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4-22 朝軒13

 降り注ぐ雨の中、1つ傘の下を並んで歩く少年と少女。

 共に黒髪であり、手をつないで歩く姿は一見兄妹のように見える。

 顔立ちこそ似通ってはいないが、それも母親寄り、父親寄りといわれてしまえばそれまでだろう。

 少女――姫更の歩幅にあわせて雨の中を歩いたことで普段よりもやや遅く目的地に到着した少年、迎坂黄泉路はいつものようにチャイムを押した。

 それから暫くして玄関から現れた朝軒巌夫に迎え入れられて門を潜る。


 「おはようございます」

 「おはよう。……その子は?」

 「いもうとのきさら。です」


 黄泉路が答えるよりも早く自らを妹と名乗った姫更に黄泉路は僅かに瞠目したものの、巌夫の意識が完全に姫更の方を向いていたこともあってその動揺を最小限に留める事に成功する。

 姫更の自己紹介に巌夫は僅かに驚いたような様子をみせたが、それは警戒するというよりも意外なものをみたという風情が強い。


 「迎坂君の妹か」


 2人を見比べ、巌夫は納得したのか小さく呟く。


 「しかし、昨日の今日でという事は何か理由があるのかね?」

 「あはは……それが、姫ちゃん――姫更が昨日の話を聞いたらどうしても付いていくって聞かなくて……」

 「ん」


 兄――黄泉路の袖にしがみつく様にして少し顔を隠す姫更に、巌夫もこれ以上言及する必要性を感じなかったらしく、苦笑を浮かべて小さく頷く。


 「……せっかく来たんだ。上がっていきなさい」

 「ありがとうございます」


 姫更と共に巌夫の後をついて屋内へと入る。

 扉が閉まり、雨音が遠のくのを背後に聞きながら傘を畳み、傘立てに置いた所でキッチンの方からパタパタとスリッパをはいた足音が聞こえ、妙恵が小さめのタオルをもって現れる。

 多惠もいつも通り黄泉路が1人で来ている物と思ったのだろう。隣に並ぶ少女に目を瞠り、すぐに表情を緩めて歩み寄ってくる。


 「あらあら、迎坂くん、いらっしゃい。そちらは妹さん?」

 「きさら、です」


 再び黄泉路に少し隠れるようにして自己紹介をする姫更に、妙恵は楽しげに笑う。


 「きさらちゃんって言うの? 可愛いわねぇ……ああ、そうだ。タオル一枚しか持ってきていなかったわ。ごめんなさいね。迎坂くん一人だと思っていたものだから」

 「いえいえ、突然人数が増えてこちらこそすみません」

 「良いのよ、こんなに可愛らしい子なら大歓迎よ。ねぇあなた?」

 「多惠、先にタオルを渡してあげなさい」

 「あら、私ったら、ごめんなさいね。すぐもう一枚持ってきますから」


 妙恵は黄泉路にタオルを手渡すと、再びぱたぱたと小足で奥へと歩いてゆく。

 後姿を見送りながら、黄泉路が手渡されたタオルで姫更の袖についた水滴を拭ってれば姫更は為されるがままに身動きもしないでいた。

 その様子は傍目には世話焼きな兄と甘えたがりな妹のようで、いつの間にやら戻ってきた妙恵は微笑ましげに黄泉路が姫更を拭き終わるのを待ってから声をかける。


 「待たせちゃってごめんなさいね」

 「いえ、ありがとうございます」


 姫更を拭き終わったタオルの代わりに受け取ったタオルで手早く自身の服についた水気を拭う。

 案内されてリビングに通され、いつものようにお茶を出された時、黄泉路はふと普段と室内の雰囲気とも呼ぶような物が異なる事に気づき、ちらりと巌夫を一瞥する。

 黄泉路と目が合った巌夫が、僅かに逡巡するような仕草を見せた後、ポケットから一通の手紙を取り出しながら机の上を滑らせて黄泉路に示した。


 「……これは?」

 「もう一通の脅迫状だ」

 「どういうことでしょう?」

 「すまないな。杞憂で済めばと、迎坂君とは無関係だと思ったまま話していなかったが、昨日よりも前に一通、届いていたのだよ」


 脅迫状であるらしいテーブルの上の手紙と巌夫を交互に見て中身を読んでもよいか無言で確認を取ってから、黄泉路はゆっくりと手紙に手をつける。

 内容はやはり新聞を切り抜いて作った、金銭を要求する旨の脅迫状であった。

 読み終わり、脅迫状を畳んでテーブルへと起きながら、黄泉路はなんと声をかけるべきか少しばかり迷った後、静かに口を開く。


 「……この脅迫状はいつ?」

 「迎坂君が最初に訪れた日の2日前だ」

 「……なるほど」


 それで“あの反応”だったのか、と。黄泉路は初日の朝軒夫妻のどこか警戒するような雰囲気はそこにも原因があったのだなと納得する。

 その様子を責めていると捉えたのか、巌夫は難しい顔をして頭を下げた。


 「すまない。我が家の問題に巻き込んでしまった」

 「……いえ、今日はその事の相談もあっての事ですから、お気になさらず」

 「相談とは?」

 「此方の知り合いに調べてもらった所、どうやら孤独同盟(アライアンス)という犯罪集団が一枚噛んでいる様なんです」

 「犯罪集団……」


 思わず、といった具合に口元に手を当てて驚く妙恵に、自身は一切悪くは無い筈であるにも係わらず黄泉路の胸の内に罪悪感がこみ上げる。


 「孤独同盟は能力者(ホルダー)で構成された犯罪集団らしいですから、僕らにお力になれる事もあるかと」

 「……そうか」


 能力者で構成された犯罪集団と聞き、巌夫は複雑な表情を浮かべて一言だけ、重い空気に溶けるような声を落とした。


 「いざとなったら呼んで下さい。すぐに駆けつけますから」


 重苦しい空気を遠ざけるように、黄泉路はあえて安心させるようにゆっくりと、柔らかな調子で声を掛ける。

 隣に座った姫更がぎゅっと袖をつかむ感触に、黄泉路は姫更を一瞥して目で笑いかけてから再び口を開く。


 「ここにいる姫ちゃんは、瞬間移動に近い能力を持ってます。今日はその準備のために、自分から申し出てくれたんです」

 「ん。おてつだい」

 「……頼んでも、いいのかね?」

 「せっかくこうして関わりが出来たのに、これでさよならっていうのはかえって気まずいですよ。それに――」


 一度言葉を区切った黄泉路は、向かい側、巌夫と妙恵の背後にあるリビングと廊下を繋ぐ扉へと視線を向ける。

 静かに扉が開かれる音に気づいた朝軒夫妻がそちらへと視線を向ければ、控えめに、隠れるようにしてそこに立って話を聞いていたらしい廻の姿があった。


 「僕はまだ、廻君の相談に乗れてませんから」


 優しげな笑みを向けて言う黄泉路に、廻は困ったような、救われたような。しかし、決して嫌そうではない曖昧な表情を浮かべた。

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