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1-2 ロストデイズ2

 ガラスの向こう側に立つ我部の号令によって密閉された室内に何かが満ちていくのを出雲は肌で感じる。

 しかし、出雲が行動を起すよりも早く、その変化は訪れた。


「――か……ぁ……ッ!?」


 ぐるりと視界が回るような錯覚に、出雲は冷たい床に倒れこんでしまい、その瞬間、喉の奥から競りあがってきた熱い感触に思わず咳き込む。

 熱っぽくぼやける視界に広がる赤色に、出雲は自身が血を吐いたことを自覚する。


「……ぅ、……っ」


 白い床を染める鮮血に驚く出雲の耳に、我部が指示を出す声が入ってくる。


「68号はこれまでの【エンハンス(・・・・・)】系や【チェンジ(・・・・)】系と違い、死の淵からでも蘇生してみせた程強力な“再生(リジェネレート)”の能力者(ホルダー)だ」


 ゆるゆると視線を上げてガラスの向こう側を見れば、慌しく動いていた研究員たちは皆、食い入るように出雲へと視線を向けていた。

 しかし、そこに宿る光にはやさしさや温かみといったものはなく、ただ、実験動物(モルモット)として観察しているのだと無言の主張をしているようであった。


「再生の定義が自身の生命の保全であるなら、必ずや投与されたレベル5の伝染病への抗体を作り出す事だろう。これは現代医学の壁を乗り越える第一歩となる」


 演説めいた我部の言葉にぼんやりとした意識が引きずられていくような気がして、出雲は四肢に力を入れようと身じろぎするが、熱を持った身体はまるでいう事を聞く事はなかった。

 それどころか、徐々に意識が薄らいでいくのを自覚した出雲は、自然と零れ落ちる涙で視界がさらに悪くなるのも構わずに唇を噛んだ。


「(こんな、の……ひどい。……なんで、こんな事されなきゃいけないんだ。僕は、何もしてないのに……っ)」


 身体から心が離れていくのを自覚した出雲の意識が途絶えると、幾度かの痙攣を繰り返して動かなくなる。

 その様子にガラスの向こう側がいくらか落胆めいた雰囲気を漂わせていた。

 ただひとり、動かなくなった出雲を凝視していた我部を除いて。



 ――ドクン。



 明らかに病死していたはずの、呼吸どころか心臓までもがとまったはずの出雲の身体が大きく跳ねた。

 それは、明らかな異常としてガラスの向こう側へと投影される。


「お、おい――あれって……っ」

「うそでしょ……?」


 口々にざわめく研究員などに目もくれず、我部はただ、死から蘇生してゆく出雲の姿を眼鏡越しの細い瞳に捉えていた。


「――完全な死からの再生……素晴らしい、素晴らしいぞ……人類の悲願が目の前に……っ」


 小さくつぶやかれた、独りの世界のためだけの言葉が、慌しく計器を操作する研究員たちの耳に留まる事はない。

 そして、その狂気的な瞳の色に気づいたものもまた、誰一人として存在しなかった。

 程なくして出雲の亡骸の脈動が終わりを告げる。


「……ぅ、んん……僕、は……」


 ほんのわずかな静寂の後、ふるふると頭を振って立ち上がった出雲の姿に、ある研究員は我が目を疑い、またある研究員は恐ろしいものを見る目で出雲を見ていた。

 口の端についた血を手の甲で拭い、きょろきょろと視線をめぐらせた出雲の目が笑みを浮かべたまま出雲を見つめる我部を捉えれば、再びガラスをたたきながら口を開く。


「我部――幹人……これは一体なんなんですか!!」


 怒声を浴びせられたとうの我部はといえば、蘇って早々に声を取り戻したらしい出雲の様子に喜色を浮かべて手を叩いた。


「おや、忘れてしまった声までも取り戻すとは、君は中々に有用なサンプルになりそうだ」

「ふ、ざ――」

「ふざけてなどいない。君一人で難病や致死性の高い病の治療薬を待つ大勢の人類を救えるのだから、存分に誇るといい」


 目の前の男が自身の理論の埒外にある人間なのだとまざまざと見せ付けられるようで、出雲は開きかけた口をきつく結び、やりきれない思いを両者を隔てるガラスにぶつけるように、衝動に任せて殴りつける。

 硬質な音が幾度となく響き、出雲の拳から滲んだ血がガラスを伝う。

 その様子を何の感慨も持たないようにデータに目を向ける我部に、拳の痛さとあわせて心を埋めていくやるせなさに手を下ろした時だった。

 天井からスプリンクラーの様に液体が降り注ぎ、出雲を濡らす。

 何事かと視線をガラスへと戻そうとした途端に身体が傾いで、出雲はそれが、施設につれてこられて最初に食らった麻酔と同様の効果のあるものであると悟ると同時、再び意識が深く深く沈んでいった。

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