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4-11 朝軒2

 朝軒邸の庭は外から見ていた時と変わらず、落ち着いた佇まいではあるものの、どこか上品だと思わせるような情景を醸し出していた。

 門から邸宅までを繋ぐ石畳を歩きながら、黄泉路は先導する紳士然とした老人によく似合っているなと何気なく考える。

 邸宅へとたどり着いた老人が扉を開け、黄泉路を招き入れる。


 「あらあら、可愛らしい子ねぇ」

 「お茶の用意を、あと、廻にも声をかけてくれ」

 「はい、あなた。……お客様はリビングの方でお待ちくださいな」


 邸宅内へと迎え入れられると、一目で人の良さそうな老婦人と言う様な老齢の女性が笑みを浮かべて緩やかに頭を下げる。

 老人の妻らしく、老人の言葉ににこやかに答えて黄泉路にリビングを示し、そのまま別の部屋へと消えていく。

 案内されるままに通されたリビングは老婦人が使いやすいように調度品が置かれた室内は生活感が伺え、老人に席を勧められ、黄泉路は椅子に腰を下ろす。

 ややあって、先ほどの老婦人がお盆に麦茶らしき濃い茶色の液体の入った容器を携えて入室してくる。


 「妻の妙恵(たえ)だ。私は巌夫(いわお)という。知ってのとおり、廻は私たちの娘の子でな」

 「あ、すみません。自己紹介もせずに……僕は三肢鴉所属の、迎坂黄泉路と言います」


 老紳士は黄泉路に示すようにお茶を配膳して老紳士の隣へと座った老婦人を紹介する。

 自らも自己紹介をする老紳士――巌夫に対し、黄泉路は慌ててお辞儀を返す。

 すると、妙恵は初々しい黄泉路の仕草が気に入ったのか、笑みを深くする。


 「ふふふ。可愛らしい子じゃないですか、ねぇあなた?」

 「……廻の悩みを解決できるかが重要なんだ」


 頑なな巌夫の調子に、笑みに少しばかりの苦笑を織り交ぜながら妙恵は席を立つ。


 「はいはい。廻くんに声をかけてきますね。それじゃああなた、よろしくおねがいしますね」

 「ああ」


 長年連れ添った阿吽の呼吸とも言うようなやり取りを眺めていた黄泉路は、妙恵が退室した所で巌夫からの視線に気づく。

 慌てて気を引き締めるようにする黄泉路に、巌夫は少しばかり困るように顔を顰めて口を開いた。


 「……堅苦しい調子になってすまないな」

 「いえ、信用できないというのも理解できますし、僕は大丈夫ですよ」

 「そういってもらえると助かる。……さて、本題だが、迎坂君はどこまで聞いているか確認しても?」

 「はい、僕が聞き及んでいるのは――」


 黄泉路は調査資料に書かれていた事を掻い摘んで、時折合っているかどうかを確認しつつ話す。

 話を聞き終えた巌夫が一つ頷いた所へ、丁度妙恵が戻ってくる。


 「お待たせしちゃってごめんなさいねぇ」

 「廻はどうした?」

 「……それが、誰とも会いたくないって……」

 「ふむ。またか……」

 「あの、また……とは」


 気になる単語に思わずといった具合で口を挟んでしまった黄泉路に、妙恵は困った顔で小さくため息を吐く。


 「それが……ねぇ?」


 巌夫を伺うように首をかしげる妙恵に、巌夫は静かに悩むように瞳を閉じて逡巡する。

 ややあってから、巌夫は何かを決心したように小さく息を吐き出す。


 「迎坂君が言ったとおり、廻には不思議な力がある。……そして、何か悪い事がある時は決まって誰とも会いたくないと言うんだ」

 「……また、何かが起こると?」


 思わず問い返す黄泉路に、巌夫は静かに頷く。


 「それも含め、迎坂君には廻の相談に乗って貰いたい。妙恵、廻の部屋へ案内をして差し上げなさい」

 「はい、それじゃあ迎坂くん、付いてきてくれるかしら」


 妙恵へと指示を出した巌夫はそのまま腕を組んで目を閉じてしまう。

 話は終わりだという雰囲気の巌夫に、妙恵は空気を和らげるように小さく苦笑して黄泉路へと目で付いてくるように合図する。

 黄泉路は巌夫へと小さく会釈して席を立ち、妙恵の後を追いかけて部屋を後にした。

 廊下へと出て歩き出すと、妙恵は前を歩きながら黄泉路へと声を掛ける。


 「ごめんなさいねぇ。うちの主人は少し気難しい所があるから……」

 「いえ、大丈夫です。僕みたいな子供がいきなり訪ねて来たら確かに困惑するでしょうし」

 「あらあら、若いのにしっかりしてるのねぇ」


 楽しげに笑う妙恵といくらか世間話に興じながら、案内されるままに2階へと昇る。

 客間らしきいくつかの扉を過ぎた後、1つの部屋の前で立ち止まった妙恵が扉を幾度か叩いて室内へと向けて声を掛ける。


 「廻くん? 廻くんの為に相談に乗ってくれる人が来てくれたわよ」

 「――やだ。誰とも、会いたくありません」


 部屋の中から帰ってくる少年特有の声変わり前の澄んだ音色による明確な拒絶に、妙恵は困ったように眉を顰め、先ほどに比べて聊か控えめなノックをしながら再び声を掛ける。


 「廻くん、そんな事言わず、おばあちゃんに顔だけでも見せて?」

 「……」


 悩むような沈黙の後、ドアの鍵が開く音が小さく響く。

 緩やかに開かれたドアから少年がそっと顔だけを覗かせる。

 黄泉路の胸元程度の身長の身なりの良さそうな少年は、祖母の顔を見上げ、その後、隣にいる黄泉路の存在に気づいて顔を強張らせた。


 「――ぁ」

 「……はじめまして、廻君。僕は迎坂黄泉路。良かったら、話し相手になるよ?」


 精一杯柔らかな表情を浮かべて話しかけた黄泉路に、廻は小さく息を詰めて黄泉路の顔をじっと見つめた。

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