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4-7 依頼7

 目覚ましの音で、黄泉路の意識が闇から浮上する。


 「――」


 まだ寝ていたい、けたたましく鳴り響く目覚ましに向かってそんな恨み言を頭の中で呟き、布団の中でもぞもぞと蠢く。

 黄泉路の正確すぎる体内時計は普段の起床時間でない事を告げており、まだ起床時間でないならばもう少し寝てしまおうという意識が勝りつつも、何故この様な時間に目覚ましがなるのだろうという疑問の答えを探す。

 その内、ぼんやりとした思考の中に浮かび上がった“依頼”という単語に、黄泉路はビクッと体を跳ね起こした。


 「きゃ」

 「――え?」


 すぐ側から聞こえてきた小さな女の子の声に、黄泉路は一瞬呆けた様にそちらを見る。


 「あ、れ……? 姫ちゃん?」


 黄泉路の、ほぼ何もないといって良い私室。

 そのコンクリートの床にしりもちをついた状態で黄泉路を見上げる少女の姿に、黄泉路はどうして姫更が自分の部屋に居るのだろうかと首をかしげる。

 なんにせよ、黄泉路は幼女性愛者(ロリコン)ではない。

 自身が何の過ちも犯していない事を改めて自覚しつつ、毅然とした対応を取ろうと決意を秘めて早朝の闖入者に対して声を掛ける。


 「ええっと、おはよう?」

 「お、はよう」


 どこが毅然とした、なのかは、おそらく黄泉路本人にも答えられないだろう。

 日和(ひよ)った対応にも程があったが、しかし、この場合はそれで正解であっただろう。


 「……えっと、姫ちゃん。聞いていい?」

 「なに?」

 「どうして姫ちゃんが僕の部屋に居るの?」

 「いもうとだか、ら?」

 「……ええっと……」

 「おにいちゃん、おこす。いもうと。しるべ、いってた」

 「あ、ははは……そっか。偉いね」

 「ん」


 大体の事情を察し、後で標には冗談でも変な事を妹に吹き込むのはやめるように言うべきだろうか。と、早くも義兄精神溢れる感想が出てくるあたり、ロリコンではなくともシスコンの素養は十分にある黄泉路であった。

 ともあれ、黄泉路はこれ以上この話題を長引かせる事に良い事がないと理解すれば、姫更の頭を撫でてベッドから抜け出る。

 支度をしなければと洗面台へと向かう足音が多い事に気づき、ちらりと後ろへと視線を向ければ、テディベアを抱えた姫更が自身の後ろをとことことついてきていることに黄泉路は気づいた。

 ただ、その事を気にかけるよりも、依頼の為の身支度をしなければならないと自身に言い聞かせて洗面所で洗顔と歯磨きを終えて軽く寝癖を正してから衣類入れへと向かう。

 その際も足音が多い事を気にしないようにしていたものの、さすがに着替えの際くらいは表に出ていてもらわなければととうとう黄泉路は姫更へと顔を向ける。


 「……なに?」

 「姫ちゃん、僕、これから着替えるんだけど」

 「ん」

 「出来れば着替えるまで部屋の外で待っていてくれると嬉しいな」

 「わかった」

 「ごめんね」


 聞き分けよく退出していく姫更にほっと息をついて、黄泉路は着替えに手を伸ばしつつ昨夜の事を思い出していた。




 しっかりと頷いた黄泉路に対し、果は満足げに頷き返した。


 「それでは、明日から黄泉路君には依頼に就いてもらいます。送り迎えは姫更ちゃんに任せます。……それと」


 果が、お茶を入れる際に取ってきたのだろう、いつの間にか脇に置いてあった包みを取り出して黄泉路へと手渡す。

 視線で開けても良いのかと伺う黄泉路に、果は小さく苦笑しながら頷く。


 「別に変なものではないから、安心してあけて頂戴」

 「は、はい」


 簡易的な包装のされた包みを丁寧にはがせば、そこから現れたのは白地の面。

 そのお面には、黄泉路は覚えがあった。


 「あ、これ……」

 「そう。依頼用の変装道具ね。カガリさんや美花さんが使っていたでしょう? 美花さんの場合は事情も有って安物が良いと言う事なのだけど、特別な事情がない限りは三肢鴉からこうして贈与されるの」

 「そうだったんですか」

 「どういったデザインが良い、というのがあれば申請してくれればそのとおりに作ってくれるわ。カガリさんのお面とか、特徴的よね」

 「そうですね」


 カガリの面は顔の上部を覆う三日月型をしており燃えるような赤の模様が入っていた。

 対して黄泉路が受け取った面は真っ白の顔全体を隠す、本当の意味での仮面としての役割しかもたない、目元に2つ穴があるだけの簡素なものであった。

 おそらくはこれがプレーン、基礎の状態なのだろうと納得して、黄泉路は仮面をしげしげと眺める。


 「普段はつける必要はないけれど、もし、外で能力者と戦う場合や、政府の人間に見つかった場合にはこれをつけること」

 「はい」

 「あと、これは私からの贈り物になるわ」

 「え……?」


 続けて出されたのは、見慣れた学生服。

 ただ、黄泉路が――道敷出雲が通っていた学校の制服とは違い、校章の類は一切入っていなかったが、それでも見慣れた学ランである事には変わりなく、黄泉路はどういう意図だろうと果を見返す。


 「黄泉路君、戸籍上は私の親戚の高校生として扱われているのよ。依頼とはいえある程度服装は正した方がいいでしょう? 学生は制服が正装ですし」

 「……ありがとうございます」

 「明日はこれを着用して行ってくださいね。裏に仮面を仕舞っておける工夫もつけてあります」

 「わ、ほんとだ。ありがとうございます。がんばってきますね」

 「ええ。気をつけて」


 新しい服と仮面――三肢鴉の証を手に入れて、黄泉路はこれでやっと正式に認められたのだと実感できたお陰か、心なしかうきうきとした足取りで自室へと戻り、そうそうに眠りについたのであった。





 昨晩の事を思い返しながら真新しい制服に身を包み、しっかりと仮面を内側に仕舞った事を確認して部屋を出る。


 「おまたせ。行こう、姫ちゃん」

 「ん」


 姫更が差し出す手を握り返せば、黄泉路はふと、初めて姫更と出会った時の事を思い出す。

 あの時も、手を握った瞬間に一気に飛んだな、と。

 ――心構えをする間もなく、黄泉路の視界がぐにゃりと溶けた。

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