4-17 朝軒8
「(それで、その【東都の悪鬼】の事件がきっかけで目覚めたってのは理解できたけど)」
『はい、それでですねぇ。調べてて思ったんですけど。妙に廻くんの周囲だけ、死亡にいたる事故や事件が多いような気がするんですよ』
「(……どういうこと?)」
『考えても見てくださいよ。人間、普通に暮らしててそうそう短期間に何度も何度も死に掛けると思いますぅ?』
「(――ぁ)」
確かに、黄泉路が事前に受け取った資料にも、覚醒のきっかけとなった事件の他にも幾度かの事案があった事で祖父母――朝軒夫妻が相談を持ち込んだとあった。
だが、黄泉路はその事実をただ文脈だけの意味として受け取ってしまっており、これまで特に重要視していなかった。
人間、自身にとって当たり前である事と言うのは意外と気づきにくい物で、死の危険という意味では黄泉路ほど回数を重ねている者もそういない。
黄泉路にとって今回が初の依頼であった事で浮き足立っていたという事や、依頼対象の能力者の能力も合わさり、黄泉路も標も今の今まで気づく事ができていなかったのだ。
『まぁ、私も“未来予知”の能力者なんて前振りを貰っちゃってたもんで、事故やら事件を回避したって言われたところでふぅん。ってなってたから人の事言えないんですけどねぇー』
「(うん、そう言われて見ると、確かに違和感があるね。……危険を回避する予知も、元から危険がなければ発動しないんだから)」
『ですですぅー。それでそれでぇー、時期的に廻君が部屋に閉じこもるようになったのって、それが原因なんじゃないですかねー?』
「(つまり、廻君の能力は未来を知ると同時に、周囲の死にやすい要因、みたいなものまで引き寄せてしまうってことかな? でも、そんな事ありえるの? 能力に代償があるなんて話、初めて聞いたんだけど)」
『んーっとですね。能力についてまだ解明されてる事も多くないですからぁー。そーいう能力だ、といわれてしまうとそれまでなんですよねぇ』
「(……了解。とりあえずその方向性で考えてみるね。っと、そろそろ戻らなきゃだから、また後で)」
言葉を返しながら、黄泉路は廊下を戻って扉を開ける。
扉が開いた音に気づいた様子で、座ったままに黄泉路の方へと顔を向けた巌夫と妙恵に小さく会釈して室内へと入れば、台所の方から何かが動く音が耳に届く。
――パタン。
備え付けられている冷蔵庫が閉まる音。
この家にいるのは、巌夫と妙恵の朝軒夫妻と、黄泉路。そして、黄泉路を避けるように部屋に閉じこもったままの廻だけだ。
黄泉路の意識が自然とそちらの方へと吸い寄せられる様に向く。
「――ぁ」
澄んだ高い声音が響く。
黄泉路の向けた視線が、冷蔵庫を閉じる為に添えられた手をそのままに固まる少年の困ったような、もしくは驚いたような表情の視線とぶつかった。
巌夫や妙恵が何も言わないところを見るに、廻には黄泉路が中座しているだけである事を伝えていないのだろう。
固まったままの廻の姿に、黄泉路は初対面の際の既視感を覚えつつも、黄泉路は改めて声をかける。
「……顔を合わせるのは2度目だね。元気そうでよかった」
「あ、ぁ……ッ」
ビクッ、と。黄泉路の声に反応して廻の肩を跳ねる。
「廻君。僕なら、君の相談に乗れると思うよ。――だから、僕に話してくれないかな?」
警戒させないようにと、黄泉路がゆっくりと一歩近づこうとした時だった。
――黄泉路の背を、粟立つ様な怖気が駆け抜ける。
「――ッ!!!!!」
「っ!?」
それは、明確な害意。
施設の中で、能力者同士の殺し合いを演じさせられた場で。感覚が麻痺してしまう程に浴びせられた気色の悪い空気だった。
その心地の悪い空気が廻へと収束していくのを肌で感じ、黄泉路は咄嗟に気配の出所と廻の間を塞ぐ様に身を投げる。
――その直後。窓ガラスが割れる音と共に、黄泉路の後頭部を揺らす強い衝撃と、目の前で見慣れた赤色が飛び散った。
咄嗟の事で踏ん張りが利くはずも無く、黄泉路の体はぐらりと傾いで廻を抱きしめるように膝をつく。
あまりの唐突な出来事に、廻はおろか、巌夫や妙恵すらも言葉を失い、目を丸くして、そして、顔を青ざめて黄泉路を見る中、後頭部から止め処なく血を流す黄泉路の身体がピクリと動く。
「――ぁ、あ……ッ」
目の前で起こった事に、廻の声は言葉の意味を成さず。しかし、その声によって我に返った妙恵と巌夫が慌てた様に立ち上がろうとしたところで、ここ1週間でこの3人にとって聞きなれた声が制止をかける。
「遮蔽になるものの裏に隠れてください。早く」
頭部から血を流しながらも、平時と変わらない穏やかな声音。
その声音に異常さを感じる間もなく指示に従ってキッチンの奥へと屈み込んだ夫妻を一瞥し、黄泉路はじっと外を――襲撃者が投げ込んできたらしき窓を見据える。
気配はすでに霧散してしまい、何が目的だったのか。どうして今なのかもわからないまま。黄泉路は一応の危険が去ったらしいと判断すれば、静かに息を吐いた。
「――あ、ぁの……」
自身の腕の中から聞こえる小さな声に、黄泉路は漸く自身が廻を抱きしめたままだった事に気づく。
「ああ、ごめんね。咄嗟の事だったからつい」
「いえ、その、怪我……」
「ああ。大丈夫。僕は、こういう能力だから」
すぅっと。黄泉路の頭から流れ、服も床も一緒くたに汚していた血液が宙に溶ける。
その光景を、廻が食い入るように見つめている事にも気づかず、黄泉路は襲撃者が何を投げ込んできたのかを確かめるべく足元へと視線を向けるのであった。