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4-13 朝軒4

 朝軒廻との初対面とも呼べないような邂逅を果たした後。

 閉じられた扉の前で待ち続けては見たものの一向に出てくる気配のない廻に、黄泉路はどうしたものかと小さくため息を吐いた。

 

 「(僕、そんなに変だったかなぁ……?)」


 廊下の壁に背を預けて座り込んだまま、扉を閉める寸前に見えた廻の表情を思い返して黄泉路は内心で首をかしげる。

 妙恵はいつもの事の様に言っていたが、黄泉路はどこか、それだけではない気がしていたのだ。

 黄泉路は、廻の瞳の奥に恐怖の色を見てとっていた。

 あれは、恐れる者の目だ。

 死を経験し、恐怖したからこそ判る。

 何かを恐れるものの瞳に宿る、仄暗い色であった。


 「(――問題は、“何を”恐れているか、かな)」


 黄泉路は廻が部屋から出てこない理由は何かを恐れているのだと当たりをつけていた。

 そこまでは確かに正解であった。ただし、今現在の恐怖の対象が黄泉路自身でなければであるが。


 「(とにかく、廻君と直接話をしてその事も聞かないと……なんだけど、どうしたらいいかなぁ……)」


 まさか自身が恐れられているとは露ほども思っていなかった黄泉路は部屋の前から動くことなく、じっと扉を見つめながら考え込む。

 黄泉路はこれまで、初対面の人間に弱く見られた事はあれど恐怖されたり畏怖されたりなどといった経験は皆無であった。

 故に、とっさに廻の瞳に宿る色には気がついたものの、それが自身に向けられているという事にまでは理解が及ばなかったのだ。

 黄泉路は能力者として覚醒するまでごく一般的な、それこそ見た目通りの非力な一般学生でしかなかった。

 加えて能力者となった後でも周囲の面々と比較してその地位が揺るぐ事はなかったのだから、黄泉路の自己評価に変化がなかったのも仕方の無い事であろう。


 「(まずは、詳しい話を巌夫さんや妙恵さんから聞ける程度には信用を得ないとダメかな……。それと同時進行で、廻君に会う機会を探るしかない、か)」


 黄泉路は現状を整理し、これからの行動指針を脳内に描いて行く。

 とはいえ、朝軒老夫妻の信用を得るには地道に交流を増やしていくしかない。

 多惠に嫌われている様子は感じられない物の、巌夫の態度や仕草に未だ警戒が残っており、夫婦の関係を見るに多惠は巌夫の許可がなければ必要以上の事は喋ってはくれないだろう。

 もうひとつの行動指針にしろ、廻と遭遇する機会を増やすにはやはり足繁く通いつめる他に上手い方法は考え付かない。

 要するに、結局は持久戦で活路を見出すという、黄泉路の戦闘スタイルそのまんまの結論に落ち着くのであった。


 「……迎坂くん、廻くんの様子はどうでした?」


 黄泉路が持久戦を決意している所へ、様子を見に来た妙恵が声をかける。

 その声に応じて顔をそちらへと向けると、心配そうな表情の妙恵がお盆に二人分の麦茶を持って立っていた。


 「すみません、あれから一度も顔を出してくれなくて」

 「そうですか」

 「あの、もしご迷惑でなければ、これからちょくちょく顔を出してもいいですか?」

 「ええ、こちらからも是非お願いします。廻くんの事で他に頼れる人もいなくて……」


 弱ったような笑みを浮かべる妙恵に、黄泉路は申し訳ないような感情を抱きながらも苦笑を浮かべて小さく頭を下げる。


 「ご迷惑でなければ、今日はもう少しだけ待たせてもらってもいいでしょうか? もちろん、あまり遅くまで居座るつもりはありませんが」

 「ええ、ええ、私から主人に言っておきます。どうか、廻くんの事をよろしくお願いします」


 普段食事を置くと言う台にお盆ごと麦茶を置いて階下へと戻ってゆく妙恵に会釈して、黄泉路は再び扉の方へと視線を向ける。

 外の会話は中にも聞こえているだろうか。

 もし聞こえていたならば、妙恵の心配な声も、顔も、廻の心には響かないのだろうか。

 そんな希望的観測にも似た思いを胸に、黄泉路はその後数時間ほど粘ったものの、窓辺から注ぐ日差しが白から橙へと色彩を変える頃にはさすがに退去しなければと朝軒邸を辞することとなった。

 斜陽が地平へと消えてゆき、徐々に月が夜の気配をつれてやってくる。

 すれ違う下校途中の学生に混じって笹井駄菓子店へと帰り着いた黄泉路を迎えたのは、浮かない顔の黄泉路を心配するような笹井と、例によってお菓子を貰って居間で黄泉路を待つようにしていた姫更の姿であった。


 「お帰りなさい。迎坂君。……その様子を見るに、芳しくない様だね」

 「おかえり。よみにい」

 「うん、ただいま」


 ずばり図星を突かれた形の黄泉路は苦笑交じりに微笑んでいると、姫更がパタパタと駆け寄ってくる。

 思わず抱きとめた黄泉路は、妹――穂憂にしていた時の癖から、つい頭を撫でてしまう。

 やってしまってから思わず馴れ馴れしかったかという逡巡が生まれたものの、当の姫更は気にする風でもなく。

 頭を撫でられ、心なしか嬉しそうに目を細めてテディベアで黄泉路の腰をぺちぺちと叩く姫更のお陰で、黄泉路はなんとなくではあるが初依頼の幸先の悪さを払拭できるような気がするのであった。

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