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4-25 朝軒16

 やがて、腕の中の廻が大人しくなり、室内に再び静寂が満ちる。

 黄泉路は暫く考えるように閉じていた瞳を開き、泣き腫らして目元を真っ赤に腫らせた廻の見上げてくる視線を自身の目を合わせて口を開く。


 「落ち着いた?」

 「……は、い」

 「簡単に死ぬなんていわないで」

 「でも――」


 廻の言葉をさえぎり、黄泉路は言葉を重ねる。


 「いっぱい話してくれたよね。大事なことから、些細なことまで」

 「……」

 「まだたくさん未練が残ってる人が、死ぬなんて言っちゃ駄目だよ」

 「――っ」


 死は、恐ろしい。

 全てが一瞬にして無になってしまう恐ろしさを、黄泉路は知っている。

 黄泉路自身、生きたくともその場に存在し続けることを許されなかったからこそ、自らを犠牲にして終わろうとするかのような廻の主張に異議を挟まざるを得なかったのだ。

 内に残る未練の存在を的確に指摘され、廻は息をつめたように、しかし、一度決した覚悟が揺らぐ事を恐れて、廻は首を振る。

 こうした覚悟は一度揺らいで崩れてしまえば取り戻すことは容易なことではない。

 幼いながらに、通常の時間以上を知っているが故に成熟を果たした内面を持つ廻はそれを理解していた。


 「じゃあ……僕にどうしろっていうんですかッ!!!!」


 再び涙が零れ落ちそうな程に目を見開いて詰め寄るように黄泉路の服を掴む廻に、黄泉路は真剣な眼差しで相対する。


 「能力を使うのをやめたら良い」

 「……えっ?」

 「――僕のほうでも、廻君を取り巻く状況について調べてみたんだ」


 思いもよらない提案、というより、具体的な案を提示されるとは思っていなかった廻が思わず呆けた様な声を出してしまうのを無視して、黄泉路は標に調べて貰った事で気づいた仮説を廻へと説明する。

 もしも、今まで起きていた不幸が能力による反動であったとしたら。

 “起こるべくして起きる不幸”を“能力によって回避していた”のではなく、“能力を使ったからこそ起きる不幸”を“能力によって回避し、更なる不幸を呼び込んでいた”のだとしたら。

 説明が進むにつれて、廻の表情は呆然としたものから悄然とした物へと変化してゆく。

 自身が気を張って守ろうと手に取った能力そのものが、自身や周囲を傷つけていた元凶なのかも知れない。

 その事実は、精神的に早熟であるとはいえ幼い廻が受け止めるには重過ぎる物であった。


 「……それじゃ、今までの僕の頑張りは……全部、空回りだったんだ……」

 「そんな事ないよ」

 「だって……全部、僕が能力を使ったからなんでしょ?」


 疲れ切ったような顔でどこか投げやりに不貞腐れる廻に、黄泉路は諭すように首を振る。


 「それでも、最初に廻君が助かったのは能力のおかげだし、その後の不幸だって、能力を使わなければ回避できなかったんじゃないかな。……それに、今現在、周りの人が無事でいられるのも、廻君のおかげだと思うよ」

 「ぼく、の……?」

 「そう。だから、廻君の今までは無駄なんかじゃない」


 しっかりと廻の目を見て黄泉路は断言する。

 黄泉路とて何が正しいのかなどわかりはしない。しかし、だからといってここで廻を不安にさせては意味がないのだ。

 自らをも納得させる様に、黄泉路は言葉を重ねる。


 「これからは、僕も一緒に手伝う」

 「手伝うって……どうやって……?」


 首をかしげる廻に、黄泉路は標から情報を得た後からずっと考え続けてきていた作戦を廻に提案する。


 「仮に廻君の能力が不幸を呼ぶなら、廻君が能力を使わずに、能力が引き寄せた不幸が終わるまで僕が廻君を守ればいい」

 「そ、んなこと……」


 出来るのだろうか。と、疑いと縋る様な気持ちの入り混じった瞳が揺れて、まっすぐに黄泉路を見据える。

 その視線を真正面から受けた黄泉路は自身の言葉の重さに逃げ出したくなるのを堪える様に小さく息を吸って吐き、一歩を踏み出すように表情を作る。


 「今度は廻君が助かる番なんだ」


 もう無理をする必要はない。そう伝えたくて、黄泉路はゆっくりと微笑んだ。

 宙に溶け、耳にするすると入り込んで心に染み込むような黄泉路の言葉に、廻の瞳からは知らずの内に大粒の雫があふれ出し、その事に気づいた廻は何度も何度も手でこすってとめようとするも、ボタボタと滴る雫がシーツを湿らせてゆく。


 「ぅ……ぁ……ぁあ……」

 「廻君は、周りの人を巻き込みたくなかったんだよね。でも、“僕は死なない”」

 「ぅ、ぅぅ……」

 「だから、僕に全部被せても良いんだよ」


 再び落ち着かせるように廻の頭を抱き、背中をとんとんとあやすように摩りながら語りかける黄泉路の胸に顔を押し付けて、廻は声を上げて泣きじゃくった。

 すべてを捨てきれず、それでも捨てなければならない恐れによる涙ではない。

 今まで背負ってきた重荷が解かれ、凍らせていようと思った心が氷解してゆく安堵からの涙は、透き通った雫となって黄泉路の胸元を濡らしていた。

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