4-5 依頼5
黄泉路の実年齢を知り、それまでの数々に悶絶していた標が正気に戻ったのはそれから数分後。
未だ布団から顔だけを覗かせた芋虫状態のまま、未だ赤みの抜けきらない顔で黄泉路を見上げる。
『……うう』
「ほ、ほら、僕は気にしてないから、ね?」
『はぁい……』
「それで、話の続きなんだけど」
漸く本来の話題、というより、時間潰しに訪れ、思わぬ収穫になりそうな話題に戻すべく、黄泉路はずれてしまった流れを戻そうと問いかける。
先ほどまでの会話を思い返す内に冷静さが帰ってきたようで、普段どおりの仕草へと戻った標は一度頷いてそれに応える。
『あぁ、はい。……んーっとー。依頼は普通、支部長を通して一般支部員に告知されるってのはさっき言いましたよねー?』
「うん、みたいだね」
『何か気になる事とか言ってませんでしたー?』
「んっと……あ」
標に問われ、黄泉路はリーダーが最後に言っていた言葉を思い出す。
「“孤独同盟”に気をつけろ……って」
孤独同盟という単語を聞いた途端、標はあからさまに嫌な顔を浮かべる。
未だその集団についての知識に疎い様子の黄泉路に、標はきりっとした顔でもぞもぞと右手を布団の中から引き出して、びしっと人差し指を立てる。
『いーですかぁ? 孤独同盟っていうのはですねぇ、ちょーちょー危ない組織なんですよぅ!』
「えっと、どう危ないんだろ……」
いまいちピンときていない黄泉路へ、標は静かに息を吐き出してから自身でも整理するようにして説明し始める。
超能力犯罪組織、孤独同盟。
能力に否定的な世界に対して真っ向から喧嘩を売り、各々の自由に能力を使って利益を追及しようという能力者たちが集まった非合法営利団体である。
その性質上、非正規売買をはじめとした強盗や襲撃、傷害事件など犯罪行為の枚挙に暇がなく、果てはテロ行為や戦争の場においても目撃されている。
外部からは組織として扱われているものの、その実態は超能力犯罪者個々人による横のつながりによる所が大きく、大きな仕事の際に声を掛け合って即興のチームを作る為だけの互助会に近いらしい。
無法者な能力者だけの集まりである故に一般人を見下す事が多い事。
攻撃的な能力または、稀有で汎用性の高い能力者を勧誘しているという。
それらの事を噛み砕いて聞き終われば、黄泉路は嫌でもその危険性を理解する。
「……それって、三肢鴉の活動と真っ向から敵対してるよね……?」
『そーですよ。だから、私達裏の三肢鴉のメンバーと孤独同盟の奴がかち合うと大抵戦闘になります』
「っ!?」
三肢鴉の理念は非能力者と能力者の共存できる世界である。
その為には現在世界に蔓延している能力者への無理解や偏見を取り除く活動が必要となっており、孤独同盟の犯罪行為はそうした活動の妨げになっているといえる。
三肢鴉は孤独同盟を許す事は出来ず、また、恐らくではあるが選民主義が強いらしい孤独同盟も、非能力者との調和と自制を求める三肢鴉の方針は受け入れがたいものであろう。
『って言っても、そうそう遭遇する事もないんですけどねー』
「……なんというか、フラグじゃない事を祈るよ」
『だーいじょーぶですよぉ。よみちん裏の仕事してる風には見えませんしぃ、名乗りさえしなきゃへーきへーきー』
「……うーん。嬉しいんだか情けないんだか」
曖昧な苦笑でぼやく黄泉路に、標は楽しげに笑みを浮かべる。
『何かあればすぐに私を呼んでくださいねぇ。いつでもどこでも私が聞きつけますからぁー』
「あはは。ありがとう」
初仕事に大して緊張しているのが伝わってしまっていたらしく、和ませるような調子の標に、黄泉路はまだまだ自分は新米なのだと自覚すると共に、心配かけずともやりきって見せようと心に決めるのだった。
話をしている内に時刻が20時を越えた頃となっている事に気づいた黄泉路はそろそろ部屋を後にしようと標に礼を述べる。
「今日はありがとうね。標ちゃんのお陰でちょっと気が楽になったよ。僕、これから南条さんの所に行ってこれの相談してくるね」
『はぁーい。がんばってねー! でもでも、さっきのはじょーだんでもなんでもなく、困ったらいつでも私に連絡してくださいねぇ』
笑顔で送り出す標に手を振り、黄泉路は部屋を後にした。
支部の廊下を歩き、果の私室へと向かう黄泉路の足音が遠のくのを聞きながら、標は布団の中に頭をもぐらせてじっと瞳を閉じた。
『(……未来を観る能力者……孤独同盟……リーダーの事だから、絶対に裏があるよね。そもそも、うちの支部に話を持ってくる時点で戦闘の可能性を考慮したものだもん)』
ごろりとベッドに転がり、標はここ1ヶ月の間で時折見学していた黄泉路と誠やカガリとの模擬戦を思い返す。
右も左もわからない少年が奮闘する姿は、しっかりとこの支部に根を張っている。
その黄泉路が依頼を受けたのだから、やはり無理に引き止めるものではない。リーダーとて黄泉路が素人である事は重々承知しているはずなのだと、思考を重ねれば重ねるほどに依頼を肯定する理論ばかりが標の頭を占める。
色々と考えを巡らせた物の、結局は極力相談に乗りつつ黄泉路を信じて送り出す事が最善という結論に到るのだった。