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4-23 朝軒14

 廻は曖昧な表情を浮かべたまま、黄泉路を、そして隣に座った姫更を見る。

 見知らぬ少女の存在を疑問に思うと共に、その少女の事を今の今まで知らなかった事に内心で驚いていた。

 出会う前にその存在を知る、未来を知る廻の能力は目の前の2人には通じない。

 その事実が嬉しくもあり、不安でもあった。

 人間、一度手にした利便性を捨てる事は難しい。

 恐ろしい未来を知ってしまうと判っていても、未来がわかる術を手に入れれば使わずには居られないのが人間である。

 そんな内心を知る由もない黄泉路は、考え込むようにしている廻を黙って待つ。

 やがて、廻はおずおずと口を開いた。


 「……僕の相談……ですか」


 相談を受けるとは、前から言われては居た。

 しかし、廻本人にしてみればどうしようもない事である。

 未来が見える事も、死が迫ってくる感覚も、誰かと共有できるという気がしないのであった。

 故に相談と言われても、相談するべき事柄が浮かばず、廻は困ったように首をかしげる。


 「うーん……」

 「何でも良いんだよ。廻くんのこれまでのこと、これからしたいこと。なんでも」


 やさしげに問いかける黄泉路に対し、廻は逡巡する仕草を見せる。

 しかしすぐに、これ以上機会を先延ばしにしたところで、この1週間を毎日部屋の外で待たれていた時と何も変わらないのだという事実に思い至る。

 どうせ変わらないならば話すくらいは問題ないだろうと結論付けた廻はやがて小さく頷く。


 「わかりました。僕の部屋で、いいですか?」

 「うん。入れてくれる?」

 「どうぞ。ついて来て下さい」


 踵を返し、開け放たれた扉から廊下へと出て行く廻の後姿を追うように立ち上がった黄泉路は、朝軒夫妻に小さく会釈する。


 「すみません、話の途中ですが、廻君とお話してきますね」

 「ああ。構わない。脅迫状の送り主がすぐすぐくるわけでもない。元々の目的はそちらだからな」

 「ありがとうございます……姫ちゃん、どうする?一緒に来る?」

 「ん。しごと、する」


 どうやらついてきた目的を果たすことが優先らしい姫更に、黄泉路はこのまま置き去りにするのもどうかと僅かに迷い、朝軒夫妻へと声をかける。


 「そっか……じゃあ、すみません。少しの間、姫ちゃんの事を見ていてもらってもかまいませんか?」

 「ええ、大丈夫ですよ。ねぇ、あなた」

 「妙恵に任せる。好きにしろ」


 快く引き受けてくれた朝軒夫妻に再度頭を下げ、今度こそリビングを後にして廻の待つ2階へと向かう。

 階段を上り終えれば、一直線の廊下の一角、普段は閉まり切っている光景しか見ることのできなかった廻の私室の扉が開いている事に小さな感動を覚えつつ、黄泉路は部屋へと足を踏み入れた。


 「扉は、閉めた方がいい?」

 「はい」


 暗くカーテンの締め切られた部屋、廻の体格には大きいだろうベッドの上で膝を抱えていた廻に声をかけ、黄泉路は後ろ手に扉を閉める。

 カチャン、と。小さく響く音が消えて、室内には常時稼動した冷房による冷ややかな空気と、切り取られたかのような静寂だけが横たわる。

 互いに、どう最初に口を開いたものかと迷っているような不確かな空気の中、ぽつりと零された廻の声が冷気に絡まって黄泉路の耳へと届く。


 「――何を、話したらいいんでしょう?」

 「何でも。廻君のこと、僕に教えてくれないかな」

 「……だったら、僕からも……えっと……」

 「うん?」


 もどかしそうな、迷うような調子の廻に、黄泉路は首をかしげた。

 促すように黄泉路が続きを待っていると、廻は悩むような仕草のまま、歯切れ悪く問いかける。


 「……お兄さんのこと、なんて呼べばいいですか?」

 「うーん。好きに呼んでくれて構わないんだけど……」

 「……じゃあ……黄泉路さん、で」

 「うん。よろしくね」


 優しく微笑みかける黄泉路に、漸く廻も緊張の意図が解れて来たのか、釣られた様に笑みを浮かべた。

 初めて見る年相応の子供らしい廻の笑顔に、黄泉路は内心でひそかに安堵しながら問いかける。


 「隣、座ってもいいかな?」

 「はい、どうぞ」

 「……それで、さっき僕に言いかけてた事は呼び方だけ?」

 「いえ……、その。僕の方からも、黄泉路さんの事、聞かせて欲しいなと思って」


 意外な申し出に、ベッドの淵に腰掛けた黄泉路はじっと廻を見つめる。


 「僕の話……例えば、どんな話が聞きたいの?」

 「えっと……家族の、話とか」


 ――家族。

 道敷出雲という名から、迎坂黄泉路へと変わった日。

 あの日以来ずっと、気にしないようにして、意識的にも、無意識的にも目を逸らし続けて来ていたものだった。

 黄泉路はどう答えたらいいものか、自分は、彼らを家族と、まだ呼んでもいいのだろうか。

 そうした葛藤が黄泉路の内側を掻き回す。


 「あ、あの……黄泉路さん……僕、聞いちゃいけない事、聞いちゃいましたか……?」

 「――そんな、事はない、よ。うん……そんな事は……」


 ない、はずだ。

 そう心で繰り返し、自身に言い聞かせるようにして、黄泉路は無理やりに表情に笑顔を貼り付けた。


 「……祖父は、僕が生まれる前に病死して、祖母も僕が小さい時に亡くなったね。……父さんと母さんとも、もう会えない」

 「……あ、の……ごめんなさい」

 「ううん。大丈夫だよ。もう会えなくても、魂はずっと一緒にいるんだって教えてもらったことがあるんだ」

 「魂……?」


 首をかしげた廻に、黄泉路は自身で口が勝手に動くのを感じながら緩やかに語り続ける。


 「死んだ人の魂は、ずっと大切な人の傍に居てくれるんだって。僕の母さんが教えてくれたんだよ」

 「――魂、って。どこにあるんですか?」

 「……たぶん。ここ、じゃないかな?」


 自身の胸、深く暗い水で満たされた世界に立つ黄泉路は、自身の胸に手を当てる。

 釣られたように廻も自身の胸に手を当ててはみるも、黄泉路のような特殊な感覚は持ち合わせているはずもなく。

 ただ、手に伝わる自身の鼓動の音だけが小さく脈打っていた。


 「……わからないです」

 「うん、実は、僕もだよ」

 「じゃあ、何でこんな話を?」

 「――わからなくても、そうかもしれないって思えたら気持ちが暖かくならない?」


 黄泉路の諭すような言葉が宙に溶ける。

 自身の胸に手を当てたままの手が、ほんのりと暖かくなった様な気がして、廻は小さく頷くのであった。

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