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4-12 朝軒3

 「……あの、廻君?」

 「ッ」


 気まずい沈黙に黄泉路が再度声を掛けると、廻は弾かれた様にドアを閉めようと部屋に引っ込んでしまう。

 バタン、と、聊か大きな音を立てて再び硬く閉ざされた部屋の戸に、妙恵は重々しい溜息を付く。


 「ごめんなさいねぇ。廻くん、ずっとこの調子なのよ……」

 「ご飯とか、ちゃんと食べてるんですか?」

 「ええ、ほら、そこに台があるでしょう? どうしても部屋から出てきてくれないときはあそこにご飯をおいておくと、一応は食べてくれるのよ」

 「……そうですか」


 不安げな、廻を気遣うような多惠の様子に、黄泉路は声を落として問いかける。


 「妙恵さん、僕、もう暫くここで待ってみても良いですか?」

 「え、ええ。構わないけれど」

 「すみません。迷惑は掛けませんので」


 黄泉路の落ち着いた様子にとりあえずは信じてみようという気になった妙恵は黄泉路を部屋の前に残し、小さく会釈して階下へと戻って行く。

 その後姿を見送った黄泉路は再びドアの前へと立って、数度ノックをする。


 「何に悩んでいるか、僕に教えてくれないかな?」

 「帰ってください」

 「……そうまでして話したがらない理由を、教えてくれないかな?」

 「……」


 沈黙が落ち、黄泉路は静かにドアから手を離す。

 そのまま数歩下がって廊下の壁に背を預けて座り込んだまま、どうすれば廻と直に顔を合わせて話すことができるだろうかと思考をめぐらせるのだった。




 ◆◇◆


 「……」


 カーテンの締め切られた薄暗い部屋の中。

 空調が音を奏でる冷やかな室内で、毛布に包まるようにしてうずくまるひとりの少年がいた。

 ほっそりとした華奢な身体を抱きしめるように朝軒廻は身を縮こまらせる。

 ――廻に未来を見通す力が芽生えたのは、両親が死ぬ直前であった。

 不意に、“予めそうなるという事を知っていた”かの様に、結果が自然の理として、当然の帰結であるように感じ取り、咄嗟に次に起こるであろう衝撃に備えて後部座席の足元へと潜り込んだ。

 両親に注意を促す猶予すらなく、いや、その猶予がないことすらも、その時既に廻は“知って”いた。

 直後襲い掛かってきた衝撃に揉まれ、廻は無心で揺れが収まるのを待った。

 そして――次に意識が明確になったときには、上半分が引きちぎれた車の中で蹲る自身と、遠くから響いてくるサイレンの音に包まれた惨劇の只中であった。

 それから先の事はぼんやりとしており、未だに廻自身はよく覚えていなかったが、両親は即死、その後祖父母へと引き取られる事だけは、事故の直後の時点で既に知っていた。

 全てが予定調和。

 それが能力に覚醒してから現在までの、廻を取り巻く環境であった。

 祖母が元気付けようと遊園地へと連れ出そうとした時も、その日、その場所で事故が起こることを、廻は予め知っていた。

 祖父が引きこもる廻を連れ出そうと玩具の購入を提案した日、廻は頑なに拒否して部屋から出なかった。

 デパートで大規模な火災が発生する事を、廻は予め知っていた。

 大型犬のリードが切れて走ってくる時も、車通りの少ない裏路地で余所見をしたバイクが突っ込んでくる時も。

 廻は予め知っていた。自身の死を、知っていた。


 「(僕が、僕の所為だ、僕は――)」


 事故から現在まで、幾度となく周囲を取り巻く死の未来を回避し続けた廻には、一つの予感が芽生えていた。

 変えてはいけない未来を変えてしまった。だから、“死”は廻を“迎えにくる”のだと。

 祖母の遊園地の時も、祖父のデパートの時も、すべては廻一人を捕まえるための、オマケでしかないのだと。

 だからこそ、廻は部屋を出ない。

 部屋という限られた、閉じられた空間にいる限り、死は廻を捕まえることができない。

 引きこもっている限りは、あらゆる可能性が廻を避けてゆくのだから。

 しかし、死はすぐ目の前までやってきてしまった。


 「(あの人……知らない、わからない)」


 廻は先ほど扉の前に祖母が連れてきた男性の姿を思い出す。

 真夜中の様な黒々とした髪に、折り目正しく着込まれた制服姿。

 一見してただの善良そうな学生にしか見えない、青年と呼ぶには幼さの残る、廻よりは幾分か年上の、平凡そうな少年。

 しかし、その瞳の奥に、この世の中の全ての底を詰め込んだような、覗き込んだ瞬間に溺れてしまいそうなほどに深い闇が広がっていることに、廻は一瞬にして気づいてしまっていた。


 ――あれは、死そのものだ。


 そう直感した廻は未だ、寒さとは違った感情による震えを押さえ込むように自身の肩を抱いて布団に埋もれる。

 迎坂黄泉路と名乗った学生服姿の少年を初めて見たとき、廻の瞳を、意識を埋め尽くしたのは、鮮烈なる紅。

 黄泉路と言う少年を雁字搦めに覆い隠した、赤色のナニカであった。


 「(見えない、わからない、あの人が、判らない……っ)」


 能力を得てしまった事によって、初対面を果たす前に全てを“知っている”廻にとって、生まれて初めての“自分の知らない人間”であった。

 未だ外に居るらしい黄泉路と自身の間に、少しでも何かを挟んで置きたいと言う衝動から、廻は深く布団を被る。

 それから暫くの後。幼い年相応の体力が尽き、緊張の糸が途切れた事で、廻の意識は緩やかに夢の世界へと落ちてゆくのであった。

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