてこい」


 防護服に身を包んだ、この2ヶ月の間で見慣れきってしまった研究員たちに声をかけられ、出雲は立ち上がる。

 踏み出す足が震え、止まった。


「おい、何をしている68号。試験予定が詰まっているんだぞ」

「……ぇ、ぁ……ぅぁ……ッ」


 黒々と光を吸い込む銃器を向けられ、見慣れた事とは無関係に足が竦む。

 死なない事と痛い事は別であり、進んで死に臨むほど、出雲はまだ壊れきってはいなかった。

 未だ消えず、むしろ回数を経ることに強力になる生への執着が、出雲の理性を繋ぎ止めていた。

 固まったまま動けずにいた出雲の両脇を防護服の腕が掴み、無理やりに引きずられて部屋を連れ出される。

 前後左右を固められて廊下を歩きしばらくすれば震えも収まり、多少なりとも辺りを盗み見る程度の余裕が生まれ、出雲は首をかしげた。


「――?」


 普段ならば左折する通路を直進し、さらに、エレベーターによって降って行く感覚。

 投薬ではないとするならば、何の実験に使われるのだろう。

 久方ぶりに未知に対する恐怖を思い出した出雲であったが、足を止めることは許されない。



 出雲が連れて行かれた先は、投薬実験をされていた個室の倍以上もある巨大な空間だった。

 高い天井はやはり白く、照らされる照明の数が部屋の広さを示すようであった。

 床だけは固められたコンクリートが露出した灰色をしていて、出雲は施設に監禁されてから初めて、白以外の床に僅かながらの安堵を覚える。

 しかし、その安堵も長く続く事は無かった。


 ――ガチャリ。


 出雲の入ってきた扉とは逆側の扉から、檻が運び込まれる光景に、出雲は身を硬くした。

 それは防衛本能というよりは、本能からの警鐘に近かった。

 なぜなら……


「グル゛ルル゛ル゛ルゥ゛……ッ」


 檻の中から響く音色は、出雲が忘れたくとも忘れられないものだったのだから。

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