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4-18 朝軒9

 黄泉路の怪我がまるで嘘であったかのように消失していく光景に、朝軒家の面々は再び固まってしまう。

 巌夫と妙恵は能力者という者には理解はあったが、実際に知っているのは現象として判り辛い廻の能力のみであり、黄泉路の様な直接的にわかりやすい能力を見るのははじめてであった。

 その為、黄泉路が能力者であるとは知ってはいた物の、ここまで劇的な変化をもつ能力であるとは知らなかったのだ。

 固まったままの3人をよそに、黄泉路は投げ込まれた物を拾い上げる。

 ガラスを割って黄泉路の頭を割る勢いで着弾したソレは、拳程の大きさの石であった。

 黄泉路の手からやや溢れる大きさの石の裏に、石とは違う感触がある事に気づいた黄泉路は石をひっくり返す。


 「――石、に、手紙?」


 裏返せば、市販のセロハンテープで石に固定された折りたたまれた紙が貼り付けられており、自身が怪我をしたという事をすっかり思考の外に置いた黄泉路は思わず口を呟きをもらす。


 「……古典的だなぁ」


 小さなため息と共に零れ落ちた言葉によって場の硬直が解けたかのように、ゆるゆると巌夫が近寄ってくる。


 「――迎坂君、本当に無事なんだな?」

 「ああ、はい、ご心配かけまして。廻君はどこも怪我をしてませんよ」


 半身で振り返って巌夫を見上げ、黄泉路は緩やかに普段どおりの笑みを浮かべる。

 その様子に、再び言葉を発そうとしていた巌夫は開きかけた口を閉じ、静かに目を瞑った。


 「……そうか。廻を守ってくれて助かった。ほら、廻。いつまでもそうしていないで、お礼を言いなさい」

 「ぁ、ぅ……あの……あ、ありがとう、ございます」


 巌夫に促され、廻は困惑の色を強く残した表情のまま、しかし、助けられたという認識はあるのだろう。素直に感謝を告げる姿に、黄泉路は微笑み返す事でそれに応える。


 「にしても、本当に唐突でしたね」

 「……そう、だな」

 「多惠さん、大丈夫ですか?」

 「え、ええ……私は大丈夫です」

 「良かった。皆無事みたいですね」


 全員の安否を確認し、黄泉路はホッと息を吐く。

 妙恵の視線に混じる不安げな色を敏感に感じ取った黄泉路ではあったが、その不安がまさか自分に対して向けられたものであるとは露ほども認識できていなかった。

 突然襲撃された恐怖と困惑が不安として表面化しているのだろう、と。それらしい自己完結でもって、空気を払拭するべく殊更明るく振舞おうと黄泉路は手紙を示す。


 「これ、見ちゃってもいいですか?」

 「あ、ああ……構わない」


 その結果、襲撃して一番の大怪我を負った本人が、一番明るく話を進めているという奇妙な空間が形成されているとも知らず、黄泉路はセロハンテープを丁寧にはがして手紙を開く。


 「ええっと、“命が惜しいならば現金1000万円を用意しろ。また後で受け取りに来る”……また古典的な」


 過剰な投擲ではあれど、基本は古典的な手法で行われた矢文の様な手紙の中身に、黄泉路は再び呆れた様な、困ったような声を上げる。

 脅迫文としか取れないその文面が新聞の切り貼りによって作られていた事はもちろんの事、その内容そのものにも突っ込み出したらキリがない事もあり、黄泉路はこれが本気なら凄いなと変な所で感心をしてしまうのだった。

 巌夫も同様のことを考えたようで、困ったように顔をしかめて首を振る。


 「ええっと。これ、冗談か何かですかね?」

 「冗談にしてはやりすぎだろう。おそらく、本気だろう」

 「……ですよね」


 本気にしては頭が悪いにもほどがある手段や文面ではあったが、しかし、実行された行為そのものをとって見るならば本気としか思えない。

 出来れば冗談であって欲しかったと思いつつも、文面が変わるわけでも無ければこれ以上深い意味が読み取れる気もしない脅迫文から目を離す。

 半ば逃避に近い思考を打ち切って、現実的な思考へと切り替えてゆく。


 「そういえば、これ、警察に通報とかは……」


 警察に連絡が行くということは、参考人として黄泉路も警察と会わなければならないと言う事だ。

 顔写真つきで指名手配こそされていないはずであるが、不要なリスクは極力落とすに限る。

 警察への通報はごく一般的な考えではあるが、黄泉路はどうにかして通報を阻止できないかと頭をめぐらせながら、恐る恐る問いかけた。

 しかし、身構えている黄泉路をよそに、巌夫の返答は至極そっけない物であった。


 「いや、通報はせんよ。迎坂君も、通報は控えてくれ」

 「あ、はい、僕の方こそ通報は遠慮願いたかったので有り難いんですが……」


 思っても見なかった反応に逆に面食らってしまった黄泉路の声が徐々に尻すぼみになって消える。

 沈黙を避けるように、黄泉路は何となしに割れたガラスが散乱したフローリングを見回す。

 多惠が慌てて箒と塵取りを持ち出して片付け始めたのを手伝おうかと思ったところで、黄泉路を背後から呼び止める声に足を止めた。


 「あ、あの」

 「うん? どうかしたの?」


 振り返れば、廻が申し訳なさそうな顔で黄泉路を見上げており、黄泉路はしゃがみこむ事で目線を合わせる。

 互いの目線が同じ位の高さになった際、廻が少しばかりビクッと怯む様子を見せたが、その仕草もすぐに頭を下げた事でかき消される。


 「ごめんなさい。僕、ずっと勘違いしてて……」

 「ううん。いいよ。いきなりやってきたらそりゃ怖いよね」

 「……その、ごめんなさい」

 「お互いの事を良く知るためにも、これからはもっと話そうか」

 「……うん」


 黄泉路は落ち着かせるように顔を上げた廻の頭をくしゃりと撫でた。

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