4-14 朝軒5
翌日も黄泉路は同じ時刻に笹井駄菓子店を出発し、前日も通った道を経て朝軒邸まで歩く。
正午よりやや早いほどの住宅街はやはり閑散とした物で、天高く、すでに真上へと至りつつある太陽の日差しが黄泉路の黒々とした髪を熱する。
どこかの樹に止まっているらしいセミの鳴き声が合唱し、視覚や体感だけでなく、聴覚にまで夏特有の暑さを感じさせるような風情が黄泉路を取り巻く。
まるで昨日の焼き回しの様な光景であったが、しかし、道を歩く黄泉路の様子には前日とは明確な差異があった。
暑さに辟易とする様子も、迷うような足取りもなく、黄泉路はただ、目的地へと歩く為に体を動かしていた。
その身体の内、深く暗い、透き通った水底で座り込んだ黄泉路の精神は、廻の事について調べるにはどうしたら良いかを延々と考えていた。
祖父母である朝軒夫妻から話を聞く事をあきらめた訳ではないが、それとは別の方向性からアプローチを掛けるべきだろう。
黄泉路が一晩経って思い至った結論であり、現在は移動の時間を使ってそのアプローチの手法に思考をめぐらせているのであった。
「(常群とかならゲームとかアニメとかから発想を得てきたりするんだろうけど……)」
黄泉路はそれらのサブカルチャーを嫌ってこそいないものの、率先してそれらの娯楽に触れるほどの染まり方もしていなかった。
常群に勧められるままに触れる事が主であり、黄泉路が自ら探す程の積極性を持たなくとも自然にそれらの情報が入ってくる環境であったという事も理由としては大きい。
その為、常群ならばどうしただろうか、と。良く知る友人の姿を思い描き、友人が話していたアニメやゲーム、小説の断片的な知識を頭に浮かべてゆく。
黄泉路の脳裏に浮かぶ常群の姿は妹の為のプレゼントを買うために別れた際から変わらない。
周囲に置いていかれてしまったのだという事実を、この期に及んでも黄泉路は未だ認められずにいるのだ。
それは、成長した常群の姿と、当時から変わらぬ自身の姿を無自覚に対比する事を恐れたが故の無自覚の防衛本能とも言える物であった。
それらに微かな違和感を覚える事すらなく、黄泉路は聞きかじった手段の中から、自身が採れそうな手段を取捨選択してゆく。
「(情報屋を頼る、のは……そもそも情報屋なんて仕事の人を見つける技術が必要だよねぇ……探偵を雇う。……うん、まず僕の身元を探られたら面倒だから却下だね……となると。あとは誰かにさっきまでの案を代行してもらう、かなぁ?)」
そこまで考え、ふと、黄泉路はうっかりとすっぽ抜けていた事を思い出す。
「(あ。っていうか、標ちゃんならこういうの詳しそうだし、何も僕一人でやる必要ないんだった)」
黄泉路への依頼、とはいえ、同じ支部に所属する後方支援担当へと手伝いを要請する事になんら問題はない。
すでに依頼の内容を見せてしまっている標ならば殊更、今に始まった事ではないのだから、むしろ早々に協力を仰ぐべきであっただろう。
黄泉路は自身が万能だとは思っていない。むしろ、できない事の方が遥かに多いと理解していた。
謙虚さと自己評価の低さ、そのどちらもが組み合わさった結果の理解であるが故に、他人を頼る事に対する抵抗があまりないのであった。
一度頭に浮かび、それが悪くない案であると結論付ければ、黄泉路は標に通じるかどうかは判らなかったものの、とりあえずは声を掛けてみようと声には出さず、標へと意識を傾ける。
「(標ちゃん。今大丈夫?)」
『――うにゃ! よみちんからのラブコールの気配! ……はいはい、だいじょーぶですよぉー。どーしましたぁー?』
道すがら、標を意識して心の内で声を掛ける事数秒。
まだ依頼の為に支部を離れてから1日しか経っていないと言うのに、黄泉路に早くも懐かしさを感じさせる頭にキンキンと響くような少女の声が木霊する。
「(えっと、依頼の事なんだけどね)」
黄泉路は前日の朝軒邸にて体感したことを標へと語って聞かせる。
「(そんな訳で、廻君について調べたいんだけど、どうしたらいいかな?)」
『ま、とりあえずよみちんは現状維持でお願いしますー。私の方でちょいちょいっと調べちゃいますからぁー』
「(僕の依頼なのに任せきりにしちゃってごめんね)」
『いーんですよぉ。私たち後方支援組はこーゆー調査とかが本領なんですから。 ……不肖、このオペレーター、よみちんをしっかりとオペレートしてみせましょう! なんてね』
「(あはは、うん。よろしくね)」
安請け合いした様で、その実しっかりと仕事をこなそうという気概溢れる標の言葉に、黄泉路は標が胸を逸らしながら手を当てる、古典的なイメージを思い浮かべてしまい、思わず小さく笑みを浮かべながら応える。
『それじゃ、何かわかったらまた連絡いれますねぇー』
会話の終了を告げるように頭に響く声が消えてゆき、再び静寂が戻ってくる。
話しながら歩いたお陰で、会話が終了する頃には朝軒邸の前までたどり着くことができていた。
黄泉路は前日と同じく、インターフォンの前で小さく深呼吸をする。
それと同時に遠くに聞こえていたセミの鳴き声や、大気がじりじりと焦がれるような音が近くなった様に感じながら、黄泉路はインターフォンを押すのだった。