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4-16 朝軒7

 頭にキンと響く聞きなれた声に、黄泉路は一瞬だけ顔をしかめる。

 心構えのできていない時に大音量で頭の中に音を響かされるのは毎度のことながら慣れないなと、内心で苦笑しながら黄泉路は席を立つ。


 「すみません、お手洗いをお借りしても良いですか?」

 「ああ、はいはい。お手洗いは廊下に出て突き当たりの扉ですよ」

 「ありがとうございます」


 小さく会釈をして退出した黄泉路は廊下へと出れば、足をトイレのほうへと向けながら頭に響いた声に応える。


 「(標ちゃん、おまたせ)」

 『はいはーい。こちらこそおまたせぇー』

 「(何かわかったの?)」

 『もっちろんですよぉー!』


 やけに自信有り気な標の様子に一抹の不安を感じないでもないが、黄泉路はあえてその感覚をねじ伏せて真剣な面持ちで標の言葉を待つ。


 『で。ですねー。朝軒廻君の周辺情報について、いくつか判明したことがあるんですよー』

 「(とりあえず、全部聞かせて貰って良いかな? 僕の方は世間話の体でしかまだ碌に踏み込めてないから)」

 『はいはーい』


 どうやら資料を見ながら読み上げているらしく、普段のそれよりもあえてそれっぽく――おそらく標のイメージとしては出来る女風、なのだろう――聞かせるような声音で経過報告を述べてゆく。

 脳裏に時折浮かび上がる、標が伊達眼鏡を指で押し上げる姿を振り払いながら、黄泉路はその情報に耳を傾ける。

 

 『事前に見せて貰った資料、覚えてますか?』

 「(ああ、うん。一応頭には入ってるよ)」

 『ではまずその資料にあった事件についての詳細からお話しますね』


 ――廻が能力に目覚めた際、その引き金となった事件。

 黄泉路自身は施設に収容されていて知らない事ではあったが、それは俗に言う【東都の悪鬼】事件の事であった。

 当然、黄泉路は【東都の悪鬼】と言われてもピンとくるものはなく、話が始まったばかりだと言うのに首を傾げてしまう。


 『それでですねー』

 「(えっと、ちょっといい?)」

 『はいはい、なんでしょー?』

 「(その、東都の悪鬼、って何?)」

 『……って、あー……そっかー。よみちんこの時期絶賛監禁中だったっけ……』

 「(2年前だし、そうなるね)」

 『まぁ、全部話そうと思うとひじょーに面倒臭い事件なので、ざっくりとした説明しますねぇ』


 気を取り直した標が、今度は【東都の悪鬼】についての概要を交えて話を進める。


 『【東都の悪鬼】っていうのはですねぇ、まぁ、よーするに、そーゆー能力者がいた、って話です』

 「(それと事故がどんな関係があるの?)」

 『まぁまぁ、聞いてください。……【東都の悪鬼】は、その名のとおり創作物に出てくる鬼のような姿をした能力者だったそうで。やったことは暴虐の一言につきますねぇ。今まで一般には知られていなかった孤独同盟(アライアンス)の存在を世間が周知するきっかけにもなった事件ですよぉ』

 「(そんな能力者がいるんだ……で、その【東都の悪鬼】は具体的には何をしたの?)」

 『国銀――国家直営銀行の襲撃と現金の強奪。襲撃と逃亡に際した大虐殺。って所ですね。ちなみに単独犯だったそうです』


 国家直営銀行といえば、この日本においてもっとも安全な銀行であり、それはつまり、この国で一番セキュリティが厳重な銀行と言う事でもある。

 そこを単独で強行突破し、現金を強奪した上で行く手を遮る者を悉く殺しつくしての大逃走となれば、不死身の黄泉路をしても化け物と言わざるを得ない。


 『当時はテレビ中継もされてたんで見てたんですけど、すごかったですねー。高速道路を逆走して邪魔な車を正面から引っつかんで後続に投げつけたりしてました。あれはもう人間って呼びたくないですねぇ』


 自身が収容されている間にそんな大事件が起こってたのかと、妙な感慨を抱いていた黄泉路は、ふと気になったことを問いかける。


 「(でも、それだけ強力な能力者だっていう【東都の悪鬼】は、結局どうなったの?)」

 『ああ。死にましたよ?』

 「(え、死んだ、って、警察が?)」


 黄泉路の言に“そんな能力者をどうやって倒したのか”というニュアンスが含まれていた事を悟った標は、当時興味本位で調べていた事を思い返しながら言葉を紡ぐ。


 『そーですねぇ。当時の中継は途中で情報規制されちゃったんですけどぉ。公式記録ではそうなってますねぇー』

 「(どうやって倒したか、は調べてもわからなかったんだ)」

 『……政府筋のとある研究所で作られた特殊弾頭が使われた、って噂ですねぇ。ま、ともあれ。あの悪鬼事件の以降、能力者に対する風当たりやら政府の能力犯罪者に対する法改正が進んで、レート精査で規定以上のレートの犯罪者に関しては生死問わず(デッドオアアライブ)になったきっかけでもあるとだけ覚えておけばいいです』

 「(なるほど……それもそうだね。話の本筋からそれちゃってごめんね)」

 『いえいえー。こっちこそ、よみちんの事情を考慮すべきでしたねぇ。また何か判らない所があったらその都度聞いてくださいねぇ』

 「(うん、それで、廻君の事故の原因が、その【東都の悪鬼】が起こした事件、ってことで良いんだよね?)」


 あまり長時間トイレにこもっているのもそれはそれで問題があるだろう。

 手早く本題に入ろうと、黄泉路は改めて確認をするのだった。

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