4-24 朝軒15
それから、黄泉路と廻はお互いの話をした。
「――で、その時……」
「へぇ、そうなんだ」
以前住んでいた町の話や通っていた学校の話などの思い出話から、最近どんな事があり、どんな事を思ったのかといった些細な事まで。
多岐に渡る話題を、特に制限もつけず、思いつくままに語ってゆく。
これまで話していなかった分、互いを理解しようとお互いの話に耳を澄ませ、時折相槌を挿みながら、ベッドに腰掛けて交互に話をする姿は兄弟か、やや年の離れた親戚のようですらある。
黄泉路自身、廻にたくさん話をしてもらって廻の抱えるものを理解しようという意図はあったが、しかし、黄泉路に他人を誘導するほどの話術の才や経験があるはずもない。
なので最初は交互に喋る事によってお互いの緊張を省こうと考えていたのだが、次第に黄泉路が聞き手に徹することで廻の喋る頻度が高くなる。
それこそ当初は片方の話が終わればもう片方がといった形で話をしていたはずであるが、気づけば黄泉路の声は相槌を打つ物ばかりとなっていた。
寡黙で人見知り、他人を寄せ付けまいとしていた様子であった廻の方が、話し手になっている事が多いというのがまた面白いなと思いながら、黄泉路は真剣な面持ちで話を聞く。
現状として上手く行っている事に内心で安堵しつつも、話を聞く最中に芽生えた違和感とも呼ぶべきしこりは心の奥でひっそりと大きくなりつつあった。
締め切られたカーテンの外で鳴り響く雨音が時間の感覚を薄れさせる。
廻が沢山の話をしてくれることは確かにありがたい。
しかし、聞けば聞くほど、黄泉路の中での違和感は強まる一方であった。
廻の話は一見とりとめがなく、近所の猫の話やら、流行のゲームまで、統一性は皆無であり、まるで自身の全てを、今すぐにでも話し尽してしまおうとしているかの様ですらある。
「……だったんですよ」
「あはは。それは災難だったね。……ねぇ、廻君」
「……?」
今まではあえて相槌以上に口を挟まないようにしていた黄泉路であったが、思い切って声をかける。
首をかしげる廻に、黄泉路は言葉を選ぶようにしながら、先ほどから抱えていた違和感へと触れた。
「……どうして、そんなに生き急いでるの?」
「――っ」
ピシリ、と。話し始めたころに比べて幾分か柔らかくなった廻の表情が凍る。
「勘違いだったらごめんね。……でも、僕にはなんだか、廻君が死ぬ準備をしてるみたいに見えたんだ」
まるで――人生を回想するかのような廻の語り口。それが、黄泉路がずっと廻に対して抱いていた違和感の正体であった。
黄泉路の勘違いということも十分にあるだろう。しかし、ただの勘違いとして流してしまうには聊か大きすぎる違和感であった。
「違ったなら良いんだ。でも、そうじゃないなら、理由を教えてもらえないかな? ――僕は、廻君の力になる為にここに来たんだ」
黄泉路の真面目な眼差しに飲まれたように黙り込んだ廻は、やがて諦めた様な、ふっきれたような、静かな面持ちで息を吐いて口を開く。
「……ごめんなさい。黄泉路さん。でも、もう良いんです」
「もう良いって、どういうこと?」
じっと、真意を探るように瞳を覗き込んだ黄泉路は、怯えを孕んだ瞳の奥に明確に芯の通った諦観を見つけてしまう。
思わず咎める様な視線を向けそうになるものの、理性でもってそれを押さえ込んで静かに返答を待つ。
「――僕、もう嫌なんです」
「……」
「もう誰も死んでほしくないんです……」
ぽそりと零された声は先ほどまでの雑談とは打って変わった、今にも泣き出してしまいそうな音色であった。
「どうしてそう思ったのかな?」
黄泉路は事前に廻の能力が代償を伴う能力なのかもしれないと知っていた。
だが、本人の口ぶりはどこか少しずれている様な気がする。
落ち着かせるように、努めて緩やかな調子で、穏やかな声音で問いかける。
廻は黄泉路に何から話すべきかと思案気に眉根を寄せながら、ゆっくりと、言葉に出しながら思考を整理しているかのように疎らに言葉を紡ぐ。
「僕、は……あの時、死ぬはずだったんです……死ぬ、はずが、生き残っちゃったから……死が、僕を追いかけて……僕を、連れて行くために、皆、皆、巻き添えで……」
堪える様な、喉が詰った様な悲痛な声が、静まり返った室内の空調の音に紛れる。
「だから、僕が死、死――ねば……ぅ、ぅ……っ」
ベッドのシーツに一滴の染みが広がる。
自身が死ねば誰かを巻き込まなくても済む。
そう言い掛けて、廻は言葉の意味を正しく理解した上で口にしたのだろう。
自身の存在を否定する様な言葉、自らの死を許容する言葉の恐ろしさに、覚悟をしていたはずの廻は溢れ出した涙でそれ以上言葉を紡ぐことが出来ずに泣き出してしまう。
「……」
黄泉路はそんな廻の頭を抱いて、無言のままに背をあやす。
廻が再び落ち着くまで、黄泉路は腕の中で泣きじゃくる華奢な少年に寄り添って体温を分け続けるのだった。