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4-10 朝軒1

 夏特有の熱せられた空気と、燦々と降り注ぐ陽光が黄泉路を出迎える。

 日差しこそ同じように感じたものの、暖かを通り越して暑い大気は山間にある夜鷹支部にいた頃には感じられなかったことであり、久々の夏の空気に黄泉路は肺まで熱せられるような錯覚を覚えた。


 「うはぁ……夏だなぁ……」


 遠くに聞こえるセミの鳴き声に、黄泉路は制服の襟を緩めながら歩き出す。

 ひとまずの通勤通学ラッシュが終わり、午前の束の間、住宅街特有の静けさに満ちた長閑な路地を進む。

 左右に見える住宅の庭は駐車スペース付のものが多く、都会育ちの黄泉路としてはそれすらも目新しく映る。

 電車の線路が方々に走らされた都会とは違い、こうした片田舎では車が主流なのだという話は、片田舎から転校してきたクラスメイトがよく口にしていたなと、ただの一学生であった頃を思い返す。

 感傷が胸の奥にちくりと刺さるようなほろ苦い風情を醸し出し、どこか垢抜けない、所々に自然を垣間見る事のできる風景を楽しむように、散歩の体で教わった通りの道を歩く。


 「(……暑いなぁ)」


 夏特有の照りつけるような日差しを眩しく感じる。

 コンクリートの地面から照り返す熱が遠くの景色を歪ませる様な錯覚に、黄泉路は辟易とした顔で額に滲んだ汗を拭う。

 模擬戦を行っている時の状態になれば、現在感じている暑さを感じることもないのだろう。

 しかし、能力者として卓越した身体能力を得た今となっては、そのような些細な日常的な情緒こそが大事なのだと、黄泉路ははっきりと自覚していた。

 加えて言うならば、そんな事で一々能力に頼るようでは能力の無駄遣いもいい所であり、そのような手段を持たない一般人に対して申し訳ないと思ってしまうのであった。


 「(さて、と……もうそろそろ、かな?)」


 そんな、能力者らしいといえばらしい悩みと暑さの狭間で、笹井支部から歩き出してから数十分。

 漸く目的地である朝軒宅の周辺へと到着した黄泉路は、電柱の住所や表札を一つ一つ確認して朝軒宅を探す。

 住宅地の中心からやや離れ、一戸辺りの土地面積が徐々に広くなって行く。

 交通の便の問題か、はたまた別の要因か、駐車スペースの他に明確に庭と定義できる様な敷地を持つ建物が多くなる中、黄泉路は漸く目的の表札を発見する。


 「あった……けど……」


 表札に書かれた【朝軒】という字を確かめ、黄泉路は改めて建物を見る。

 動物を放し飼いにできる程のスペースにびっしりと丁寧に整えられた芝生が生え、屋内から塀を隠すように隣接して植えられた木々。

 水音に耳を傾ければ、どうやら木陰に池が存在しているらしく、この家の敷地内だけ外の世界と隔絶したような落ち着きのある空間となっていた。

 およそ、黄泉路の想像する豪邸とはこういう物なのだろうという物を体現したような邸宅を前に、黄泉路は思わず躊躇してしまう。


 「(……でも、訪問しないことには始まらないんだよね……よし)」


 意を決し、門に備え付けられたチャイムを押して待つこと暫し。

 インターフォン越しに老人と思しき声が響く。


 「どちら様でしょう?」

 「えっと、朝軒廻君の件に関して、相談を受けた者です」

 「……少々お待ちください」


 ガチャリ、と。通話が切れる音がインターフォンで鳴る。

 その後邸宅の玄関が開き、笹井よりも幾分か歳を取った、老紳士と呼ぶに相応しい落ち着いた雰囲気のある男性が現れる。

 男性は門の前で待つ黄泉路の姿を一瞥して緩やかに近づいてくる。

 黄泉路はその視線に、どこか警戒するような感情が含まれていることに気づく。

 以前までの黄泉路には気づくことのなかっただろう隠された感情ではあったものの、模擬戦を通じて少しずつではあるが、その辺りの機微にも気づけるようになってきていたのだ。


 「(まぁ、相談したって言ってもいきなり訪ねて来て、しかも僕みたいな子供じゃあ警戒するのも仕方ないよね……)」


 黄泉路とて、自身が相談する側の立場であればこれくらいの警戒はしただろう。

 そうすんなり飲み込むことができたため、黄泉路は平静と変わらない態度で老人を待つ事ができた。

 老人は門の前までくると、黄泉路の姿をじっと観察するように見つめた後、リモコンを操作して門を開ける。


 「相談を受けたという証明はお持ちかな?」

 「ああ、すみません。遅くなりました。これで」


 尋ねられ、黄泉路は封筒の中に同封されていた朝軒氏の直筆の相談依頼書を提示する。

 老人は受け取って確かめると、再びその用紙を黄泉路へと返す。その際にはすでに警戒するような瞳の険は取れており、その様子に黄泉路は内心ホッと息を吐いた。


 「――ああ、確かに私の字です。すまないね。この年になると来客には気を使う物で」

 「いえいえ、お気になさらず。僕もこんな見た目ですし」

 「ずいぶんと若い子が来た者だが、大丈夫なのかね?」

 「えっと……僕も一応能力者ですから、精一杯お力になれれば、と」

 「……ふむ。まぁ、ともあれ上がりなさい。歩いてきたなら暑かっただろう。妻に言って茶でも出させよう」

 「お気遣いありがとうございます」


 やはり黄泉路の外見年齢的な部分に不安もあるのだろう。

 どちらかといえば探るような、心配するような要素を滲ませた老人に苦笑しながらも応え、黄泉路は案内されるままに門を潜るのだった。

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